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第16話 ギルドのもう一つの活動

「気にしなくていいよ。ミコトならほかの人に言いふらすようなことはしないと思うし」


 慌てている俺とは対照的に、当事者であるクマサンの声は落ち着いていた。その冷静さに、少し救われたような気持ちになる。


「……こんなこと聞くのはアレなんですけど……本当にクマサンが熊野彩さんなんですか?」


 ミコトさんが疑うのも無理はないだろう。逆の立場なら、実はドッキリを仕掛けられているのかもしれないと疑うかもしれない。


「……これで証明になるかな?」


 聞こえてきたのは、いつまのクマサンの渋い声ではなく、声優熊野彩の声だった。


「――――!!」


 ミコトさんが息を呑むのが、チャット越しにでもはっきりとわかった。

 熊野彩の声を聞いたことがある人なら、その声を一度聞いたら忘れることはないだろう。ミコトさんの反応を見る限り、彼女もその声に聞き覚えがあるようだった。

 クマサンが本物の熊野彩であることを、その声が何よりも証明していた。


「……確かに、本当に熊野彩さんのようですね。ショウさんは、前から知ってたんですか?」

「いや、俺も最近知ったばかりだよ」


 最近どころか、昨日――いや、正確には今日知ったばかりだった。

 でも、それを言ってしまうと、どんな経緯で知ったのかも説明しなければならなくなりそうだったから言わないけど。


「声優さんまでこのゲームをやっていたなんて驚きです。しかもすぐ身近で……。あ、でも、熊野彩さんって確か……」

「……うん。色々あって今は声のお仕事はやってないんだ。まあ、だからこそ、こうして毎日ゲームを楽しんでいられるんだけどね」

「そうなんですね……。熊野さんと一緒にゲームできるのは嬉しいですが、心地よさとともに耳に残る熊野さんの声が好きだったので、アニメやゲームで聞けないのは残念です」

「あははは、ごめんね」


 ミコトさんの言葉は決して社交辞令的な言葉ではなく、きっと純粋なファンとしての本音に違いなかった。その気持ちは俺にもよくわかる。


「また声優業に復帰するつもりはないんですか?」

「んー、新しい子がどんどん出てくる世界だからねぇ。それに、私の場合、ああいう辞め方になっちゃったから、元の事務所は当然ともちろん、ほかの事務所もなかなか……」


 そうだったのか。

 昨日はそこまで踏み込んだ事情を聞けなかった。

 しかし、クマサンがここまで正直に話してくれるとは驚きだ。それくらい俺達のことを信用してくれてるってことなのかな? あるいは、こんなとこで弱音を吐いてしまうほどに状況が厳しいのか……。


「なるほど。だから、さっきのVチューバーの話になるんですね」

「いや、それは俺が思いつきで言っただけだから気にしないでくれ。クマサンの声をまた聴きたいって思っちゃっただけで、よく考えたら、俺にはプログラムの知識はあってもVチューバーの知識なんてないし、アバターを作るにも絵のセンスがない。それに、クマサン自身にその気がなければ何も始まらないし」


 自分で提案しておきながら、その無謀さに今さら気づき、恥ずかしさが込み上げてきた。


「はいはいはーい! 私、絵を描けます!」


 忘れて欲しいのに、なぜかミコトさんは俺の言葉に乗ってきてしまった。

 しかし、水彩画や油絵が描けたってダメなんだよ。ミコトさん、そのへんのことわかってる?


「いや、ミコトさん。多少の絵の心得があっても、パソコンにはそのまま移せないから。取り込みなんかもできるんだろうけど、グラフィック関係はそこまで詳しくないし、第一センスがないし……」

「そのくらい私だってわかってますって。これでもパソコンで絵を描いてるんですよ。もちろん趣味のレベルなんですけどね」


 趣味のレベルの絵といっても、その質は千差万別。子供のお遊びみたいな絵を持ってこられても反応に困るぞ。

 それになにより、クマサン自身にその気がなければ話にならない。俺の思いつきも、すべてクマサンの声があってこその話だ。


「ごめん、クマサン。俺が余計なこと言ったせいで、なんかミコトさんが盛り上がっちゃって。こんな話、迷惑だろうに……」


 クマサンには詫びるしかなかった。

 彼女が声優を辞めるに至った事情を知っているだけに、迂闊なことを言ってしまって、彼女を傷つけることになっていないか不安だった。


「ショウはそんなに私の声が聞きたいんだ……」


 ん? クマサンが何かつぶやい気がするけど、声が小さくて俺にはよく聞こえなかった。

 ……俺に対する文句だったらどうしよう!?


