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第6話

閉門ギリギリではあるものの、何とか学園について教室に入り鐘が鳴るまで自分の席で休憩をする。

目の前に座るルクスがうるさいがそれは全部スルーして体を休め、息を整えることだけに集中する。

そうしていれば鐘が鳴ってホームルームが始まる。昨日と同じようにアンノン先生が入ってくれば女子生徒たちの黄色い悲鳴が飛び、それに微笑みを返すその様子に吐き気がする。まるで何事もなかったかのように連絡事項を述べ、さっさと終えてまた教室から姿を消す。


「今日は全部ココで受けるのか~。移動教室だったらもっと面白いのにな、なぁトーア!」

「そうか?めんどくせぇだけだろ」

「えぇ~?そうか?」

「そうだろ」


唸るように声を出しながら眉を顰めるルクスを放っておいて自分のロッカーから1限目で必要になる物を取り出していく。

1限目は数学だから数学の教科書とメモ用のノートと筆記用具を取り出して自分の席にまた戻る。

確か数学の次が英語で、その次が国語、パソコンと続いて昼休みを挟み、体育、音楽の授業のはず。音楽はサイレン先生が担当していると言っていたし……それに、初めての授業は自己紹介とクラスの習熟度がどれほどかを確認するだけだって話だったしつまらなそうだ。


「どの先生がどの教科担当かは昨日教えてもらったけど、それでもどんな先生か楽しみだな!」

「あー、そうだな」

「ぜんぜん楽しみじゃなさそうだなぁ。なんでだ?」

「勉強より体動かすほうが好きなんだよ」

「じゃあ体育とかが楽しみなのか?」

「さぁな。内容次第じゃないか?」

「ふーん。あ、つまんないからって寝るなよ?」

「お前こそ寝るなよ?」

「寝るわけないだろ!」

「どうだか」


そう鼻で笑えばちょうど鐘が鳴り数学の先生が入ってくる。こうしてオレの初授業が始まったわけなんだが……

だいたいの授業が自己紹介だなんだって同じ内容だし、つまんねぇし。途中から窓の外ばかり見てたらルクスが話しかけてきて先生に怒られるわで大変だった。クラスのヤツの顔と名前を知るいい機会じゃないか、なんてルクスは言うが別に仲良くしようとも思わないから覚えてたって意味ねぇだろ。

外でも眺めていればあっという間に昼休みが来て教室は伽藍洞になって残ったのはオレとアーサーだけ。

アーサーがオレの席の近くに座って、カバンから持ってきたバケットを取り出し持ってきた付け合わせをそれぞれ机に出す。


「アーサーはオレンジジャムか」

「義兄さんはブルーベリー?」

「おう」


蓋を開けてスプーンをジャム瓶に突っ込み、バケットを一口大にちぎってジャムをつけて口に放り込むとジャムの甘さが広がってジュースが飲みたくなるがそんなものはないし我慢するしかない。バケットを半分ほど食べ終わった頃くらいにアーサーはカバンから水筒とコップを2つ取り出して水筒の中身をそそぎ始める。コンソメスープのいい匂いが広がって腹が鳴る。


「カイトが持たせてくれたんだ。ついでだって」

「へぇ。ありがてぇ」

「朝はゆっくり食べる暇もなかったもんね」

「早起きはするもんじゃねぇな」

「でもほとんど1人でこなすケイタはすごいよね」


頷きながら口に含んだスープを飲み込む。実際、朝早くに起きてオレたち全員分の飯を作って食器を並べて、赤ん坊の飯も作ってるケイタはすごいしちゃんと寝てんのかは不思議に思う。そこまで考えて、ケイタもそうだがカイトも朝早くから姿がないことを思い出す。どこで何してるのかはしらねえが、倒れるぐらいまで動きっぱなしじゃなければいいけど……

バケットをスープにひたして食べていると教室の扉が開き、見覚えしかないバターブロンドの短髪がターコイズブルーの瞳でこちらを見たかと思えばずんずんと近づいてくると、机の上を見て声を上げる。


「あー!食堂にいないと思ったらまだここにいたのかよ。しかも、パン食ってるのか?!」

「なんだよ、ルクス」

「食事中ですから、静かにしてもらえませんか?」

「あ、ごめん…ってか、食堂使えよ。パンフレットにも書いてあっただろ~?」

「無償って言われると、なんかヤなんだよ…」

「ルクスさん、タダより怖いモノはないんですよ」

「そ、そうなのか…???オレが間違ってるのか…????」


さっさと残ったバケットを食べ、スープを飲み干して立ち上がる。教室の後ろにあるロッカーから体育の教科書を取り出し自分の席へと戻ればアーサーは困ったように笑い、ルクスは追いかけてくる。さっきまでリラックスしてたっていうのにこいつが来たせいで穏やかな昼休憩は消え、また暇なだけの時間がやってきてしまう。


