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第5話

あの後、みんなで飯を食べ終わって風呂から出た頃にケイタ義兄にワシワシとタオルドライをされながらオレたちは説教を食らった。

ケイタ義兄のタオルドライはいつも力が強くて痛いくせに説教は長くて面倒くさいし、説教が終わった頃にはオレもアーサーも風呂上りだっていうのに疲れ果ててそのまま布団にぶっ倒れて眠っちまった。2人そろって目が覚めたら夜が明けた頃で、段々と昼のように明るさを増していく空に驚いたぐらいだ。

二度寝しようともう一度横になろうとしたら 「一度起きたからには顔を洗いに行かない?」 なんてアーサー言われ、引きずられるように部屋から抜け出して洗面所へ向かって扉に手をかけようとすると勝手に扉が開き頭をぶつける。


「いってぇ!」

「あ?って、トーアとアーサーじゃねえか。どうしたんだよ、こんな早朝に。いつもならまだ寝てる頃だろ?」

「ケイタ。起きちゃったから顔を洗いに来たんだよ。…トーア、大丈夫そう?」

「いてぇ、けど大丈夫……」

「マジすまん、いるとは思わなかった」


ヒリヒリする頭を擦っていると申し訳なさそうに眉を下げるケイタが頭を撫でてくるがガキでもあるめえし、とそれを払いのける。さっきまでケイタは中で何をしてたのかと洗面所を覗けば洗濯機がすでに回っていて、こんな朝早くにもう回しているのかと思いながらケイタの横を通り水で顔を洗う。もう9月のせいかすっかり水はひんやりとしていて、夏によく出るぬるい水はもう出ないのかと少しだけがっかりする。

夏に出るあのぬるい水、好きなんだけどなぁ。


「今から朝飯作りに行くけど、お前らも来るか?」

「あ、じゃあ手伝う。アーサーも髪結んだら来いよ」

「もちろん。すぐに結うよ」


長くさらさらと手から逃れていく髪をまとめ始めるアーサーを置いて洗面所を出る。早朝だからか外から聞こえてくる鳥たちの声が珍しく思えて、そこでふとケイタが異様に静かなことに気づく。小さいガキどもがいないとはいえ、いつもはうるさいくらいに口を開いてくるのに静かに真っ直ぐ歩いていくケイタはどこか別人にも見えてくる。

静かにしていればカッコいいし強そうなのに、しゃべったとたん 「ザ・チャラい兄ちゃん」 になるの本当になんなんだろうな。

髪も相まってか本当にチャランポランに見えてくるんだよなぁ。


「なぁ、ケイタ」

「おう、どうしたトーア」

「なんでずっと喋んねぇんだよ」

「あー、他の奴ら起こしちゃ悪いだろ。こんな朝早くに。だからだよ」

「ふーん」


オレから目を逸らしながらカリカリと頬を指でかくその様子がどっか引っかかるけど言ってることはもっともだし、今は朝飯を作るのが最優先だから放っておいて目の前のことに集中する。キッチンに入ってケイタの指示通りによく手を洗ってから野菜を洗って切っていく。今日の朝飯はコンソメスープとハムエッグとバケットで決まりのようでケイタはサイコロ状に切った根野菜を水と一緒に鍋に入れて火をつけている。

鍋が沸騰したころにコンソメと塩コショウ、鶏がらを適量入れてかき混ぜている様子はいつも通りなのに、何もしゃべろうとしないケイタの様子がどこか違和感がぬぐえない。いつもなら冗談とか言いながら飯を作ってるのに。


「ケイタ」

「どうしたトーア。あ、そうだ。サラダも作っとかねえとカイトに叱られるな。ポテトサラダとレタスをサラダにしよう。ポテトサラダ頼めるか?」

「おう。っじゃなくて、どうしたんだよ」

「…どうしたって、何がだ?」

「なんか変だぞ」

「なんかってなんだよ。ほら、片手鍋出しといたから」


はぐらかすように軽く笑ってから片手鍋を出してまた鍋に向かうケイタに 「そういうことじゃない」 って言いたいのにそんなことしたらどうしても大声になるだろうし、そうなったらほかの奴らが起きちまうことを考えると、今問い詰めることもできない。今起こしちまえばぐずるヤツもいるし、昼頃に眠いって言いだすヤツも出てくるだろうし。買い出しだってオレたちが授業終わったら行かなきゃならなくなるし……何よりカイトに怒られる。

