翌日。空は雲一つなく晴れ渡っている。詩龍が身体を起こすと、地面が隆起した。山と身体が一体化しているのだろうか。もう鎮座してから長いからそうなっているのか、などと考えていると声をかけられた。
『行かないのか』
『ああ、ごめん。考え事してた。またね、次は良い返事を聞けることを期待してるよ』
僕は再び東に跳んだ。一風変わった龍が鎮座していることを、知っているからだ。とにかく出雲より先に接触しなければ。そうしなければ、未来は全滅だ。それに僕だって、出雲にまた飼い慣らされるのは御免だ。そう思いながら着地すると、観光客が宿泊する宿の近くだった。物陰に隠れて人間の形をとり、宿に入る。この宿は何年続けているのだろう。見た目は随分と新しいけれど……。とりあえず、龍に出て来てもらわなくては。女将さんに声をかける。
「あら、随分お久しぶりですね。兎神様。南雲さんにご用ですか?」
女将は女将で、人間ではないのだが……彼女を戦力に入れるのは、ここに鎮座している龍である南雲が恐らく許さない。
「うん、ちょっとね。悪いんだけど、呼んできてくれる?」
「わかりました。南雲さん、お客様ですよ」
女将は奥に引っ込んでいった。しばらくすると、代わりに黒髪赤目の体格ががっちりした男が姿を現した。
「よっ、久しぶり」
軽いノリだが、実力は本物だ。この南雲という龍はとにかく扱いづらいことで有名で、人前に龍の姿で現れたこともない。要は変わり者なのだ。気配を消したい時は、赤目ですらないらしい。何処までも自由だ。彼も人間のことが好きなのだろう。
戦う姿も、龍らしくない。一般的に想像される龍の戦闘と言えば、炎を吐くとかそんなところであろうが……南雲は刀で戦う。戦い方まで人間に寄っているという訳だ。
「何の用なんだ? ……いや待て、当てる。さては数百年越しに俺の美貌を拝みたくなったな?」
「全然違うよ」
南雲の姿に興味はない。
「俺の情報網を侮るなよ。あの巫女のことだろ。全く、封印を解くとか何やってんだ最近のやつは」
南雲は溜め息をついた。
「どうせ俺の力を借りに来たんだろ。強いからな、俺」
自分で言うのもどうかと思うが、確かに彼は強い。どれだけ人に寄り添おうと、戦えば畏怖の対象になってしまう。だからか、彼はいつしか戦うことをやめた。どうやら戦うことは、彼の存在意義ではないらしい。少なくとも、本人の中では。
「強いことは、まぁわかってる。だからお願い。出雲を倒すために、力を貸してほしい。勿論、相応の謝礼は用意するから」
「相応の謝礼、なぁ……。戦わないことが俺の一番の願いだよ、本当に」
「それもわかってる。僕が無茶言ってるのはわかってるんだ。全部承知の上でお願いしてる。力を貸してください」
頭を下げると、「よせよ、頭上げろ」と言われた。あげると、南雲は口を開いた。
「いいだろう、他の二人が何と言おうが俺は力を貸そう。伊波にも言っておく、戦力は多い方が良いんだろ?」
「うん。ところで、伊波さんって誰だっけ」
怪異は怪異を呼ぶ。神は神を呼ぶ。龍は、怪異と神の中間地点だ。だったら、何が呼ばれる?
「伊波は、河奈の兄だよ。ほら、夜叉の。俺と同じで刀使ってんの。……って西日本に鎮座してたお前が知ってる訳ないか。あいつも結構イケメンだぞ」
河奈、というのは女将さんの名前だ。女将さんの一族は夜叉で、皆妖刀を使用して敵を倒す。即戦力が増えたのは喜ばしいが、僕にはまだ会っていない龍が居る。ここからは去った方が良い。出雲と何処で遭遇するかもわからないし。
「色々ありがとう。僕はまだ行くところがあるから、これで」
僕は宿を出た。収穫があったのは喜ばしいが、南雲を扱うのは大変そうだ。