「なあ、タダより怖いモノはないっていうけど、タダの次はなんなんだ?」

「高額請求」

「へぇ~?でも払えばいいだけだし、怖くないだろ」

「高額請求は詐欺とかあるし、それにそもそも払えねぇ額出されても困るだろ」

「あぁ~!確かにそうだな」

「…お前、学校通ってたんだよな?」

「ん?そうだぞ?」


学校に通えるほどのお金持ちの坊ちゃんのくせに、いや坊ちゃんだからこんなに頭が悪いのか。金持ちってのはどいつもこいつもこんなのばっかりなのか?金に物を言わす行動もそうだが、金蔓にでもなるために産まれてきてるのか?意味が分からん。

ルクスがしつこく質問してくるからそれに答えているといつの間にか生徒たちが教室に戻ってきていたのか、オレたち以外にも両手で数える程度に増えてきた。人の話し声が重なり騒めきになった頃、教室の扉が開き体躯のいい男が1人入ってくる。


「誰だ?アイツ」

「体育の先生じゃないか?」

「ふぅん」

「あ、でもすぐに出ていくみたいだな。授業で使う物を運びに来たのか?」

「じゃないか?」


軽口をたたいていれば鐘が鳴り、早足で男が教室に入ってくると教卓の上を整頓するかのように動かしては一つのファイルを開き、顔を上げた。髪の毛一つ生えていない頭が証明を反射して眩しいが、それ以上に快活な表情を浮かべるその姿が太陽をイメージさせる。教室のどこからかは 「ハゲだ」 「反射してるぜ」 などと容姿について小さく話している声が聞こえてくるが、それは男の声ですべてかき消された。


「よう、生徒諸君!お前たちの体育教師を務める、ヴェルデ・エッジだ!この頭だからかほかの生徒からは と呼ばれることが多いが、名前で呼んでくれ!」

「じゃあハゲ先生で~!」

「私タコちゃん先生でもいいですか~?」

「おう!いいぞ!」

「「いいんだ」」


生徒からのちょっとしたからかいのつもりで発したであろう発言もすんなりと受け止め、悪口と思われても仕方ないような呼び方を許可するエッジ先生は変わらずオレたちに笑顔を向けていた。特に嫌がるような反応もせず許可を出すものだから口を開いてなかった生徒もついツッコんでしまう。


「さて、自己紹介…はどうせほかの授業とかでも何度もやってただろうから、さっそく授業の話しでもするか!異論は認めないからな~!」


さて、とエッジ先生が一息をつくとタブレットを操作し黒板に何かを投影させると、教室を見渡しながら先ほどよりも声量を上げて説明を始める。一瞬にして笑顔から真剣な表情に変わるその姿は先生、というよりギャングとかそっちのようにも思える。


「まず、先生がお前たちに教える体育というものはお前たちの体の基礎を正すものであり、鍛えるものであり、壊しかねないものだ。それをきちんと理解していなければ、お前たちは怪我をしやすかったり病気を患う可能性が高くなる。まだ11歳の子どもだとしても、これだけは頭に入れて体育の授業を受けてくれ。わかったか?」

「せんせー、体育でそんなヤバいのするんですかー?」

「することはないが運動一つでお前の骨が折れることも、曲がることもある。ジジイでもないのに背が曲がったままっていうのも、嫌だろ?」

「エッジ先生、どうしてそれをはじめの授業で?」

「はじめだろうがなんだろうが、先生はすべての授業でこれを言ってるからなぁ。例外なくってヤツだ」

「なるほど、ありがとうございます」


沈黙した生徒の後を継ぐようにアーサーが質問をし、次に進みやすいように終わりをわかりやすくおいた。

それのおかげか、エッジ先生はすんなりと次の説明をするために口を開く。

見た目は身なりが良いゴロツキみたいな見た目をしてるくせに、なんとも真面目な先生だ。


「先生は体育の教師をしているが、戦闘学科の教員でもある。この教室の中にももしかしたらモンスタースレイヤーMSを目指す生徒がいるかもしれねえ。だからこそ先生は生半可な気持ちでお前たちの心身の健康を預かりたくはねぇんだ」

「MS…」

「ひとまず、次の授業は体力測定をすることになる。今から配布する用紙を失くすんじゃねぇぞ~?替わりなんてねぇからな?」


そういいながら教卓から紙束を手に取り、一枚づつオレたちに手渡していく。この学園は戦闘学科があって、MSを目指す生徒もいる。だからこんな先生や新しくパラノーマルの先生なんかも学園に来たのかもしれない、そう思うと途端に胸が熱くなる。

ここで頑張れば、MSに入れるかもしれない!


