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<10・対策。>

 いつまでも一か所にとどまっているのは危ない、と雫は言った。というのも、あの使者とかいう連中は生きた人間の気配を察知するセンサーのようなものを持っているというのだ。


「長い時間同じところに留まると、奴らが集まってくる傾向にある。それと、壁に囲われた場所なら大丈夫という保証もない」

「どういうこと?」

「そもそも、奴らがどこで発生して、どのように村に侵入してきているかがまったく分からないんだ。私も最初は神社から発生しているのかと思っていたが、どうにもそういうわけでもないらしい。奴らが出現する瞬間を見た人間が誰もいない。……さっきの、花村真奈美に襲い掛かった使者もそうだったはず。一体どこから出現したのか、君も見てはいないんじゃないか?」

「そ、そういえば……」


 花村真奈美と柿本紀子は、紀子の家の前の道で話をしていた。そのはす向かいに花村真奈美の家があり、彼女はそこからやってきたわけだが――正確に言うのであれば、柿本家の真正面は空地である。開けた、何もない土地だ。ところが気づけばその空地に使者が立っていて、背後から真奈美を強襲した形である。気配も音も何もなかった。一体いつから使者はそこに存在していたのか。


「壁を抜ける能力があるかどうかはわかっていない。ただ、もしこの村のどこにでも自由に出現できるとなると……バリケードを張った閉鎖空間も安全ではないということになる」

「そ、それじゃあ……」


 花林は絶望的な気持ちになる。


「使者が現れたら、私達は逃げることしかできないってことですよね?あいつら、結構足が速いみたいだし……逃げ切れない人は終わりじゃないですか!」


 さきほど、花村真奈美が転じた使者が走っていくのを見たばかりだ。目算なのではっきりとしたことは言えないが、それでも相当足が速いように見えた。陸上部で鍛えている花林で、やっと逃げ切れるかどうかといったところだろう。逃げ切るには上手に隠れるか、あるいは奴らを足止めして誤魔化すしかないということになってしまう。

 つまり、それができない開けた場所や、負傷していて動けない人間はその時点でジ・エンドということになる。一応雫は対抗する手段を持ってはいるが、先ほどの説明の通りおいそれと銃を使うことはできないわけで。


「それに、儀式を終わらせるってどうやって?もう、何人もの人が犠牲になっちゃってるし……一度始まってしまった儀式を止める方法なんかないですよね!?だったら結局、村の誰かが……四十九人死ぬまで終わらないってことなんじゃ」

「確かに、一度始まってしまった結界強化の術式は、そう簡単に終わらせることができない。そもそも、この結界強化というのは、一度封印したジャクタ様が表に出てくる気がなくなるようにするためのものなんだ」

「……?という、と?」


 出て来なくする、ではなく。出てくる気がなくなるようにする、とは?

 困惑する花林に、そもそも、と雫は告げる。


「さっき話した通り、ジャクタ様と言う存在はいわゆるクトゥルフ神話の神格のような存在なんだ。遊んだことがあるならイメージは沸くはず。グレード・オールド・ワンのような存在を、人間が簡単に退治したり封印したりできるとでも?」


 そう言われてしまうと、花林としても呻くしかない。基本的には、特別な魔法を使って撃退するか、もしくはその神格に通じる通路を封じて出入り口をなくすくらいの方法しかなかったように思う。でもって、本当の本当にヤバイ神格には、撃退の魔法がそもそも存在していないことが殆どである。

 そして、そういった術があったとしても、大きな代償を払うことになるのが関の山だ。簡単に使えるはずがない。


「宇宙的脅威を前にして、人間はあまりにも無力だ。封印するとはいったが、完全に土地に封じ込めることなんかできるはずがない。そもそも、ジャクタ様の場合は“その存在が本当にこの土地にいるのかどうか”さえわかっていない。私個人は、本体はそもそもこの土地にさえいないと思っている。あくまで、たまたまこの尺汰の地と、ジャクタ様のいる場所が繋がってしまっているだけ、ではないかとな」

「だから……封印っていうのはあくまで、道を閉鎖するってことだけだと?」

「そうだ。ただし、その閉鎖さえ簡単なことじゃあない。そして完璧でもない。ジャクタ様に“お願い”して、“満足して本来の世界で眠って頂く”ことが我々にできる精一杯なんだ。では、眠って頂くにはどうすればいいか?神様が満足するような玩具を与えるしかないんだ」

「まさか、それが生贄ってこと?」

「そうだ」


 なんだか、古代エジプトや中国であった殉葬のようだ。

 かつてエジプト第一王朝の目メネスや、古代中国の殷の大墓などでは、王侯の死に際し従者や侍女を共に死なせて葬るという風習があったと聞いたことがある。貴い存在が淋しくないように、従者を黄泉の国に付き従えるという考え方だ。日本でも太古の昔には従者を殉死させるような文化があったらしいという記述が残っているようだが、本当にあったかどうかはどうもはっきりしていないという。

