重戦士のクマサンはともかく、俺達3人――巫女のミコトさん、料理人の俺、そして鍛冶師のメイ――は体力がそれほど多くない。今のヌシの全体攻撃は、なかなかの痛手だ。
「メイさん、範囲ヒールをかけるので、二人の方に移動しましょう!」
ミコトさんとメイがヌシの方へと近づいてくる。
範囲ヒールで複数の仲間を一度に回復するには、味方を一定範囲内に収める必要がある。しかし、その効果範囲は広くない。だからこそ、ミコトさんはメイと共に自らが動いて、俺達全員を回復範囲に入れようとしているのだ。
異常なほどの広範囲攻撃を有するヌシ相手には、距離を取っていても意味はない。ミコトさんは一瞬でそれを理解し、適切な判断を下したわけだ。さすがだよ。
「いきます! スキル、範囲ヒール」
ミコトさんのスキルが発動し、俺達の体力が一気に回復する。
ヒーラーとしてミコトさんがいてくれることが、どれだけここ強いか。
「スキル、半月切り!」
俺はミコトさんに体力管理を任せ、ヌシに対して攻撃を続ける。
しかし、次第に異変に気づき始めた。
「敵の体力、減りが遅くなってないか?」
半分以下まで削ったはずのヌシの体力ゲージが、それ以上なかなか減らなくなっているように見える。
「この敵、体力を回復させているぞ!」
クマサンが鋭く指摘した。
確かに、よく見ればヌシの体力ゲージがわずかずつだが増加している。
自動回復能力を持つ敵だとすれば、回復分をいれれば、実質的に削らないといけない体力は、目に見える体力ゲージ以上ということになる。
これは思っていた以上の難敵かもしれない。
「スキル、みじん切り!」
俺は再びヌシに大ダメージを与える。
相手が自動回復するのなら、速攻で倒しに行くのが最善手だ。時間をかければかけるほど、ヌシの体力は回復し、削るべき量がどんどん増えてしまう。
「スキル、輪切り!」
俺は攻撃する手を緩めず、さらに激しく攻め立てる。
しかし、その時、ヌシがまた大きく吠えた。
ヌシが毛針を放った
ショウにダメージ120
クマサンにダメージ120
ミコトにダメージ120
メイにダメージ120
再びヌシの範囲攻撃が炸裂した。
どうやらこれは、体力が半分を切った時に使う一度きりの攻撃ではなかったようだ。
ミコトさんがすかさず範囲ヒールを使ってくれるが、彼女のSPも厳しくなってきている。
それでも、俺はひるむことなく攻撃を続けるしかない。仲間を救う一番の方法は、この敵を倒すことなんだから。
次の料理スキルを使うために包丁を振り上げた時、俺はヌシの体力ゲージに異変を感じた。
「体力ゲージの回復速度が異常に速くなってないか!?」
ヌシの体力が半分切ったあたりでは、じっくり観察しないと回復しているのがわからなかった。しかし、俺がさらに料理スキルでダメージを与え続けると、ヌシの体力は目に見えて回復速度を増していた。
「体力が減れば減るほど、自己回復量が増えているんだ!」
クマサンも俺の言葉を肯定してくれた。
タンクとしてヌシの動きに注視し続けているだけあって、俺と同様回復量の変化に気づいたようだ。
「ちょっと待ってくれ! 体力を減らせば減らすほど回復量が増えるんじゃ、結局倒しきれないんじゃないのか?」
メイの不安げな声が響く。
彼女に言われるまでもなく、俺も同じことを考えていた。
この状況、どうやって打破すればいいんだ?
「ウオォォォォォォォン!」
ヌシが毛針を放った
ショウにダメージ120
クマサンにダメージ120
ミコトにダメージ120
メイにダメージ120
ヌシの怒号とともに、再び範囲攻撃が飛んできた。
しかも、その使用間隔が徐々に短くなってきている。
「うそ!? 来るのが早すぎます! まだ範囲ヒールのリキャストタイムが終わってませんよ!」
ミコトさんの声に焦りが滲む。
彼女は範囲ヒールに加え、個別ヒールをうまく使ってなんとか繋いでくれているが、このままではいずれもたなくなる。
俺も料理スキルで攻撃を続けているが、ヌシの体力を減らせば減らすほど自己回復量が増えるせいで、与えるダメージと自己回復量が相殺される状態に近づいてきていた。
「ウオォォォォォォォン!」
え、待って!
またそれ!?
早すぎる!
ヌシが毛針を放った
ショウにダメージ120
クマサンにダメージ120
ミコトにダメージ120
メイにダメージ120
連続と呼ぶような間隔で再び範囲攻撃が繰り出された。
これで俺達はまたしても大きなダメージを受けた。
ミコトさんのヒールの間隔を上回るダメージに、俺の体力も限界に近づいている。
「ごめんなさい! こんなのもう無理です! 支えきれません!」
ついにミコトさんが限界を告げた。
戦いの継続限界を最も敏感に感じ取れるのは、回復でパーティを支えるヒーラーだ。そのヒーラーが無理だというのなら、もう本当に限界だということだ。
それに、俺の方ももう相手の回復量が多すぎて、体力ゲージをこれ以上減らせないところにきてしまっている。
俺達は攻めでも守りでも、もう完全に追い詰められていた。
「みんな、撤退だ!」
俺の指示が響き渡ると、全員が即座に反応し、ヌシの洞穴とは反対方向へと一斉に駆け出した。
ヌシは吠えながらターゲットであるクマサンに食らいついてくる。
だけど、クマサンの防御力と体力なら、その猛攻にも少しの間は耐えられるはずだ。
メイの話によれば、少し逃げればヌシは追撃を諦めるはずだが――
案の定、ヌシはすぐに追撃を断念し、静かに住処としている洞穴へと引き返していった。
俺達は洞穴から離れ、安全な場所を見つけて座り込んだ。
ゲームだから肉体的な疲労こそ感じないものの、精神的な疲労はまぎれもない。
今の無理ゲーを体験した後では、さすがに疲れたし、皆の表情も沈んでいる。
「……メイ、鍛冶師専用クエストって、今までからこんなに高難易度だったのか?」
俺の問いに、メイは首を横に振る。
「そんなわけないだろ。頭を使うようなクエストはあったけど、戦闘自体があまりなかったし、あっても鍛冶師一人で勝てるような簡単なイベント戦闘ばかりだった」
「それがどうしていきなりこんな理不尽な戦闘になるんですか……」
普段温厚なミコトさんも、珍しく唇を尖らせていた。
あまり見ない彼女のそんな表情は可愛らしくあったが、さすがに今はそんな顔を見られてラッキーと思えるような心境ではなかった。
「ターゲットの固定はできるが、あの範囲攻撃を連発されれば、俺がターゲットを取っていても意味がない」
クマサンも悔しそうだった。
あの範囲攻撃連発はタンクの存在を無意味にするようなものだ。クマサンとしてはタンクの誇りを傷つけられたように感じているのかもしれない。
「俺も料理スキルでダメージは出せるけど、体力を減らせば減らすほど自己回復量が増えてるからいつまでたっても倒しきれない」
俺達は4人揃って溜息をついた。
「あの感じだと正攻法では何度やってもダメだろうな。次は火属性攻撃を試してみよう。サブ職業を変更するために、一度村へ戻ろうか」
「……そうだな」
俺の提案に異論を唱える者はいなかった。
サブ職業の変更は、マイルームか、街や村にある宿でしかできない。
俺達は、次なる挑戦に備えて一旦村に戻ることを決めた。