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第8話

起こったことをすべて話し終えると院長は難しい顔をしながらオレを鋭い目で睨みつける。蛇に睨まれた蛙みたいにカチカチに体が固まって、怖ぇのに目線は院長から微塵も動かせやしねぇし本当に最悪で仕方がない。そんなに睨まれてもオレは何もしてねぇし、勝手に因縁つけてきたのはモンスターの方だから仕方ねぇだろ。

アイツもアイツで変な事ばっか言っててよくわかんなかったし、助けてくれたシャンティさんは 「お前はまだ何も知らないガキンチョのままでいんだよ」 って意味わっかんねえこと言って教えてくれなかったし……

そこからしばらく考え込んでんのか目を閉じたかと思えば 「部屋に戻れ」 って部屋に返されて、よくわかんないまま風呂に入って眠ることになった。話してる間、院長はなんも反応しないでただオレの話を聞いて分からないとこがあれば聞いてくる程度で、何かしらを考えてるんだろうけどずっと仏頂面のせいで気味が悪かった。



なんも言ってこない院長やあの事件が脳裏を過るせいで頭ん中がぐちゃぐちゃになって気になって、2日3日経っても頭ん中が整理できずにいるせいがぜんぜん眠れやしない。きっとアーサーならすぐに折り合いをつけて元通りに過ごすんだろうけどオレはそんな器用でもないし、こんな時だからかアーサーが羨ましく思える。

どうしようもなくなって他の奴らが眠る中そっと部屋から抜け出して裏庭に出れば、ほんのり湿気を帯びた生暖かい風がオレの髪を揺らした。体が少しだけ押されて躓きそうになるが上手く体勢を建て直してきちんと地面に足をつけて立つ。

普通のヤツより風に影響されやすいのは昔からだけど、それでもこんなそよ風でも少し踏ん張らないといけねぇのは面倒臭い。今よりもっとちいせぇ頃は今みたいな弱え風でも転けてケイタとカイトによく笑われて、それが嫌でどんなに謝られても拗ねて部屋の端っこに座り込んでたっけな。懐かしい思い出を思い浮かべながら何となく空を見上げると、いつもより大きい満月…じゃなくて少しだけ欠けた月がそこらに散らばった星と一緒にキラキラ輝いてオレを見下ろしている。普段なら気にもとめないし興味もないけど、それでも今日の空は綺麗だと感じる。




そのまま空をぼうっと見つめながら、怪我をした3人のことを思い出していく。




オレを庇って石と砂が混じった風に吹き飛ばされ地面に思いっきり叩きつけられて血を吐いたカイト。

オレに手を伸ばしたせいで全身切傷だらけで血みどろになったケイタ。

オレに向かって走り出したせいでオレを空に浮かした強い突風で突き飛ばされてそこら辺の住宅の塀に叩きつけられたアーサー。

医者が言うには、カイトは骨折に加えて風に混じってた石や砂のせいで表面的にも傷を負ってるが傷から体内に入ってるからそれを取り除くために短期的、と言っても2ヶ月とか長い間入院が必要で、ケイタは傷を治すためにとりあえず1ヶ月の入院が必要だと。アーサーは塀でぐったりしてたけど骨に罅が入っただけだったけど、それでも医者は「罅だけだとしても骨折は骨折だ。しばらくはギブスをつける必要がある」って。


ふざけんな、なんでオレが。なんでオレたちが痛い目みなくちゃなんねぇんだよ。

親に捨てられた『可哀想な子ども』だからか?

それとも、孤児院に住む『小汚いガキ』だからか?

