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第19話 新たな武器

 自信を持って投稿したクマーヤの料理動画だったが、残念ながら俺が期待したほどの反響は得られなかった。

 視聴者の評価自体は悪くない。高評価の割合は高く、コメントも良好だ。特にクマーヤの声とアバターに関しては絶賛されている。

 しかし、肝心の再生数は思うように伸びていなかった。


 アナザーワールド・オンラインにログインしながら、俺は気がつくとため息をついていた。


「元気ないな、ショウ」


 クマサンは今日も俺の店に来てくれていた。


「……クマサンもミコトさんも頑張ってくれたのに、動画があの調子だからさ。二人に申し訳なくて……」

「ショウだって、ログイン時間を削ってまで動画編集を頑張ってくれたじゃないか。それに、あの動画の出来は決して悪くないと思う」

「……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そんな簡単にバズるわけないっていう現実を見せられちゃうと、次の動画のアイデアに詰まっちゃってさ」


 俺の実家の知識を活かして料理動画を作ってみたものの、冷静に考えればバズるようなコンテンツにはなっていなかった。料理に興味のある視聴者層にしか響かない内容だったことが、対象範囲を狭めてしまっていた。あれでは、子供や学生達には見向きもされないだろう。


「内容が失敗だった。もっと若者受けする、面白い動画を作らなきゃいけなかったんだよな。……ところで、クマサン、今何に興味がある?」


 クマサンは中高生でも通用する見た目だが、すでに成人している。だが、それでも俺よりは若い世代に近い感覚を持っているはずだ。彼女の意見が何かヒントになるかもしれない。


「んー……、このゲームとか?」

「ゲームか……。ゲーム動画っていう選択肢はありだよな」

「あー、それはいいかも」

「でも、問題はなんのゲームをするかだよなぁ……」


 二人して考え込む。

 期待していたほど再生数が伸びない現実に、早くも行き詰まりを感じていた。

 店内に沈んだ空気が漂う中、ドアが開いて誰かが入ってきた。

 珍しくお客さんかと思いきや、そればギルドメンバーのミコトさんだった。


「二人とも、なんだか元気がないですね」


 ミコトさんも動画の再生数を知っているはずだが、彼女はまったく気にしていない様子で、いつも通りの明るさだった。


「あの再生数を見れば、こうもなるよ……。でも、ミコトさんは思ったより元気そうだね」

「私達は無名のVチューバーなんですから、最初はこんなものですよ。なにかきっかけさえあれば、一気に注目されますって! それに、私としては、私の作ったクマーヤがあんなに可愛く動いて、しかもあんな素敵な声で喋ってくれるのを見たら、もうそれだけで十分って感じです!」


 彼女の言葉に、なるほどと頷く。確かに、その前向きな姿勢は彼女らしい。

 ミコトさんのその言葉には、自分が感じている焦燥感を和らげる力があった。

 彼女がクマーヤに注いだ愛情と期待が、彼女自身の元気の源になっているのだろう。



 俺も少し元気が出てきた気がする。

 よく考えれば、俺だってクマサンの声を聞きたいと思ったところから始めたんだ。まだ見てくれる人は少ないけど、クマサンの声を可愛いアバターと共に世界に発信しているのは確かだ。

 クマーヤの第一歩としては、これで十分じゃないかという気もしてきた。


「そうだな、ありがとう。ミコトさんのおかげでちょっと元気でてきたよ」

「本当ですか? それじゃあ、もう一つ元気になる話をお届けしますね。実は私、ショウがあんまりログインできなかった間に、いろいろ情報収集をしてたんです!」

「情報収集? 何かおもしろいクエストでも見つかった? それとも新しいネームドモンスターでも発見されたのか?」

「違いますよ! ショウさんのパワーアップ、ひいては私達のギルドのパワーアップに繋がる話です!」

「俺のパワーアップ?」


 戦闘職ならともかく、料理人である俺がパワーアップ? 経験を積めばレベルは上がるし、新たなスキルも獲得できるけど、そういうことじゃないよな?


