ひらりひらりと朱や黄土色の葉が舞い落ちる中、新品のカバンを手に緊張した面持ちで一つの学び舎に足を踏み入れる子どもたちの姿がなんとも愛らしい。校門に立つ甲殻類にも似た頭のスーツを着た男性は明るく爽やかに子どもたちへ「おはよう」と声をかけながら新入生に向けてどの校舎に入るか声を大にして説明している。
ゴーン、ゴーンと大きく始業のベルが校舎に鳴り響く。
騒めく教室の中で席についているがソワソワとしているせいか緋色の髪が微かに揺れており、チラチラとクラスメイトになる生徒たちを観察する長い髪を括っている少年は自分のカバンを抱きしめている。
教室の扉が開くと、黒の中に紫が入ってるのか完全に黒とは言えない色のスーツジャケットを羽織り、漂白される前の羊毛のような色をしたシャツを着崩した見事な長い白髪のどこか艶のある雰囲気を纏った男性が目の前を歩いていく。カツ、カツ、と靴音を響かせると同時にふわりと靡く髪は蛍光灯や窓から差し込む太陽光によってキラキラと輝く。
「やあ、
儚げで人の好さそうな顔で笑うアンノンに女子生徒たちは黄色い歓声を上げ、男子生徒たちはワッと盛り上がる。男相手になんでこんな騒ぐんだ、とは思うがきっとこの担任の顔立ちも体付きも男とも女ともつかないそんな奴だからだろうと想像はつく。そんな風に思考しながらも、トーアはじっとアンノンを見つめる。グルグルと渦巻く謎の違和感と蝕むようにオレの中で這いまわる嫌悪感がせめぎ合い、吐き出してしまいたい衝動をぐっとこらえながらクラスメイトが担任に質問する様子をどこか遠巻きに見つめている。
彼女は、好きな物は、誕生日は。楽しそうに個人情報を聞き出そうとするも10分も続けばアンノンが手を鳴らし、生徒たちに説明を始める。
「さあ、今日から君たちは本校……この
そう言って笑う担任へ、先ほどの発言で生まれた疑問の解消の為に天井へ向けてピンと手を伸ばすのは、3列ほど離れた席に座るアーサーだった。大人たちの前でよく見せる愛想笑いを張り付けて、名簿を見ながら口を開くアンノンに名前を呼ばれると、席を立って勇敢にも質問を自分の言葉でぶつける。
「先生。先ほど先生がおっしゃられていた、選ぶというのは先に配られたこの学科のことで合ってますか?」
「そうだよ。ちゃんと目を通しているようで何より」
「この選ぶ学科の説明はいつされるんですか?」
「明日するからね。大丈夫、心配する必要はないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
一つ頷き席に座るように促せばアーサーは席に着く。一瞬目が合ったかと思えばふわっと笑いかけてきて、それに舌を出して返せば拗ねたように頬を膨らませるその様子が面白くて肩が震える。担任が真面目に説明しているのに声を出して笑えば目立つことは間違いなしなのは馬鹿でもわかることで、堪えるのに必死になる。
ようやく笑いが収まって担任の話に耳を傾ければ、今は授業についての説明をしているようだった。
「
手元のタブレットを操作すると黒板に教科担当の先生の写真と名前、教科が表示される。
細かな説明はせず、教科担当の名前と気を付けることを一言添えながらリズミカルに行いながらも合間に質疑応答という名の休憩を挟む。そのおかげか生徒の大半は集中力を欠かさず説明を聞くことができたようで、ホームルームが終わり休み時間になればワイワイとあの先生はどうだった、どの先生はこうみたいだ、と賑やかだ。
何故か女子生徒に囲まれるアーサーをよそに窓の外を見ていれば目の前に座っていた生徒が椅子の向きを変え、ドカッと椅子に座り机に肘をつく。
「よう、オレはルクス!お前は?」
「お、おう。トーアだ」
