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第3話

「「リーグ先生」」


ホールの出入り口の扉の横で壁にもたれる先生に声をかけると、同じタイミングで声をかけるアーサーがいた。オレと同じように人混みをかき分けてきたのか少し疲れている様子が見て取れるが、とにかく聞きたいことがあるようでリーグ先生に近づいていく。

リーグ先生は声をかけたオレたちに目を向けて次の言葉を待ってくれている。


「あの、ルクスさんって」

「ああ、あの少年か。大丈夫だ、少し保健室で眠っている」

「よかったぁ……すっげえ冷たかったんすよ、アイツの体」

「ルリムの顔を見てしまったからだろうな。見なければどうってことはないが、友人なら一週間ほどあの少年のそばにいてやれ。しばらくはルリムが恐ろしいはずだ」


少しだけ微笑みながらリーグ先生はそう言った。リーグ先生がなんで症状に見覚えがあったのか、どうしてそんなことを知ってるのかっていうのが気になるが…それよりもなんであの白壁の顔面を見ただけでこんな風になるんだ。アーサーもオレと同じ疑問を抱いたのか、質問を投げかける。


「顔、ですか?」

「ルリムの顔を見てしまった者は誰にしろ、恐怖に支配され体が凍り付く。人の姿をしていてよかったな、アレが人の姿をしていなければ暫くは目が覚めることはなかったはずだ」

「そんなヤツが先生になっていいんすか……?」

「パラノーマルを学ぶには良いきょうざ…ゴホン、教師になるだろう」


明らかに 「教材」 と言いかけったかと思いきや、咳払いをしてから口早に 「教師」 と言い直した。どう考えても誤魔化せてないし、どっからどう見ても悪いと思ってなさそうな顔だし。アーサーもそれに気づいたのかどこか呆気にとられた様子でこっちを見ていて、オレは絶対に言いたくないと首を横に振るとアーサーは一度瞼を閉じた。

それと、いまさら気づいたがさっきから 『ルリム』 って先生のことを呼び捨てにしてるが、それはいいのか?さっきあった先生たちも呼び捨てにしてはいたが、あの人たちはパラノーマルだし。


「あの、リーグ先生。ルリム先生のこと呼び捨てにしてますが、仲がよろしいんですか?」

「いやなに、昔からの知り合いなだけだよ。…それより、上級生と話しに行かなくていいのか?」

「あ、いや……まぁ、そっすね。そろそろ行くか…」

「そうしなさい。キミたちを待っている者もいるようだしね」


そうオレたちの後方に指を指す先生につられて振り向けば、首元がくたくたで大きく開いたグレーの長袖にうっすいカーディガンを羽織った黒い肌の上級生とくたびれた半袖にパーカジャケットを羽織った黒髪を下で結った上級生がこっちを見て笑っていた。

その姿に口角を上げて、広げられた腕の中に二人で飛び込む。


「「カイト!ケイタ!」」

「入学おめでとう。トーア、アーサー」

「変なことやらかしてないだろうなぁ、トーア」

「早々になんかやらかすワケないだろ!」

「そうだよ、ケイタ。トーアはちゃーんと席で大人しく外見てたんだから」

「ふふ、そういえばトーアは人見知りだったね。ちゃんとお友達はできた?」


カイトのその言葉にはプイとそっぽを向く。友達、と言っていいのかわからない相手ならできたけど、なんて言おうか迷ったがそんなことを言えばカイトもケイタも誰だ~って探してどんな奴か見定めに行くのは目に見えていたから辞めた。もっと小さい時にそれを言ったらトモダチがオレを単なるパシリとか人数合わせにしていることが発覚したりとか、結構嫌な事ばっかが判明したりだとかした挙句、大抵二人が喧嘩して帰ってきてたからな……結局はあっちの親に謝罪すると同時に告げ口してたし。

