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第6話 ドロップアイテム

「あっ、アイテム! 結構ドロップしてますよ!」


 ミコトさんに言われて俺もクマサンも、ドロップアイテムを示したウインドウに、猛き猪を倒したことによって出てきたアイテムが並んでいるのに気づく。


  天女の羽衣

  敵視の腕輪

  アダマンタイト鋼

  ウッドワスの木

  ガーブの卵

  猛き猪の肉

  猛き猪の肉

  猛き猪の肉


 どれもNPCの店では手に入らない貴重なレアアイテムだった。

 その中でも「天女の羽衣」は、頭・胴・腰・腕・足の5つの装備箇所以外に装備できる、アクセサリー扱いのアイテムとしては破格の性能と言われている装備だ。通常、アクセサリーアイテムは、防御力よりも特殊な効果や見た目に重点を置いたものが多いが、この天女の羽衣は違う。その性能は、通常の防具に匹敵する防御力に加え、ランダムでSP消費減少効果を発生するというもの。だが、それだけではない。天女の羽衣の最大の魅力は、その見た目にある。童話などで天女が背中に飾るひらひらした装飾がついており、その華やかさは一目で心を奪うだろう。特に女性キャラクターにとって、このアイテムは見た目の美しさと実用性を兼ね備えた夢のような逸品なのだ。ミコトさんが以前からこの天女の羽衣を欲しがっていたことは、フレンドの俺がよく知っている。


 また「敵視の腕輪」も貴重なアイテムだ。防御力こそ特筆するほど高くはないが、敵のヘイトを上乗せで稼ぐ効果があり、タンク職のプレイヤーにとっては喉から手が出るほど欲しい装備の一つである。


 こういう時、公平にドロップアイテムを入手できるよう、「アナザーワールド・オンライン」では「ロット」というシステムが導入されている。それぞれのドロップアイテムに対して、パーティメンバーが任意のタイミングでウインドウのアイテム名に触れると、ランダムに3桁の数字が表示される。全員がそうやって数字を出し終えた時点で、最も大きな数字を出していたプレイヤーが、そのアイテムを手に入れるという仕組みだ。

 知らない人と組む野良パーティでは、このロットでアイテムの所有者を決めるのが一般的だ。ロットは自分の手で数字を出すため、仮に欲しいアイテムが手に入らなくても納得しやすい。

 しかし、フレンド同士のパーティでは、必ずしもロットに頼る必要はない。ロットはあくまで選択肢の一つであり、パスすることも可能だ。誰か一人だけがロットをし、残りの全員がパスをすれば、その一人が確実にアイテムを手に入れることができる。


 今回のケースでは、ミコトさんが天女の羽衣を欲しがっていることを知っているため、ロットで所有者を決める必要はないかもしれない。今も、彼女は必死な表情で一点を見つめている。俺には見えないが、きっと視線の先にはドロップアイテムウインドウがあり、その中でも天女の羽衣のアイテム名をじっと見つめているのだろう。

 隣にいるだけで、彼女の本気度がひしひと伝わってくる。


「神様、お願いします! 今後半年はロット1でいいので、今だけ大きいのお願いします!」


 ミコトさんが小さくつぶやいている。その声には、どこか必死さが滲んでいた。

 だが、今後一生とかじゃなく半年限定と祈るあたりが、ちょっと可愛らしい。


「ああああぁぁぁぁぁ! どうして、よりによってこんなときに!?」


 ミコトさんは突然、悲鳴を上げながら頭を抱えてうずくまってしまった。

 他のプレイヤーのロット数値は、俺の方にも表示されるので、ドロップアイテムウインドウを確認すると、彼女が出した数字は125だった。これはかなり低い数字だ。ロットの数値は000がでない仕様なので、範囲は1~999。このまま全員がロットをすれば、ミコトさんがゲットできる可能性は極めて低い。

 俺はクマサンの方へ目を向けた。


「クマサンもやっぱり天女の羽衣が欲しい?」


 正直、熊型獣人の彼に天女の羽衣が似合うとは思えない。

 しかし、アクセサリー装備でかなり防御力を上げられるのは、重戦士にとって大きなメリットだ。それに、天女の羽衣ほどのアイテムなら、自分が使わなくても、他のプレイヤーに売ったり、アイテム交換に使ったりすることもできる。持っておいて損はないアイテムであることは確かだ。


