噴水広場の隅にて。
料理、なのだろうか。
手動操作で、水筒のお水にレモンを絞ってはい、完成。
「レモン水でーす」
シンプルだけど、さっぱりして美味しい。
この水筒、実はマジックアイテムで無限に普通の水が出る。
「レモン水いかがですか~」
そうすると周りの人が集まってきた。
みんな初期装備セットの中のひとつ、コップを持って並んでくれる。
「レモン水、1杯、100Gです」
生レモンをその場で絞っているから、ちょっと高級に見えるといえば見える。
そうして買ったうちの何人かが、噴水広場の横のほうで輪になって座りだした。
「レモン水もいいよね。こうしてたまに飲むとおいしい」
「そうそう。しかも美少女の手作りなのが最高」
「彼女たちのものは、なんでも最高でござる」
冒険にもいかないで、レモン水片手に談笑している。
「あのね、ワイちゃん。こういう人たちを、昔のゲームになぞらえて『チャット勢』っていうの」
「ほーん。チャット勢ね」
「そうそう」
なるほど。今は普通に仮想対面で会話をするシステムだけど、昔のゲームはキーボードから文字を打って、文字だけで会話をしていたという。
だから会話勢じゃなくてチャット勢。
今でも、リアルでは文字を送るチャットアプリは人気だ。
会話が簡単になったといっても、場所と時間、色々な理由で文字で会話を好む人もいる。
女の子たちがワイワイはしゃいで、お話をしている。
隣では男性陣が陣取って、その会話を聞いたり、自分たちだけで盛り上がったりしていた。
僕は……ぜんぜんついていけないので、ちょっと離れた場所から寂しく眺めるだけだ。
「ワイリスちゃんとリズエラちゃんは天使でござる」
「そうだそうだ天使ちゃんだ」
「翡竜オンラインに咲く可憐な二輪の花ではなかったっけ」
「もちろんでござるよ」
「俺もあんな彼女欲しいよ」
「それなら拙者だってほしいでござるよ、にんにん」
「だよなあ」
なんだか僕たちのことが話題だ。
うぅ。恥ずかしい。
「あのねワイちゃん」
「なあに」
「チャット勢といっても、ログインしたらほぼまったくチャットしかしないチャットオンリーの人と、普通に狩りとかもする人もいるんだ」
「ほーん」
ここの人はチャット勢といっても、正真正銘のチャット勢ではないのだろう。
面白い。でもチャットしかしない人ってすごいな。
ゲームにチャットだけをしに来ているんだ。
世の中変わった人もいるんだなぁ。
「前、写真いっぱい撮られたじゃない」
「うん」
「ああいうの専門にしてる人はSS勢っていうのよ」
「SS勢にゃん」
なるほどSS勢。
スクリーンショット、スクショを略してSSというからSS勢。覚えた。
そういえば、妹も暇さえれば『僕の』スクショを撮ってる時がある。
なにがそんなにいいんだか、ちょっと理解に苦しむ。
まあ嫌なほどではないし、そういう趣味なら別にいいんだけど。
「ワイリスちゃんたちも、こっちきて一緒に話そ?」
「そうだそうだ」
女性陣に引っ張られていく僕たち。
わいのわいの。
あーだこーだ。
なんだかが美味しい。
なんだかがかわいい。
きゃーのにゃーの。
うう、僕ついていけない。
しばらくして、やっと大雑談大会を終わらせた。
僕は疲れたよ。
ずっとハリネズミちゃんとミミちゃんを抱っこして、なんとか過ごした。
そうそうハリネズミちゃんの名前を考えたんだ。
「ハリネズミちゃんにも名前を考えよう」
「にゃん?」
「ぷぅぷぅ」
「シュークリームのしゅーちゃん」
「ぷぅぷぅ」
はい、パチパチパチ。
心の中で拍手を送る。ハリネズミちゃんはしゅーちゃんになりました。
ミミちゃんだけ名前があるのは不公平だからね。
「はいしゅーちゃん」
「ぷぅぷぅ」
「おて」
「ぷぅ、ぷぅぷぅ!」
おー。芸もできるのか、えらいぞお。
ちょっとしゅーちゃんと遊んだ。
周りではミミちゃんも飛び跳ねている。
みんなかわいい。
いやあ、楽しいなぁ。
「さて、妹ちゃんもレベル5になったし」
「うんにゃ」
「川のセーフティーエリアまで行こっか」
「おおう」
「はいにゃ」
「ぴきゅぴきゅ」
「ぷぅぷぅ」
メンバーも増えてにぎやかになってきた。
町を通って城門に向かう。
今日も兵士さんにニコニコ顔で見送られた。
ラングデス平原を道沿いに進んでいく。
道上は敵がほとんど出てこないみたいで、らくちんだ。
グリーンスライムLv5。
ブルースライムLv8。
ラージラットLv8。
ホーンラビットLv10。
ホーンラビットはチュートリアルで出てきたテイムモンスターだった子だ。
ラビットは白い毛で頭に角がある。大きさはカピバラのサイズでちょっと大きい。
「角による突進が大ダメージを与えてくるけど、よく見て避ければ大丈夫」
「できるかな」
「できるよ、大丈夫だわ」
「はいにゃ」
「ラビットちゃん、えいやあ」
「きゅぷ」
ラビットに攻撃、ダメージを与えて討伐する。
「にゃ、お姉ちゃん、お肉!」
「うんっ」
ドロップは『ラビットの肉』。お肉である。
ラットよりサシが入っていて、おいしそう。
そうこうしているうちに橋の手前に到着した。
「はい、ここが『ミランダ橋』でーす」
リズちゃんが案内してくれる。
橋の手前には、木の柵で囲われた簡易陣地ができていて、セーフティーエリアを形成している。
入口すぐの横に、クリスタルを掲げているオブジェクトがあるので、近づくとアナウンスが。
『ワープポイント:[ミランダ橋]を登録しました』
『復帰地点を[ミランダ橋]に設定します』
ほーん?
「復帰地点?」
「うん。いわゆる『リスポーン地点』っていうやつね。死んだときにここで死に戻りするのよ。変えたくないときは、この像に近づかないままにすればいいんだよ」
「ふーん」
「例えば、アスタータウンに設定したまま、ここを避けて進めば、死んだときはアスタータウンで復活するの」
「あーうん、わかった」
「よしよし、えらい子は好きだわ」
「えへへ」
僕たちは、ミランダ橋に到着しました。