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第4話 追放



 声高々に婚約破棄を宣言される日が来るだなんて、夢にも思わなかった。


 嬉々とした表情を浮かべているベルモンド令嬢は、今にも鼻歌を奏でそうなまでにご機嫌である。



「リーリエ、お前は僕を辱めただけでなく、皇族すらも侮辱した。よって、罰としてタールベルク家の全財産を差し押さえると同時に、お前に五年間の国外追放を言い渡す」



 私を指差して大きく声を響かせたゲラーニエ殿下は、それはそれは満足気だ。「言ってやった」そんな心の声が隠れる事なく溢れ出ている。


 皇太子殿下直々に罰を科される。それも、全財産差し押さえと国外追放。極刑でない分マシなのかもしれないけれど、十分に重い罰の内容にすんなりと納得できると言えば嘘になる。だって私は、罪を犯してもいなければ、心当たりすらないのだから。



 こういう時って、どんな反応をするのが正解なのかしら。膝から崩れ落ちて、泣き喚いて考え直す様に懇願するのが普通なのよね、きっと。けれど生憎、私は悲しいなんて思っていないわ。ショックだとも思っていないの。


シンと静まり返っている部屋は、私が泣き始める事だけを待っているみたいだった。



「畏まりました」



 誰にも気づかれない程に小さな溜め息を落とした後、いかにも勝ち誇った顔をしている殿下にお辞儀をした。



「は?」



 戸惑いを含んだ声を落としたのは相手の方だった。



「ちょっと待て、リーリエ」

「何でしょうか殿下」

「お前、僕の言っている意味をちゃんと理解しているのか?」

「ええ、勿論ですわ。婚約は破棄。タールベルク家の全財産は差し押さえられ、私は五年間の国外追放なのでしょう?ですから、畏まりましたと申し上げました」

「な…正気か?リーリエが泣いて謝るのなら、仕方がないけれど僕は許してやることも考えなくはないのだぞ?」



 正気じゃないのは殿下の方ではないのだろうか。さっきまでの余裕たっぷりな笑みは何処へ消えたのか、顔面を蒼白させて慌てふためきながら可笑しな事を言い出している。


 罰を言い渡した方が動揺して、言い渡された方が冷静だなんて奇妙な図だ。この場の状況を客観視すると苦笑を滲ませてしまいそうになる。



 お父様とお母様がご健在だったのなら、きっと私はショックを受けて殿下の言う通り泣いて謝って許しを乞うていたのかもしれない。けれど、お父様とお母様が亡くなられた今、正直に言うと殿下との婚約破棄は痛くも痒くもない。


 元々お父様が決められた婚約で、お父様の為なら。タールベルク家の為ならと受け入れたのだ。美しい容姿以外に取り柄のない横暴で我儘なゲラーニエ殿下をお慕いしたことは一度もないし、私はゲラーニエ殿下との婚約を嬉しいと感じてはいなかった。


 ゲラーニエ殿下から婚約破棄をしてくれるだなんて思ってもみなかった奇跡ね。皇族相手に私から婚約破棄を申し出るなんて絶対に許されない事だったからこそ、この婚約破棄は神様からの贈り物としか思えないわ。これで私はお父様とお母様を殺した犯人探しに注力できるんだもの。



「ゲラーニエ殿下、短い間でしたが大変お世話になりました。ベルモンド令嬢とお幸せになられて下さいませ。私は罰を受け入れ、本日中にこの国を去ります」

「早まるなリーリエ、少し話を…「それでは、失礼いたします」」



 元婚約者となった殿下の顔色は、変わらず優れなかった。私は最後に微笑を湛えて見せてから、踵を返してゲラーニエ殿下の屋敷を辞した。


 もう二度とここに足を踏み入れる事もないわね。それにしても、まさか私が犯罪者になってしまうだなんて…。お父様とお母様、タールベルク家の使用人を失っただけでなく婚約を破棄され、財産差し押さえと国外追放の罰まで加わるなんて、とんだ人生だわ。



「鎮火した噂話にまた火が点いてしまうわね」



 ただ、ご婦人が道端でしているその噂話が私の耳に入ることはないのだろう。



 生まれ育ったこの国にもいられなくなってしまった私は、これからどうしたものかしら。失う物がないとはこの事ね、不思議と未知の人生への高揚感を覚えてしまうわ。



「忙しくなるわ」



 ゲラーニエ殿下の元を去った私は、真っ直ぐにシェルマンのお屋敷へと向かった。この国では私はもう罪人扱いだから余り人と関わらない方が良いだろうと思ったけれど、どうしてもヴァイセに直接お礼を言いたくて屋敷を探し回った。しかし、ヴァイセは見当たらなかった。屋敷の人間に尋ねてみたら、散歩に行くかの様に出かけた切り戻ってきていないらしい。最後に大切な幼馴染の顔を見たかったけれど、残念ながら私には時間が残されていない。


 ここ数週間シェルマン家にはお世話になっていたから、荷物を纏めて気持ちばかりの謝礼を包んで手紙を添えた。ずっと私に仕えてくれていたアーノルド宛にも手紙を書いて路頭に迷わない様に生活費を包んだ。これで私の手持ちの現金は殆どなくなってしまった。


 夜中の十二時を回る前にこの国を出なければ、国が有する軍によって強制的にその辺の土地へと連行されてしまう。それよりも、自分で行き先を決めた方が良いと考えた私はまだ街中に灯りがある内に発つ事を決めた。


引き出しから五芒星と三日月の紋章が入っている耳飾りを取り出し、ギュッと全ての力を込めて握り締めた。



「絶対に犯人は暴きます、お父様とお母様」



 手の中にある耳飾りを無くさないようにしっかりとポケットに仕舞った後、少ない荷物を持ってシェルマンのお屋敷を去った。幼い頃から幾度となく訪れ、ヴァイセとの思い出が詰まっているこのお屋敷にももう来られないのだと思うとそれだけは胸が痛くて苦しくなる。



「どうか皆、お元気で」



 私はヴァイセの幸せとシェルマン家の幸せを祈る事しかできないけれど、私なんかが祈らなくともシェルマン家ならばきっと繁栄してくれるだろう。


 暗くなって本格的に夜が訪れた空には、星が煌めいている。肌寒い風も、穏やかなこの国の空気も、大好きだ。しかし私はもう、ここにはいられないのだ。



「さようなら、ライヒ・トゥーム王国」



 十六になったばかりの春を目前に控えていた。星が降り注いできそうな程に瞬く夜、私は生まれ育ったライヒ・トゥーム王国から追放された。



 そして、リーリエ・フィーネ・タールベルクの新しい第二の人生がここから幕を開けたのだった。





第4話【完】




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