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第36話 北の砦

 俺達の王都の遥か北、最北の町ベルンのさらに向こうに位置する北の砦へとやって来た。この砦の先には険しい山々が連なり、進入不可エリアとしてマップにも描かれている。この地は物理的な最北端の地ということだ。


「……自分で言い出しておいてなんだけど、見込みが外れてドラゴンと全然関係のない場所だったらごめんな」


 砦を前にして、あれほど堂々とみんなに言い放ったのに急に自信がなくなってきた。

 そもそも、ドラゴン実装前に作られた料理人専用クエストでの噂話に信憑性があるのだろうか? しかも、その情報自体、ドラゴンがいるという話ではなく、いるかもという話だった。冷静に考えれば、運営も忘れているような適当な話だったんじゃないかという思いが頭をよぎる。


「それならそれでいいじゃないか」

「そうですよ。私達には大規模ギルドみたいにメンバー―を各地に分散させて情報を集めるなんて真似はできないんですから、今までのクエストの情報で動くのは悪くないと思いますよ」

「そうそう。この方が冒険って感じでいいじゃないか」


 仲間達の優しい言葉が胸に染みわたる。

 確かに、ただ効率だけを追及して分かれて情報収集に奔走するよりも、こうしてみんなであれこれ言いながら冒険を楽しむほうがずっといい。思えば、乗合馬車と徒歩移動でここまで来る間も、その移動時間を苦痛に感じることは一度としてなかった。ギルド結成前に、一人で移動しているときは、あんなにつまらない移動時間だったというのに。

 たとえここに何の手がかりがなかったとしても、それはそれで後々の笑い話になるだろう。そんなふうに思えて、俺は随分と気が楽になった。


「あれ? あの兵士さんの様子、ちょっと変じゃないですか?」


 ミコトさんが気づいた瞬間、俺達の視線も砦の入り口に集中した。

 そこに立つ見張りの兵士が、何かに怯えているかのように挙動不審に動き回っている。以前ここに来た時の兵士の落ち着いた様子とは明らかに違っていた。



「ドラゴン関係かどうかはわからないが、新たなクエストの匂いはするな」


 クマサンの言葉に、俺は力強く頷いた。胸の奥から湧き上がる期待感が、足を自然と早めさせ、俺達は砦の兵士の元へと歩み寄った。

 俺達が近づくと、その兵士も俺達に気づいたようで、挙動不審な動きを止める。


「何かあったのですか?」

「冒険者の方々ですか?」


 この世界でのプレイヤーは、冒険者という括りになっている。戦闘職も非戦闘職も含めて、そういう扱いだ。NPC達からみれば、報酬次第で困りごとを解決してくれる何でも屋みたいなもののようだ。


「ええ、俺達は冒険者です。俺達に出来ることがあれば協力しますよ」

「それはありがたい。実は少々困った事態になっていまして……詳しい話は砦の中にいる隊長から聞いていただけませんか」

「その困った事態というのは?」

「詳しい話は砦の中にいる隊長から聞いていただけませんか」

「…………」


 このあたりがゲームだな。おおまかな事情だけでも話してくれればいいのに、融通が利かない。

 まぁ、下っ端の兵士が独断で勝手に話をするわけにはいかないと考えれば、この反応もそこまで不自然ではないかもしれないが。


「その隊長さんとやらの話を聞きに行こうじゃないか。ドラゴン関連か、それとも別のクエストか、どちらでも面白そうだ」


 メイの気持ちは俺にもわかる。未知のクエストが目の前に現れた瞬間の興奮、ネットにまだ誰も記していない新たな冒険。これが心を揺さぶらないはずがない。

 今やゲームの攻略情報なんて、ネット上に無数に存在している。ある程度時間が経てば、新しいクエストやボスの攻略法が共有され、効率的なプレイスタイルがすぐに確立される。オンラインゲームの黎明期には、そんな便利な情報源はほとんどなく、掲示板で断片的な情報を交換し合っていた程度で、プレイヤー達はほとんど手探りで攻略をしていたらしい。その時代のオンラインゲームが一番面白かった、という声は今でもよく耳にする。

