この人を冷徹だと言い始めた人間は誰なのかしら!!!笑わないんじゃなかったの?物凄く反応に困る程には美しい笑みを浮かべているわよ!?!?
「あ、あの…生クリームが付いていたのでしたら仰って下さい。自分で拭えますわ」
「そうか?てっきり食べるのに夢中で拭く余裕もないのかと」
「い、意地悪ですわ」
「お前の反応が一々可愛いのが悪い。つい意地悪をしたくなる」
「…っっ」
免疫のない私が甘い台詞にあたふたしている姿を見て愉しんでいる相手は、口許こそ手で隠しているもののクスクスという声はだだ漏れだ。
ティーカップで揺れている琥珀色の紅茶よりも今の私の頬は熱くなっているかもしれない。
隙あらばこちらを揶揄ってくるアスター様は全く性格が悪いわ。そんなアスター様に一々反応してしまう事もまんまと彼の思うつぼにハマっている気がして悔しいわ。
一方的にやられっ放しなのは不服で自然と頬が膨らんでいく。軽く相手を睨んだ刹那、何処から取り出したのか突然紙の束を押し付けられた。
「これを渡しておく」
「これは何でしょうか」
「現時点で軍が把握しているこの国の暗殺組織やテロ組織のリストだ。他にもまだ身柄は拘束できていないが同一人物の犯行と見ている連続事件も載っている。両親を殺した犯人を見つけたいのだろう?そこにお前の探している犯人が載っているかは分からないが、目を通しておいて損はないだろう」
「わざわざ用意して下さったのですか?私の為に?」
「他に誰がいる。言っただろう、お前が犯人探しをしても構わないと。妻であるお前の希望なら俺は協力を惜しまない」
驚いた。確かに犯人探しをする事は構わないとは言ってくれたけれど、陛下自身はこの件に関わらないでいるつもりなのだろうと勝手に決めつけていた。
私達が結婚すると決まってからすぐに陛下は視察へと出発されたというのに、あの時私が零したたった一言の台詞を覚えていて、忙しい中だったはずなのにこの資料の為に動いてくれたのだと思うと胸がじんわり熱くなる。
上手く形容できないけれど何だか妙な感覚だわ。胸に広がる初めての感情に戸惑いつつ、服の上からぎゅっと胸を抑えた。
「ありがとうございます」
「礼はフリーダーに言え。俺は準備するように命じただけだ、実際にそれの手配をしたのはフリーダーだからな」
「はい、フリーダー様にもお礼を申し上げますわ。ですが私が犯人を探したいと申していた事を陛下が覚えていて下さった事が嬉しいのです。ですから、ありがとうございます」
「当たり前だ。愛おしい妻に関する事なら一度聴いたら絶対に忘れない」
「え?」
「午後の仕事があるから先に失礼する。お前はゆっくりティータイムを楽しめ」
私が甘い台詞に脳の処理が追い付かず間抜けな顔をしている一方で、席を立ったアスター様はそそくさとテラスから去ってしまった。
残された私の頬と髪を撫でる様に、優しい風が吹き抜ける。多くの花が咲いているからなのだろう、その風に乗ってやって来た花の香りがふんわりと広がった。
「い、愛おしい妻って…また揶揄われましたわ」
漸く戻ったと思ったはずなのに再び上気する頬の熱を冷ますべく、貰ったばかりの資料を捲り視線を落とす。
「これって…」
一人になったテラスのテーブルに溶けた私の声を聞いていたのは、紅茶とケーキだけだった…―。
夜、夕食も終え眠る支度も整った私は、陛下の自室の扉の前にいた。ティータイムの時に受け取った資料に関して訊きたい事があると夕食時に伝えたところ、就寝前に部屋に来いという返事を貰ったからだ。
指先がほんのり汗で湿っているのは、陛下の部屋を訪れるのはこれが初めてで緊張しているからだろう。
コンコンとノックをし「アスター様、リーリエです」そう名乗れば、扉の奥から入室を許可する言葉が戻って来た。
ゆっくりと扉を開ければ、中は陛下の甘いくて色っぽい香りで充満していた。藍色で統一されたお部屋は無駄な装飾品などは一切なく落ち着いていて、皇帝陛下によくお似合いだと思った。
私が入ってすぐに陛下は手にしていたネックレスの様な物を服に仕舞った。
ネックレスを眺めて優しい笑みを浮かべていた気がしたけれど、私の見間違いかしら。
「お時間を割いて頂きありがとうございます」
「この時間はいつも暇だから問題ない、そこに座れ」
「はい、失礼します」
ソファの肘掛けに肘を置いて、長い脚を組んでいる陛下の向かいに促されるがままに腰を下ろす。
お風呂終わりの髪を下ろしている陛下の姿は実に新鮮ね。少し幼い印象を受けるというか、年相応に見えるというか…それなのに、寝る前で楽な服を纏っているから首元が露わになっていていつにも増して色気は駄々洩れになっている。
目に毒だわ、目線を何処へやれば良いのか困るわね。
「訊きたい事って何だ?」
「陛下から頂いた資料に全て目を通しました。その中で一つ気になる事がありまして、この紋章に関してなのですが」
貰った資料の最後のページを開き陛下に見せ、そこにある手描きの紋章を指差した。そこにあるのは五芒星と三日月の紋章だった。
そう…それは、全焼したタールベルク家で私が発見した物と全く同じそれだった。
第19話【完】