私の住む町には、特別な神様が祀られている。名前は「ヒスイサマ」。元々翡翠産業で稼いでいたこの町らしい名前の神様だ。人々から、ここまで愛されている神様もなかなか居ないだろう。毎日の様にボランティアで神社が清掃されているし、お供え物が欠けた日もない。ヒスイサマは女性とされ、町の至る所に彼女を模した像がある。その姿は髪の長い全裸の女性で、いかにも像らしい。
ヒスイサマは、実在するらしい。私は本物を見たことはないけれど、噂では大層な美人だったとか色々言われている。私もたまに気になって、様子を見にいっている。そういえば、今月に入ってからは一度も様子を伺っていない。行こうかな。
思い立ったら、行動するのが私だ。靴下と靴を履き、少しだけかしこまった格好で家を出る。ヒスイサマの神社は、今日もお供え物だらけだ。お酒、お菓子、食べ物が目立つ。いや、今はそれよりもヒスイサマだ。
「ヒスイサマ、いらっしゃいませんかー?」
声をあげてみても、返事はない。無視されているのか、それとも何か他に理由があるのだろうか。
「ヒスイサマ―?」
再び呼びかけても、結果は同じだ。私が視えない体質なのかもしれないが、返事がないのは少し寂しい。不意に、からんと絵馬が翻った。あまり人の絵馬を覗き見するのは良くないけれど、強いメッセージ性を感じたのでそれを手に取り読む。
内容は、「旅に出ます。皆様、今までありがとうございました。ヒスイ」と達筆で書かれていた。
私は絵馬をもとの位置に戻し、「大変なことになりましたわ……!」と呟いた。
とりあえず家に帰ってこのことを伝えよう。私は走りづらさを感じながらも、家まで猛ダッシュした。鍵を開けると、双子の姉である春妃が「どうしたの?」と出迎えてくれた。
「ヒスイサマが、いらっしゃいません……!」
私は、一連の流れを伝えた。春妃は無言で聞いていたが、「それ、あんまり人に言わない方が良いと思うよ。この町でヒスイサマが居なくなったなんて知れたら、混乱するだろうし」と口を挟んできた。
「私もそう思います……。このことは、私たちだけの秘密ですよ」
「うん」
指切りげんまんをしたのは、いつぶりだろう。あまり良い内容の約束ではないが、仕方がない。人に言わない方が良いのは、事実だからだ。
「とりあえず、探さなきゃね。見当はつく?」
「いえ……。元々ヒスイサマには詳しくないので」
首を横に振ると、春妃も困ったように
「弱ったなぁ……でも、ヒスイサマって翡翠の神様なんでしょ? なら、海沿いとかに居そうだけど」
私たちの住むJ市は、海側と山側で雰囲気が全く異なる。私たちが住んでいるのは海側だ。行けないことはない、が……。
「海沿いと言いましても範囲が広いですよね」
「そりゃあまあ、二人で手分けするしかないでしょ」
それもそうだと気を取り直し、計画を練る。春妃は東側、私が西側の担当になった。
「今からだと、流石にちょっと厳しいかな。明日も休みだし、捜索は明日からにしよう」
その一言を置いて、春妃は部屋を出て行った。