問題の村に到着した俺達は、まず依頼主である村長の話を聞きに行くことにした。念には念を入れて、彼の話から何か手がかりを探ろうというわけだ。
「あの山にヌシが住んでいることは、先代の村長からも聞かされていました。しかし、これまで特に被害がなかったので、深くは気にしてはいませんでした。ところが、最近になって急に村の近くに姿を現し、『ヒ ヲ ササゲヨ』と言ってきたんです。私達には何のことかわからず、何も対処しないでいたら、家畜が襲われるようになってしまいまして……。それで、どうにかしてもらおうと、以前助けていただいたメイさんに依頼を出した次第です」
村長の説明は、メイから自然に聞いていた話と一致していた。
どうやら、パーティを組んだからといって村長の話が変わるということはなさそうだ。
「村長、火について何か心当たりはありませんか? ヌシが火に弱いとか、火に特別な反応を示すとか?」
「いえ、特には……。ヌシが姿を現すまで、あの山にヌシがいることさえ忘れかけていたくらいなので……」
念のために聞いてみたが、何の参考にもならない答えが村長から返ってきた。
「では、村でヌシについて詳しい人はいませんか?」
「村長の私ですら先代の村長から話に聞いていた程度なので、恐らく誰も……。もしかしたら長老なら何か知ってるかもしれませんが、最近はちょっとボケてきてましたから……」
村長は申し訳なさそうに頭をかいている。
長老か……。ゲーム的には、なにか重要な情報を握っている可能性もあるが……。
「メイ、長老に話を聞いたことはあるのか?」
「ああ。……だけど、残念ながら参考にはならないと思うぞ?」
「ん? どうしてだ?」
「……まぁ、話してみればわかる」
「――――?」
メイのどこか達観したような声と表情に、俺とクマサンとミコトさんの3人は首をかしげる。
不思議に思いつつも、俺達はメイの案内で長老の元へ向かうことにした。
村の中でもひときわ古びた建物が長老の屋敷だった。木造の壁は所々にひびが入り、屋根もかなり年季が入っているようだった。
俺達はその屋敷の中で、ひっそりと佇む一人の老人――頭は薄くなっているが、その代わりに白いひげが見事に伸びた、この村の長老に声をかける。
「あなたが長老さんですか?」
「……いやいや、わしは伝説の勇者ではないぞ」
「…………」
俺は一瞬言葉を失かったが、気を取り直して別の質問を投げかける。
「ヌシについて何かご存じありませんか?」
「さぁ、昨日何を食べたかは覚えておらんのぉ」
「…………」
俺は無意識に溜息をつき、隣のクマサンと顔を見合わせた。
メイの言ってた意味が、俺にもよくわかった。
確かに、この長老から有益な情報を引き出すのは難しそうだ。
俺達は、念のためほかの村人の話も聞いて回ったが、残念ながらというか、案の定というか、たいした情報は得られなかった。
「これ以上村で話を聞いて無駄でしょう。ヌシのいる山へ行きませんか? そこで倒してしまえれば、問題は解決するはずですから」
ミコトさんの提案に反対する者はいなかった。
俺達は村で体力とSPを全回復させると、意を決してヌシが棲むという山へと向かった。
VRゲームの山道はリアルと同じように険しい。
しかし、ありがたいことにゲームの中ではどれだけ急斜面を歩いても疲れることはない。
移動時間は必要になるものの、疲労は感じずに済むのは助かる。
道中、モンスターに出くわすこともなく、俺達は万全の状態で目的地にたどり着いた。
ヌシが棲むという洞窟の入り口には、大きな岩が砕けた跡のようなものが残っていた。
ヌシの存在を示す目印か何かだろうか?