血はつながってないとしても、この二人が間違っていても正しくても、誰かに頭下げてるのはどうにも気に食わない。そう思ってからは二度と言わなくなった。


「ルクスさんって元気な人と楽しそうに話してたよ。少し前に体調不良で保健室に運んだけど」

「ルクス……っていうと金持ちの坊ちゃんか。アイツ、悪意はないけど嫌なこと言われたら義兄ちゃんたちにすぐ言えよ?ちゃんと怒ってやっから」

「二人が怒ると大抵二人が悪者になるじゃねーかよ」

「トーア……もしかしなくても俺らの心配してくれてる?」

「っば、そんなわけねーだろバーッカ!」


そう罵倒してるのにカイトは嬉しそうにニコニコしながらオレの頭を撫で始める。こんなことされるために言ったわけじゃねえのに!と自分に腹がって頭に血が上り始める。血液が活発に動き出して体温が上がっていくのがわかるが感情を抑えられるわけもなく、段々と汗が噴き出していく。


「あつっ、ごめ、ごめんってトーア。義弟おとうとがかわいくてつい、ね」

「ちげえ!あとついじゃねえ!バーッカ!」

義兄にいさん、そろそろ落ち着かないと倒れちゃうよ」

「カイトもそうトーアを揶揄うなって。コイツの体質わかってるだろ?」

「ごめんごめん。トーアもごめんね、俺は火傷してないから。ほら、ゆっくり息を吸って」


ひらひらと目の前に振られるオレより大きく細い掌はどこも赤くなっておらず、痛々しさがないのを確認すると急に気持ちが落ち着いてくる。燃えるように熱く蠢いていた血はゆっくりと冷めていって、頭から体全体へ流れていく感覚がする。

ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと長く息を吐くを数回繰り返せばあっという間にいつも通りの体調になる。アーサーはポッケから手拭いを出してオレの汗を拭おうとしてくるが、それよりも先にカイトが手拭いで拭いてきた。


「トーアのこの体質も、ここで何かわかったらいいね。俺は今年で卒業になるから、あまり深くまで調べることはできないだろうから…先生やアーサーを頼ってね」

「わかってるよ……あと、手、ごめん」

「大丈夫だよ~」


ふわりと優しく笑うカインはどこか大人っぽい。来年には大人として働くんだから当たり前だ、なんて言われたらそうかもしれないと納得するような、そんな雰囲気がする。

先を越されて不貞腐れているアーサーにケイタがちょっかいをかけて機嫌を取ろうとしているのが見えて、フッと笑ってしまう。それに気づいたカイトが振り向くと、不貞腐れてそっぽを向くアーサーとアーサーと肩を組んでにっかりと笑うケイタがいてカイトも吹き出した。


「ちょっとケイタ、なにしてるのさ」

「アーサーのご機嫌取り」

「取られるご機嫌はありません」

「拗ねてるねえ……ごめんって、トーアをそばで支えられるのはアーサーだけだから。頼りにしてるよ」

「…そんなことで機嫌が戻ると思ってるんですか?」


相変わらず不機嫌そうではあるが少しは機嫌が直ったようでさらに面白く思えてしょうがない。腹を抱えて吹き出さないように耐えるが、カイトとアーサーの、カイト優勢の会話がどうにも面白くて耐えられそうにない。いつの間にか隣に来ていたケイタも笑いをこらえていて、先に吹き出すのはどっちなるかのチキンレースが始まっていた。





――ゴーン、ゴーン





学園の鐘が鳴り響いた瞬間、サイレン先生の声がホールに響く。鐘の音は大きいのにスッと耳に入る言葉にサイレン先生の力を、どんなに騒がしい中でも正確に音を届けるその力がすごいと素直に思う。


