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第47話 戦いの後と次の仕事

「四人で倒したんだから、みんなも同じ称号が加わっているんじゃないのか?」


 俺はメイの勢いを押し返しながら、逆に問いかけた。

 インフェルノを倒したのはパーティ全員の力だ。よく考えれば、俺一人だけが「1stドラゴンスレイヤー」の称号を得たはずがない。条件はみんな同じはずだ。


「た、確かに!」


 メイは慌てて何もない空中に視線を向けた。俺からは見えていないが、そこには彼女のステータスウィンドウが展開されているのだろう。

 クマサンとミコトさんも、同様に自分のステータスを確認し始めた。


「……本当だ。『1stドラゴンスレイヤー』の称号が加わっている」


 メイが、驚きと歓喜と安心とが混じったような何とも言えない声で呟いた。

 思った通り、この称号を得たのは俺だけではなかったようだ。


「俺も同じだ」

「私もです」


 クマサンもミコトさんも同じく「1stドラゴンスレイヤー」の称号を得ていたようで、俺だけがおかしいわけじゃないとわかってほっとする。


「メイはこの称号のこと、何か知っているのか?」


 俺の問いかけに、メイはゆっくりと頷いた。


「うちの店によく来ていたトップギルドの連中が自慢げに話してたんだ。ネームドモンスターをサーバーの中で最初に討伐したパーティは、普通の称号じゃなく、頭に『1st』がつく称号を得られるって。つまり、二番目や三番目に倒しても決して得ることのできない、最初の討伐者の証ってことだ」


 メイの言葉に、俺は思わず息を呑み込んだ。


「それってつまり、俺達がこのサーバーで最初にインフェルノを倒したってことなのか?」

「ああ、そういうことになるな」


 メイの力強い頷きに、俺達が成し遂げたことの凄さを改めて胸に迫ってくる。

 料理人だった俺はずっと、称号を得られるようなモンスターと戦う機会なんてないと思っていた。猛き猪と戦うことになったのは偶然に過ぎないし、ましてや勝利できたのは奇跡のようなものだ。だから、モンスター討伐の称号を得るのなんて、あれが最初で最後だと思っていた。それなのに、まさかトッププレイヤー達を差し置いて、俺達がサーバーでただ一組しか手に入れることのできない「1stドラゴンスレイヤー」の称号を得るなんて……。

 胸の奥から熱いものが込み上げ、鼓動が早まる。これは現実なのか……。


「私も話に聞いたことはありましたけど、1stの称号持ちのプレイヤーなんて見たことがなくて、噂話かと思ってました。でも……まさか最初に目にするのが自分の称号だなんて、信じられません」


 ミコトさんの声が少し震えている。彼女ですら、噂の範疇に過ぎなかった1stの称号の存在を、こうして現実に目の当たりにしている。

 クマサンも、何か見入るように、ステータスが表示されているであろう空中をじっと見つめていた。


「……この称号を持っているのは、この4人だけなんだよな」

「はい、そうですよ! もうほかには誰も手に入れられない、少なくともこのサーバーでは私達4人だけの称号ですよ!」


 クマサンとミコトさんの言葉を聞いて、俺の胸には「報われた」という感覚が溢れ出す。

 ゲーム内で「ハズレ職業」と揶揄され、不遇な日々を過ごしてきた俺。それでも、あの時間は無駄じゃなかった。ここに至るまでに、すべて必要なことだったんだと、今ならそう思える。


「……みんな、ありがとうな。料理人の俺なんかについてきてくれて」


 俺の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。

 時に言葉とは、思考の枠外で勝手に出てくるようだ。


「何言ってるんだ。ショウの料理があったから、俺は今ここに立っているんだぞ」

「そうですよ。ショウさんが料理人じゃなかったら、私達はギルドを結成していませんでしたよ。……それどころか、出会ってさえいなかったかもしれません」

「私だって、あの時ショウが包丁を作ってくれと頼みに来ていなかったら、ここにはいない。このギルドの真ん中にいるのは、あんただよ」


 真剣な6つの瞳が俺に向けられ、急に気恥しくなってくる。

 こういう感じは苦手だ。とはいえ嫌悪による苦手じゃない。身体が熱くなってきて、理性的な思考がどっかいってしまって、胸の奥がきゅーっとして……そんないつもの自分じゃない自分になって困ってしまう、そんな感じの苦手だ。


「と、とにかく、砦に戻って隊長のところへ行こうぜ。まだクエストはクリアになっていないんだから」


 俺はできるだけそっけない感じでそう言って、みんなの視線から顔を背けると、砦に向かって歩き出した。


「了解です、リーダー」

「ショウ、顔が赤いぞ」

「照れてるところが可愛いじゃないか」


 好き勝手言いやがって。

 可愛げがあるのはミコトさんだけだな、まったく!


 そんなことを思いながら、俺は三人を従えて砦へと向かった。




 隊長のところへ戻ると、俺は訪れたときの険しい表情とはまるで別人のように、穏やかな笑顔で俺達を迎えてくれた。


「報告は部下から聞いている。よくやってくれた!」


 俺達が何か言う前に、隊長は声をかけてきた。その声色からは、NPCだというのに、彼がどれほど喜んでいるのかが手に取るようにわかる。まるで、今にも抱きついてきそうなほどだ。