 俺は天女の羽衣をミコトさんに譲ってもいいと思っているけど、クマサンにまでそれを強要するつもりはない。だけど、彼の考えだけは聞いておきたかった。もし彼が同じように考えてくれるのなら、目の前で落ち込んでいるミコトさんを元気づけることができるかもしれない。


「……俺は敵視の腕輪が欲しい」


 クマサンは低い声で答えた。

 なるほど。クマサンの狙いはそっちか。

 重戦士としての実用性を考えれば、確かに敵視の腕輪の方が優先度は高いだろう。クマサンは普段、欲しいものを口にするタイプではないが、ひそかにこのアイテムを狙っていたとしても不思議ではない。天女の羽衣ほどではないものの、敵視の腕輪も結構レアなアイテムだ。


「じゃあ、俺とミコトさんが敵視の腕輪のロットをパスしたら、天女の羽衣のロットをパスしてあげることはできる? 俺もパスするから」

「……え?」


 俺とクマサンの会話を聞いてミコトさんは、驚いたように顔を上げた。彼女の表情には、期待と戸惑いが混ざり合った、なんとも言い難い複雑なものが浮かんでいた。

 クマサンはそんな彼女を一瞥し、次に俺に視線を移した。その瞳には、深い洞察力が宿っているように感じられた。


「俺は構わないが、ショウはいいのか?」


 その問いには、単なる確認以上のものが込められていた。

 クマサンの言葉が、まるで俺の心の奥底を揺さぶるかのようだった。


「天女の羽衣も敵視の腕輪も、かなりのレアアイテムだ。売れば、自分の店を買う目標に大きく近づくんだぞ?」


 クマサンの言葉は重かった。

 そうだ、俺にはいつか自分の店を持ちたいという夢があった。彼に話したこともあるその夢は、いつか現実にしたいと願っている。

 しかし、同時に俺は冷静に考える。料理人である俺が、この二つのアイテムを使いこなせるだろうか。答えは明白だった。俺には、天女の羽衣も敵視の腕輪も、その真価を発揮させる力はない。俺がそれを持つより、ミコトさんやクマサンの方がずっと適しているのは明らかだった。

 思い返せば、さっきの戦いで二人は俺が攻撃に専念できるよう、懸命に支えてくれた。あの瞬間に感じた一体感、そして充足感や達成感は、単なるアイテムの価値以上のものだ。だからこそ、俺は二人に少しでも応えたいと思った。


「性能と適性とを考えれば、クマサンが敵視の腕輪を、ミコトさんが天女の羽衣を手に入れるのが一番いい。もし俺がまた何か強いモンスターと戦う時が来たら、アイテムの力を活かして二人が手伝ってくれるのなら、俺はパスしたって全然かまわないよ」


 俺の言葉を聞いて、クマサンはしばらく沈黙した。彼の瞳には一瞬、迷いの色が見えたが、やがて彼は静かに頷いた。


「ショウがそう言うのなら、俺は構わないが……」


 彼は俺の夢を思いやってくれたのだろう。だが、その思いを呑み込み、敵視の腕輪にだけロットし、天女の羽衣のロットはパスした。

 俺は両方のロットをパスする。

 これで、自動的に天女の羽衣はミコトさんの所有アイテムになった。


「ううぅぅ……ショウさぁぁぁぁん!」


 ミコトさんは感極まった様子で立ち上がると、目を潤ませながら俺の方に駆け寄り、そのまま俺の手をしっかりと両手で握りしめた。その温かさが、彼女の感謝の気持ちを伝えてくれる。手のひらから伝わる温もりが、俺の胸にじんわりと染み渡ってくるのを感じた。


