ある日の下校時間。どの教室にも生徒が少なくなってきた頃のことだった。
だんだんと日も暮れ薄暗くなって中、蛍光灯が照らす廊下の明かりだけで照らされた空き教室には似つかわしくない身なりの少年たちが集まっている。遠くの方で下校する少年少女の別れの声が微かに聞こえてくるが、ここは教師すら訪れることが少ない穴場なのか誰かが訪れる気配は一切しない。そんな空き教室で怒り心頭といった様子の青年は口を開く。
「本ッッッ当に腹立たしい!親に捨てられた孤児院育ちの貧乏人のクセに、
怒りに身を任せ、足元に在る横長の何かをぐりぐりと踏みつける。
青髪の少年は行き場の無い怒りを発散するように何かに当たりつけ、キャラメルのような髪色の少年は携帯を触りながら密かに声を荒らげモノに当たっている少年の様子を伺い、橙色の髪の少年は困ったような表情で少年たちを見ている。
橙色の髪の少年は苛立ちに身を任せている少年に声をかけようとしては止めてを繰り返しており、近くに居たキャラメルのような髪の青年に 「やめておけ」 とでも言いたげな表情で制され、首を横に振られたことで大人しく椅子に座った。
「それに加え、この学園の教師もどうなっている?!この俺こそが
「に”ぃ…!」
「ぁ」
拳をどれだけ力強く握っても抑えられない感情を晴らすように足元に横たわる猫を彼は蹴り飛ばす。
すれば小さく掠れた猫の鳴き声に橙色の髪の少年が小さく声を漏らすが彼は気づいていないのか、はたまた更に気を悪くしたのか先程よりも強く蹴りあげる。まるでボールのようにぽんと蹴りあげられた小麦色の体はくの字に曲がり地面にたたきつけられたが、それでも逃げようと必死に藻掻いている。しかし体に力が入らないのか、一向に体が持ち上がることはない。
「なんの役にも立たない愛玩動物のクセに、この俺に盾突いては邪魔ばかりしやがって!あの『エーゲ』とか言う金髪の女も俺に歯向かっては邪魔ばかり!貴様らのような薄汚い下卑たヤツには慈悲深いこの俺直々に殺処分にしてやろう!」
「に"ゃ"あ"…!」
猫の体から軋轢音がなったかと思えば教室の端にまで飛んでいき、そのままぐったりと動かなくなった。
もう何も映すことのない開かれたままの冷たい碧玉の瞳に気づいてないのか、青髪の少年は己の苛立ちを思考の外へ放るように動くことの無い猫を掴み窓の外へ放り投げた。目の前の大きな木にぶつかり猫の体は自由落下していくのを少年は静かに下卑た笑みを浮かべ見下ろしている。
──────チリン──────
教室のどこかで鈴が鳴る。どこから鳴ったのかと少年たちが辺りを見渡すも音の出どころは見つからない。
たった一つだった鈴の音は次第に増えていき、気がつけば鈴に囲まれていると錯覚してしまうほどに多くの鈴の音が五月蝿いほどに鳴っている。そんな中、空耳かと疑うほど小さく掠れた 「にゃあ」 と猫の鳴き声が聞こえてくる。どんなにあたりを見渡しても音の出どころは見つからないという奇怪な状況にすっかり怯えてしまったのか少年たちは蜘蛛の子を散らすように大慌てで教室から出ていった。
『
金の瞳が暗がりに揺らいで消えた。
鐘が学園に響き渡ると一気に教室内は騒がしくなる。ついさっき帰りのホームルームが終わったせいか『アンノン』という単語が女子の会話に飛び交っている。あの胡散臭い男のどこがいいのか、オレには全くわからん。
ため息をつきながらさっさと帰りの仕度をしているとルクスは 「ごめん!今日は用事があって、先に帰っちまうな!また明日!」 とか言って走って帰っていった。オレもさっさと帰るためにアーサーを女子の集団から引きはがして教室を出ようとすると誰かとぶつかる。
ぶつかってきたヤツがそのまま後ろに倒れかけたもんだから腕をひっつかんで引き寄せて、恰好からして女だと気付く。
「わっ…!」
「怪我は?」
「無いよ。ぶつかってごめんね」
「急いでたみたいですけど、どうしたんですか?」
「えっと、猫知らない?首に鈴付きの緑の首輪を付けた猫なんだけど」
「いや知らねえけど…アーサーは?」
「僕も見てないかな」
オレにぶつかってきた女にそう返しながらどこか見覚えのある背格好に、どこかで会ったか記憶の中を探る。
女の探している猫はふわふわの金色の毛並みをした明るい緑の瞳の猫らしいが、今までこの学園で過ごしてきてそんな猫は見たことがないし付近でも見かけたことはない。オレたちが登校する前にお散歩して通り去っているんだったら見かけないのも仕方ないが……
「そっかぁ…シャーテ、どこいっちゃったんだろ……」
「飼い猫が逃げ出したの?」
「シャーテは脱走とかする子じゃないから、絶対何かあると思うんだけど……何もわからなくて」
「あ?なんだそれ」
「うちのシャーテはすごい賢いの。だから黙ってどこかに行くなんてことなかったし、何かあってもだいたいどこかに行ってくるって鳴いて報告もしてくれるし……だからこそ、何かあったんじゃないかって」
だんだん小さくなっていく声が聞き取りづらくて聞き返したいところだが、できるような雰囲気でもない。
