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第50話 バズりor炎上

 思った以上に疲労が溜まっていたかの、昼近くまで夢の中にいた俺は、Line通話の着信音で起こされた。

 俺には通話するような相手もいないので、この音には慣れていない。着信音を耳にするだけで、なぜか全身が緊張してしまう。

 俺はベッドから慌てて飛び出し、充電中のスマホへと駆け寄った。


「――クマサン!?」


 スマホ画面ら表示された名前を見た瞬間、別の種類の緊張が身体を貫く。

 彼女とのやり取りは、これまでずっとLineのメッセージだけで行ってきた。Line通話で話したことなど一度もない。


「一体何の用が……」


 彼女とは昨日あったばかりだ。そのことを思い出すと、なぜか彼女の甘い香りまでが蘇ってくるような気がして、心臓の鼓動が早まるのを感じた。

 デートのお誘いとかだったら――などと一瞬考えてすぐに否定する。


「いやいや、そんなわけない。……きっと何か忘れ物でもしたんだろう」


 自分にそう言い聞かせながらも、少し震える手で応答のボタンをタップする。

 スマホを耳に当て、心を落ち着かせるように深呼吸した。


「もしもし――」

「ショウ、動画見た!?」


 俺が「もしかし」と言い終わるか終わらないかのうちに、慌てたようなクマサン――熊野彩さんの甘く透き通る声が、鼓膜に飛び込んできた。

 寝起きに耳元で聞く熊野彩さんの声は、とてもいい。まるでまだ夢の世界にいるかのようだ――などと心の中で思っている場合じゃなかった。


「ごめん、さっきまで寝てたから……」

「え? あ、起こしちゃった!? ごめん――って、とにかく見てみて! 早く!」

「わ、わかった」


 俺に動画視聴を急かすと、クマサンはその動画がどうなっているのか肝心なことも伝えずに通話を切ってしまった。

 そういえば、前に二人で話していた時に、電話は苦手だと言っていたような気がする。


「だったら、Line通話じゃなくてメッセージを送ってくれればよかったのに……」


 そう思って、Lineを開くと、未読メッセージがいくつも表示されていた。どうやらクマサンは通話をする前に、何度もメッセージで連絡を取ろうとしてくれていたらしい。メッセージの通知音はオンにしていたはずだが、その程度の音では起きないくらい深く眠っていたのだろう。

 彼女の気遣いを思い、少し申し訳ない気持ちになりながら、メッセージに目を通す。


『動画見た?』

『今、作業中かな?』

『もしかして寝てる?』


 内容はどれも、俺の状態や動画を確認したかどうか尋ねるものばかりで、肝心の動画がどうなったのかは一切書かれていない。クマサンに対してはしっかり者のイメージを持っているだけに、ドジっ娘のような珍しい行動に思わず笑みが浮かんでしまう。


「内容を書いてくれれば、わざわざ動画を見なくても済んだのに……」


 ようやくすっきりしてきた頭でそんなことを思いながら、俺はパソコンデスクに向かい、電源を入れる。

 スマホの小さな画面で動画を見るのはどうにも性に合わない。俺は、動画視聴はスマホではなくパソコン派だった。


「もしかして、編集ミスでもあったのかな……」


 一人で呟きながら、起動したばかりのパソコンで動画サイトを開く。

 昨日アップしたばかりの動画を確認しようとしたその瞬間――


「――ふへぇ?」


 思わず間抜けな声が漏れる。画面に表示された再生回数が、信じられないほど跳ね上がっていたのだ。アップしてから丸一日も経っていないのに、再生回数はすでに1万を超えている。


「料理動画なんて、1週間で100再生もいかなかったのに……一体どうなってるだ!?」


 驚いてモニターにかじりつくようにしながら、コメント欄をスクロールしてみる。

 表示されたコメントの量は、これまでとはまるで違う。料理動画のコメントなんて、スクロールすれば1画面に収まる程度だったのに、今回の動画は、コメント量が多すぎてスクロールバーがドラッグしにくいほど小さくなっている。

