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第10話 誤爆

 二人と別れた俺は、マイルームへと戻ってきた。

 現実の時間ではすでに深夜に差し掛かっていたが、リアルで無職の俺にはまだ時間がたっぷりある。だからこそ、今のうちにアイテムの整理や料理の素材の在庫確認をしておこうと思い、アイテムウインドウを開く。


 今日手に入れたアイテムを倉庫用のボックスに移し、追加購入が必要な素材をチェックしていると、不意にシステムメッセージが表示された。


  クマサンがボイスチャットを申し込んでいます。許可しますか? はい/いいえ


 さっきまで一緒にいたのに、何か言い忘れたことでもあったのだろうか?

 それに、クマサンからボイスチャットの申し込みなんて珍しい。いや、珍しいというか、初めてのことだ。クマサンはもともと寡黙なタイプで、チャットを送ってくること自体が稀だ。するとしても、いつもは文字によるテキストチャットがメインだ。テキストチャットは相手の許可なく一方的に送れるが、ボイスチャットは相手が申し込みを許可してくれないと話すことができない。それが面倒で使わないのだろうと勝手に思っていたが、一体どういう風の吹き回しだろうか?


 ……もしギルドを脱退するとかいう話だったらどうしよう。

 そんな考えが頭をよぎり、胸が不安でいっぱいになる。

 クマサンは律儀なところがあるから、大事な話をテキストチャットではなく、ちゃんと自分の口で伝えたいと考えたとしても不思議ではない。


 俺は、胸騒ぎを抑えつつ、ボイスチャットを許可した。


『ごめん、明日の待ち合わせだけど、――でよかった?』


 許可した途端に、耳に届いたのは柔らかくて可愛い女性の声だった。


 …………え?


 俺の頭は混乱でいっぱいになる。

 確かにクマサンからのボイスチャット申請だったはずだ。

 いつもの渋い声とはるで違うし、話し方もとてもカジュアルだ。

 それに、待ち合わせって何のことだ? 俺はクマサンと何か約束してたかな? クマサンが指定した場所は、俺がリアルで住んでいる部屋から近い駅の名前だった。

 でも、クマサンが俺の住んでいる場所を知っているはずもないし、俺もクマサンの実際の住まいなんて知らない。

 基本的に、俺もクマサンもこのゲームのキャラクターになりきってプレイしているため、現実世界について話すことはほとんどない。

 そんなわけで、俺の頭の中には大量のクエスチョンマークが渦巻いていた。


「クマサン、待ち合わせって何のことだっけ? その場所なら俺も行けなくはないけど……」

『――――!? え!? その声はショウ!?』


 クマサンの声は、やっぱり鈴のように美しい女性の声だった。先程と違うのは、ひどく驚いて慌てた感じだという点だ。


「ああ。ショウだけど? チャット申請してきたのはクマサンの方だよね?」

『ま、間違えたぁ!?』


 いつものクマサンからは想像もつかないほど狼狽えた女性の声が聞こえると、突然ボイスチャットが切断された。


「……なんだったんだ、今のは?」


 俺が戸惑っていると、少し時間をおいて再びシステムメッセージが表示された。


  クマサンがボイスチャットを申し込んでいます。許可しますか? はい/いいえ


 あれ? またチャット申請が来たぞ?

 何がどうなっているのかよくわからないまま、再度クマサンからのボイスチャット申請を許可した。


『あー、ショウ、さっきの件なんだが……』


 今度は、いつものクマサンの声と話し方だった。


「よかった、いつものクマサンだ。さっきの一体なんだったの?」

『すまないが、さっきの件は忘れてくれるか? あと、誰にも言わないでくれると助かる』

「――――? なんだかよくわからないけど、わかった。もともと言うような相手もいないし、言うようなことでもないし」

『……そうか、助かる。それじゃあ、明日は俺も所用があるから、これで落ちることにする。……またな』


 渋い声を残し、ボイスチャットは終了した。


 ……しかし、一体さっきの出来事は何だったのだろう?

 所用というのは、さっき女の子の声で言っていた待ち合わせのことだろうか。


 あの時の声は、かなり可愛らしい女の子の声だった。普通の女性の声とは異なり、まるでアニメとかゲームのキャラクターのように個性的で、一度耳にしたら忘れられないほどの印象が残っていた。今もなお、その可愛いクマサンの声が耳の奥で何度も再生されているような。


 そういえば、このゲームにはキャラクターの声を変更でき機能があったことを思い出した。

 たとえば、俺が女性キャラを作ったとしても、声が元のままでは違和感があるし、他のプレイヤーに中身が男だとすぐにバレてしまう。

 たとえば、違う性別でこのアナザーワールドの中で生きたいって思っている人がいれば、それは死活問題だ。

 そのため、このゲームには音声変更機能が備わっている。これを使えば、たとえば俺がゲーム内で話す言葉をすべて女性の声に変えることが可能だ。もちろん、ボイスチャットも例外ではない。

 この音声変更はゲームを開始した後でも途中変更が可能で、中には会うたびに声が違ってるプレイヤーもいるらしい。

 クマサンもこの音声変更の機能を利用したと考えれば、急に女声になっていたとしても不思議ではない。

 しかし、クマサンがそんな機能を使うことが俺には意外だった。もしかしたら、クマサンは可愛い女の子の声で話すのが好きという性癖を持っているのかもしれない。実は夜な夜な同じ趣味の人と今回のようにボイスチャットをしており、今回はたまたまその相手と俺を間違えたのではないだろうか?


 まさかあの渋いタフガイのクマサンにそんな趣味があったとは……。

 うむ。やはりこの事実はクマサンの名誉のため、俺が墓場まで持っていくしかないだろう。


 安心してくれ、クマサン!

 あなたの秘密は誰にも言わないよ!


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