「よし、忠告は終わった。ここからは体育の分岐についてお前らに教えよう。今渡した用紙を見てくれ」


エッジ先生が言う通りに用紙を見れば、そこには体力測定の結果を書く欄に加えて 『近接戦闘』 『遠隔戦闘』 『戦闘補助』 『一般運動』 の文字の横にチェックボックスが添えられているが用紙には一切の説明が書かれていない。


「体力測定の欄の下に四つのカテゴライズが書かれてるだろ?次の授業までに何を中心に学びたいか、チェックボックスにチェックを打っておくように!回収するからな」

「せんせ、これなに~?」

「それは本格的に授業が始まってからきちんと説明するから、楽しみとして待っておけよ!だいたいは名前通りだから、どれを学びたいか頭を悩ませておけ~!」


そう締めくくると同時に授業の終わりを告げる鐘が鳴る。小さく 「あ、ヤベ」 と零したかと思えば教卓を一度叩き、教室全体に聞こえるように大きな声で教卓にある紙を1人一枚持っておくことを指示して教室を出ていった。ほかのヤツらはまだ取りにいかないようなので先に教卓へ近づけば、アーサーも同じ考えだったようで紙に手を伸ばしていた。


「なぁなぁ、ヴェルデ先生すっげえデカかったなぁ!」

「相当鍛えてらっしゃるんでしょうね。義兄さん、これ」

「お、サンキュー。助かる」

「あ、オレも取る!」


教卓に置かれていた紙は三種あり、先にまとめたものをアーサーに手渡されたからそのまま受け取って内容を見る。

どうやら次の授業を行う場所の説明や行き方、必要な持ち物についてが書かれているようだがそれにしても説明書きが多すぎる。

それに、さっき説明を省いた四つのカテゴライズの説明が事細かに書かれているせいで目が痛くなってくる。目頭を押さえながらアーサーを見れば難しい顔をしてじっと紙を読んでいる。


「なんか、難しいことばっか書いてんなぁ~」

「内容は必要なものばかりですよ。読んで損は絶対にないと思いますけど」

「長いし細けぇし、面倒だな…」

「ホームに帰ったら僕が説明しますよ。授業後でしたらカイト義兄さんたちの話しも聞けますしね」

「その手があったか!」


盲点というように手を叩くルクスに呆れながら紙を持って席に戻る。机の下に置いておいたカバンに紙を入れ、次の授業の用意を出そうと後ろのロッカーへと向かえばオレのロッカーの目の前で話し込む男が四人。自己紹介をいくらされようとも覚える気はさらさらなかったからか名前なんて覚えてないが、それでもいけ好かないということだけはわかる。


「おい、そこどけよ」

「は?何その言い方」

「スクールにも行けてねぇビンボウは引っ込んでろよ」

「うるせえ。お前たちがどけねぇとロッカー開けれねぇだろ」


邪魔なヤツに邪魔と言っただけなのになぜか高圧的に返される。めんどくせぇ空気が流れる中、自分のロッカーから取り出し終えたルクスがオレにのしかかるように体重を乗せてくる。一度オレたちの様子を見たが、それでも空気は読めなかったのかオレに声をかけてくる。


「なぁなぁ、サイレン先生ってパラノーマルらしいけどどんな人だったんだ?」

「あー、優しくていい人。…人って呼んでいいのか?パラノーマルって」

「いいんじゃないか?パラノーマルだって言っても姿はオレたちとそうたいして変わらないし!」

「それもそうか」


昨日の集会に参加できていなかったルクスらしい疑問に答えていれば、呆気にとられたようなヤツとルクスの登場によってかは知らないがイラつき始めたヤツがオレに突っかかろうと足を前に一歩踏み出す。それに気づいたのか、それとも前に出てきたからなのかは不確かだがルクスはソイツに微笑みながら口を開く。


