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ジャクタ様と四十九人の生贄
はじめアキラ
ホラー怪談
2024年09月10日
公開日
87,560文字
連載中
「知らなくても無理ないね。大人の間じゃ結構大騒ぎになってるの。……なんかね、禁域に入った馬鹿がいて、何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃないかって」

 T県T群尺汰村。
 人口数百人程度のこののどかな村で、事件が発生した。禁域とされている移転前の尺汰村、通称・旧尺汰村に東京から来た動画配信者たちが踏込んで、不自然な死に方をしたというのだ。
 怯える大人達、不安がる子供達。
 やがて恐れていたことが現実になる。村の守り神である“ジャクタ様”を祀る御堂家が、目覚めてしまったジャクタ様を封印するための儀式を始めたのだ。
 結界に閉ざされた村で、必要な生贄は四十九人。怪物が放たれた箱庭の中、四十九人が死ぬまで惨劇は終わらない。
 尺汰村分校に通う女子高校生の平塚花林と、男子小学生の弟・平塚亜林もまた、その儀式に巻き込まれることになり……。

<1・侵入。>

 連日続いた雨の名残が、まだ臭いに残っている。湿った草木の青臭い臭い。それから、じっとりと肌にまとわりつくような湿気。もう少し汚れても構わない服を着て来れば良かった――遠藤奈々えんどうななは心の底から後悔した。


「失敗したかもねえ、なーちゃん」


 同じことを思ったのだろう。前を歩く友人の鈴木千夏すずきちなつが振り返って苦笑する。


「せっかくお洒落な服着て来てもさあ、この暗さじゃ全然見えないしね。田舎ナメてたわ、マジで」

「ほんとそれ。……雑草多すぎ。ちょっと木とかに触るだけで服汚れそうだよちーちゃん。転んだら一巻の終わりだろうし」

「マジそれねー」


 千夏の真っ赤に染まった頭を目印に、奈々はひたすら歩くしかなかった。サンダルを履いてきたのも失敗だったと言える。山道とはいえ、まさかこんなにもぬかるんでいるとは。致命的な転倒は回避しているものの、夜の山道は暗いし何より足場が最悪である。運動靴なんてダサい、なんて言っている場合ではなかった。どうせ視聴者も、こんな暗闇の中では自分達の足元なんて見ていないだろう。というか、カメラに映るかは怪しい。

 一歩踏み出すごとに、泥まみれの雑草が生い茂った足元からぐしゅり、と滲みだすような湿った音がする。滑らないように坂を上るためには、足腰に力を入れつつゆっくり歩いていくしかなかった。奈々と比べて千夏はかなり運動神経が良いはずなのだが、歩くペースが遅いのは単に奈々を気遣ってくれているだけではないだろう。お互い都会育ちの都会っ子、山登りが趣味でもない。カメラ映えを気にして、普段撮影する時と同じようなお洒落なワンピースやロングスカートを履いて来てしまっている。不慣れなのは、どうしようもないことだった。

 それこそ、現時点で転ばずに済んでいるだけ奇跡というものだ。


「せめて昼間に来るべきだったんじゃないかなあ、ちーちゃん」


 じめじめとした暑さが、ゆっくりと体力を削っていくのがわかる。時刻は既に夜十時を過ぎているというのに、何でこうも暑いのか。まだ、夏本番までは時間があるというのに。


「ちーちゃん道、大丈夫?私、方向音痴だから全然自信がないよ」

「一本道だから迷うことないわよ、ヘーキヘーキ。それに、夜に来るのを同意したのはあんたも同じでしょーが。いくら山だからって、昼間に来て雰囲気出ると思う?」

「そりゃあ、そうだけどさあ……」


 千夏が言いたいことはわかる。オバケが出るのは逢魔時か夜と決まっているし、山奥なら夜の方が確実に雰囲気が出るだろう。ましてや、自分達は山の中の廃屋を目指して歩いている。面白いものが撮れるとしたら、やっぱり夜なのは間違いない。

 ただ、此処に来るまでにここまで電灯がないのは想定外だったし、道が悪いのも予想していなかたっというだけで。


――この調子で、本当に辿りつけるのかなぁ。


 段々と、奈々は不安になってきたのだった。

 自分達が此処に来た理由は、そのものズバリ、とある廃村を取材して動画を作るためだった。自分達は駆け出しのユーチューバーというものである。同じ大学の友人同士で、オカルトな動画でも撮ってバズろう!と酒に酔った勢いで結成したのがユーチューバーコンビの“メロンコップ”なのだった。何でメロンコップなのかというと、たまたま結成時にメロンのマークがついたコップが手元にあったから、というなんとも安易な理由である。まあ、それなりに可愛いので奈々としては気に入っているのだけれど。