こんな世界を作ったのは、こんな世の中を作ったのはお前ら大人なのに。

オレたちを捨てたのは、孤児院なんて場所を作ったのはお前ら大人なのに。


そう何度も世界への恨み言ばっかり思いつくせいでイライラするけど、もうすぎたことは変わらねぇからって全部ぶっ飛ばして考えないように、今あるオレの『家族』があるのはこの世界のおかげなんだからって自分を説得して。

それでも、カイトやケイタが居ない、アーサーが居ない現実は見て見ぬふりなんてできない。

たった3人がほんの少しだけホームを離れてるだけだっていうのに、こんなにも寂しいものなんだと思い知った。カイトがまだまだちいせえガキどもの相手して、ケイタが飯とか掃除洗濯の指示を出して……アーサーはオレと一緒に遊んだり、本読んだり、買い出し行ったり……騒がしくて忙しくて楽しい毎日。当たり前だけど、カイトたちと同じ歳のヤツは何人かいる。

けど、それでもカイトたちみたいに動けるやつはいなくて、カイトたちの代わりは絶対に居ないことを知らしめられる。今日帰った時だってカイトたちがいるときよりガキどもの元気に遊んでる声とかが少なくて、夜飯なんて3人を探してキョロキョロ見回すヤツやオレに直接聞いてくるヤツも居た。オレだけじゃあ、まだオレの義兄妹を安心させることもできない。


「みゃぁお」

「…あ?」


声がした方を向けばまん丸の金色の目がこっちを見ていて、ほんの少しだけ驚く。

月みたいに丸っこくてキラキラ輝いていて、けど真ん中に縦に長い瞳孔があってそれが動物の目立っていうのは簡単にわかる。

オレが気付いたことにあっちも気付いたのかすぐに暗がりに消えていきやがった。なんだったのか分からねぇけど、声的に多分猫だろ。なんて思いながら目があった場所を見つめるが、さっきの声の主が戻ってくることはない。

というか、この時間にこの場所に猫が来るなんてあんのか?こんな時間まで起きてるのはケイタかカイトぐらいだけど…もしかしてオレたちにも内緒で飼ってたり、なんてしねえよな。そんなことだったらホームの全員から文句が2人に降り注ぐけどな。


……まあ、その2人は今すぐ帰ってこれないんだけど。


ため息をついて空を見上げれば月は雲に隠れて見えなくなっていた。


「あーあ……寝るか」


明日も学校がある。明後日も明明後日もそのまた明日も明後日も、ずっと。

ガッコーが始まれば土日を除いて週5で彼処に朝から行かなくちゃなんねぇ。さらに言えば、カイトやケイタの分もホームの仕事もしなくちゃいけねぇからさらに忙しくなることは目に見えてる。覚えてる限りじゃまだ月はてっぺんに登ってなかったはずだからさっさと戻って寝ちまって、朝早くに起きてミルクと離乳食と朝飯作って自分の昼飯も用意しとかなくちゃな。

夕飯はさすがにほかの奴らだけでも大丈夫だろうが、少しだけ不安だしな。アーサーが戻ってこようがケイタがオレたちの炊事番みたいなところあるし、ちゃんと早く帰らねえとガキどもも不安がるだろ。





グゥっと背伸びをしてからホームは戻って行く。後ろからの極彩色の瞳たちに気づかないまま。






あの事件からだいたい2週間経った。

アーサーは無事ギブスが取れてちゃんと動けるようになって、カイトとケイタはまだ入院しなきゃだけど回復は順調だって医者が言ってた。

アーサーが怪我して登校した時はクラスの女共は心配の声をかけててアーサーは大変そうだった。そんな声掛けたってアーサーからすりゃただただ邪魔だっての表情見りゃわかるのになんでわかんねぇんだろうな。ルクスはいつも通りうるさかったけどアーサーがギブス取れると祝いだって高ぇ飯屋連れてかれそうになってオレとアーサーで止めさせた。マジで頭パンクしそうになるしあんなもん何度も食ってたら金銭感覚も味覚も変になりそうで嫌なんだよなぁ。

なんて思い返してうんざりしてると騒めきが大きくなって、オレたちのところまで声が聞こえてくる。


「ちょっと言い過ぎじゃないかな、クアルクーノ君」

「言い過ぎ?何がだ。底辺の者に教えてやっただけだろう」

「底辺って……偉そうな口ばかり叩いてるけど、貴方はどうなのよ!」

「三大商家のプレイラット家に生まれたクアルクーノ。お前のような程度の低い庶民にはこのボクのすばらしさはわからないだろうな!」


教室の入口で言い合う男女と言い合ってる女と小さく聞こえる女の声、喧嘩の仲裁か何かに入ってヒートアップしてるのか離れているのにガッツリ会話が聞こえる。プレイラットという単語に聞き覚えがあってそっちの方を見れば、前にルクスに言い負かされてた青髪の男子生徒と見知らぬ金髪の女子生徒が言い合いをしている。