 俺はこの事態の原因を探るべく、コメントに目を通していく。


『ネタパーティで惨敗する動画かと思ったらマジでクリアしてる』

『ドラゴンスレイヤーへの道っていうからこれから何回も挑戦していくのかと思ったら、一発クリアでびっくり』

『インフェルノ攻略した動画なんて初めて見た』

『これ本当に初見プレイ? 戦闘しながら攻略法を見つけたのならヤギすぎ』

『ナイトさんがインフェルノ攻略動画を紹介してたから見に来たけど、これは凄いわ』


 コメントは、俺達が成し遂げたインフェルノ討伐に対する驚きと称賛の声で溢れていた。

 ちなみに、「ナイトさん」というのは、別サーバーで活動する有名な配信者で、単なる高レベルプレイヤーにとどまらず、攻略動画などを数多く発信している。サーバーの違う俺でもゲーム内で彼の名を聞いたのは一度や二度ではない。アナザーワールド・オンラインプレイヤーで彼の名を知らない者はいないほど、その影響力は大きい。

 急いで彼のSNSを調べてみると、本当に俺達の動画のことを紹介するポストが上がっていた。クマーヤにはもともと知名度がほとんどなかったので、彼のおかげで一気に広まったであろうことは容易に想像できる。

 見れば、今も再生数がどんどん増え続けている。

 でも、どれだけ拡散されても、動画そのものが面白くなければ、視聴者はすぐに見るのをやめ、コメントなんて残してはくれない。この膨大な数のコメントは、この動画を評価してくれた証にほかならない。


 そうやってコメントを読み進めていくうちに、単にゲームの内容に留まらず、クマーヤについての言及も目立つようになってきた。


『このクマっ娘、可愛くない?』

『クマーヤ激萌え』

『キャラもいけど、声が最高!』

『クマーヤの声、マジで癒される』

『この声、まじで好き』


 クマーヤのデザインもさることながら、その声の透き通るような声も高く評価されていた。画面の隅で表情豊かに喋る彼女の姿と声が、視聴者の心を掴んだのだろう。中には、画面を隠していて邪魔だというガチゲーマーの声も混じってはいたが、それはほんの一部にしか過ぎない。圧倒的に多くの支持を受け、クマーヤがついに正当に評価される時が来たのだと胸が熱くなる。


『このゲームのことよく知らないけど、クマーヤのおかげで楽しめた』


 こんなコメントまで見つけ、思わず目頭が熱くなってくる。

 これほどまでにクマーヤの魅力が認められる日が来るなんて……。

 娘の成長を目にしたときの父親ってこんな気持ちなんだろうか?


 さらにコメントを読んでいくと、アナザーワールド・オンラインに精通したプレイヤーだと思える人達のコメントも目についてくる。


『このタンク、淡々とターゲット取ってるように見えるけど、かなりの腕前だ』

『俺がタンクやった時は30秒でタゲが外れて全滅したわw』

『あのブレスをあのダメージで耐えたのは謎。巫女のバフもあるけど、かりの耐火属性付装備を持っているはず』

『うちのタンクと交換してほしい』


 クマサンのタンクとしてのスキルを称賛するコメントを見るたびに、自然と顔が綻ぶ。

 タンクというのはなかなか評価されにくい職業だ。敵のターゲットを維持するのが当たり前だと思われ、その陰の努力が見過ごされがちになる。たとえ一度でも敵の攻撃が仲間に向かえば、それまでどれほど献身的に支えていても、仲間から責められることさえある。