「さあ、生徒諸君。今日は上級生も下級生もこれで授業はお終いだ!帰りの準備をしてホームルームに備えるんだ!」


そうサイレン先生が言い終わるや否や早々にホールを出ていく生徒たちで出入口はごった返す。

出口の近くにいたのにもかかわらず先を他生徒に奪われたせいで最後尾に回るしかないことを察してしまう。騒ぎながら教室に向かっていく生徒たちは楽しそうだ。


「じゃあケイタも俺も行くね。気を付けていくんだよ」

「はい」

「わかってるって」


先にホールを出ていく二人は白い肌と黒い肌でオセロみたいだけど、性格は似ていて優しい。上級生と思しき生徒がカイトの悪口を言ったのか、ケイタが怖い顔して首元を掴むとカイトはにこやかにつかんだ手にそっと手を重ねている様子が遠めでも見える。

きっとケイタが脅すように言って、カイトがそれを止めるように声をかけながら皮肉を言ったんだろう、相手はだいぶ頭に来てるのかプルプル震えている。けれどカイトもケイタも喧嘩は強いし、孤児院でも外でも相手が大人でも負け知らずだったからそこらの上級生に負けるわけないせいで少しつまらない。アーサー風に言えば、勝確定の勝負はつまらない。


「そろそろ空いてきたね。僕たちも行こう」

「…その前に、」

「保健室。ルクスさんのところでしょ」

「おう」


だいぶ空いてきた出口を抜けて教室がある方向ではなく保健室に向けて歩いていく。さっき急いで向かったせいで道は覚えてなかったけれどアーサーが覚えていてくれたおかげで難なく保健室までたどり着く。

ノックはせずに扉を開けて中に入れば、ちょうど起きたのかベッドから降りるルクスの姿が見える。顔色もだいぶ良くなっていることから本当にもう大丈夫なのだろう。


「あ、トーアにアーサー!集まりって終わっちゃったか?!」

「終わったよ。さっき起きたばかりなんだろ、大声出すな」

「そうですよ、体に障ります」

「ん、そうだな。ここまで運んでくれてありがとう。お礼に飯でもどうだ?」

「飯って……オレら金ねえし」

「もちろんオレが出すに決まってるだろ。どうだ、二人とも」


アーサーと顔を合わせるが、アーサーはお手上げのようで目を伏せやがった。だけどただ飯を食えるってんならいいことだし、その言葉に甘えるのもいい。アーサーは呆れたような目をしてたがそんなことは気にせずルクスに答える。


「じゃあそれで。でも帰りはオレたちの義兄アニキたちも来るかもしれねえんだよ」

「ならその人たちも一緒にどうだ?みんなで食べれば美味いだろう!」

「あー……義兄たちがいいっていったらな」

「もちろんだ!」


どこまでも明るく笑うルクスから悪意なんてものは一切感じられなくて、少しだけ罪悪感を感じてしまうが太陽のように笑うコイツは好印象だ。アーサーは苦手みたいだけど。

ルクスの体調も大丈夫そうだとわかったのでさっさと教室に向かって三人で歩き出す。主にルクスが喋ってオレたちは頷いたりちょっと意見を言ったりと、アーサーとオレの二人じゃ考えられない会話量で疲れ始め教室の扉が見えた頃。扉の目の前に白いローブの巨体が立っているのに気が付く。それを視認したルクスは急に口を噤みオレの後ろに隠れる。肩を掴んでいるルクスの手はガタガタと震えていて、不意にリーグ先生の言葉を思い出す。

言われたときには理解できなかったが、目の当たりにすれば嫌でもわかる。トラウマってやつだ。


「ゴメんネ。こワいよネ。こレ、おワビ」


そう動いたローブの手と思わしき場所には氷の結晶のブローチが置かれていて、うっすら冷気を纏っているのか冷たい空気が流れる。アーサーに取ってもらい、そのままルクスに差しだす。