「クマサン、今何か言った?」


 聞き直すのは少し怖かったが、そのまま放っておくこともできない。不快感を与えているのなら、早めに払拭しなくてはならない。

 だけど、返ってきたクマサンの声に怒りの色はなかった。


「ううん。たいしたことは言ってないよ。……それより、二人は私がミコトの描いたキャラに声をあてたら嬉しい?」

「もちろんです!」


 俺が答えるより早く、ミコトさんが即答していた。

 今日のミコトさんは、いつになくテンションが高いような気がする。


「ショウは?」

「え……。それはもちろん……」


 クマサンに聞かれ、俺は思わず戸惑ってしまう。

 こういう時に、ミコトさんみたいに素直に返せないのは俺の悪いところかもしれない。


「なんだか微妙な反応だね。実はそこまででもない感じ?」

「いやいや! クマサンの声がまた聴けるなら、めちゃくちゃ嬉しいって!」

「そうなんだ。……じゃあ、このギルドのゲーム外の活動として、ちょっとやってみようかな」

「――――!」

「やったぁぁぁ!」


 俺が声も出せずに喜びを嚙みしめている一方で、ミコトさんは弾けた声を上げて歓喜していた。

 しかし、迂闊に安心してはいけない。

 クマサンの声は実績もあるし、実際に凄い。でも、そのアバターとなるミコトさんの絵が、どうにもならないようなものだったら、Vチューバーなんてまず間違いなく失敗する。


「ミコトさん、喜ぶのはいいけど、肝心のアバターとなる絵は本当に大丈夫なの? 厳しいことを言うようだけど、子供だましのような絵を出されても、Vチューバーは成立しないよ?」


 厳しいかもしれないが、ここは言い出しっぺとして、そしてギルドマスターとして、はっきり言っておかねばならない。

 ミコトさんが実際にキャラの見た目通り若い女の子とかだったら、きつい言葉になるかもしれないが、大人として現実を示すのは、きっと俺の役目だろう。


「わかってますよ! 私の本気を見せてあげます! でも、キャラのイメージは欲しいですね。描いたはいいけど、クオリティによるダメ出しならともかく、イメージと違うとかいう理由で否定されたら、さすがに私だって怒ります」


 確かにそれはそうだろう。

 クマサンが声を当てるキャラクターのイメージについて、俺達3人の意思統一をはかっておく必要がある。


「……私はクマがいいな」

「クマサンがクマ好きなのはわかった。でも、やっぱりここは可愛い女の子にしようよ。クマよりは女の子の方が一般受けするし、クマサンの声にもあっていると思う」

「でも、クマぁ……」

「それじゃあ、女の子にクマの要素を入れるっていうのはどうですか? たとえばクマ耳をつけるとか」

「んー、それならいいかな」


 よし! クマサンが納得してくれたぞ、さすがミコトさんだ!

 でも、クマ要素を入れるなんていう難しいことを自ら言い出してくれるとは、ミコトさんも本気でやる気になってくれてるんだな。


「あとは女の子のイメージを教えてください。ショウさん、言い出したからには何かイメージがあるんですよね?」

「ん? そうだなぁ、クマサンの声に合う可愛い女の子ってなると……髪は黒髪でショートぎみ。目は大きくてパッチリしてて、黒目がちょっと大きめ。鼻は小さくて形が整っていて、口は大きくなく、唇も薄めだけど不思議と艶っぽい魅力がある。それと、笑うと八重歯が見えたりして……」