ジロジロと女を見ていれば、昨日『ボクちゃん』に絡まれてた女だと思い出す。あの『ボクちゃん』相手に突っかかるとかいう面倒臭いことをするほどお節介なのか、それともただ巻き込まれて言い返していたのかは知らないがとにかく面倒臭そうという印象だけは覚えている。どうやらアーサーはこの女と面識あるみたいでそのまま詳しい話を聞こうと会話を続けている。
「その子…シャーテの写真ってあるの?」
「あ、うん。これだよ」
そう言って腕に着けていた端末時計を操作すると写真を壁に映し出す。
学校の壁が白くて助かったが白くなかったら何に映すつもりだったんだ、コイツ。映し出されたのは目の前の女と金色と言っても過言ではないほどの毛色と毛並みを持つ新緑の猫が仲良さそうにテーブルで飯を食べてる姿だ。なんだコイツズリィ。オレなんて近付くだけで威嚇されるのに、一緒に飯まで食べるとか羨ましすぎるだろ。
そんなことを思ってたら横から肘打ちされる。アーサーの方を見ればジトっと呆れたように見てて少しだけ目線をそらす。
「可愛い猫だね。首元の緑色が暗めのお陰で毛の色が映えてるし」
「でしょ?うちのシャーテは美人さんなのよ!それでいって賢くて礼儀正しいの」
「じゃあなんでそんな猫がどっか行くんだよ」
「それは、わかんない……」
俯く女は無言で映し出した写真を消すとさっきまで上がっていたテンションがみるみるしぼんでいき、ついには俯いてもじもじと指先をいじっている。アーサーには 「何やってんの」 なんて言いたげにこっちを睨むもんだからどうにも居心地が悪い。んだよ、オレが悪いってのかよ。確かに口は悪いかもしんねぇけどただ聞いただけだろ?なんだよ、ほんとに。
「あ”ー、言い方が悪かった。なんか変なことなかったのかよ、どっか行く前」
「ぇ、あ、うんと……夜、猫の鳴き声が聞こえたの。シャーテじゃない猫の声。うちはシャーテの縄張りになってるから他の猫は寄り付かないはずなんだけど…」
「その日だけ?」
「うん。その日だけ」
「じゃあ来そうな猫とかもわかんねえか」
こくり、と頷く女。名前すら覚えてねぇ女のために動くってのいうは面倒臭いし嫌だけど、猫はきっと腹空かせてるだろうし寂しがってんだったら早く見つけないと可哀想だしな。コイツの為じゃなく、猫のためだし。それに 『シャーテ』 っていう猫を探していればたくさんの猫と会えるだろうし、もしかしたら撫でさせくれるかもしれねぇしな!
「アーサー」
「どうしたの?義兄さん」
「猫探しに行くぞ」
「……義兄さん、そういえばなんだけどさ?」
「あ?」
「今日って、猫、見た?」
そういわれて朝や昼のことを思い出す。
この学園は塀で囲まれているが、だとしても猫が登れるほどの高さだから猫には関係がない。昼もたまに猫を見かけるぐらいには猫には親しみのある場所みたいだが、確かに今日は朝から見ていないことを思い出す。たまたまじゃないか、と言いかけたところで目の前が真っ暗になる。
「ぉわっ?!」
「えっ、に、義兄さん?」
「ひゃはは!いい反応するな~!」
「ちょ、ちょっと屈んで!取ってあげるから!」
女の声に従ってすこし屈むと視界が開ける。
どうやら厚い紙袋をかぶせられたようで、女の手元には黒い太字マーカーで 『You caught it!』 と書かれていて、ほんの少しだけむかつく。『引っ掛かったね!』 とも 『捕まえた!』 とも読めるこの文字を今すぐ塗り潰して、紙袋をビリビリに破いてぐしゃぐしゃにした後ゴミ箱に捨ててやりてぇ。
「トーアはやっぱいい反応だなぁ!想像通りだ!」
「ペスキー先生…驚かさないでください。びっくりしたじゃないですか」
「いやいや、なぁんか困ってそうな雰囲気を感じてさ?ちょっとほぐしてから離し聞こうかな~ってな!」
軽く謝りながらオレたちの目の前に現れたのはパラノーマルで先生であるペスキー先生。
悪気があるのか無いのかよく分からないし、こんなちんまくて大丈夫なのか心配になってくる。
青い毛玉みたいなフワフワとした髪を一括りにしたらうさぎのしっぽのように丸くちんまりした物体ができるんじゃねぇか、なんて考えてから先生っていうオレたちにものを教える上の立場のヤツに失礼だと気づく。まぁ、口には出てねぇから大丈夫だと思うが。
「と・こ・ろ・で〜?なぁに話してたか、センセーのキョーシツでお話してくれるかな〜?」
「え、えっと……」
「義兄さんはどう思う?」
「ん?別にペスキー先生悪い先生じゃねぇし、いいだろ」
「そっか。じゃあペスキー先生に相談してみようか」
「えっ、でも……その、先生って……」
「パラノーマル!でもでも〜、聞いたことないかな?『ピクシー』ってイキモノ!」
「あぁ、まぁ。はい」
「アタシはその『ピクシー』のもっと強いヤツでね。元々の性質は変わらないモンだから、イタズラするのはだ〜い好きなんだ!……で、どう?悪印象はとれたかな?」
「ん〜と、ちょっとだけ……?」
「ならよし!さあさあ、アタシのキョーシツにLet’s go!」
きゃらきゃらと笑いながらペスキー先生はオレたちの手を取ってどこかへと引っ張っていく。パラノーマルでありながら同年代にしか見えないこの先生に引っ張られていくオレたちは間抜けに見えるのかなんなのか、廊下に出ればすぐに注目の的になった。