「ありがとうございます!! ショウさんが困った時、私、何があっても絶対助けますから!」

「いや、俺だけじゃないから。クマサンもだから」


 俺がそう言うと、ミコトさんはハットとしたように気づき、急いでクマサンの方に向かい、その手を握りしめた。


「クマサンもありがとうございますぅぅ!」

「俺は敵視の腕輪がもらえるなら別にかまわない」


 その言葉を聞くや否や、ミコトさんは慌てて敵視の腕輪のロットをパスした。

 これで敵視の腕輪はクマサンのものとなった。

 二人とも装備の充実がはかれたようで、満足そうな顔をしている。

 そんな二人の顔を見ていると、俺も自然と胸が温かくなってきた。


「ミコトさん、せっかくだから天女の羽衣を装備してみてよ」

「はい、わかりました!」


 ミコトさんは嬉しそうに笑顔を浮かべながら、すぐに装備ウインドウを開いた。

 入手したばかりの天女の羽衣を装備すると、彼女の背中にひらひらとした白くて細長い布のようなものが現れた。まるで重力を無視したかのように宙に浮かび、風もないのに優雅に揺れている。その光景は、赤と白の巫女服を身に着けたミコトさんに、まるで天女のごとき神秘的な雰囲気をまとわせていた。


「おお! 似合う! 可愛いよ! クマサンもそう思うだろ?」


 俺が思わず感嘆の声を上げると、クマサンもうなずいた。


「ああ、そうだな」


 ミコトさんはその言葉に照れた様子で、恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、感謝の言葉を口にする。


「……二人とも、ありがとうございます」


 こんなに照れているミコトさんを見るのは、珍しいことだった。それだけ、彼女にとってこのアイテムが特別なものだったのだろう。その気持ちが伝わってくる。


 雰囲気的には、これでひと段落ついたように思えたが、まだドロップアイテムウインドウは開いたままだった。そこには、まだいくつかのアイテムが残されている。


「二人とも、残りのアイテムだけど、これは普通にロットをしようか」


 俺がそう提案すると、クマサンもミコトさんも揃って首を横に振った。


「さすがにこれ以上はもらえん」

「ショウさんが譲ってくれたアイテムには全然見合わないですけど、せめて残りのアイテムくらいはもらってください」


 ドロップアイテムのウインドウを見れば、二人とも残りのアイテムのロットをせずにパスしていた。このまま俺までパスをしてしまえば、残ったアイテムは消えてしまうことになる。


「二人がそう言うのなら……」


 俺は普通にロットで良いと思っていたけど、二人の好意を無視するわけにもいかず、残りのアイテムにロットして、それらは俺の所有アイテムとなった。

 アイテムボックスに入ったドロップアイテムを確認し、ふと自分のステータスウインドウに目を向けると、見慣れない表示があった。


「あれ? 何か称号がついてるんだけど? ……『猛き猪ハンター』、なにこれ?」


 俺が驚きの声を上げると、クマサンも自分のステータスを確認し、同じように目を見開いた。


「……俺もついている」


 どうやら俺だけでなく、クマサンも同じ称号を手に入れているようだ。

 ミコトさんはどうかと、彼女に目を向けると、彼女も同じ称号がついていることに気づいた。


「私も同じです。ネームドモンスターのような特定の敵を倒すと称号が得られるって話をギルドで聞いたことがあります。きっとこれがそうなんでしょう」


 なんと!

 敵を倒した称号だって?

 料理人の俺がそんな称号を手に入れる日が来るなんて、思ってもいなかった。


「……俺達三人が力を合わせて倒した証か。悪くないな」


 クマサンの低く重厚な声に、ミコトさんも静かにうなずいた。


「そうですね。この称号がある限り、私、今日のことを忘れることはないです」


 その言葉に、俺の胸がじんわりと温かくなる。二人とも、こんなふうに思ってくれるなんて、俺は幸せ者だ。


「俺も! 俺も同じ気持ちだよ!」


 二人が優しい顔を向けてくれた。

 ああ、ホント、いいフレンドだよ、二人とも。




 軽い気持ちでクマサンに誘われて参加したレベル上げは、予想外のモンスターとの死闘に発展したけれど、こうして無事に終わった。

 ネームドモンスター撃破に伴う称号と、レアアイテムと、仲間の激闘の思い出というかけがえのないものを俺に残して――


 料理人の俺にとって、こんなバトルを経験することはおそらくもう二度とないだろう。

 でも、それで十分。

 この時の俺はそう思っていたんだ。


 本当に、思ってたんだよ……。


 それがまさか、あんなことになっていくなんて……。

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