 そういえば、聖域に案内してくれた兵士の姿が、洞窟から出た時には見当たらなかった。きっと彼が状況を察して、先に報告に戻っていたのだろう。


「心強い仲間達のおかげです」

「ああ、皆、とても凛々しく勇敢な顔をしているな。まさに勇者達だ!」


 隊長の言葉は素直に嬉しかったが、ミコトさんのような可憐な少女に「凛々しい」というのはどうかと思う。もちろん、彼女はそんなことを気にしないだろうけど。

 そう思いながら横目でミコトさんの様子を窺うと、案の定、彼女は気にも留めていない。

 だけど、ミコトさんの隣のメイの姿が視界に入り、俺はハッとする。

 そうだ、メイも女の子だったじゃないか。

 ミコトさんだけを気にかけて、メイのことを忘れていたことが知られたら、どんな文句を言われるか……想像するだけで怖い。


 一瞬メイをちらりと見るが、彼女も隊長の話に集中しているようだ。

 よし、まだバレていない。

 俺は気づかれる前に再び隊長へと目を向けた。


「まさに君達こそ、『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれるに相応しい! 王家からもその称号が贈られるだろう。もっとも、インフェルノの目覚めは公にはできないだろうから、正式な授与とはいかないだろうがな」


 はい。確かに、いつの間にか称号が増えてたよ。本来なら、王宮に招かれて王族から直々に称号を賜るのが筋かもしれないが、インフェルノの存在、ましてや目覚めた事実が広まれば、人々は恐怖に駆られてしまうだろう。だからこそ、こうやって誰も知らないところで、問題を片付けていくのもまた、冒険者の役目というわけだ。


「これでインフェルノも再び深い眠りにつくだろう。聖域の力は、奴の力を抑えるが、同時に我々も奴にトドメを刺すことができない。我々が生きているうちに、再び奴が目覚めないことを祈るばかりだ」


 なるほど、なるほど……。

 …………ん?

 今、さらりとこの人、重要なこと言わなかったか?


「ちょっと待ってください、隊長さん! インフェルノって、まだ生きてるんですか?」


 俺の言いたいことを代弁するかのように、ミコトさんが鋭く隊長に尋ねた。


「ああ、もちろんだ。聖域の中ではインフェルノを倒すことはできない。それができるくらいなら、奴が眠っているうちにトドメを刺しているよ。……あれ? 言ってなかったか?」


 とぼけた表情で「あれ? 言ってなかったか?」と隊長は呟くが、冗談じゃない! 何を今さら後出しで言ってるんだ!

 俺達は、ここにきて初めて知る情報に、互いに顔を見合わせた。

 確かに、冷静に考えれば、なぜインフェルノが目覚める前に倒していなかったんだという疑問がわいてきて当然だったかもしれない。でも、ゲームだからそういうもんだと思うだろ、普通?

 まさか、聖域が竜にとっても聖域として機能していたとは……。まぁ、俺達だって、死んでも、しれっと宿屋やマイルームで復活してるし、お互い様なのかもしれないが……。


「ともかく、君達のおかげで世界は救われた! 本当にありがとう!」


  クエスト「聖域の赤焔竜」をクリアしました

  王家からの報奨金がマイルームに送られました


 目の前に現れたシステムメッセージを見て、クエストの完了を確認する。

 最後の情報で、心の中にちょっとだけモヤっとしたものが残ってしまったが、俺達は無事に目的を達成したわけだ。それも、このサーバーで一番最初に。


「ふぅ、まじで精神的疲労がやばいな」


 隊長との会話を終えると、メイが大きく息を吐き、肩の力を抜いた。その姿は、ようやく一息つけたという安堵感に満ちている。


「でも、楽しかったですよね」


 ミコトさんが微笑みながら呟いた。彼女の瞳には、まだほんのりと戦いの熱が残っているようで、その笑顔には達成感が漂っていた。


「ああ。あんな戦い、きっと忘れやしない」


 クマサンも頷きながら、肩をぐるりと回している。疲労を和らげるための動きだが、その表情には満足げなものが見て取れる。

 俺達全員が同じように深く息をつき、戦闘の緊張から解放されていた。

 まるで心の奥底に残っていた戦いの余韻が、徐々に薄れていくのを感じるように。


 そんな中、ミコトさんがふと思い出したように口を開いた。


「じゃあ、あとはショウさんが今回の戦闘をうまく編集して、それにクマサンが声をつけてくれれば、クマーヤの新しい動画が完成ですね」

「…………え?」


 突然の言葉に、俺は間抜けな声を上げてしまった。

 ミコトさんが俺に向けて熱い視線を送ってくるのを感じる。

 そういえば、ドラゴン戦をVチューバーの動画にするという話をしていたっけ……。


「本当にやるの?」

「もちろんですよ! 戦う前は負け戦闘の動画になるかと思ってましたけど、まさかの勝利動画ですよ! 絶対に盛り上がります! それに『1stドラゴンスレイヤー』なんですよ! 今回の動画は絶対注目されますって!」


 ミコトさんは目を輝かせ、興奮した口調だった。

 彼女の情熱に圧倒される俺を、さらに追い打ちをかけるようにメイが口を開く。


「戦闘用BGMとして使えそうな音楽をいくつか送るからメールアドレスを教えてくれ。もちろん私のオリジナルの楽曲だから、著作権は気にしなくていいぞ」


 メイの冷静な声にも、期待と自信が垣間見える。彼女も乗り気だ。

 そして、最後にクマサンが静かに口を開く。


「……用意できたら教えて。いつでも声を入れるから」


 なんでみんなそんなにやる気なんだよ!


 ……でも、実を言うと、俺も、この仲間と一緒にインフェルノを倒したことを、ほかの人達に自慢したいと思っていた。

 あの戦いを、俺達だけの思い出にしておくのもそれはそれでありだけど、それ以上に、こんな凄い仲間が俺にはいるんだぞってことを、誰かに伝えたい気持ちが湧き上がってくる。


「……わかったよ。しょうがないな」


 口ではやれやれといった感じを見せながら、俺の胸は高揚感で熱くなってきていた。

 この仲間と共に成し遂げたことを、言葉や映像に残す――それはきっと俺にとってかけがえのないものになると思えたから。


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