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第40話 猛攻

 いくら敵が巨大でも、その攻撃力が単純にサイズに比例するわけではない。ここはゲームの世界、現実とは違う。

 クマサンが受けるダメージは決して少なくないが、ミコトさんの防御バフ、俺の料理による効果、そして何よりクマサン自身の並外れたタフさによって、クマサンは致死ダメージを受けることなく、インフェルノのターゲットを取り続けてくれていた。もちろん、クマサンの体力が危険域にならないよう、またオーバーヒールにもならないよう、適切に回復スキルを使ってくれているヒーラーのミコトさんの手腕も大きい。

 俺達は、危なげなくインフェルノ体力を二割以上削っていた。


「みんな、いい感じだ! この調子で攻め続けよう!」


 インフェルノの巨体は確かに圧倒的で、一撃一撃は重い。だが、正直その外見ほど恐怖を感じさせる相手ではない。そう思い始めた矢先、インフェルノの動きに変化が生じた。

 その巨大な体はクマサンを正面に据えたまま動いていないが、首だけが不気味に動き始めた。まるで周囲を飛び交う羽虫でも探すかのように。

 その動きは、インフェルノの背後にいる俺にもはっきりと見て取れた。


「インフェルノの様子が変だ! みんな、気をつけろ」


 メイの声が響いた。

 接近戦でインフェルノと戦っている俺やクマサンよりも、その動きを一番鮮明に捉えていたのは、距離を取って戦況を見守るメイとミコトさんだろう。

 二人は、敵の正面と後方に位置する俺達を援護するため、離れた位置に並んで立っている。それは、二等辺三角形のような布陣で、頂角の位置に立つメイとミコトさんが、全体を見渡しながら、攻撃やサポートを繰り出している。二人のいる場所は、敵の全体像を把握しつつ、味方全員をスキルの範囲内に収められる、絶妙なポジションだった。

 インフェルノの挙動には俺も気づいてはいたが、メイが声を上げてくれることで全員に警戒を促せるのは心強い。事前に指示していなくても、仲間同士の連携がこうして自然に行われるのは、俺達のパーティの強みだ。

 俺達は警戒をしながらも、それぞれの役割を続けていたが、すぐにインフェルノの首はぴたりとある一点を見据え、動きを止めた。その視線の先にいるのは、離れた位置で並んでいるミコトさんとメイ。

 何をする気だ?


 疑問に思う俺達に見せつけるかのように、インフェルノはその巨大で禍々しい口を大きく開けた。

 後ろにいる俺からでは、インフェルノの口の中の様子をはっきり見ることはできないが、それでも、そこに赤い輝きが見えた。

 その輝きを見て、俺の脳裏に一つの言葉が浮かんでいた。

 ドラゴンブレス――それはドラゴンの代名詞とも言える攻撃。猛烈な炎を吐き出す、恐るべき攻撃だ。ドラゴンの種類により、炎ではなく別の属性の場合もあるが、こいつはレッドドラゴン。メイの検証により炎耐性を持っていることもわかっている。ならば、その口から放たれるものは、間違いなく炎のブレスだ。


「来るぞ! 二人とも気をつけろ!」


 俺は叫びながら、目の前に広がる圧倒的な光景を見据えた。インフェルノの口から吐き出されたのは、まさに灼熱の塊――炎の本流だ。大人一人よりも大きな火球が、二人がいた場所へ高速で迫り、地面に接触した瞬間、一気に爆散した。


 だが、俺は少しも慌てていなかった

 今の攻撃モーションは明確で、口を開いてから炎を吐くまでにわずかなタイムラグがあった。その隙をあの二人が見逃すはずがない。

 ブレスが放たれる直前、二人は迅速に行動し、ミコトさんはクマサンの方へ、メイは俺の方へそれぞれ素早く退避するのを俺は目撃していた。


 さすがだ。

 俺は胸中で安堵し、ドラゴンのブレスといえども恐るるに足らず、と一瞬思った。

 しかし――


  インフェルノの炎の余波

  ミコトにダメージ30

  メイにダメージ50


 俺の目に飛び込んできたメッセージに、戦慄が走る。

 俺が見る限り、二人は炎の着弾地点からかなり離れた位置まで退避していた。戦闘自体に不慣れなメイが、ミコトに比べて若干動き出しが遅かったが、それでも十分な距離を取っていたように見えた。

 しかし、それでも二人はダメージを受けている。この炎の影響範囲は、想像以上に広い。まるで炎の余波そのものが、空気を伝って襲いかかってくるかのようだ。

 そして、二人のダメージ量の違いは、おそらく炎の着弾点からの距離の差によるものだろう。メイが受けたダメージが多いのは、動き出しが遅かった分、距離が近かったせいだろう。もし直撃していれば、一体どれほどのダメージを負っていたのか――考えただけで背筋が凍る。