「おい、ルリム先生がお詫びだってよ」

「ぁ、あり、が、とう。で、でも、でも」

「先生、これは彼に渡しておきますので」

「アりがトう」


そういうとくるりと方向転換をし、ゆっくりと廊下の向こうへと歩いていく。それを見て肩を掴む手を無理矢理はがして頬を両手で挟み、軽く頭突きを食らわせてやる。痛みと驚きでパチパチと瞬きをするルクスにアーサーの手にあるブローチを取って胸に押し付けてやれば、ぱくぱくと口を動かし始める。


「こういうのは受け取っておけって」

「で、でも、アレは」

「あの状態では何もできませんし、何かあったら僕たちがまた助けますから」

「う、ん……」


しなびた野菜のようにおとなしくなったルクスの手を引っ張って教室に入っていく。アーサーとは別れ、先にルクスを席に座らせてオレも席に座る。教室の騒めきや入ってくる日光で落ち着きを取り戻したのか、震えが止まったルクスは「また助けられた」と眉を下げる。

机の下に置いていたのかいやに綺麗で高そうなカバンを机に置くとルクスは中から何かを取り出そうと探り始める。何をしているのかはよくわからないが、集会の前に配られたプリントの類やカバンから出していたタブレット端末を自分のカバンの中にしまっていく。


「あった。トーア、これ受け取ってくれ」

「あ?」


そういうとルクスは長い入れ物から封筒を出して手渡そうとしてくる。明らかに分厚いそれが何なのかわからなくてそっと受け取ると明らかに重く、いやな予感がしてオレだけが見えるように気を付けながら中を覗けば分厚い札束が入っていてすぐに覗くのを辞めた。

どくどくと高鳴る鼓動を落ち着かせながら封筒を突き返す。


「返す」

「どうした?足りなかったか?」

「そうじゃねえよバカ!多いんだわ!」

「おおい……?」


頭に疑問符を浮かべるルクスに少し頭が痛くなって、ケイタはオレたちに怒ってるときこんな感じだったりするのだろうかと関係のないことを考える。不思議そうにするルクスの両肩を掴んで周りに配慮しながら声を出す。


「あのなぁ、こんな大金もらったってオレはどうすることもできねえし。まずそもそもとしてこんなもん貰えねえ」

「なん、なんでだ?金ないんだろ?いるだろ?」

「そういうことじゃねえんだよ。いいか?まずこれからクラスメイトになる、しかもトモダチなら貰わねえのは 『当たり前』 なんだよ。金の貸し借りをするトモダチなんて、少なくともオレは欲しくないね」

「で、でも…いつもオレの友達にはあげてるぞ?」

「それはトモダチじゃなくて、金蔓にされてんだよバカ」

「かねづる……」


初めて聞いたと言わんばかりのその反応に頭を抱える。こんな相手どうすりゃいいってんだよ、ふざけんなよ、とは思うがそれでもルクスは面白いし側にいて嫌な気はしないし。きっとカイトもケイタも怒らねえだろうし、ちゃんと友達になれる気がする。

それに、こんなコイツのことだしカイトとケイタも放っておけないとかどうとか言い出しそうだ。


「じゃ、じゃあオレはどうお前に礼を返せばいいんだ?」

「ふっつーに飯おごったり、菓子おごったり、別のことで悩んでたら助けるとか、そんなんでいいんだよ」

「そんなのでいいのか…?!無欲すぎやしないか…?!」

「お前の感覚がバカなんだよ、この金持ちが」

「そ、そうか……」


衝撃だ…と零すコイツに、金の使い方を教えなければいつかオレにまで変なトラブルに巻き込まれかねない。かといって教えるのに時間もかかりそうだし、これから一緒に過ごしていくっていうのに頭を悩ますようなことばっかりが次々と出てきて頭がパンクしそうだ。

今期からの新しいパラノーマルの先生に、このお坊ちゃんの世話、それに勉強もしなきゃなんねえしホームにいるガキどもの相手もとなると頭が痛い。オレはアーサーみたく器用じゃねえんだよ。

