翌朝、日差しが差し込んできたので目が覚めた。景色を見るとビル群で、ああ、首都に来たのだと実感する。しかしこれは、始まりに過ぎない。首都の名を冠するT駅から、更にバスで一時間半。それでやっと、神様のところへ参れる。
バスの終着点はT駅ではなかったので、電車を使って移動する必要があった。それにしても、首都はどの駅も迷路だ。目的の路線に乗るまで、二度ほど迷った。出来ればもう来たくない、そう電車に揺られながら思った。
T駅は、改札の外は意外とシンプルだった。バス乗り場に行くと、既に神社の方面に行くバスが停車している。この街の朝は、随分と早いみたいだ。バスに乗り込むと、まだ朝だからか需要があまりないのかは不明だが、人が少ない。それにしても、夜行バスってこんなにお尻が痛くなるものなのか。ここから一時間半も耐えられるかいささか不安だ。白兎はそんな僕の憂いも気にせず、辺りを見渡している。
『この国も変わったね。東国には本当に何も無かったのに』
「……今は、首都だよ。ここは」
小声でやり取りしていると、エンジン音が聞こえた。出発するみたいだ。駅からどんどん遠ざかり、高速道路に入ると沢山の工場が見えてきた。その光景は新鮮で、思わず見入ってしまう。しばらくすると、それは僕の地元でも見られる農村地帯に変わったので興味をなくし再び眠りについた。
「お客さん、終点ですよ」
運転士に起こされると、大きな神社が目の前にあった。いや、これは門前町というものか。規模の割に賑わっていないのは、今日が平日だからだろうか。休日でもこうなら、大分過疎地域だ。
「お客さん?」
「あ、すみません。今降ります」
慌てて荷物を持ち降りる。改めて観察すると、『歓迎』と堂々と書かれた門は威圧感がある。中に入ってみる。名物らしいお団子が、美味しそうな匂いで僕を誘惑してきた。……そういえば、朝ごはんを食べていなかったな。
「醤油味のお団子、一つください」
「はいよ!」
僕はお団子を食べ、再び神社の方角へ歩みを進めた。この神社の主神に参拝し、事情を説明するために。
『ここの神様は、コキヌサマって名前なんだ。少し気難しいかもしれないけど、味方になってくだされば心強いと思うよ』
「コキヌサマ……か。緊張してきたな」
本当は、人と話すのは得意ではないのだ。いや、今回は人が相手な訳ではないけれど。人以上に緊張する相手かもしれない。もし不敬な行為をしてしまったら、などと考え始めてしまいパニックになる。
『大丈夫?』
「大丈夫……」
白兎にも心配され、正気を取り戻す。お会いしなければ、どうなるかはわからない。まずは気に入られるところからだ。
神社の鳥居をくぐる。心なしか、清廉な空気に身を包まれた様な感覚がした。地元の神社では吸ったことのない、澄んだ空気。これが、コキヌサマを構成しているものなのだろうか。参拝者の列からそっと外れ、人目のつかないところへ移動する。
「コキヌサマ……いらっしゃいますか」
声を張り上げたら、誰か来てしまうかもしれないと思い小声でその名を呼ぶ。ここが神社である以上、いらっしゃらない訳がないのだが……。
「それは、私のことか」
背後から声をかけられる。白い着物に、足袋。よく見ると、足元が数ミリ地面から浮いている。水色の長髪だが、毛先になるにつれて深い青色になっている。瞳は見ているだけで吸い込まれそうなほどの青緑色。身長は僕より頭一つ分低く、女性らしく見える。コキヌサマは、女神なのだろうか。武神で女神とは、あまりピンと来ない。
「……あなたは」
「貴様、国譲りの時にいた兎神を連れているな。言わずとも用事はわかる。私の力が必要なのだろう。コキヌサマは、私のことを指す古称だからそこの兎に入れ知恵でもされたか」
彼女? がコキヌサマなのは間違いない様だ。それにしても、神様も色々だ。白兎とは異なり、話しづらい。
「……そんなところです。僕らは、コキヌサマの力を借りに来ました。僕の友人を殺した巫女に、立ち向かうために」
「巫女……ああ、あの根暗そうな女か。まだこの世に残っているとはな。すっかり封印されたものだと思っていたが」
巫女とも面識がある様だ。あまり良い印象を抱いているとは言えなさそうだが。
「それで、貴様は何を望む?」
まっすぐな眼差しで見つめられると、言葉に詰まる。僕は桜子と春妃以外の女性とは関わっていないから女性耐性がない。
『勘違いしているみたいだけど、コキヌサマは性別とかないよ。好んで小柄なだけ』
「えっ」
思わず声を出してしまった。コキヌサマも吹きだし
「貴様、私のことを女神だと思っていたのか!? 面白い。一本取られたな。願いを聞こう。今の私は気分が良い」
くっくっと笑うコキヌサマ。結果オーライなのだが、余計な恥をかいた。
「巫女を、出雲を封印したいんです。そのためには、コキヌサマの力が必要だと思っています。どうか、お力添えを」
「ふむ……封印、か。封印でことが足りると良いが。それに今の私は封印されているからな。大したことは出来んよ。精々、加護を授けるとかお守りを授けるとか、簡易的なことしか不可能だ」
「封印されている?」
コキヌサマは、とてもそんな風には見えない。第一武神を封印するなど、相手はどんな存在なのだろう。
「情けない話なのだが、私と相方イカヅチはこの辺り一帯を治めた後に封印されている。私たちも封印し返したので、お互い解けない封印という訳だな。
相手は、星を司る神だった。まあ、星男とでも呼ぼう。彼を味方につけられたら、こちらが不利だから会いに行くなら今が良いかもしれんな。イカヅチは、巫女に決して味方しないが星男がどうかはわからん」
星男。確かに自然物の神様って強そうだ。それこそ、アマテラスオオミカミも。
「さて、星男の話をしている間にお守りを作ったぞ。この勾玉は、いわば厄除けだな。私特製だから、大事にすると良い」
つやつやの勾玉を渡された。色は、コキヌサマの瞳の色と同じ。有難く受け取る。
「では、加護もかけておいてやろう。頭が高いから、少し落とせ……そうだ、そのまま……」
体そのものが軽くなる感覚があった。これが、加護なのか。
「終わったぞ。これなら、巫女の攻撃も少しは耐えられるだろう」
どういう理屈なのか聞きたかったが、こういったものって理論では語れないのだろうな。
「ありがとうございます。星男さんのところへ行こうと思います」
「ああ、体に居場所は教え込んでおいた。時間はかかるが辿りつけるだろう」
コキヌサマは、身を翻すと消えた。不思議な現象の連続すぎて、頭が追いつかない。理解の範疇を完全に超えているので、もう何も考えないことにした。