さっきまで騒いでた声がすっかり聞こえなくなったからすぐ横を見れば、ルクスがまるで表情が抜け落ちたように真顔であの男子生徒を見ててびっくりしたっていうか……ビビった。普段コロコロ表情が変わるようなヤツが急に真顔でジーッと見てると怖いもんがあるだろ。


「ごめんな、トーア。ちょっと行ってくる」

「おい、ちょ……」


あっちを見たまま席を立って向かうルクスをあの痴話喧嘩の中に入れるのは不味いかもしれないと思ってオレも席を立ってルクスを追いかける。痴話喧嘩に巻き込まれたくないのか3人から距離を取る他の生徒連中はなんかしてるか痴話喧嘩を見てヒソヒソ話してやがる。 「誰か助けに行けよ」 だとか 「うわ、あの子たちご愁傷様」 なんて声も聞こえてくるから誰も止める気はないし、こういう面倒事はうんざりなんだろうな。オレも同意見ではあるが、だとしてもそうコソコソ遠巻きから見るもんでもねぇだろ。

まあ、こうして痴話喧嘩に突っ込んでくバカを止めるために突っ込むオレもオレだけどな。


「へぇ、プレイラット家のってそんなに威張れるのかぁ、凄いなぁ。なぁ、オレにも教えてくれよ。そんなに豪胆で傲慢になれる秘訣。」

「……ルクス。なんだよ、今お前は関係ないだろ」

「いやいや、気になったんだよ。支出五千万以上、収入5億以下のプレイラットがどうして威張れるのか」

「今その話関係ないだろ!」

「じゃあ『』とか『』だとかも関係ないよな?なんで話に出したんだ?オレに分かりやすく教えてくれよ」


ニコニコと 「なんでだ?」 と冷たく笑うルクスがどこか物騒に感じて仕方がない。ルクスの後ろに立っているだけなのになぜかオレまで巻き込まれてるような感覚になりかけて驚いた。

というか、コイツキレるとこんな顔して冷たい声して話しかけてくんのかよ。マジで怖え。

でも底辺だとか庶民だからって理由で突っかかる変なヤツにマウント取りながらキレてるのは少しだけ面白いかも。珍しいからって理由もあるんだけど、それでも金持ちのボンボンが金持ちのボンボンに常識(?)を説いてる姿って新鮮だし面白い。

途中で割り込んだおかげで手持無沙汰になった女子生徒たちの方に近寄って大丈夫そうかだけ確認しておくか。


「おい、大丈夫か」

「え、あぁうん。大丈夫。……あっちの子は?」

「金持ち。変なヤツだけどオレたちに威張ったりもしねえし、面白いぞ」

「友達なの?」

「あ?…あー、まあ」

「へぇ~」


後ろに隠れた茶髪の女子生徒にも大丈夫か確認だけとってルクスとプレイラットだとかいうヤツの痴話喧嘩、というかルクスの珍しい怒ってる姿を観察する。よく血管浮き出しながら叫び散らかすヤツを見るがルクスはそういうタイプじゃなくて、あくまでも冷静に説教するみたいに次々と言葉を投げて𠮟りつけるタイプみたいだ。

いつも明るい、というか元気過ぎてうるさいのにこういう一面を見せられるとびっくりする。


「知性も金銭的余裕もボクの家は持ち合わせているし、このボクは成績優秀者だ。そこらの平々凡々の庶民とは違うのは明らかだろ!」

「へぇ。成績優秀っていってるが、それはスクールでのことだろ?それに大勢の前で喚くようなヤツがお前の言う『』より優れているようには思えないけどなぁ」

「なッ!このボクをバカにしてるのか?ニヒルベイシスの長男坊ともあろう男が!」

「先にバカにしてきてたのはそっちだろ?」

「~~~ッ!もういい!」


勝者はルクスのようで、『ボクちゃん』は顔を真っ赤にさせて教室から出ていった。

ホームルーム終わってそろそろ帰る時間だからよかったけど、これ休み時間とかに起こってたらかなり面倒なことになりそうだよな。

まあ、なにはともかく喧嘩も収まったしルクスも元に戻ったのか 「大丈夫か?」 なんて悲しそうに女子生徒に話しかけてるから問題はねえだろ。その場はルクスに全部任して机からカバンを取ってアーサーの方に向かう。さっきのこともあったのかアーサーの周りを囲む女子生徒はおらず、すんなりと合流ができる。