そうこうしていれば鐘が鳴り、ホームルームが始まる。扉を開けて入ってきたアンノン先生に向かって黄色い声が飛び、それに対してウインクがされるとかいう意味わかんねえ行為が終われば教卓に立ったアンノン先生はタブレット端末を操作してスクリーンに明日の時間割を映し出す。


「明日はこのような授業過程になっているから、忘れ物をしないよう気を付けるんだよ。普通教科の授業とはいえ我々パラノーマルの教員が補助でつくこともある、十分に学んでくることだね」

「明日は5教科か。せんせー!教科書って置いていっていいのかー?」

「キミはルクス君だね。教室の後ろにあるロッカーに入れていくのなら大丈夫だけど、鍵はかけるように」

「はぁい!」


ルクスが大きく手を上げてアンノン先生に質問すると一度タブレットに目を落としてから目を見て返答を返した。どうやらまだクラス全員の名前は覚えきれていないのか、確認の動作が入っている。それにホールの時のような嫌な感じも今はしないし、なんだったんだろうか。

だがこの学園に教科書を置いていけるのは好都合だ。ホームに持ち帰ればガキどもにどんな落書きをされることかわからねえし、破けたら使い物にならねえ。せっかくの学べる機会だっていうのに勉強できねえってなるのはイラつくし、助かった。


「あぁ、それと。ホールでの集会で言われた通り、ワタシはパラノーマルです。悪いパラノーマルではない良いパラノーマルだから、恐れずに仲良くしよう」


そう柔らかく微笑むアンノン先生に吐き気を催すような、気味が悪い感覚がする。背筋を凍らせるような大層なものじゃなくて、心底嫌悪して憎悪してるような。胃がひっくり返りそうなほど薄気味悪い笑顔と鳥肌が立って仕方がない声にオレはただ何もできずに見つめている。だけどこれはオレにしか感じられないのか周りのクラスメイトたちは笑顔で拍手を送っていて、それすらも気味が悪い。

オレの様子に気が付いていないのかルクスは笑顔で 「アンノン先生って良いパラノーマルなんだな」 なんて呑気なことを言ってやがって、今すぐ胸倉を掴んで否定してやりたかった。悪いパラノーマルがどうしてモンスターと呼ばれるのかなんて知らないからこそ何も言えない。だって、悪いヤツは 『パラノーマル』 じゃなくて 『モンスター』 と呼ばれて、そう呼ぶと決めるのは何時だって戦うヤツだから。


「さて、ホームルームは終わり。また明日、元気で会おう」


そういってアンノン先生が教室を出ていくと女子生徒たちはアンノン先生を話題に談笑を繰り広げ、男子生徒は好きなように行動を開始する。

アーサーは女子に話しかけられるがそれを軽く躱しながらオレのところまでやってきてそっと背中を擦り始める。顔を見れば 「僕はトーアが心配です」 って思いっきり表情に出てて、コイツまじでこういうところあるよなぁって少しだけ遠くに意識が飛ぶ。


「大丈夫?義兄さん」

「大丈夫だって。そんなふうに心配されるほど弱くねえよ」

「え、体調悪いのか?保健室いくか?」

「大丈夫だっつってんだろ。話し聞いとけ、バカ」

「そうか、大丈夫か!」


ならよかったと笑うルクスに対して顔に 「馬鹿なのか?」 と馬鹿正直に書いてあるアーサー。今日出会ったばかりのはずなのにこんな風に言えるのは一概にルクスのプライベートエリアが狭いせいなんだろうが、それでも距離の詰め方がバカにならないほど早かった。

