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 白兎の様子がおかしい。部屋の中をうろうろしたかと思ったら、急に立ち止まって。兎の姿だから可愛らしくも見えるが、心配だ。

「ねえ、どうしたの? さっきから様子が変だよ」

『出雲の気配がするんだ。こちらに向かってきてる。……正直、対峙するのはまだ早い気がして。だから、逃げよう。なるべく遠くへ』

 そんなことを言われても、昨日の旅でもう金欠だ。遠く、といっても僕の住んでいる地域には山くらいしかない。……そうだ、山に逃げよう。山の中なら、多少は気配も紛れるかもしれないし。

「わかった、逃げよう」

 母の「こんな雨なのにどこ行くの?」という問いかけは無視し、外に出る。雨は一層酷くなっている。こんな時に外に出ること自体正気じゃないが、今はそれどころではない。

「山に行こう。入り組んでるから、遭遇率が低いかも」

『わかった。僕も神だから、山の魑魅魍魎の退治は任せて』

 そうだった。兎姿でいることが多いから忘れかけていたが、白兎は神なのだった。心強い。

 山に入ると、木々から落ちる雫が服に吸い取られ不快感が募っていく。重くなる服を着ながらの移動は、どうしても動作が重くなる。今どの辺りを歩いているのかもわからなくなってきた頃に、頭上から声がした。

「ええもん持ったはるやん、何処で手に入れたん」

 見上げると、黒髪の男性が木の上からこちらを見下ろしていた。彼は木の上から降りてくると、錫杖を手に取る。

「聞こえとった? その剣のことや、それから溢れ出とる神力の量が異常やで。答えてや」

 僕が持っている、イカヅチ様の剣のことだと理解するまで数秒を要した。

「これは」

『待って、名前も分からない人に明かすのは危険だよ。出雲の手先かもしれないし』

 白兎の言うことも一理ある。この声は相手にも聞こえていた様で、

「まずは自己紹介から、ちゅうことか。俺は藤原織彦。家族を巫女に呪殺されたから、追っとる。あれは元々俺の一族が封印しとったのが解かれた状態やしな。呪い専門の退治屋、ってとこや。そっちは何なん」

 織彦は、髪を絞りながら問いかけてきた。

「僕は、新井惣。こっちは兎神の白兎。僕も友達が殺されたかもしれなくて、出雲を探しているんです。そのために、仲間も探しました。……とはいっても、皆加護をくださったり剣をくださったり。この場にはいらっしゃらないけど」

 居てくれたら、どれだけ心が楽だっただろう。

「さよか。つまりその剣は神の物っちゅう訳か。なるほど……ついてきてくれへん? お前とはもう少し落ち着いた場所で話がしたい」

「わかりました」

 とりあえず、悪い人ではなさそうなのでついていくことにした。それに僕も落ち着きたかったし。そんな時だった。凛とした女性の声が聞こえたのは。

「白兎……?」

「出雲……!」

 白兎は人間の姿になっていた。凛とした声の主は、黒髪を一つに束ねた巫女服の女性。彼女が、出雲らしい。白兎の表情は強張っている。

「駄目じゃない、ちゃんと神社に居なきゃ。探すのに苦労したのよ」

 彼女の口調は、子を諭す親のものと同じだ。今からどうあってしまうのか、目が離せない。それは織彦さんも同じ様で、何も言わずに様子を伺っている。

「……ねえ、出雲」

「どうしたの」

「人間への復讐って、本当に君が望んだことなの? 確かに最期があれだけ酷かったら、人を恨む気持ちもわからなくもないよ。それでもこれは、あんまりだ」

 白兎は一歩出雲側に歩み寄った。

「私は」

 出雲からも白兎に歩み寄る。

「私は、人間に酷いことをされてきた! だから、逆に呪殺してもいいの!」

「……出雲、話が通じないな……。またあの頃みたいに、僕と暮らそうよ。平和だったあの頃に戻ろう」

 感情的な出雲に対し、白兎は冷静だ。

「白兎、あなたは人間に染まりすぎてる。元を辿ればあなただって、私側の存在なのに」

「……もういいよ、出雲。もういいんだ……。話が通じないことは、よくわかったから」

 今の位置から一歩下がり、出雲と距離をとる白兎。出雲は微動だにせず、それを見つめている。

「来るよ、武器の準備を」

 ぼーっとやり取りを見つめていた僕だったが、その声でやっと我に返った。武器といえば、イカヅチ様から借りている剣しかないが、これは勝手に鞘から抜いても大丈夫なのだろうか。織彦さんは錫杖を持っている。もう、細かいことは考えずに僕は鞘から刀身を抜いた。その瞬間、雷がすぐ近くに落ちた。下手したら感電していたかもしれない。これも、神力なのだろうか。随分と危ないけど……。

「それは……国譲りの剣! どうしてこんなところに」

「準備をしていたのは、こちらも同じってことだよ」

 出雲は、指先をこちらに向け照準を合わせようとしている。そこを、織彦さんが背後から錫杖で殴り彼女の注意をひいた。

「あなたも藤原ね。まだ残っていたなんて……」

 出雲は恨めしそうに織彦さんを睨みながら、「オスワサマ、縛っておいて」と一言。すると、何処に潜んでいたのかわからないが巨大な白い蛇が織彦さんの身体を締め上げる。錫杖で殴ろうとするも、手も拘束されて何も出来そうにない。

「さて、次はあなたね。その刀は……私の苦手とするところなの。だから、それを選んだことは評価してあげる。でも、今は私の方が強いわ」

 出雲は神力で作った刀で、僕の方に向かってきた。連日の疲れが祟ってか、すぐに動けず腹部に鈍痛が走った。これでも、コキヌサマの加護によって緩和されているのだろう。まだ動ける。

「……っ、惣、逃げよう。今の出雲は、君じゃ敵わないよ」

 冷酷に言い放つ白兎。

「で、でも織彦さんが」

「俺のことは心配せんといて! 絶対こいつら倒すから」

 そのビジョンが思い描けないが、今はその言葉に頼るしかない。腹部の鈍痛はどんどん広まってきて、下半身を支配しつつある。逃げ切れるだろうか。


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