しかし、戦闘に影響するようなものではなさそうなので、特に気を留める必要はなさそうだった。
「ここでしばらく待てば、洞穴からヌシが出てくる」
メイの言葉に、俺達の緊張が一気に高まる。
岩の跡のことなどすっかり忘れ、俺は戦闘への意識を集中させた。
しばらくすると、メイの言う通り、洞穴の中から白い四つ足の獣がゆっくりと姿を現した。
体長は2メートルほどで、猛き猪には及ばないが、狼系モンスターとしてはかなりの巨体だ。
ヌシは洞穴から出ると、まるでこちらを見定めるかのように静かに立ち止まり、その大きな口を開いた。低く響く声が空気を震わせる。
「ヒ ヲ ササゲヨ」
その言葉は片言ながらも明確に人の言葉だった。さすがヌシと呼ばれる存在、ただの獣ではないことを雄弁に示していた。
「こちらから手を出さなければ、襲ってくることはない。だから、しっかり準備を整えてから攻撃を始めよう」
事前にメイから聞いていたことだったが、経験者の彼女が改めてこの場で言ってくれると、俺達は冷静になれる。
ヌシという脅威を目の前にしながら、俺達は一斉に頷き、ミコトさんからら攻撃と防御を増強するバフを受け、慎重に戦闘準備を進めた。
さぁ、ここからが勝負だ!
クマサンがヌシの正面に立ち、俺は背後に回る。ミコトさんとメイは少し距離を置き、それぞれの位置にスタンバイした。
「スキル、挑発」
その声は、戦闘開始の合図でもあった。
先制でクマサンがヌシのターゲットを取ってくれたのを確認し、俺は構えていた包丁を振り下ろす。
「スキル、みじん切り!」
ショウの攻撃 ヌシにダメージ325
よし! ヌシが相手でも料理スキルは使用可能だ! ダメージも問題なく入っている。
クマサンやミコトさんは俺のスキルにもそのダメージ量にも慣れたもので、平然としている。だが、メイだけはそうではなかった。
「ちょっと待て! なぜ料理スキルが戦闘で使えるんだ!? それに、戦闘職でも出せないようなそのダメージは一体なんなんだ!?」
メイは驚愕の表情で俺を見つめ、メイは今の状況を忘れたかのようだった。
戦いに慣れた戦闘職なら、こういう時でも頭を切り替えて戦闘行動を取れるのだろうが、非戦闘職の鍛冶師である彼女は、そういうわけにもいかないようだ。
「料理人にとっては狼も食材ということだ! 効くものは効くとわりきって、今は自分の仕事に集中してくれ!」
「――――! す、すまない!」
俺の言葉で我に返ったメイは、慌ててサブ職業の黒魔導士として魔法スキルを使い始めた。魔法スキルには詠唱時間が必要で、俺の料理スキルのように即時発生するものではない。
しばしの詠唱の後、ヌシに向かってメイが手を掲げる。
「ファイア!」
メイの攻撃 ヌシにダメージ55
ダメージ量を見る限り、火が弱点というわけではなさそうだ。
このダメージでは、メイの魔法攻撃は正直ダメージソースとしてはそれほど期待できないだろう。やはり、メインのダメージソースは俺ということになる。
ここはメイに俺の格好いいところを見せてやろうじゃないか。
俺はクマサンから敵ターゲットを奪わないよう気を配りながら、次々と料理スキルを叩き込んでいった。ヌシの体力は順調に減っていく。
正直なところ、以前戦った猛き猪に比べれば、ヌシは全然たいしたことがない。
所詮、鍛冶師専用クエストのイベントモンスターに過ぎず、ネームドモンスターと比べるべくもないと、内心余裕さえ感じ始めていた。
だが、その時、事態が一変した。
「ウオォォォォォォォン!」
ヌシの残り体力ゲージが半分を切った瞬間、突如として響き渡る咆哮が空気を震わせた。予想外の行動に俺は驚き、メイの方に顔を向けた。
「メイ! この行動は知っているか!?」
「ヌシのこんな動きは私も初めて見る! そもそも、一人ではここまで体力を削れてない!」
なるほど。
ここから先はメイにとっても未知の領域というわけか。
「みんな! 油断するな! 気を引き締めていくぞ!」
俺が皆に声をかけた瞬間だった。
ヌシから衝撃波とともに無数の針のようなものが飛んできた。
ヌシが毛針を放った
ショウにダメージ120
クマサンにダメージ120
ミコトにダメージ120
メイにダメージ120
メッセージが次々と表示され、俺達全員が均等にダメージを受けたことを理解する。
ヌシから距離を取っていたミコトさんやメイにまでこの攻撃が届くとは、その攻撃範囲の広さは異常だった。
さらに、防御力の高いクマサンと、それ以外の俺達軽装のメンバーが同じダメージを受けている。
つまり今のは、広範囲の防御も属性も無視した攻撃ということになる。
俺は背中に冷たい汗を感じた。