俺がシャーリのもとへたどり着いた時には名も知らぬ魔女は目を覚ましていた。おそらくシャーリが魔力を分け与えたのだろう。首もつながっていた。その腕の中には子供が抱かれていた。人間の…子供だ。
「お前の子供なんだな」
俺はその女に言う。本来魔女と人間が交わることはない。魔女の共通認識、それは【人間は餌】だ。だが、魔女ももとは人間だ。感情があって当然で…愛着を持つこともある。それが今回なんだと…容易に想像できる。
「違う…こいつはただの食糧だ」
魔女は言う…手の中にいる娘は食糧だと。自分自身が生きるために、生かしているにすぎないと。だが、あの時聞こえてきた声…あの叫びは食糧を守る獣の威嚇ではなく子を守る母親の声だった。
「そうか」
そんな思考を俺は鎮める。本人がそう言ったのならそうなのだろう。否定する理由も権利も俺にはない。
「レン…あの男は?」
話がひと段落したのを確認したのか、シャーリは俺に質問を投げかけてくる。
「あの男は司教…だが弱かった」
司教…教会の幹部でだが、選抜方法は強さではない。その選抜方法は【信仰】の大きさだ。魔女狩りを執行するために協会から特別な力が与えられる。
「ここに来たのはそのためもあるな…あの男の【信仰】はその娘についている」
司教が教会に魔女討伐を強く願うことで発動できる”祈り”
それが【信仰】だ。
「その娘についている信仰は確実にその娘を殺すものだ」
俺の言葉に魔女は驚く。だが俺は言葉を続ける。
「お前がその娘を食糧だと思うのなら今すぐその娘を食え。腐る前に…な?」
俺がそう言うと魔女は黙ってうつむく。
まぁ…こうなることは予想で来ていたわけだ。あの男と戦った時、明らかに司教になる器を感じられなかった。だがあの目は確実に司教のもの…なら、結論は一つ。
「あの男は信仰を使い自らの肉体をコピーしているんだろう…だが、完璧にコピーしているわけではないんだろう。だが、あの男は信仰で毒のようなものを仕込めるんだ…なら戦闘力は関係ない。なにせ頭数を増やし本体は安全なところで待機していれば敵を確実に殺せる捨て駒を大量に作れるということだ」
面倒な力だ…
「もう1度だけ言う。お前がその娘を食糧だと思うのなら今すぐ食え。そうすればその娘を無駄にすることはない」
俺はそう吐き捨てる。シャーリはその間一言もしゃべらない。
「私は…」
魔女が何かを言おうとしたその時だった。
「レン!」
シャーリはそう叫ぶと羽を広げ防御する。飛来してきた”何か”を防御するためだ。
轟音を立てて飛来物はシャーリの羽と衝突すると早大に土煙を巻き上げる。
だがその土煙はシャーリの薙ぎ払いで雲散霧消する。故に視界がふさがれたのはわずか一瞬。その一瞬で…
娘は刃を突き付けられていた。
「!!」
魔女は目を見開き娘を見る。娘は見たことのない黒髪の司教に抱えられ首元にナイフを突きつけられていた。そんな時だった。
「お母さん!!」
司教の手の内に入った娘がタイミング悪く目を覚ましたのだ。その娘は一瞬にして状況を理解したのか、涙を浮かべ、そして運悪く魔女のことを”お母さん”と言ってしまった。故に…
娘の首元にはそのナイフが突き刺されたのだった。