「なんだかやけに具体的ですね」

「ショウ、それって……」


 あっ。

 二人の反応で、俺はハッとと気づいた。

 俺が無意識のうちに描いていたのは、今日会ったばかりの現実リアルのクマサン――熊野彩そのものだった。

 でも、クマサンの声にあっていて、最高に可愛い女の子っていったら……やっぱりこの姿しか思い浮かばない。


「だいぶ私もイメージが湧いてきました。これなら絵にできそうです」

「待って。Vチューバーってキャラが大事なんだよね? 本当にそのイメージの女の子でいいの?」

「ああ! もうそれしかない。さっきのが俺の知っている一番可愛い女の子だから」


 クマサンの戸惑うような声を聞いても、俺は即座に断言した。

 この言葉に嘘はない。

 クマサンがどう感じたのかはわからないが、それ以上クマサンから反論の言葉は出てこなかった。


「女の子のイメージはそれで決まりですね。じゃあ、名前も決めちゃいましょうよ。名は体を表すって言いますし、今のイメージと名前イメージが合わされば、よりしっかりしたキャラクター像ができあがると思います」


 そういうものなんだろうか。

 絵心のない俺にはちょっとわからない部分もあるが、キャラデザを担当するミコトさんが言うのだから、そういうものなんだろう。


「それなら、名前にクマの要素は入れてほしい。たとえば、クマっ子とか」


 一番に提案してきたのはクマサンだった。

 でも、それが絶対にダメとは言わないけど、クマっ子か……。

 俺がイメージしている女の子はもっと可愛い感じだから、少し物足りない。

 クマっ子に決まる前に、対案を考えなければ。


 さっきのイメージのもととなったのは、リアルのクマサンである熊野彩なんだから……クマノアヤ……クマアヤ……クマーヤ!

 これだ!


「じゃあ、クマーヤなんてのはどう?」


 俺は閃いた名前を意気揚々と提案した。


「いいじゃないですか」

「クマが入ってるし、私も構わない」


 熊野彩から名付けたと知られたら、クマサンは反対したかもしれないが、どうやら彼女は「クマ」の部分に気を取られ、気づいていないようだ。


「じゃあ、クマーヤということで! ミコトさん、これでいける?」

「大丈夫、イメージが固まってきました! じゃあ、さっきショウさんが言ったイメージにクマ要素を加えた女の子を描いてみますから、それを見て判断してください。二人が熊野彩さんの声を当てる価値がないって言うのなら、その時は私も潔く諦めますから」


 ミコトさんの言葉には覚悟が感じられた。

 彼女は、俺とクマサンから、画力とセンスのテストを受けようというのだ。

 その心意気やよし!


「わかった。でも忖度はなしだ。正直な評価をさせてもらうよ。クマサンもそれでいいよね?」

「うん……。でも、とりあえずやってみるだけなら、そこまで厳しくなくても……」

「いやいや、ダメだよ! クマサンが声を当てるんだよ! 中途半端なキャラじゃ、絶対にダメだ! それは俺が絶対に認めない!」


 クマサンのマネージャーでもないのに、俺は何を言っているんだろうか。

 でも、自分でVチューバーを提案しておきながら、クマサンの声の価値を落とすようなことはしたくないという気持ちは強かった。


「大丈夫です。私だって熊野彩さんに声という命を吹き込んでもらえるんです。生半可なキャラを作るつもりはありません。二人とも、私の本気を見ててください!」


 ミコトさんの言葉には、いつも以上の決意が込められていた。一切の妥協を許さない覚悟が伝わってくる。


「ところで、キャラが描けたらどうしたらいいですか?」

「俺がメールアドレス教えるから、そこに送ってくれるかな。クマサンには俺の方からデータを渡すよ」

「わかりました」


 ミコトさんのことは信用しているけど、彼女がリアルでどういう人なのかはわからない。クマサンは聞かれれば、素直に自分のメアドを教えるかもしれないけど、あんな事件があったあとだから、俺が仲介役になることを申し出た。

 俺もクマサンのメアドは知らないけど、事件の関係で俺達も連絡を取り合えるようにしておいたほうがいいだろうということで、Line交換をしてある。ミコトさんからパソコンに送られてきた画像を、圧縮して俺のスマホに転送すれば、そこからクマサンにLineで送ることは簡単だ。


「気合出てきました!」


 ミコトさんは、本当にいつも以上に元気いっぱいだった。

 さてはて、どんな絵が出来上がってくることやら。


 とにもかくにも、こうして三つ星食堂のギルメン3人によりVチューバー計画がとりあえずスタートしたのだった。


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