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第17話 Vチューバー始動

 3人でVチューバーの話をしてから数日後、ミコトさんからメールが届いた。

 件名が「クマーヤのイラストできました」だったので、メールを開かずとも内容はわかる。

 しかし、どうにもならないイラストだったらどう傷付けないでミコトさんに返事すべきだろうか……。あるいは絵はうまいけど、妙に写実的でリアルなキャラが送られてきてもすごく反応に困る。

 そんなことを考え、俺は少し緊張しながら添付ファイルを開いた。


「――――!!」


 か、可愛い! 瞬間的にそう思った。

 ショート気味の黒髪に、頭にはクマ耳がちょこんとついた愛らしい女の子がこちらに笑いかけている。クリクリした大きな瞳も、口元に覗く八重歯も、すべてが魅力的だ。熊の毛皮をイメージをした茶色のパーカーを羽織り、その下には白のシャツとホットパンツ、そして黒いニーソックスという絶妙なバランスのデザインだ。

 添付されていたのは、それだけではない。怒った顔、泣いた顔、驚いた顔など、ややオーバー気味な表情がいくつか描かれており、その一つ一つが愛嬌たっぷりで胸がキュンとなる。

 絵のクオリティは、まるでプロのイラスタレーターが手掛けたかのように見事なものだった。どうしようもないイラストだったらどうしよう、などと考えていたことを詫びたくなるほどだ。


 この可愛いクマーヤに、クマサンが声をつけてくれる……やばい! 想像するだけで胸の高鳴りが止まらない。たとえ視聴者が俺一人だけでも構わない。むしろ、俺だけが独り占めしたいという気持ちさえ湧いてくる。


 とりあえず、クマサンにもこのイラストを見てもらわないと……。

 俺はイラストを圧縮し、自分のスマホに転送してから、Lineでクマサンに送った。「ミコトさんからクマーヤの絵がきたよ!」とメッセージも添えて。


 俺とクマサンはLine交換をしていたものの、相手が声優の熊野彩だと知っているので、変に気を遣ってしまって俺の方からメッセージを送るようなことはできないでいた。クマサンの方から送られてくることもないため、実はこれが初Lineだったりする。

 まぁ、そもそも話があればアナザーワールド・オンラインで話せるから、わざわざLineで話す必要自体がないんだけど。


 クマサン、Lineに気づいてくれるかな?そんなことを考えながら、俺は妙にソワソワしていた。

 しかし、俺の不安をよそに、すぐに既読がついた。


「早いな、クマサン!」


 驚きつつも、クマサンがこのキャラクターをどう思うかが気になって仕方がない。


『なにこれ!? すごくカワイイ!!』


 クマサンからはメッセージとともに、熊が目をウルウルさせたスタンプが送られてきた。

 俺はすぐに返信する。


『だよね! 俺もすごくイイったて思った! リアルのクマサンにも少し似てるし』


 俺がメッセージを送ると、すぐに返信がくる。


『私、こんなに可愛くないって!』


 いやいや、あなた、ものすごく可愛いって。

 まぁ、クマ耳だけは、はえてないけど。


『クマサンもこれで問題なしかな?』

『文句なし! 予想以上だよ! ショウもオーケー?』

『もちろん! このキャラとクマサンの反応見せられて、これでダメだって言う人はいないよ。じゃあ、これでバッチリだってミコトさんに伝えるよ?』

『うん! よろしくお願い!』

『あとはミコトさんと調整して、俺の方でアバター完成させるよ。全部準備できたらまた連絡する』

『了解だよ!』


 クマサンとのLineのやり取りを終えると、俺はすぐにミコトさんにメールを送った。

 これで、俺もクマーヤのVチューバーデビューに向けて本格的に動き出すことになる。

 ミコトさんが描いたイラストをアバターとして使用できるようにするだけでなく、動画編集も俺が担当することになるだろう。

 プログラムに関しては特に問題ないが、動画編集はまだあまり詳しくない。一から勉強する必要がありそうだ。でも、今の俺にはその挑戦さえも楽しみで仕方がない。


 お金にはならないかもしれないけど、自分達で何か生み出すということ自体が、俺の心を新たな高揚感で満たしていた。動画を作ったとしてどれほどの人が見てくれるかわからないが、この挑戦は間違いなく俺にとっての新たな冒険だ。

 アナザーワールドと現実リアル、二つの世界での俺の冒険が始まるんだ。




 その後、ミコトさんからはクマーヤのいろいろな表情やポーズの絵がたくさん送られてきた。俺とクマサンがクマーヤをとても気に入ったことがかなり嬉しかったようで、彼女の気合の入りようが伝わってくる。