 だが、見る人はちゃんと見てくれている。クマサンの技術の高さを理解し、その働きを評価する声を目にすると、自分のことのように嬉しくなる。


『ミコト、マジ可愛い。俺も癒されたい』

『うちの姫ヒーラーのかわりにミコトをギルドに入れたい』

『ミコト様に踏まれたい』

『ここまでSP管理しながら回復崩さないのは凄い。ガチでヤバイことやってる』

『ミコトさんに敬語で罵られたい』


 ミコトさんのヒーラースキルも、きちんと評価されていた。ただ、クマサンと違うのは、その容姿や言動に対するコメントも多いことだ。

 ゲーム内のキャラクターとリアルとが一致しないことは、彼らもわかっているだろうに……。

 あと、どうも変な性癖を持った連中のコメントがたまに目につくのがちょっと気になった。気持ちはわからなくもないが……。


 おっと、変なことを考えそうになってしまった。

 俺はこういう変な性癖持ちの連中と同じ人種ではない。

 俺は再びコメントに視線を戻す。

 そうすると、もう一人のプレイヤーに対する評価も目についてきた。


『なにげに影のMVPはこのメイってプレイヤーだな』

『錬金術師がなぜパーティに入っているのかと思ったけど、戦い方がヤバイ。金の力で無双してる』

『メイが一人でアタッカーとヒーラーとサポーターやってるよ』

『メイっうちのサーバーだ。変な噂聞いてたけど、このプレイ見たらデマだってわかった。めっちゃ献身的な動きしてる』


 見てる連中の目の確かさに胸が熱くなってくる。

 アイテムを使いまくるプレイスタイルに、嫉妬からくる否定的なコメントもないではないが、あってもそれは金持ちなことを妬む意見であり、メイの人柄を否定するようなものではなかった。それが俺にとっては何より嬉しい。


 しかし、こうなってくると、期待してしまうのは、俺のプレイに対するコメントだ。

 今回の戦いで一番ダメージを取っていたのは間違いなく俺だ。最後にトドメをさしたのも俺。きっと俺にも賛辞の声が寄せられているのに違いない。そう期待しながら、画面をスクロールしていく。


『どうして料理人がパーティにいるのかと思ってたけど、なにこれ凄い!』

『このアタッカーヤバイ!』

『こんなダメージ初めて見た』

『ミコトを突き飛ばして助けたのが格好良すぎ!』


 いやいや、それほどでも――あるかな。

 俺への称賛のコメントに顔がにやけまくる。

 だが、途中からそのニヤケ顔が引きつった顔に変わっていった。


『どうして料理スキルが戦闘中に使えてるんだ?』

『スキル使えるのもおかしいけど、ダメージ数値自体もおかしい』

『チートじゃね?』

『さすがにチート使った動画は上げないだろうけど、バグだな、バグ』

『バグ利用は規約違反じゃね?』

『すぐに修正すべきでしょ』

『運営にバグ報告しました』


 え、ちょっと待って?

 バグ?

 違うって、いろいろ検証とかしたし! どんな敵にも通用するようなスキルじゃないし!

 でも、それも含めてバグという可能性は捨て切れない。

 俺は今まで料理スキルが戦闘中に使えることをバグだと思ったことは一度もなかったが、普通に考えればこの視聴者達のようにバグと捉えるのが普通だったのだろうか?

 さっきまであんなに興奮しながらコメントを見ていたのに、一気に頭も心も冷たくなっていた。


 戦闘中に料理スキルを使おうとするような酔狂なプレイヤーはほとんどいないだろう。だから、本当はバグなのに、今まで気づかれず放置されていただけかもしれない。

 だが、今こうして注目を集めてしまった以上、すぐに修正されてしまうかもしれない。


「……もしかして、俺はもう料理スキルで戦えなくなるのか?」


 そんな恐怖がじわじわと胸を締めつけていく。

 だが、俺が恐れるのはそれだけではなかった。

 以前にも、バグを利用して不正に資金を稼ぐ方法が発覚し、多くのプレイヤーが処分を受けたことがあった。直接敵な不正ツールの使用ではなかったため、アカウントの永久停止こそ免れたが、不正得た資金はすべてロールバック――不正な資金稼ぎのする前の状態まで巻き戻し――されてしまった。

 もし、今回の料理スキルがバグだということになれば、俺がやってきたこともロールバックされ、あのインフェルノ討伐までなかったことにされてしまうかもしれない。

 俺だけの問題で済むのならまだいい。料理スキルが使えなくなっても、以前の俺に戻るだけだ。それは確かに悲しいが、それでも4人で必死に戦ったあの思い出があれば、ゲームを続ける気持ちは揺るがない。

 ……でも、もしもあのインフェルノとの戦いまでもなかったことにされたら?

 仲間達に迷惑をかける苦しさもあるが、それ以上に、あの達成感と喜びがなかったことにされると思うと、胸にぼっかりと大きな穴が開くようだった。


 きっと、クマサンも、ミコトさんも、メイも、俺のもとを去っていくだろう……。

 それを思うと、今まで一度も考えたことのなかった「アナザーワールド・オンラインからの引退」という言葉が、初めて頭をよぎった。


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