 小学生人気ナンバーワンともされるユーチューバーという仕事だったが、けして簡単なものではない。自分達も、まだ仕事をしなくていい大学生だからこそ手を出したわけであって、本格的に自分達の仕事にしようとしているわけではなかった。副業程度にお金が稼げたらラッキー、くらいなものである。毎日数多の動画がアップロードされるのに、その中でもまともに視聴者に見て貰えるような動画はごくごく僅か。大半の動画は、クリックさえしてもらえずに埋もれていく。生半可な動画では、アップしたところでまともに見て貰えないのは明白だった。

 ゆえに、最初のうちからガンガン過激なもの(もちろん、法は犯さない範囲でだ)を撮影してみんなの興味を引こう!という話になったのである。

 そのうちの一つがこれ。今回取材予定の、“廃村となった村の跡地”なのだった。

 T県、T群尺汰村しゃくたむら

 この村には、昔からジャクタ様という神様が祀られているという。その村は、六十年ほど前に大規模な移転をしている。元々は尺汰山の山奥にあったのを、もっと隣町に近い麓のエリアに住人全員で移り住んだのだというのだ。

 ゆえに、現在ある尺汰村は、この麓の場所に合ってそれなりに栄えているのだが。旧尺汰村の跡地が山奥にあり、しかも禁域になっているらしいという情報を耳にしたのである。

 この尺汰村の中には今は完全に荒れ果てて放置されている、尺汰神社という神社があるという。村そのものが禁域になっているのは、この尺汰神社に人を近づけないためではないか、と言われているのだ。


――でも、何で神社もまるまる放置して、村を移転させたのか。そう言う情報は、いくら調べても出てこなかったんだよなあ。


 そもそも、この尺汰村とやらも、神様も、オカルト大好きな自分達がまったく耳にしたことがないものだった。きっと地域密着型のマイナーな神様と伝承なのだろう。リクエストしてきた人がよく知っていたなというレベルだ。

 実際、ネットで調べても上記の情報が出て来るにとどまった。これは現地に行って調べてみるしかない、とのことで夏休み前の土曜日を使ってこの地に二人で足を運んだというわけである。

 単純に、まだ二桁しかフォロワーがいない自分達にもファンがついていて、リクエストを貰えたのが嬉しかったというのもあるのだが。

 ちなみに、奈々はそのままなーちゃん、千夏はちーちゃんという名前で活動している。ハンドルネームが思いつかなくて、アダ名をそのまま使ってしまっているのだった。


「そろそろカメラ回すよう。懐中電灯消すから、なーちゃんばっちり照らしててね!」

「あ、ちょっとちーちゃん!」


 道の悪さに愚痴を言いながらも、千夏はまだまだ元気そうである。奈々は慌てて、進行方向に懐中電灯を向けた。満月の夜とはいえ、やっぱり暗いものは暗い。


「皆さんこんにちは、メロンコップのちーちゃんです。なーちゃんも一緒にいまーす。あたし達はリクエストにあった尺汰村の、移転前の土地に来ています。今、山道を登っていて、もうすぐ到着するところで……あ」


 千夏が小さく声を上げた。目の前に、巨大な石碑のようなものが照らし出されたからである。

 いつの間に、と奈々は目を見開いた。こんなに近くに来るまで気づかなかったなんて、そんなことがあるだろうか。

 石碑には、はっきりと“尺汰村”とうねるような行書体で書かれている。そして、石が積み上げられただけのような古めかしい門。村の入り口だと、すぐにわかった。しかも。


「到着しました、目的地!」


 千夏が嬉しそうに声を上げる。


「しかも、あの奥!きっと神社ですよう!」


 入ってすぐのところに、赤い塗料がところどころ錆びたボロボロの鳥居が見えたのである。

 その奥には、木造の、雑草に半ば飲み込まれるようにして苔むしている日本家屋があった。あれが神社なのだろうか、と奈々は目を凝らす。

 正直、不気味だとしか言いようがなかった。




 ***




 人が住まなくなった家は死ぬ。そんな話を聴いたことがある。手入れをすることがなくなり、埃だらけになるというだけではない。まるで、そこに一緒に住んでいた座敷童のような精霊までいなくなったように、活力が失われるのだという。

 そういった空家が放置され、雑草や樹木に飲み込まれていく様を奈々は何度もニュースで見てきた。大体が、迷惑空家のせいで倒壊の危機があり、近隣の住人が困っているんですといった類いの話であったが。


――その理屈で言うなら、神社もそうなのかな?


