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第20話 鍛冶師メイ

 新たな包丁作成に必要な素材は、すでに手元に揃っている。

 しかし、その素材から包丁を作り上げる技術を持つ者は、このサーバーで1番の変わり者であり、頑固者として知られる鍛冶師、メイしかいない。

 俺達に取れる選択肢は二つ。無理を承知でメイに頼んでみるか、ほかの鍛冶師のレベルアップを気長に待つか。

 自分の強化を急ぐ必要がない俺は、後者の選択肢でもいいかと思っていた。だが、「ダメ元でも頼みに行ってみよう」というミコトさんとクマサンの熱意に押され、俺達は鍛冶師メイのいる辺境の村イオニアへ向かうことになった。


 メイは、なぜかプレイヤーが多く集まる王都ではなく、この辺境の村に自分の店を構えている。

 彼女ほどの財力があれば、王都にだって店が持てるだろうに、あえてこんな村を選ぶあたりからして、彼女の独特な性格が伺える。


 やがて、俺達3人はイオニアに到着した。

 辺境の村だけあって、店の数は少なく、誰に尋ねることなくメイの店はすぐに見つかった。


「さぁ、行きましょう! メイさんはたいていこの時間にログインしているはずです」

「お、おう」


 すごいな、ミコトさん。そこまで調べていたとは。

 ヒーラーとしてのスキルだけでなく、情報収集能力もたいしたものだ。

 こんな優秀な人が、俺のギルドなんかにいてくれていいのだろうかと思ってしまう。


「お邪魔します」


 ミコトさんがメイの店の扉を開け、中に入っていった。俺とクマサンもそれに続く。


「あいにく、今は店に売り物はないよ」


 入店早々、愛想のない厳しい口調でそう言い放ったのは、店の主人メイ。緑の髪をおさげにした、やや童顔の女の子だ――もちろん、それはキャラクターの話で、実際の中身が女性か男性かはわからない。


 メイは、依頼に応じて物を作ることはほとんどなく、自分が作りたいと思うものだけを手掛ける頑固な職人だ。しかし、彼女にはもう一つ信念がある。それは、自分の手から生み出された作品が、その力を最大限に発揮することを渇望しているということ。そのため、作り上げた武具は惜しむことなく店に並べ、売りに出す。彼女の作品の値段はかなり高額だが、その品質は折り紙つきだ。たとえ一般的な武具であっても、メイが手掛ければ高品質なものが高確率で出来上がる。さらには、このサーバーでは彼女にしか作れないようなレベルの武具も存在する。だからこそ、メイの店に商品が並ぶと、瞬く間に売り切れてしまうのだ。

 そんな話を、事前にミコトさんから聞いていたため、売り物がないというメイの言葉に驚きはしなかった。そもそも、俺達の目的はメイの武具を買うことではない。


「メイさん、今日は買い物じゃなくて、ちょっとお願いがあって来たんです」

「……あんた、どこかで見た顔だね。確か……ミコトだったか?」

「はい、そうです。覚えてくださって光栄です。その節はお世話になりました」


 二人は初対面ではないようだが、驚いた。鍛冶師として数多くのプレイヤーと接してきたであろうメイが、すべての顔や名前を覚えているわけがない。それなのに、ミコトさんのことをすぐに思い出すとは。これはメイが並みはずれた記憶力も持っているのか、それともミコトさんの存在感がそれほど強烈だったのか……。


「もしあんたが望むのなら、私の武具を売ってやってもいいが、あいにく今は製作を中断してるんだ。こっちの事情が片付いたらまた作り始めるから、その時に来てくれ。なんなら、取り置きしておいてやってもいい」


 ミコトさんへの対応を見ていると、事前に聞いていた話とはちょっと違うような気がする。誰に対しても横柄で不愛想な職人、そういう人ではないように感じられた。


「いえ、欲しいのは私の武具ではなくて……ほら、ショウ」


 ミコトさんに背中を軽く押され、俺は前へと押し出された。

 今の感じだと、ミコトさんが話してくれた方がいい気がするが、どうやら俺が頼まなければならないようだ。

 助けを求めるようにミコトさんを見たが、彼女の目は「早く事情を説明して」と無言で促している。


「す、すみません、メイさん。俺、メイン職業が料理人のショウって言います」

「……料理人?」


 メイの目が鋭く光り、俺の頭のてっぺんからから足のつま先まで、じろりと値踏みするように見やる。

 ううっ、やっぱり料理人なんて、鍛冶師から見たら格下なんだろうか……。そんな気持ちがじわりと込み上げてきた。

 でも、ここで退くわけにはいかない!


「実は、無理を承知でお願いがありまして……包丁を作っていただけないかと思いまして……」

「……包丁だって?」


 メイさんの目の色が変わった気がした。


 ひぃー! もしかして怒ってる!?

 武器や防具でさえ作ってもらえない状況で、よりによって包丁を作れなんて……。鍛冶師としてのプライドを傷つけられたとか思われたんじゃないか?