 これだけ素材があれば、多様な表情を持つアバターを作ることができる。

 俺はアナザーワールド・オンラインへのログイン時間を削ってまで、アバター制作に時間を費やした。そして、ついにクマーヤのアバターを完成させた。

 プログラミングの知識も活かし、カメラに映る人の動きや表情に連動して、アバターが細かく反応するように作り上げた。


 早速、俺はクマサンにLineで連絡を入れる。


『クマーヤのアバターができたよ。クマサンのパソコンにセッティングするから、都合のいい日を教えて』


 初めて投稿する動画は、俺達のギルド名「三つ星食堂」にちなんで、料理動画に決まった。

 Vチューバーといえば、生配信をしてスパチャでウハウハというイメージがあるが、大手事務所の所属でもない俺達がいきなり生配信を始めたところで、間違いなく視聴者はゼロだ。どんなに良いものであっても、その存在が知られていなかったら、何の意味もない。

 だからこそ、まずは俺達のVチューバー・クマーヤを前面に押し出した動画を投稿し、徐々に知名度と認知度を上げていくつもりだ。その最初の一方として選んだのが、料理動画というわけだ。両親が食堂を営んでいただけに、簡単に作れるちょっと変わった料理とかなら、俺はいろいろと知っている。クマーヤが解説やコメントをしながら、視聴者に楽しく料理の作り方を紹介するというわけだ。

 クマサンには、俺が考えたセリフを話してもらう予定だが、その台本はあくまでひな型。クマサンが自由にアドリブを交えても構わない。そのデータと料理動画を組み合わせて、一つの完成した動画に仕上げるのが俺の役割だ。

 だが、その前にやるべきことがある。まずは、専用ソフトをクマサンのパソコンにインストールし、カメラのセットアップをしなければならない。そのためには、一度はクマサンの部屋に行く必要がある。

 しかし、これだけは言っておくが、決してやましい気持ちがあってのことではない。

 これは俺達のギルドのVチューバー活動には必要不可欠なことなのだ。


 しばらくして、クマサンからの返信が届いた。

 俺の方はいつでも日程を合わせられるけど、クマサンの方はどうだろうか? お互い部屋を知らないから、待ち合わせ場所も決めないといけないなよな。

 そんなことを考えながら、俺は少し緊張しつつスマホの画面を見つめる。


『ごめんなさい。私、パソコン苦手だからセッティングしてもらってもうまく使えないと思う』


 …………。

 クマサンからのメッセージを見て、俺は言葉を失って固まってしまった。

 もしかして、俺のやましい気持ちが見透かされてしまったのだろうか?

 ……いや、やましくない、やましくない!

 でも、そうか、あの事件のことを考えれば、確かにクマサンが部屋に男と二人きりになることをためらうのも無理はない。


 はぁ……。

 俺は少し調子に乗っていたのかもしれない。

 どこかで、俺だけはクマサンに信頼されているなんて、どこかで自惚れていたのかもしれない。

 パソコンを送ってもらって、インストールしてから送り返そうかな。

 あー、でも、住所を知られるのは嫌がれるかもしれない……。


 俺がモヤモヤしていると、Lineに新たなメッセージが届いた。


 やっぱりVチューバーするのはやめるとか言われたらどうしよう……。

 立ち直れないかも。

 ミコトさんにもなんて説明したらいいのか……。


 心の中で様々な思いが交錯する中、俺はクマサンからのメッセージに目を落とす。見るのが少し怖い。


『ショウのパソコンでやるっていうのはダメかな?』


 …………。

 俺はまた固まってしまった。

 俺のパソコンで?

 このパソコンをクマサンに送るということだろうか?

 デスクトップPCだし、結構大変なことになるぞ……。

 ……まさか、俺の部屋でやるってことじゃないよな?


『それって俺の部屋にクマサンが来るってこと?』


 勘違いするなと怒られるのを覚悟しながら、俺は震える指でそう打ち込んだ。

 いやでも、さっきの返しだったらこう考えたっておかしくないよな?

 勘違いしたってしょうがいよな?

 もしこれが誤解だったら、きっぱりそうじゃないって返してくれればいい。

 そうすれば俺も冷静になって、クマサンの意図を理解できるはずだから。


 俺は返事が来るのが怖いと思いつつ、スマホの画面をじっと見つめる。


『うん。そのつもりで送ったんだけど、迷惑?』


 …………。

 三度目の硬直。

 勘違いじゃなかった……。

 でも、俺の部屋に来たら、俺と二人きりなんだよ?

 あんなことがあったばかりなのに?

 ……あ、もしかして俺が実家暮らしだと思ってるのかな?

 確かに、いつもゲームにログインしているこの状況を見れば、そう思われてもおかしくないかもしれない。


「ごめん、言ってなかったけど、俺一人暮らしなんだ」

『? そうだと思ってたけど?』


 実家暮らしと思われてるわけじゃなかった……。

 これって、一人暮らしの俺の部屋に来てもいいってことだよな?


 焦るな。

 まだ慌てるような段階じゃない。

 クマサンは俺のことを仲間として、そしてギルドマスターとして信頼してくれているから、こんなことを言ってくれているんだ。

 この信頼だけは絶対に裏切っちゃいけない。

 大丈夫だ。俺はそのことを誰よりもわかっている。


 こうして俺達は、日時と待ち合わせ場所を決め、俺の部屋でVチューバーとして初めて投稿する動画の収録を行うこととなった。


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