明るい性格も相まって、良いやつには変わりないんだがいかんせん金に頓着がなさ過ぎてカモにされるのは頭痛いがな。


「なあ二人とも、この後って時間あるか?」

「ん?特にねえけど。アーサーは?」

「僕も特には……」


そう言えばルクスの顔が太陽のように明るくなり、オレたちの手をとって上下に勢いよく振り始める。すぐにオレたちをどこかに連れて行こうとするルクスを引き留め、ロッカーに教科書やノート、筆記用具など壊されたくないものを入れて鍵をかける。個人用ロッカーらしく鍵はそれぞれに支給され、マスターキー以外で開けられるのはそのロッカーの鍵を所有する生徒だけらしい。

ロッカーに物を入れ終わって横を見れば、ルクスがニコニコとしてこちらを見ていてなんだコイツと思ってしまったのは秘密だ。


「よし、ロッカーに入れ終わったよな!じゃあ行こう!」

「行くってどこに行くんですか?」

「学校終わりに行くってなったら、決まってるだろ!」

「決まってるって……知るわけねえだろ」

「まあまあ、楽しみにしててくれよ!」


そう言われれば行く場所を聞きづらくなる。オレもオレで初めての寄り道だし外食だしでワクワクはしてるが、それにしても楽しそうなルクスに少しだけ不安を感じる。

廊下を抜けて校舎を出る。すると学園の門前に長くて白い車が一台止められていて、黒いスーツの男が3人くらい立ってて異様な雰囲気を感じる。だがそれはルクスの一言で全部打ち消される。


「お、お前ら!帰りに飯屋による。コイツらはオレの友達だから丁重にな!」

「「了解しました、ルクス様」」

「よし、じゃあ二人とも乗ってくれ!」

「義兄さん…僕は何を見てるんでしょう……?」

「オレも知りたい」


後ろの扉を開けて待機する黒スーツの方へ促され、そのまま車に乗り込む。中は柔らかそうなソファーみたいな座席に、真ん中に丸い溝がある机がある。窓にはカーテンがついていて、もう訳が分からない。最後に乗り込んだルクスは扉を開けた黒スーツに行き先を小声で伝えると運転席の後ろにある棚からグラスと飲み物が入った瓶を取り出す。


「氷もあるけどいるか?」

「え、あ」

「あの、ルクスさん。それよりも、この状況…」

「ん?ああ、オレの家はリムジンで迎えが来るんだよ~。んで、飯食いに飯屋寄るってさっきボディガードにも行ったから、オレの方は問題ないぜ!」

「ぼでぃ…?」

「リムジン…」


アーサーもオレと同じ感想なのかもはや考えることを諦めたのか、ぼけぇっとルクスのすることを見つめている。相変わらず笑顔を絶やさず持っていた瓶の栓を抜きグラスへそそいで、オレたちの前にある机の窪みに入れる。車が揺れるたびに揺れる淡い橙の液体からはほのかに花の良い香りがして、おいしそうだ。


「さ、喉渇いたろ!飲んでくれ!」

「お、おう。これ…リンゴか?」

「リンゴ嫌いだったか?」

「いえ…その、普段僕たちが飲むリンゴジュースとは違う香りがして」

「そうか?どこのも一緒じゃないか?」


不思議そうにグラスを傾けて飲み始めるルクスを他所に、オレたちはアイコンタクトをして同時に一口飲む。ふわりと淡い花の香りがしたかと思えば、優しい甘みと酸味が喉を伝って落ちていく。


「うっっま?!なんだこれ!」

「そうか?気に入ったなら何本か持って帰るか?」

「ありがとうございます、じゃなくてですね?!これ絶対高いじゃないですか!」

「いや?」


何を言ってるんだ?とでも言いたげなその表情に拳をめり込ませてやりたいが、ただの暴力に意味はないことは昔に学んだからこそ頭が痛い。アーサーの方を見れば完全に思考を放棄したようで穏やかな表情で絶対高いリンゴジュースを飲んでやがる。先に離脱しやがって……アーサーの裏切り者!