 黒々とそびえたつ家屋を見上げる奈々。黒い瓦屋根はあちこちが崩れ、あるいは剥げ落ちている。玄関は既に雑木林に飲み込まれたようになっており、根が侵食していてとてもじゃないが侵入できる様子ではなかった。

 取材でなければ、怖くて近寄りたくなかったところである。が、怖いからこそ見たくもなるのが人間心理。何より、ここまで来た苦労を無駄にしたくないという気持ちも強い。どこかから入れる場所はないか、と奈々は千夏とともに庭をぐるっと回ってみることにしたのだった。

 隙間から雑草が生えまくっている砂利道だったが、村の外の山道と比べると平坦だし泥にまみれてもいないのでまだ歩きやすい。ぐるりと裏手に回ったところで、奈々は妙なものを発見したのだった。


「何あれ?」


 それは、小さな三角形の社のようなものである。不思議なことに、その社の周りには一切雑草が生えていなかった。ぐるり、と周囲を円形に縄が張り巡らせており、その縄の四方を木の人形のようなものが持って佇んでいる。

 気持ち悪い人形。素直にそう思った。大体、奈々の腰くらいの高さの人形達は一様に目、口、鼻、耳からドス黒い液体を垂れ流していたからである。無論、実際に液体が流れているわけではなく、そのような絵が描かれているというだけではあるが。


「ひょっとして、あれがジャクタ様とやらの塚じゃない?面白そうだわ!」


 わくわくした声で、千夏はずんずん進んでいく。いいのかなあ、と奈々は流石に不安に思った。素人目から見ても、明らかになんらかの結界が作られているのが目に見えるのだが。


「ちーちゃん、あんま近づくのは危ないって。ていうか先に行ったら足元が……」


 見えないよ、と言いかけた時だった。案の定、千夏が縄に足をひっかけて思いきり転んだ。ずてーん!とでも文字がつきそうな派手な音がする。言わんこっちゃない、と奈々は懐中電灯を持ったまま慌てて追いかけた。


「うう、視聴者の皆さんすみません。膝打った、いったー」


 千夏はすぐに置きあがったが、右膝を大袈裟に抱えてぴょこぴょこしている。子供か!と苦笑いしながら傍に駆け寄った奈々は――次の瞬間、ぎょっとすることになったのだった。


「ちょ、千夏!ロープが!」

「んあ?」


 千夏が転んだ時に、だろう。ロープの一本が思いきり引っ張られてしまったのだ。四体の人形のうち一体が倒れてしまっている。その手に結ばれていた縄もほどけて外れてしまっていた。これちょっとまずいんじゃ、と奈々は慌てて人形を起き上がらせる。


「うわうわうわうわ、これやばい結界だったらどうするの?フラグ立ちまくりなんですけど!」

「え、マジで!?」


 慌てる奈々をよそに、千夏は実に楽しげだ。


「もしそうなら、マジでジャクタ様とやらをカメラに収められるかも?ジャクタ様ー!見てたらあたし達の前に来てくださーい!」


 そんな呑気な。呆れ果てながらも、ロープを結び直そうと躍起になる奈々。しかし、人形に結ばれたロープはやや複雑な結び方であったのか、奈々に再現することは極めて難しかった。適当に結んだものの、明らかに間違っている。これは本当にまずいのでは、とさすがに冷や汗をかいた。

 今まで、本物の幽霊の類を見たことなんてない。それでも、こういう嫌な予感というのはそうそう外れないものだ。


「ちーちゃん、やっぱ帰ろう!やばいって、フラグでしかないって!」

「えー、ここから面白くなりそうなのに」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!つか、オバケ出なくても器物破損とかで訴えられたらそれもヤバ……」


 ヤバいし、と言いかけた時だった。

 ぽたり、と千夏の腕を引っ張った奈々の手に、何か生ぬるい雫のようなものが落ちる。え、と思った瞬間、千夏がよろめいた。次の瞬間。


「う、うううっ……なにこれ、眼が、熱……」


 懐中電灯で照らした先、異変が始まっていた。

 千夏の両目から、だらだらと涙のように――赤黒い雫が、零れ落ち始めていたのである。ぎょっとして一歩後ろに下がる奈々。その脚が、さっき直したばかりの縄にぶつかった。


「ち、千夏……?」


 千夏が目元を抑えて呻いた、次の瞬間。彼女の口が、わななくように開かれて、そして。


「お、オロウブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!?」


 形容しがたい、鳴き声のような音とともに。彼女の口から、大量の液体が噴出した。赤黒いそれは、単なる血にしては随分と生臭い臭いを放っている。

 ぶしゅう、と彼女の両耳から、そして両鼻からも赤い噴水が上がった。顔面の穴と言う穴から赤い液体を噴出しすつつ、千夏は踊るようにふらふらとよろめいて後ろに下がっていく。


「ぐぐぐ、るじい、ぐる、ウボオオオオオオオ!」


 一瞬噴出が途絶えた瞬間、千夏が僅かに苦悶を訴えた。しかし、それもすぐ大量の吐血に阻まれて消えてしまう。

 そのスカートの股間も、赤黒く染まり、足元に赤い海ができた。全身の穴から、体の中身が噴出している。ああ、ああ、と呆然としつつ、奈々はその場に尻持ちをつくしかできなかった。


――な、なにこれ、なにこれ……!?


 何が起きたのかさっぱりわからない。わからないが、確かなことが一つある。

 自分達は何か、とてつもなく大きな失敗を犯した。起こしてはいけないものを起こしてしまったのだ、と。


「あ、うぐっ……!?」


 そして。

 次の瞬間、奈々の目元も――溶けるように熱くなり。そしてどろり、と視界が溶けたのである。

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