「トーアか!お前どこ出身だ?学校では見なかったからな」
「あー……学校は通ってないんだ」
「ん?じゃあ、孤児院とかか?」
「そうだな」
「へえ。じゃあトーアはなんもわかんねえ感じかぁ。大変だな」
「でもまあ、孤児院でも頭良い方だしなんとかなるだろ」
出自を言えば、キョトンとした顔でいろいろと聞いてくるその様子がケーパビリティホームの子どもたちと重なりどこか微笑ましく、少しだけ口角が上がる。まだ残る暑さにルクスは半袖を着ているが、光の加減で金髪にも見える髪と小麦色の肌も相まって爽やかでアグレッシブな雰囲気を感じる。
「
「お、よう!オレはルクスだ。お前は?」
「コイツはアーサー。オレの
「ん?でもお前孤児院にいるって言ってなかったか?」
「…ルクスさん初めまして。アーサーといいます。トーアと同じ孤児院に住んでいて__」
「ああ、そうだったのか!孤児院って大変そうだよなぁ~」
ニコニコしながら言葉を被せながら話すルクスに対し、少し口角を引きつらせながら笑うアーサー。
ルクスと相性が悪いことは明らかで、今まで見たことないような表情を浮かべるアーサーが面白くてつい噴き出しかける。それにすぐ気づいたのかなんなのかいいたげな視線が刺さるが、何も気づいていない様子のルクスがアーサーに孤児院についてグイグイと聞いてくるおかげで言及は未だない。帰った後にいろいろ言われそうだけど。
「そういえば、次は全体で集まって話があるらしいな!」
「え?そんなこと先生は言っていませんでしたが……」
「集まって何の話するんだよ?」
「トクベツなセンセーたちの紹介だって聞いたぜ!楽しみだな~」
「トクベツ……?」
オレと同じように疑問に思ったのか、アーサーも不思議そうに頭を傾げている。先ほど紹介された先生以外の、特別と称される先生の紹介とは一体何なんだろうかとグルグルと思考を巡らせるが特に何も思い当たらない。こっそりとアーサーに聞くがアーサーもわからないようですこしワクワクしてくる。
「あ、そろそろ時間じゃね?いかないと怒られるし、行こうぜ!」
何も知らなそうな
廊下を歩いて雑談をしながら移動する他生徒をよそに、ルクスによって走らされているオレたちは喋る暇もない。されるがままで引っ張られていれば、曲がり角でルクスが誰かとぶつかったかと思うとルクスはオレたちから手を放して尻もちをつく。
ルクスがぶつかったその人は真っ白なローブを着ているせいか首から足まで真っ白で、壁のような錯覚さえ覚えるほどの身長を持つその人は尻もちをついたルクスを立たせるためか、蛍光灯の光できらめく布でそっと立ち上がらせる。布だけじゃなくて体もあるはずなのに、布の端から全く腕や手が見えなければ腕の輪郭すらも見えないせいでどうにも気味が悪い。蛍光灯の光を反射しない黒い髪が顔全体を覆い隠していて表情はわからないが、あまりいやな雰囲気はしない不思議な人だという印象を受ける。
「ごめんネ、ダいじょウブ?」
「ぁ、」
「…ルクス?」
目の前のその人の、前を覆い尽くす黒い髪に隠れた顔を下から覗く形になっているせいでルクスはその人を見上げているのだがどうにも反応がおかしい。まるで喉から押し出したような、恐らくルクスが意図していないだろうその声が、移動している生徒によって騒がしいはずのこの場所にいやに響いた。
アーサーも異変に気付いたのかルクスの腕を掴み、自分の元に引っ張る。ルクスは力が上手く入っていないのか、いとも容易く後ろにたたらを踏んでアーサーの胸にぶつかって無抵抗で腕の中に納まった。
「あア、ごめンね。ミえちゃッタかも。タいちょウ、ダメなラやすンでネ」
「うっす」