 確かに、そうした「手探りで進む」感覚は、今の時代では失われつつある。だが、このクエストは違う。まだ誰の手にも情報が届いていない、完全に未知の冒険が目の前にあるのだ。俺達の知恵と力だけで挑むクエスト。それは、まるで昔話のような、純粋な「冒険」を楽しめる瞬間だった。そんな状況に置かれた今、心が自然と期待に満ちていくのを止めることができない。


「でも、もしドラゴンと関係のないクエストだったらどうします? そのままそのクエストを受けるのか、ドラゴンのクエストを探しにいくのか?」


 あ……。

 可愛く小首を傾げるミコトさんの言葉で、俺もその問題に気づいた。

 ドラゴンを取るか、別の新クエストを取るのか。ここまでドラゴン戦の準備を整えたのに、それが無駄になるのはもったいない。それに心はドラゴンと戦いたくてうずうずしている。だけど、目の前の新クエストをスルーすることもまた、ゲーマーとしては本能が許さない。

 俺はミコトさんの問いかけに即答できず、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。


「ここで考えていてもしょうがない。目の前に困った人がいるんだ。まずは隊長さんの話を聞きに行こうじゃないか」


 確かにクマサンの言う通りだった。

 確かに、このまま迷っていても答えはでない。何より、目の前に困った人がいるなら、俺達はそれに手を差し伸べるべきなのだ。俺はプレイヤーであると同時に、この世界の一員、ショウでもある。プレイヤーとしての迷いは一旦置いて、この世界のショウとしてすべきことを考えるべきだった。


「クマサンの言う通りだ。みんな、隊長のところへ行こう」


 俺は頷くみんなと共に、砦の中へと足を進めた。


 砦の最奥、そこに精悍な顔つきの50歳くらいの男が立っていた。彼の鋭い眼差しと、一段上の重厚な鎧が、ほかの兵士とは明らかに違う風格を漂わせている。彼こそがこの砦の兵士を統率する隊長だ。

 俺は彼のことを知っていた。以前にここで彼から依頼を受けた別のクエストをこなしていたからだ。


「隊長さん、外の兵士から聞いたんですが、何か困った事態が起きているんですか?」


 俺が問いかけると、隊長の険しい顔が少しだけ和らいだ。


「君は、確かいつぞや世話になった冒険者じゃないか。これはちょうどいい時に来てくれたというべきか……」


 隊長さんも俺のことを覚えていてくれたようで、ゲームとはいえちょっと嬉しい。

 前のクエストをクリアしてなかったらどういう反応になるのか気になるが、今からでは確認のしようもない。


「また力になれることがあれば、喜んで協力しますよ」

「そう言ってもらえると心強い。……実は少々機密な話で、本来なら部外者に話すべきことではないのだが、君やその仲間なら信頼できるし、非常事態でもある。話しても構わないだろう」


 機密情報をそんな簡単に話していいのか?とは思うが、ここは俺を信頼してくれているのだと好意的に解釈しておこう。俺は喉から出かかったツッコミの言葉を飲み込み、彼の次の言葉を待った。


「……実は、この北の砦はあるモノの監視のために設けられたものなんだ。そのあるモノは、本当ならあと数百年は眠りについたまま目覚めないはずだった……。しかし、どういうわけか、その目覚めが訪れてしまったのだ」


 隊長の言葉に、俺の胸がにわかにざわめき始める。

 そのあるモノとは一体何なのか。

 心の中で予感が期待となって膨らみ、熱くなっていく。


「隊長、そのあるモノって一体何なんですか?」


 焦れったくって、俺は核心に迫る問いを隊長に投げかけた。


「そのあるモノとは……ドラゴンだ」

「――――!!」


 その一言で、俺の身体に震えが走る。

 俺の予想が的中した。

 鼓動が一気に早まり、体中の血が沸騰するような感覚が広がる。

 俺達は互いに顔を見合わせた。

 みんなの表情が興奮で赤らんでいるのがわかるが、誰よりも高揚しているのは、きっと俺だろう。


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