 でも、ここまできたら引き下がれない。どうせ失うものなんてないんだから。


「はい! 包丁です! ほかのサーバーでは作った人がいるみたいなんですけど、このサーバーではまだ誰も作っていないレアな包丁があるらしくて……。あ、材料は全部揃えてます! ただ、それを作れるのがこのサーバーではメイさんだけみたいで、なんとかお願いできればなと……でも、やっぱりダメですよね。よりによって包丁なんて頼んで、舐めてるって思われますよね……」

「……あんた、包丁のことを舐めてるのかい?」

「い、いえ! 舐めてないです! ほかの人がどう思おうと、包丁は俺にとって魂みたいなものなんです!」

「なら、自分で包丁を貶めるようなことは言うんじゃないよ。舐められたら、そいつを刺し殺すくらいの覚悟を持ちな」


 迫力ある物言いに、思わず震えあがりそうになる。だが、ここで怯んではならない。


「はい、わかりました!」


 メイはしばし俺を見つめた後、深く息をつく。


「……包丁ねぇ。そういや、私もまだ包丁は作ったことはなかったっけ」


 ……あれ?

 険しい表情のままだけど、どこか目が笑っているような気がする。

 聞いていた話だと、「私にそんなもの作れっていうのかい!? いい加減にしな!」と追い返されるかと思っていたんだけど……。


「このサーバーで最初の1本を私が作るのは悪くない話だね。ほかのサーバーの鍛冶師に作れて私に作れないと思われるのも癪だし。それに、同じ非戦闘職同士。色々と思うところもある」


 えっ、この流れ……もしかして、俺のために包丁を作ってくれる流れだったりする?

 話に聞いてたのと違って、実はいい人だったってやつ?

 期待に胸を膨らませ、俺はメイを見つめた。


「それってもしかして、包丁を作ってくれる――」

「しかし、悪いけど、今は新しいアイテムを作る気にはなれんのだ。私は心から自分が作りたいと思った時にしかアイテム作成をしないことにしている。ゲーム的には能力とスキルと乱数で出来が決まるのかもしれんが、私はアイテムの出来には自分の想いってやつが関係していると信じている。今の私は全神経を集中してアイテムを作れるような心の状態じゃないんだ」

「……その感覚、わかります。俺も料理を作る際、自分の気持ちがこもっているときと、そうじゃないときでは、出来栄えが違うと感じてますから。そういう感覚……わかります」


 ゲームの世界とはいえ、鍛冶師と料理人、同じ職人として共通するものがあると感じる。

 メイとの間に妙な親近感が芽生えたかもしれないと、勝手に思ってしまう。


「……さすがは料理人、これをわかってくれるか。無粋な戦闘職連中とは違うな。あんたのこと、嫌いじゃないよ。……ただ、今はアイテム作成に集中できる心境じゃなくてね」


 メイの心に引っかかる何かがあるのだろう。きっと、それが解決しない限り、彼女は集中してアイテム作りに取り組むことができない、そういうことなんだろう。職人として、その気持ちは理解できる。

 しかし、そうなると、おせっかいかもしれないが、彼女の助けになれないかとつい思ってしまう。


「アイテム作成に集中できないって、何かあったんですか? もし俺にできることがあるなら、手伝いますよ?」


 相手の大事な部分に踏み込むときは気をつけなければならない。ほんのささいなことで逆鱗に触れる恐れもある。

 それはわかっているが、俺の口はすでに思ったままの気持ちを言葉にしてしまっていた。


「手伝いだって?」


 メイの目が鋭く俺を見据えた。


「……どうやら、打算で言っているわけではなさそうだね」


 確かに、彼女に恩を売って、そのお礼として包丁を作ってもらおうと考えての発言ではなかった。ただ純粋に、彼女を助けたいという気持ちが言葉に出ただけだ。

 その真意が伝わったのか、メイの表情が少しだけ柔らかくなった気がする。


「実は今、鍛冶師専用クエストを進めているんだが、その途中で詰まってしまっていてね。そのせいで、アイテム作成に集中できないんだ。もしあんた達が手伝ってくれて、そのクエストをクリアできたなら、お望みの包丁を作ってやろうじゃないか。……どうだ、私に協力してみるか?」

「――――!?」


 その提案は、まさに願ってもないものだった。

 包丁を作ってもらえるだけでなく、鍛冶師専用クエストに挑戦できる機会など滅多にあるものではない。各職業専用クエストは、サブ職業でもレベルを上げれば発生するが、高レベルの専用クエストになってくると、メイン職業でなければ普通は挑戦できない。メイほどの鍛冶師が詰まっているのなら、それは間違いなく高レベルの鍛冶師専用クエストだろう。普通にプレイしていては、自立で挑戦するチャンスなどまずない。しかし、同じパーティにいれば、一緒に挑戦できる。ゲーム好きとしては、この機会を逃すわけにはいかない。


「ぜひ協力させてください!」

「私も手伝います」

「俺も一緒に行こう」


 ミコトさんもクマサンも、すぐに同意してくれた。

 人が良いというのもあるけど、彼女達も俺と同じでゲーム好きの血が流れているのだろう。


「なかなか気持ちのいい連中だね! 気に入ったよ」


 メイの笑顔が広がり、その場の雰囲気が一気に和んだ。

 こうして、成り行きと包丁作成のため、俺達はメイのクエストに挑戦することになった。


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