まるで言葉に詰まった子どもようにもじもじと手元あたりのローブがもごもごと動いているのを見ていればわざとではないのがわかるが、なんでルクスがこんな風になってるのか理解ができずただただ肯定を返すことしかできない。ゆっくりとその場を離れていくその巨人の背を見送ってからルクスの様子を見る。
先ほどまで血色の良い小麦色の肌からまるで一切の血の気が引いてしまったのだろうかと思ってしまうほどに白く青ざめたその顔色に、体は細かく震えて歯がカチカチと音を立てて焦点は合わずどこを見ているのかすらわからない。
「おい、ルクス?どうした」
「義兄さん、どうしよう。ルクスさんの体が異様に冷たくて…!」
アーサーから差しだすように持ち上げられたルクスの手に触れてみれば、まるで塩がかけられた氷のように冷たくて反射で声が出る。こんな体温じゃすぐ死んじまうんじゃねえのか、これじゃ人じゃなくて氷だろって思うぐらいに冷たいまま、ずっとガタガタ震えっぱなしでどうも1歩も動けなさそうなルクスをアーサーの手を借りつつ背負う。アーサーも酷く冷たくもまだ脈のあるルクスが心配みたいで背から落ちないように支えてくれるが、どうにも背中が痛いくらいに冷たくてオレの背中が凍っちまうんじゃねえかとヒヤヒヤする。
「よっしゃ、保健室まで走るぞ!」
「転ばないでね、義兄さん」
「あったりまえだろ!」
アーサーに歯を見せるように笑い、そこらを歩いてる人にぶつかりながらも廊下を走っていく。背中が冷えすぎてオレの体温までも信じられないぐらいに下がってんじゃないかと不安になる中、あともう少しで保健室につくぞってところでタイミング悪く大人が目の前から歩いてくる。くたびれた薄灰色のコートを着てるが、名前も顔も覚えてないせいで誰だかわからない。
おそらく把握してるだろうとアーサーを見れば、前に居る大人を見ながら 「確か」 と口を開く。
「確か、ローズ・リーグ先生。理科で生物学を専門としてる先生だったはず」
「キミたち、廊下を走ってどうした」
走ってくるオレたちのことに気付いたのかアーサー曰く、ローズ先生は声をかけてくる。ローズ先生はオレが誰かを背負っているのを確認したのか、閉じていた紅蓮の瞳を開けるとツカツカツカッと鋭い靴音を鳴らしてオレの元まで競歩で迫ってくる。もう保健室の扉がすぐそこにあるというところでオレの隣に立った思えば、大きな音が鳴るほどに勢いよく保健室の扉を開けてオレの腕を引っ掴んで中に入っては、目を吊り上げながら口を次々と開いていく。
「キミ、その背中の子がその状態になってどれくらい経つ?」
「えっと、ホールに向かう途中でなったから……3分とか4分?」
「どうしてこうなった?」
「向かってた時に、でっけえ白い壁みたいなヤツにコイツがぶつかって……んで、コイツその壁を見上げて、そっからこんな感じ」
「白い壁……なるほど、ルリムか。ならこの状態も納得だ。ならあれじゃないとな」
そういうと先生は薬品棚の奥から一つの瓶を取り出す。中が見えないようにか曇り硝子のようになった瓶の中に遮られててもバチバチと黄金に光り輝く、まるで雷のような炎が存在していることが明らかにわかる。瓶の中でバチバチ、ゆらゆらと動く異様で美しい様に目が惹きつけられる。
バチバチ、バチン。バババババ。
だんだんと意思を持っているかのように蠢くその炎から、薄らと何か言われているような感覚がするが何を言われているのかは全くわからない。それがどこか気持ち悪くて、それでも何を言っているのか理解がしたくて。もっと言葉を理解しようと意識を集中させようとした瞬間誰かに頭を叩かれた。
「キミは目を閉じていなさい。雷火に反応しやすいようだからね」
「え、あ、うっす……」
「それ、なんですか?」