 神様にも、同じなのだろうか。話し相手、遊び相手として人間を与えて、それにより寂しさを慰めて現世に来ないようにする、という。


「あ」


 ここまで考えて、まさか、と花林は気が付いた。


「まさか……あの使者って存在は……元生贄の人達?神様に仕える存在として、黄泉に送られて犠牲になったってこと?」


 真奈美は使者に傷を与えられ、自らも使者になってしまった。使者の存在も生贄としてカウントされるならば、つまりそういうことではないのか。


「その認識であっている。そしてさっき私は“使者にトドメを刺された人間は使者にはならない”と言ったが……正確には語弊がある。使者に完全に殺された人間は、体は普通の遺体として現世に残るが……魂は普通の黄泉の国には行けずに、ジャクタ様のいる空間に飛ばされるとされているんだ。そしてそれは、結界を補強する儀式の最中、この箱庭と化した村の中で他の死に方をした人間も同じ。その魂は、天国にも地獄にもいけず、結局のところジャクタ様の空間に行った後で使者になる」

「つまり、使者になるのが現世か、あの世でそうなるかの違い……ってこと?」

「そうだ。だから、いくら楽に死にたいからといって、この場所で自殺するのもおすすめできない。確かに使者に傷つけられずに死ねば、現世で使者となって起き上がって他の人間を傷つける心配はないが……結局魂が囚われることに変わりなく、本人が救われるわけではないからな」


 そんな、と花林は目の前が暗くなった。

 使者が、茂木や真奈美の体を貪り食うのを見た。あまりにもおぞましい殺し方に、ならばいっそ自分で死んだ方がマシなのではという考え方が過ったことも否定はできない。

 でも、もし。自分で死んだところで、解放されないというのなら。それなら一体、どうやってこの場所に希望を見出せばいいというのだろう?


「話がやや逸れたが。……ジャクタ様は、充分に生贄を与えられれば満足して眠りにつき、封印が完了する……そういう仕組みになっている。そんな表現が正しいのかどうかわからないが、よほど“淋しがり屋”な神様なんだろうな。だから、今回自分から結界が壊れるように仕組んだのだと思っている。……よそのユーチューバーなんてものを利用してまで」


 それってつまり、と花林は血の気が引いた。


「そもそも、生贄を与えられて封印&結界を施されること自体、ジャクタ様の思惑通りってことなんじゃ……」

「そうとも言う。ジャクタ様からすればどっちでもいいんだろうな。特別な方法で神として祀られるならそれもよし、生贄を与えられて封印されるもよし。どっちにしても、“欲しい玩具”は与えられる」

「そ、そんな」

「裏を返せば。“四十九人の生贄”以外に“ジャクタ様が満足する玩具”を与えることができれば、この儀式を終わらせることができるんだ。その方法を私も御堂家も知っている。……知っているのに、御堂家はそのやり方を避けて、罪なき村人を四十九人も死なせる方法を選んだ。だから私は許せなくて、彼等から離反したんだ」


 そういうことだったのか、とようやく花林は納得した。

 どう足掻いても四十九人殺さなければ終わらないというのなら、使者がおらずとも殺し合いは不可避だっただろう。信心深い人間から、村人を殺して回る事態にしかならなかったはずだ。そして、その時犠牲になるのは力の弱い子供や、体の弱い病人や年寄だったに違いない。

 だが、他の方法で儀式を終わらせられるというのなら、話は全く変わってくる。対処の方法のない使者との戦いにおいても、時間稼ぎで何とか乗り切ることができるかもしれない。


「その方法って、どういうものなんですか?」


 花林が尋ねると、今はまだできない、と雫は首を横に振った。


「儀式から一定の時間が過ぎることと、私が尺汰神社に行くことが条件だからな。条件が整い次第、やり方を話す。……まずはその前に、君の弟を助けることが先決だ」

「!」


 そうだった、と花林は目を見開く。そもそも自分は、早朝から突然姿を消した弟の亜林を追いかけて家を飛び出してきたのだった。彼は無事だろうか。恐らくは、陸の家に向かったのだと思うが。


「協力、してくれるんですか?」

「勿論」

「あ、ありがとうございます!」


 雫の言うことがどこまで本当かはわからないが、今は彼の言うことが真実だと仮定して動くしかない。どのみち自分一人では、己の命さえ守れるかどうか怪しい状況なのだから。

 花林はひとまず、朝の状況を彼に話した。弟がメモを残して消えたこと。恐らく年下の友人である、南野陸の家に行ったであろうこと。そして、陸の家が学校よりも向こうの住宅密集地にあるということ。だから自分はそちらに向かっていたこと、など。


「だったらまず、スマートフォンで連絡を取ってみたらどうだ」

「あ」


 言われてみればその通りだ。何でそんな簡単なことも忘れていたのだろう。花林が携帯を取り出すと、雫は“慎重にな”と告げる。


「電話を鳴らすのは危険かもしれない……彼の状況が分からないからな。ひとまず、メールかLINEをするのを勧める」

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