「包丁ですよ、包丁! 猛き猪からドロップした『アダマンタイト鋼』、あれを使った包丁の作成方法があるみたいなんですよ」

「ああ、包丁か!」


 確かに、包丁は料理人の魂だ。そして、今の俺にとっては、戦闘でも重要な武器となっている。

 持っている包丁の中で最も切れ味が高いのは高級包丁だが、これは値段こそ高いものの、NPCの店でも買えるアイテムだ。店にはこれ以上の切れ味の包丁はなく、武器による戦闘力アップはこれ以上望めないと思っていた。しかし、店売りではなく、素材からの作製という手があったのかもしれない。

 武器や防具については、店で売られているものよりもはるかに優れた性能を持つものが鍛冶師によって作られ、流通している。包丁にだって、そのような特別なものが存在してもおかしくはない。


「アダマンタイト鋼が手に入ったら、普通は武器や防具の素材として使うため、今まで誰も包丁作成に使うとはしなかったみたいです。でも、ほかのサーバーでは、ネットでも有名な鍛冶師がネタとして作ってみたらしく、その性能がかなりのものらしいんですよ」


 世の中にはいろいろな人がいるものだ。包丁なんて料理人以外は興味を持っていないだろうし、ましてや戦闘に役立つなんてほとんどの人が知らない。それなのに、そんな包丁を作った人がいるとは……。

 期待感が胸の奥で膨らんでいくのを感じつつ、同時に不安が頭をもたげてくる。

 確かに包丁はマイナーなアイテムだが、それでもこれまでその作成方法が見つからなかったということは、アダマンタイト鋼だけで作れるような単純なものではないのではないだろうか?


「ミコトさん、もしかしてそれって、アダマンタイト鋼以外にもレアな素材が必要だったりするんじゃないの?」


 俺は不安げな目をミコトさんに向けたが、彼女は自信に満ちた笑みを浮かべていた。


「大丈夫です。そのあたりのことも調べておきました。一番入手困難なのがアダマンタイト鋼ですが、それはもう入手済みですし、あとレアなのはウッドワスの木という素材なんですけど――」

「それも、猛き猪を倒したときのドロップアイテムの中にあったぞ」

「そうなんですよ。それと、ラボラスの骨も必要なんですが――」

「ラボワスの骨って……」

「はい! それもこの前のスキル検証の時に、ショウさんは運良く手に入れているんです! ほかの必要素材は、特にレアではないものばかりですが、材料的にはもう揃ってるんです!」

「おおっ!」


 思わず感激の声が口をついて出た。


「よかったな、ショウ」


 クマサンが優しげに微笑んでくれる。

 俺はそれに笑顔で答える。


 しかし、なんという偶然だろうか。

 最近、俺の周りではいいことも悪いことも色々起こりすぎて、まるでジェットコースターのようだ。


「じゃあ、あとは鍛冶師に作成を依頼すればいいわけだ!」


 俺はもう新たな包丁を手に入れたような気持ちで興奮していたが、この話を持ち出してきたミコトさんはなぜか一転渋い顔をしていた。


「それがですね……。その包丁作成にはかなりの鍛冶師レベルとスキルが必要みたいなんですよ」

「かなりって……どれくらい?」

「具体的に言えば、現時点でこのサーバーでそれを作れる鍛冶師は、恐らく一人だけ……って感じです」

「一人だけって……」


 胸の中に不穏な予感が広がっていく。


「そうなんです。その鍛冶師とは、『偏屈鍛冶師』として知られるメイさん一人だけなんです」


 その名前を聞いた瞬間、俺の期待は泡がはじけるように消えていった。

 メイ――彼女の名は、このサーバー内で知らぬ者はほとんどいない、最もレベルの高い鍛冶師だ。最初に出回る職人製のれレア武器やレア防具は、ほとんど彼女の手によるものだと言われている。

 だが、彼女を有名にしているのは、その優れた鍛冶の腕だけではない。彼女の名をさらに広めているのは、その独特で厄介な性格だ。

 サーバー内で名の知れた高レベルプレイヤー達が、彼女に武器作成を頼むために高額な依頼料を積んでも、まともに話すら聞いてもらえずに追い返されるという話が後を絶たない。

 彼女は、誰から何を頼まれようと、自分が作りたいものしか作らないという、損得を超えた信念を貫き通しているやっかいな鍛冶師なのだ。


 ……なんてことだ。そんな鍛冶師に、よりによって包丁を作ってもらわなければならないなんて。

 これは、もしかすると3人でネームドモンスターを倒すよりも、はるかに困難な試練かもしれない。


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