アーサーが質問するも 「先に彼を治してしまおう」 と、質問には答えず治すために手を動かし始める。目を閉じながらアーサーに誘導されつつベッドにルクスを横にして、そのまま後ろに下がる。目を閉じているせいで何が起きているのか何もわからないが、隣から感嘆の息が漏れていることから感動でもするような光景があるんだろうと推測する。
「……どうなってる?反応が早すぎる」
「先生、もう目ェ開けていいすか?」
「ああ、開けても大丈夫だ」
先生のその言葉で目を開ければ、机の上に蓋の空いた空っぽの瓶とどこか難しそうな表情をしている先生とさっきよりかマシな表情になったルクスがいた。とりあえずよくわからないがもう大丈夫らしい、というのは理解した。微かにあった震えも止まり、体もだんだんと体温を取り戻しているようでほんのり温かい。
ローズ先生の指示でオレとアーサーの二人がかりでルクスをベッドに運ぶ。
「そろそろ集会が始まるから、キミたちはホールに向かいなさい」
「うっす」
「はい」
そう優しく微笑む先生にルクスを任せて、オレたちは保健室を後にすることになった。
道中時間を確認すればあと数分で鐘が鳴り始まってしまうことに気づいて走ってホールに向かう。大方の生徒はすでに移動したのか廊下には誰もおらず、急いで駆けるオレたちが遅れているのだと理解すると途端に焦りが出てくる。
「やっべ、これ間に合うかな」
「このまま走っていけたら、たぶんね。というか、さっきのなんだったんだろう」
「さあな!しーらねっ」
「ちょっと、ルクスさんって義兄さんの友達じゃないの?」
「なんか話しかけられただけだよ」
「ふうん……」
そんな風に会話していればホールに着き、息を整える。新入生どころか全生徒が集められているのか人がごった返しており、もう前の方には進めそうになかった。近くにあった椅子を引っ張り出して座ればちょうど開始の鐘が鳴り響く。
鐘が鳴り止んだタイミングで壇上に上がってきた黒髪の老人はゴホンと咳をする。
「なあアレ、グタルフ学園長じゃね?」
「えー、グルダムの話しかよ……今日なんかやらかしたヤツいんの?」
「聞いてないけど……」
周りにいる、おそらく上級生であろう生徒が小さく会話をする。ごほん、と咳払いをした学園長と呼ばれた老人は誰かに壇上へ上がるようにハンドサインを送り、口を開く。
「今年より、パラノーマルの先生方を迎えることになりました」
その一言でホール内は騒めき、数人が壇上に上がってくる。そのうちの一人に担任であるアンノンがおり、その顔をじっと見つめているとどこか目線があったような気がしてぞっと背筋に冷たいモノが走り、鳥肌が立つ。肌を擦れば隣にいたアーサーは一瞬怯えたような様子を見せたが、オレの様子を見てすぐに小さな声で心配そうに声をかけてくるのをそっと静止する。
「左手から、ジャックローズ先生、アンノン先生、ルリム先生、サイレン先生、ペスキー先生」
ジャックローズ先生って呼ばれたヤツはお面を、アンノン先生は相変わらずそこらへんのヤツらを騒がすような容貌で、ルリム先生って呼ばれたヤツは枝垂れた髪によって顔は見えず、サイレン先生って呼ばれたヤツはメガホンの頭をしていて、小さな子どものような背のペスキー先生と呼ばれたヤツは愉しそうに笑っている。名前を呼ばれれば先生たちは一礼をするが、ルリム先生とやらは相変わらず前に垂らされた黒髪は相変わらず顔を隠しているため表情はわからなかった。けれど何故か嗤っているような気がしてどこか気味悪く思えて仕方ない。
「先生方、自己紹介を」と学園長が言い、ジャックローズ先生の方に顔を向ける。
「ジャックローズで~す。ボクは歴史の補助や地質学の補助をするから人の子たちと会う機会も多いから、仲良くしてねぇ」