これ以上ケイタを問い詰めることはできないことは十分理解したけど、それはそれとしてここまで逸らされると気になる。帰った後にでも聞けばいいか、とオレの中でケリをつけてジャガイモと人参の皮を剥いていく。ジャガイモはほぐしやすいように一口大に、人参は食べやすいようにいちょう切りにして片手鍋に全部入れ、ジャガイモが浸るほどに水をいれて塩を一つまみ混ぜ沸騰させる。次はポテトサラダには欠かせねぇきゅうりの下処理をしていく。火にかけた鍋が沸騰する前にガキどもが文句言わず食うように林檎を二等分に切って半分は食べやすいように薄く小さく切り、半分は擂ってから水分を軽くきっておく。林檎を混ぜておくと野菜嫌いのガキどももポテトサラダは食べるようになったり、文句言わずにレタスだとかと一緒に食べるようになるから面倒にならなくて済む。前に忘れたときは苦いから食べたくない~って駄々捏ねられて食べさせるのに苦労した。


「ケイタ、トーア。もう準備終わっちゃった?」

「いんや、まだだ。アーサー、今何時だ?」

「今は…もうすぐ6時」

「ならそろそろ離乳食とミルク作るか。あー、アーサーは離乳食の方頼めるか?俺はミルク作る」

「うん」


沸騰した鍋を見つめながらジャガイモと人参が柔らかくなるの待っていればと髪を高い位置で団子状に纏めたアーサーがキッチンに入ってくる。会話を聞いてもうそんな時間かと思いながら動き出した二人を余所目に湯から柔らかくなった野菜を取り出しジャガイモをボウルに入れマッシャーで均一に潰して、人参ときゅうり、林檎を混ぜながらマヨネーズや塩コショウを振って味付けをしていく。

隣ではアーサーがガキどもの好物の離乳食を丁寧に素早く仕上げ、ケイタは湯で哺乳瓶を温めながら粉ミルクの分量を慎重に量っていた。人でも増えたからかさっきよりかはしゃべるが、それでもカイトはいつもより静かだ。アーサーにこっそり聞いてみたらオレと同じように思ってたって言ってたから、オレの勘違いではなさそうだ。


「カイト、こっちはあと葉物用意するだけだぜ」

「お、ありがとな。じゃあ湯を大量に沸かしてくれ、マジ手が足りねえ」

「最近じゃ赤子のうちから捨てたりする親多いもんね」

「…ありえねぇよな、ほんっと。ふざけてやがる」

「まぁまぁ、おかげで俺らにかわいい義弟妹ができるんだ。そんなこというなって」


愚痴みたいに出てきた言葉にケイタが宥めるように声をかけてくるが、だとしてもふざけた話であることには変わりはない。今の世の中がそういう仕組みになっているから子どもであるオレたちが抗っても仕方がないとしても、それでも国のお偉いさんが孤児院を許して子どもを作っても金がなかったら孤児院にっていう制度はどうも納得いかねぇ。このケーパビリティホームに居るヤツらは全員親から捨てられてるのと同義だし、実際に赤ん坊の頃にホームの目の前に置かれてたやつだっている。最近っつーか、今は 『モンスター』 が絡む事件だって多くなってきてるって道沿いにあった店に飾ってたテレビで流れたのをオレは知ってる。

ケイタやアーサーは親がいてある程度は育ててもらってから孤児院に連れてこられたって聞いたけど、オレは親の顔なんて知らないし名前だって知らない。本当に捨てられた、孤児院で生まれ育った孤児で、事件に巻き込まれればたやすく死んじまってたかもしれなかった。