「二人とも大丈夫か?」

「たいしたダメージではありません。大丈夫です」

「このくらい自分で『ヒール小』でもかけておけば問題ない。それより、よけたつもりだったのに、こんなダメージを受けるなんて、情けない……」


 俺の問いかけにも、二人は落ち着いて応えてくれた。

 二人の冷静さに、少し安心する。戦闘で一番危険なのは、パニックに陥ることだ。冷静さを欠いたプレイヤーほどもろいものはない。

 俺も改めて頭を冷やす。


 今のブレス攻撃は、明らかにクマサンではなく、別のプレイヤーを狙ってきた。これは、ターゲットを取っているクマサン以外を狙う攻撃手段をインフェルノは持っているということだ。狙う相手がランダムなのか、特定の条件があるのかはまだわからないが、一つだけ確かなことは、クマサンがタンクの役目を果たしてしっかりターゲットを取ってくれているとしても、俺達が油断してはいけないということだ。

 とはいえ、ブレスの予兆はわかりやすい動作を伴っている。その動きにさえ注意すれば、余波による多少のダメージは受けるとしても、避けられない攻撃ではない。


「みんな、今のブレスはクマサン以外を狙ってきた。インフェルノがまた首を動かし始めたら、声を掛け合って注意しよう」


 俺はみんなに呼びかけた。


「わかった」

「任せてください」

「気づいたらすぐに伝える」


 仲間達からは頼もしい声がすぐに返ってきた。

 このパーティの連携と信頼は揺るがない。

 怖い攻撃ではあるが、直撃さえ避ければどうにかなる。

 大丈夫、優位に立っているのは、まだ俺達だ。


「よし、みんな! このまま慎重に戦えば、勝つのは俺達――」


 俺がそう檄を飛ばした瞬間だった。それまで大人しく地面に垂れているだけだったインフェルノの尻尾が、突如として鋭く振り上げられた。


  インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ208


 俺の身体より太い尻尾の強烈な一撃を受け、大ダメージと共に俺は宙を舞った。身体が弾かれるように飛び、地面に叩きつけられる。


 しまった! ダメージを与えてターゲットを取り過ぎたか!?

 追撃を食らったら、クマサンに比べて紙のような装甲の俺は耐えきれないぞ!


 俺は慌てて身を起こし、インフェルノへと視線を向けた――が、奴は俺の方に向かってくるどころか、向きさえ変えておらず、クマサンへと前脚による攻撃を繰り出していた。

 どうやら、今の尻尾攻撃もブレスと同様、ターゲットを取っているプレイヤー以外への攻撃のようだ。


「ショウさん、すぐに回復を――あっ、距離が離れすぎてます」


 俺のダメージに慌てたミコトさんが、慌てて駆け寄ろうとする。


「待て、ミコト! ショウの回復は私がやる」


  メイは中ヒールを使った

  ショウの体力が100回復


 ミコトさんを言葉で押しとどめて、メイが俺の回復をしてくれた。

 メインヒーラーのミコトさんのSPは、この戦いの生命線だ。クマサンの回復はともかく、俺の余計なダメージにまで手を回していては、早々に尽きることになる。メイがサブ職業を白魔導士にしているのは、こういう時に備えてでもあった。

 メイの冷静さに安堵しながら、俺は落ち着いて立ち上がる。


「すまない、油断した。尻尾の動きにもっと注意する」

「ああ、そうしてくれ。私のSPも有限だからな」


 メイに軽口に片手を上げて応え、俺は再びインフェルノの尻尾へと向かっていった。

 敵の大技の前には、たいてい何らかの予兆があるものだ。ブレス攻撃がそうだったように。

 さっきの俺は、ブレスの方を警戒してしまい、尻尾への注意が甘かった。

 だが、今度は違う。ブレスの動きの確認は仲間に任せ、今度は尻尾に集中する。

 何か動きがあれば、それを見切って尻尾から距離を取ってみせる。


「スキル、いちょう切り!」


  ショウの攻撃 インフェルノにダメージ276


 尻尾への警戒を強めたまま、俺はインフェルノに料理スキルを叩き込む。

 攻撃しながらも、全神経を集中させ、わずかな動きも見逃すまいと、インフェルノの巨大な尾に注意を払い続ける。

 ――大丈夫、尻尾におかしな兆候はない。

 俺はなおも神経を研ぎ澄ましたまま、スキル攻撃を重ね、インフェルノの体力ゲージを削っていった。


  インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ204


 だが、次の瞬間、俺の身体は再び宙を舞っていた。


「嘘だろ……」


 地面を転がり、仰向けになったまま天井を見上げ、俺は思わず呟いてしまった。

 今回は油断なんてしていなかった。

 尻尾に集中し、目を離さずにいた。

 それでも、突然の一撃に反応できず、吹き飛ばされてしまった。


 尻尾に何の前兆もなかった。いつもと変わらず静かなまま。それにもかかわらず、気がついたときには、巨大な尾が目の前に迫り、俺をぶっ飛ばしていた。

 まるで、時間すら飛ばしてしまうようなノーモーションからの一撃。


 ――こんなの、かわせるわけがない。


 距離を取れば、かわしてもダメージを受ける炎のブレス、背後にいれば予兆のない尻尾の猛撃。レッドドラゴン「インフェルノ」は、簡単に勝てるなんて思っていい相手ではなかったのだ。

 相手はファンタジー世界の最強種。俺は改めてその凶悪さを痛感させられた。


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