「ところで、なんでこんなところに居るんだ?」


笑顔なのにどこか冷たく平坦に聞こえるその声に怯んだ様子にオレも驚く。

いったいどこからそんな声が出るのかもそうだが、ちらりと顔を確認すれば瞳は薄く開かれていて氷のようだった。

昨日もずっと明るく元気で少し叱ってやるとすぐに落ち込むようなヤツだったのに今オレの上に乗っかっているコイツはさっきまでのルクスとは似ても似つかない。


「トーアの物が出せないだろ?ほら、そこ開けてくれよ」

「ぃ、いや、ルクスお前。そいつがどんな奴か知ってて言ってんのか…?昨日会ったばかりのヤツをそんな信用して、いいのかよ。」

「あはは、大丈夫だって。トーアは悪いヤツじゃないし、それにプライレット商会の次男坊に忠告されるいわれはないぞ?」

「え、いや」

「そっちはプライレット商会の子会社のレイラット会社社長の三男坊、お前はシノノメ生地製造工場の副工場長のご子息だったか。前にプライレット商会催しのパーティーで御父上にご挨拶させてもらったぜ」

「な、なん…なんでそんな」

「そりゃもちろん把握してるさ!オレは、 『』 の跡取りだからな!」


ルクスが屈託のない笑顔のはずなのにどこか冷たいその笑顔を感情が伴っていない言葉とともに向けると、もうすっかり怯えている目の前の男子生徒たちは少しずつ後退っていくが逃がさないとでもいうように一歩、また一歩とオレから離れ近づいていくルクスからは若干、いやだいぶ面倒臭そうな気配がする。


「おい、ルクス」

「トーアはちょっと待っててくれ。オレはコイツらと話してくるから」

「はぁ……」


さっさとロッカーから教科書や使うであろう物を取り出して少しずつ離れていくルクスの腕をひっつかんでさっさと席に戻る。ロッカーの扉を 強く閉めたせいで大きな音が鳴っちまったがそんなもんは気にせず呆気にとられたような表情をするルクスをそのままオレの前の席に座らせる。


「めんどくせぇからあーいうのに突っ込んでいくなよ」

「面倒臭いって、お前なぁ!友達に嫌なことされて黙ってるヤツがいるかよ!」

「お前のやり方ネチネチしてる感じだろ。めんどくせぇ」

「め、めん……」

「別に孤児院育ちってのは事実だし、貧乏暮らしってのも事実だしな。怒るところなんてねぇだろ」

「でも、オレはそんな風にトーアが言われるのは嫌だ」

「ルクス、お前出会って一日目のオレをどんだけ信用してんだよ…」


そういうと不貞腐れたように頬を膨らますルクスの頭を軽くチョップする。

こういうヤツの対処は孤児院でやってきたし、扱い方も良く知ってる。

だからこそ放置すると面倒だし適度にかまってやらねぇと捻くれていくのは目に見えてる。


「ほら、次は音楽の授業なんだからそんな顔してんなよ。サイレン先生の見た目もそうだが、驚くことばっかで今そんな風だと疲れるぞ」

「…そうか?」

「倒れてて見れてないし、今日は観察して楽しめよ」

「おう!」


いとも簡単に転がされるのは危なっかしいが、それでも不貞腐れて捻くれられるのはもっとめんどくせぇからこれでいいや。まぁ、さっきのやり取りでルクスは面倒事を運んできてくれやがったみたいだし、面倒事の解決には尽力してもうことはこの時点で決定してるしな。

そんなことを考えながらルクスに相槌を返していれば鐘が鳴り、扉からスピーカー頭のピシッとしたスーツを着たヤツが入ってくる。後ろに途中で千切れたコードがぶら下がってるあたりが夜中に出くわしたくないと思わせてくる。


「やぁみんな!改めまして、ぼくはサイレン!良い 『』 のみんなは仲良くしてくれると嬉しいな!」


教卓に手をついて教室にそう声を響かせるサイレン先生は昨日話したときよりも楽しそうで元気だ。何かいいことでもあったのか?なんて考えてから第一声を思い出す。そうとう楽しく、たくさん話してきたんだろうなぁ……

でもなんで頭がスピーカーになってるんだ?昨日はメガホンだったはず。


「お、疑問のがたくさんするねぇ。じゃあ代表者として~、トーア。どうしたのかな?」

「え゛。あー、なんで頭がスピーカーになってるんすか?」

「あぁ!昨日はメガホンをつけていたからだね?ぼくの頭ってないようなものだからさぁ、こうして付け替えても問題はないから 『ふぁっしょん』 の一つとしていろいろ試してるんだ!」

「ふぁ、ファッションっすか……」

「今日はシックにまとめてみたんだよ?この褪せた青はこの小さなスピーカーによく似合ってるでしょ~?」

「そう、っすね」


サイレン先生の感性はよくわからないがとりあえず肯定しておく。オレがこれ以上は何も言わないことを察したのかサイレン先生はプリントを配りながら再び声を出す。先ほどより音量が小さくなったところから、すこしだけテンションが落ち着いてきたんだろうか……?