だからこそ、オレたち子どもを捨てるやつの気が知れねぇし、知りたくもねぇ。


「よぉし、6時だ。トーア、湯を入れてってくれ。アーサー、キャシーたちの様子を見てきてくれ。うんちで泣きだしたら変えてやってくれよ?」

「みんなで大合唱、なんてことにならないように頑張るよ」

「あれは酷かったよな。赤ん坊全員が泣き出して、3歳以下も泣き出すっていう大事故」

「あれはマジで酷かった…」


さっきまでの重い空気を振り払うように明るい声で指示を出していくケイタに 「そりゃ朝からこういう気が重くなる話しは嫌だよな」 なんてオレも思う。続いて切り替えるように前にこの孤児院で起きた大事故という名の、まだまだちいせえガキどもが次々に泣き出した日のことを言えばケイタは苦い顔を、アーサーは頭が痛そうに手で押さえていた。そんな顔しなくたってオレもあの日は何時思い出しても最悪だって思ってるし、思い出すだけでどっからかガキどもの声が聞こえてきそうだ。

雑談はそこそこにアーサーがキッチンから出ていくと入れ替わるようにルミが入ってくる。まだ眠たそうに目を擦りながら小さく 「おはよう」 というその姿はまだまだ小さい時と何も変わっていないようにも見える。


「おはよう、ルミ。顔洗ってきたらミルクお願いしてもいいか?俺らもすぐ行くからな」

「うん…」

「まだ湯を入れてから数分しかたってないから、持ってくときは気を付けろよ?」

「うん…」


こっくりこっくりと頭を振りながら返事をするとルミはゆっくりキッチンから出ていく。

相変わらず低血圧で寝起きが悪いのかずっと眠たげだったが、こけたりしねぇだろうな……?そう思いながらも適度にミルクを一つずつ振って粉と湯が分離しないように混ぜる作業を続ける。ミルクは確かに熱いが水が沸騰するぐらいの温度じゃオレの体は火傷しないし、あったけえなって思うくらいだから特に関係はない。

少しすれば目をぱっちりと開いたルミがキッチンに戻ってきて再度挨拶をしてくる。


「おはよう、ケイタ義兄さん、トーア義兄さん」

「おはよう、ルミ。眠気はもう大丈夫か?」

「はよー、ルミ。ミルクあっちぃから落とさねぇようにな」

「トーア義兄さんが早起きなんて珍しいね。普段はギリギリまで寝てるのに」

「目が覚えちまったんだよ。ほら、アーサーも起きてっから助けにいってやれ」

「うん」


小さい箱にミルクの入った哺乳瓶を詰めてルミに渡す。しっかりと持ったのを確認して手を離し、軽く送り出してやってから冷蔵庫からレタスを出して適当に手でちぎっていく。大皿をいくつかだしてのっけてやり、中央にでかでかと常温になったポテトサラダを置いていく。

食事の用意ができればあとは盛り付けるだけだが、何十人もいる中ひとつひとつ盛り付けていくのは面倒なので大量のバケットを籠に入れて食堂に持っていきやすいようにまとめるたりするのと食器を食堂のテーブルに置きに行くだけだ。それでもかなり面倒くさいし疲れるが。


「んー、よし。こっちもOK」

「バケットも大丈夫だ」

「お、じゃあ食器やるか。お前は深皿並べに行ってくれ、俺はカトラリー置くわ」

「おう。平皿は?」

「あっちあちのハムエッグのがテンション上がるだろ?」

「確かに」

「そういうことだ」


ケイタの言葉に一つ頷いて食器棚から深皿だけを取り出し食堂へと運び出していく。9月の朝とだけあって明るいおかげでかなり見やすく、11月とかになるとどれだけ大変か想像するだけでも気が滅入りそうだ。ささっと深皿を置いていけばあとからやってきたケイタが丁寧にナイフとフォーク、スプーンを置いていく。往復するだけでも長くて嫌になるのにテーブルはあと2つもあるんだから面倒くさいと思ってもしかだないだろ。


「よし、終わったな。あとはハムエッグだ、手伝えよ?トーア」

「ここまでやって手伝わねえなんてバカだろ」

「そうだな。よし、やるぞ~!」


意気込むように腕を高らかに上げるケイタに便乗して声を上げればニヤリと笑われるが、時計を見ればあと30分で7時になっちまうことに気づいて二人してあわただしくキッチンに戻ってハムエッグを作っていく。ひとつできれば平皿において、できたらおいて、を繰り返していればカイトや赤ん坊のミルクが終わったのか疲れた表情のアーサーがキッチンにやってくる。