両手をハサミの形にしてお面の近くでチョキチョキと動かしている。雰囲気も相まって賑やかなパラノーマルなのだとわかるのだが、上から差す光が影を作っているのだがその影はどこか蠢いているように見えてしまい人間ではないのだと改めて理解する。
猫の面に狩装束のような衣類を身に纏い、ブーツを履くなどどこかチグハグだがそれを人ではないものなのだと思えばこの異様な服装も納得ができるような気もする。
「ワタシはアンノン。一年生に担当するクラスを持ってるからね。諸君、よろしく頼むよ。担当教科は物理学だ。理科の授業で会うかもしれないね」
パチン、とウインクをするその様はとても美しく女子生徒は黄色い悲鳴を上げ、男子生徒は感嘆の息を吐く。アーサーは眉を顰め嫌悪を隠さずにいることから、見た目ではなく性格からしてもどうにも相容れないようだ。確かに教室で彼に質問しているときもどこか噛みつくように言葉を吐いていたのを思い出す。
「ルリムです。パラノーマルについテをオしえマス。ヨロしクおねガいしまス」
ふわりとローブを動かし挨拶をするその様子は先ほどルクスがぶつかったときと何ら変わらず、淡々としておりどんな思いでそこに立っているのかすらわからない。左右に揺れることによって髪も当然のように揺れているが顔はどうあがいても見えないそのさまがどうにも不気味だ。
「サイレンだよぉ!うんうん、みんなとても元気な音が鳴っていてよろしい!みんなとはこれから長い間一緒にココで過ごすことになるから、よろしくね。ぼくは音楽を担当するけど、音に関することで相談があったら気軽においで!」
ワンワンと響くメガホンから耳に届く声は大きすぎず小さすぎずのちょうどよい音量で、ウキウキしているのだろうと察しの付く声色に少し安堵する。頭はメガホンで人間ではないことは明らかだが、それでもサイレン先生の前に自己紹介をした先生たちは声にあまり感情が感じられないせいで少し恐ろしく思えてしまったのだ。
「やあ諸君!アタシはペスキーせんせーだよ!子どもだ~なんて言った時には悪戯しちゃうから気をつけろよ~?アタシは主にみんなの相談役だから、ど~んな悩みでもいってね!」
トンっと飛び上がると宙で回り、オレたちに向けて指を指してそう告げるペスキー先生はどうあがいてもフワフワの青毛も相まって子どものようにしか見えない。悪戯気に笑うその顔はどこまでも楽しそうで声にもワクワクが抑えられないとでも言いたげに弾んでいて楽しそうだ。
そうして軽いパラノーマルの先生たちの自己紹介が終わると再び学園長が口を開く。
「この先生方が今年よりうちの先生となる。先生たちと仲良く授業をしてくれ」
そう一言いい終わると先生たちを壇上から下ろし学園長もおりていく。そのまま学園長の姿は見えなくなっていくが、その代わりというのだろうか?サイレン先生の声がホールに響く。
「さあ、ここからは親交会だ!仲良くしたいコとお話ししな!」
アーサーと顔を見合わせ、また会おうと拳を突き合わせた後に人混みの中へと無理矢理にでも入っていく。アーサーは別の誰かに用があるのか反対方向の人混みに嫌そうに入っていった。
上級生と下級生が仲良く話し合う中をずんずんと壇上近くの先生たちがパラノーマルの先生たちが待機してそうな壁際に向かって進んでいく。「おい」だなんて静止の声もたまに聞こえるが止まったって時間が浪費されるだけだし、無視して突き進む。
「サイレン先生!」
「お、なんだい?その服装…新入生だね!」
ようやく人混みを抜けて特有のメガホンが見えてつい大声を出せば、こちらに顔(?)を向けて嬉しそうにサイレン先生は声を上げる。どう見てもホームセンターや通販で買えるようなメガホンで驚きはするが、声から悪い感じはしない。