「義兄さん、なんだったの?」

「よくわからん。金持ちアピールじゃないか?」

「へぇ……大丈夫だった?」

「全部ルクスがやったから」

「ルクスさんが……?へぇ。どんな感じだったか教えてよ」


アーサーのカバンを奪ってそのまま教室を出る。

アーサーから一言抗議の声が上がるが無視をすれば困ったように眉を寄せながらアーサーはオレの少し後ろを歩く。ギブスが外れてまだ間もないからこそ荷物は持たせらんねえし、アーサーはなんかあってもなんも言ってこないからこうやって無理矢理奪わないと大変なことになる。

それはそうとして、ルクスに何も言わず教室から出ちまったから明日は文句をだらだらと長い間聞かされそうだ。

なんで先に帰ったんだよ~、なんて言葉から始まるだろうなと想像すると、意外と面白い。

アーサーと一緒に明日はルクスになんて言われるか、なんてことを考えながら帰り道を早足で帰っていく。


「みぃ」

「あ、義兄さん待って。子猫だ」

「あ?」


小さなフワフワとしたグレーの毛にくりくりとした青い目をこっちに向ける小さな猫が道の端っこで鳴いている。

近くに親とかいねぇのか見渡すが姿は見えない、とか思いながら視線を戻せばアーサーが子猫を抱っこしてやがった。ニコニコと笑って鳴く猫に合わせて鳴きマネをしてて、まあ楽しんでるからいいかと肩を落とすがそれでも親猫が戻ってきたらどうするんだという気持ちもある。


「おい、アーサー」

「わかってるって。ほら、ねこちゃーん」

「みぃ~」

「はは、ほら見てよ。かわいい」

「ちょ、近づけんなって」

「みぃ!」


見て見て、なんて言いながらオレに子猫を近づけるアーサー。昔動物に近づいて引っ掻かれてから苦手なんだよ!

手で壁を作っていたらポム、と冷たい何かが手にあたる感覚がしてゆっくりと覗き込めば子猫の手がオレの手にあたってた。

爪も出さず、ただただ手を置きながらオレを見上げるその姿にブワッと何かが沸き上がる。


「…トーア?」

「―――っ!かっわいいなぁ!おまえ!」

「みぃ~」


知ってる、なんて言いたげに鳴く子猫をアーサーから取り上げてじっと観察する。

フワフワでもこもこで、ちいせえ手にこれまたちいせえ肉球がついてて。みい、なんて鳴くその口はちいせえくせに十分な声量だ。

かわいいかわいいとみていればすぐ足元から低い猫の鳴き声が聞こえて目をやると、子猫と同じ毛色の大人の猫が座ってオレを見上げていた。


「お、お前がコイツの親か?」

「なぁご」

「そうかそうか!ほら、親が来たぞ~」

「みぃ~!」

「なぁ~ご」


俺が子猫を地面に降ろせば親猫はすぐに子猫の首元を加えて、オレたちにひと鳴きしてからその場を颯爽と去って行った。

今日はオレを引っ搔いたり啄んだりしない初めての動物と出会えたすっげえいい日だ!

ちらっとアーサーの方を見ればアーサーはアーサーで満面の笑みを浮かべている。

なんでそんな顔してんのか聞こうとも思ったが、それよりもさっきの出会いが衝撃的過ぎてどうでもいい。


「アーサー、早く帰ろうぜ!」

「そうだね。みんな待ってる」


オレンジ色の空が見え始めてるから少し急ぎ目に走っていくが、それでもなんだか楽しくてついアーサーを置いてけぼりにしそうになったのはここだけの話し。


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