「アーサー、おつかれ」

「ミルク終わったよ…水につけとくね」

「さんきゅう!カイト、そこのさら食堂に並べてくれ!」

「了解。二人とも準備ありがとうね」

「まあ、たまにはな」

「いつもやってるしな、どうってことねぇよ」


会話を短く切り上げて食事を作ったり、運んだりしていけば7時の鐘がホーム全体に鳴り響く。ここからが修羅だってのはずっと住んでいればわかることで、キッチンにすぐ走ってきたのはだいたい9から7歳の義弟妹たち。全員すこし息切れしているものの大きく挨拶をしてバケットや野菜の盛られた器を協力してせこせこと運んでいく。


「あいつらも起きたみたいだし、そろそろ俺はコンソメかな」

「こっちもあらかた終わったしな」


ハムエッグを作り終えたフライパンに油が引っ付かないように水をそそいでから洗剤を少し垂らして一息をつく。

ずっと立ちっぱなしだわずっと動きっぱなしだわで足はクタクタで仕方がないが、ケイタはコンソメスープが入った鍋を温め直して持っていく準備をちゃくちゃくと進めていく。流石オレたちの飯担当、なんていったら怒るだろうなぁ。なんてぼんやりおもいながらアーサーが作った離乳食をカートに乗せて食堂へ運び出す。


「おらお前らー、アーサー特製離乳食だぞ~」

「あ、トーア義兄!こっち~!」

「おうよ」

「おはよー!トーア義兄!」

「はよー」


あちこちから飛ぶ挨拶を適当に返しながらカートを持っていき、まだ歯の生えそろってない乳幼児どもに離乳食を運んでやる。名札付きの器はアーサー発案だったが、これまた便利でアレルギーだとか食べないものを運ばずに済むようになったのはマジで楽だ。

アーサーが思いつかなかったらこれは地獄だろうなぁ、なんて思う。


「あ、けーたに~!」

「ケイタにい~!おはよお~!」


鍋をもって入ってきたケイタにちびっ子が群がろうとするのを近くにいたカイトやアーサーたちが止めて、いつも置く場所まで頑張って運んでいる。ソレを少し哀れに思いながらもカートを付近に置いて食べ終わったらカートに置くように指示し、鍋の方に向かっていく。

ケイタは持ち前の性格で義弟妹たちからは人気が高いのに、ああいった熱いもんを運んでるせいでいつも大変そうだ。まあ、オレたちがいりゃ散らしたり手伝ったりで何とかなるけど。そんなことを思いながら駆け足で近づき、零さないように鍋をケイタから奪ってさっさと置きに行く。


「お、トーアありがとな~」

「コイツらが火傷したら大変だろ」

「それはそうだ。だから、ありがとな」

「おう」


そうして並べ終えればいつも通りの朝飯の時間が始まる。

全員がスープを持ったら席について神に祈りを捧げ、食べ始める。ちょいと時間がかかっちまったせいかオレとアーサー、ケイタとカイトは学園があるおかげで早く食わねえと遅刻するからせっかく作った飯を味わう時間なんてねぇが、それでもガキどもの顔を見ればどうやら美味いのは間違いなしだ。

さっさと朝飯を食べ終われば外に出る用の服に着替え、昼飯用にバケットと適当にジャムが入った瓶とスプーンを袋に入れたら割れねぇようにカバンに放り込む。玄関を出る前に見えた時間は7時45分で、今から普通に歩いていけば学園に着くのはギリギリになりそうだと少しだけ焦るが、静かにオレの隣に立ったアーサーが悪戯に笑いながらオレに言う。


「大丈夫。鐘が鳴る前に着けばセーフだよ、トーア」

「ハハッ、そりゃそうだな。よし、走るぞアーサー!」

「うん!」


ホームから学園までそれなりに距離はあるが、何もなければ走れば間に合わない距離じゃない。それに鐘が鳴るのは9時からで、門が閉まるのは8時40分からなのは学園について書かれたパンフレットに書かれていたこともあってきちんと覚えている。

普通に歩いて40分の距離を全力で走れば5分は短縮されるはずだ。なんて予想を立てながらカバンを小脇に抱えて、オレたちは学園までの道を走り出した。



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