やっぱパラノーマルと人間の感性って違うんだろうな、なんて授業に関係ないことを考える。


「さて、たった今配ったプリントにはこれからやっていくぼくの授業について書いてある。基本的に君たちには歌って演奏して、音を奏でてもらうよ!大丈夫、音痴でも下手でも音のパラノーマルであるぼくがついているからどんな子でも上手になるよ!」


プリントには授業過程や恐らく次の授業に使うであろう譜面や歌詞だったりが載っていて、意外と筆まめなのかと思ったらプリントの端に誰かの名前が載っている。昨日アーサーから知っておくようにとまとめられた紙を見れば、音楽の先生ではあるが別の先生の名前だとわかる。

パラノーマルだからこそ授業に関することはわからねえってんで他の先生に手伝ってもらったんだろう。


「えっと、すのーほりでー、だっけ?直前にやつクラス別合唱コンクールってのがあるから、それまでに綺麗なお歌を仕上げようねぇ」


サイレン先生がタブレットを操作すると黒板に情報が投影される。

毎年一年生だけが行う合唱コンクールがあるらしく、全学年が自己判断で聴きに来ることができるシステムのようだ。

ということはカイトやケイタは確実に来ることが決定したことに唾を飲み込む。どうせあの二人が来るなら、優勝して見せたらもっと褒められたりするんじゃないか?そんで、ちょっとだけ豪勢な夕飯が食えたりするんじゃないか?そう思うと俄然やる気が出てくる。


「コンクールってのはこんなことをするんだって。ぼくはこういう人間がやることに興味がなくてね、ぼくがわからないところは他の先生に聞いてくれると嬉しいかなぁ。ぼくが君たちに教えるのは単純で、音を奏でること。美しい音を奏でれば奏でるほどぼくはうれしくなる。」


そこで一度言葉を途切れさせたサイレン先生の雰囲気が、ガラリと変わる。酷く冷たい、オレたちをなんとも思っていないような……さっきまで和気藹々としていたのに急に崖下へと突き落されたような感覚に陥る。


「だから頑張ってね、


何故か、最後の一言に酷い寒気を感じた。ただオレたちを 「頑張れ」 と応援してくれただけなのに、その言葉が恐ろしいことのように感じて仕方がない。オレたちをまるで使い捨ての道具を見るような、そんな人を人として見ていないようなその視線。続いていく声は優しいのに、どこも恐ろしくはないのに。どうしても先ほどの言葉が、声が引っ掛かって仕方がない。

オレたちが良い音を奏でればサイレン先生は喜ぶのは間違いない。だって音のパラノーマルだと本人が言っていたし、オレたちだって耳が痛くなるような音より綺麗な音の方が心地良く感じるし、それと同じはずなんだ。だから、きっとさっきの感覚は何かの間違いだと思うことにする。


「さて、ここまで説明したけど……何か質問はあるかな~?」

「はい、先生」

「お、君は……クアルクーノ君だね。どうしたのかな?」

「楽器はマイ楽器を持ち込んでもいいんですか?」


クアルクーノと呼ばれた生徒が気になって少し目線をずらして見れば、どうやらさっきオレに逆ギレしてルクスにやられかけてた男のようだ。ふと目が合ったかと思えば鼻で笑われたことから舐められてるのももちろん、挑発されていることは明らかだがきちんとガンスルーしてやる。こういうのはスルーするのが一番効くんだ。


「もちろんいいけど……きちんと綺麗な音を奏でられるように楽器の管理はしておいてね?」

「もちろんです、先生。きちんと調律し、磨き上げておきます」

「そう。ちゃんと大事にしてあげるなら大丈夫だよ!」


そのあとは不穏な動きもなく、ただただサイレン先生がオレたちの質問に答えていって授業は終わった。終わった後もずっと、サイレン先生の放った 「音の子どもたち」 やその前後の言葉がオレの中で引っ掛かっていた。


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