「初めまして、オレ、トーアって言います!」
「おお、いい音だ。やあトーア、キミはとても熱いコだね!」
「先生のその頭ってどうなってるんすか?」
「ん~?ついてるだけさ。というか、トーアはここに来てよかったのかい?ぼくは授業であるけど上級生のコとはここでしか会えないかもだよ?」
「いや、先生と話してみたいなぁって思ったんすよ」
「ン~~~!!可愛いコだ!」
いいコだねえ、と頭をワシワシと撫でながら言うその声はとてもやさしい。アーサーもこっちに来ればよかったのにと少しだけもやっとするが、アーサーはアーサーで考えがあるのだろうとすぐに気を取り直す。近くから聞こえる黄色い声のする方へ顔を向ければすらっとした長身で長い白髪をそのままにスーツをきちんと着こなした担任がそこにいた。相変わらず周りにいるのは女子生徒だけで、男してはなんともけしからん光景だ。
「ン?あぁアンノンか。キミはアンノンが嫌いなのかい?」
「えっ、いや、なんでっすか?」
「自己紹介の時に言ったろう?ぼくは音に関することに秀でてね。キミの音が不快そうに鳴っていたから嫌いなのだと思ったんだ」
その言葉に「はぁ」と力の抜けた声が出る。音に関することに秀でている、ということはどういうことなのだろうか。そもそも、音が不快そうってなんだ?オレは何も言ってないのに鳴ってる?
よくわからない言葉の羅列に頭の中は疑問符でいっぱいになる。
「う~ん、何と言ったらわかりやすいかな。音のパラノーマル、そう、音のパラノーマルなんだ!」
「音の、パラノーマル……」
「おぉい!」
パチパチと瞼を動かしていたら後ろから何かがぶつかってきたような衝撃とともに声が聞こえる。
驚きながら後ろを向けば宙に立つペスキー先生が腰に手を当て、悪戯が成功した子どものように笑っている。
その様子に呆れたように手をメガホンの最頂点において左右に頭を振るサイレン先生はペスキー先生を空いている手で軽く叩く。
「繝斐け繧キ繝シ、何をしてるんだい」
「ちょっとサイレン!ここではアタシを
「はぁ……」
呆れたように声を発するサイレン先生はぺちぺちと叩くペスキー先生を他所にオレにペスキー先生はよく悪戯を仕掛けてくるから気を付けるようにと優しく注意してくれる。時には死にかけることがあるらしく、シャレにならない。むしろそんなヤツを先生にしていいのか疑問だが、そこらへんは弁えてるはず。弁えててほしい。
「キミはトーアだろう?孤児院出身って聞いたぞ~?困ったらいつでも頼れよ~?」
「あ、うっす。あざっすペスキー先生」
「アタシは昔っからいる、かわいいかわいいみんなの隣人、
「現金じゃないか、無償でやってあげなよペスキー」
「え~!」
ふくれっ面をするがオレを見てすぐに笑顔に表情を戻すと「まあいっか!」というペスキー先生は破天荒でどうにも相手するのが面倒くさい。雰囲気はまだ少ししか話していないのにルクスみたいだなぁとぼんやりと思う。
そこでふと、ルクスの怯えた表情が脳裏をよぎって。
「先生、リーグ先生ってどこっすかね」
「リーグせんせーは出入り口だよ~」
「おや、用事かな?いってらっしゃい」
優しく送り出してくれる先生たちに一つ笑ってその場を早足で去る。出入り口に行くには黄色い声を上げ続ける女子生徒の群れを通り過ぎないといけないのを目の当たりにするとものすごく気持ちが悪くなるがそれでも無理矢理かき分けていく。
アンノン先生に夢中なのかかき分けても少し言われるだけで大半は先生の名前を呼んでこっちを見たとわかるとまた声を上げるを繰り返している。何が面白いのかもわからないし、学校で何やってんだろうと思わなくもないがとりあえずスルーすることにした。