「…ルクス、これ一本いくらだ?」

「ん~確か十数万?だったか?それがどうしたんだ?」

「この、バカ!十分たけえよ!三本で約40万だろ?!」

「いやでも、これは好意だ!受け取ってくれ!」

「受け取れるかバカ!うちは市販のペットボトルのヤツでいいんだよ!」

「そ、そうか……?」

「マジでそこらへんどうにかしねえと一生金蔓扱いだぞ?」

「だけど、トーアとアーサーはしないだろ?」


くりくりとした純粋な瞳で見つめられると言葉に詰まる。子どもってか捨てられてる子犬みたいな目でオレを見やがって……!まだ会って一日目なのになんでそんな気を許せるのかがわからねえし、誰もこんなルクスに教えてやろうとしなかったのかってイライラする。

好意だからってたっけぇジュース押し付けてくるそのやかましさは意味わかんねえ。


「ルクス様、ご友人方。店舗につきました」

「おう!じゃあ二人とも行こうぜ!」


もうどうにでもなれの精神で車を降りれば目の前には立派な瓦屋根の大きな家屋があって、近くののぼりには和食料亭梓山と書かれていてもうすでに理解は追いつかない。ルクスがオレたちの手を引っ張って中に入り、カウンターというか厨房に居るよぼよぼの爺さんに声をかける。


「マスター!友達を連れて来たんだ、奥の座敷使っていいか?」

「あぁ、コルドンブルーの坊じゃないか。いいよ、使いな」

「ありがとな!」


そういうとまたオレたちは引っ張られていく。どこか落ち着く畳の匂いが充満した座敷にオレたちを連れてくるとルクスは靴を脱いで入っていき、さっさと席に着くとメニューを開いてどれがいいかを聞いてくる。もはやツッコむ気も失せて、同じように靴を脱いで中に入ってルクスが持っているメニューを覗く。


「……ルクスさん、このメニュー値段が書いてないんですけど」

「うん?そうだな?」

「アーサー、もうコイツに何言っても無駄だ……もう普通に飯を楽しもうぜ」

「うん…」

「二人は何頼むんだ~?オレのオススメは鯛のお造りと河豚の刺身と、あとこの煮魚だな!煮豆腐もついてきて、すっげえ美味いんだ!」

「じゃあ、僕はそれで……」

「オレは、そうだな。この海鮮定食ってやつにしようかな」

「いいな!それじゃオレは日替わり定食だ」


そういうや否やルクスは机を軽くコンコンッと叩く。すると目の前に注文画面が浮かび、それをルクスは操作していく。ポン、と小気味良い音とともに注文が送られるとのんびりしながらルクスは頼んだ品について軽く説明をしてくれる。お気に入りの店で友達と飯を食うのが夢だったんだと笑うルクスはバカだが、それでもコイツのバカは悪い感じがしない。

隣で座敷を見渡すアーサーを横目に薄らぼんやりと今後のことを考える。義務教育だから近くの学園には通うが、オレの夢はPCIのモンスタースレイヤー、さらにはあこがれのあのかっけえ人たちの隣で戦える男になること。PCIについて小さいころにグゥシィに聞いたことがあったが、何かに秀でるだけじゃ入れねぇし生半可で行けばすげえ辛い場所だってよくわかんねえことを言われただけでどんな場所かもわからねえ。

憧れに近づくためにはまず、PCIについて調べる所から始めなきゃな。


しばらく談笑していればマスターってルクスが呼んでた爺さんがほかの従業員を連れて飯を持ってきた。これはサービスですって言ってジュースもいくつか出してくれて、すっげえ心地はいいけど金払うのはルクスだと思うと少しだけモヤッとする。


「ほら、飯が来たな!食べようぜ!」

「おう。てかめっちゃ美味そうだな……」

「匂いからお腹空くね……」


一つ一つが一人分じゃないような気がして少しずつ分けて食うが、どれも今までに食べたことないほどに美味いモノばかりでオレもアーサーも気がついたら笑顔で飯を食っていた。



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