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 翌日。愛里が不審者に襲われたという話は瞬く間に広まった。でも、うちらは知っている。それが不審者ではなく、イズモサマであることを。何故なら、愛里本人からメッセージが来ていたからだ。

『いずもさま ふっかつしてる きをつけて』

 かろうじて届いたそのメッセージに、うちらは恐怖していた。何故、よりによって愛里が? その謎もあるし、何よりこれで犠牲者は二人になってしまった。三人目が出ないようにするには、どうするのが最善なのかもわからない。千秋は相変わらず、学校に来ていないし。

 とりあえず、うちらは三人で固まって行動することにした。大和は男子なので常に、とはいかないがうちと真矢はトイレに行くときも一緒に行動する。離れたら何が起こるかわからないという恐怖と、一緒に行動するという安堵が半々と言ったところだ。

「華、何があってもうちら一緒やからな」

「こっちの台詞や、真矢」

 腕を組むと、真矢の体温が伝わってきて安堵に包まれる。真矢も多分、うちのことをそう思っているのだろう。

 教室に戻り、お互いの席に戻ると急に不安感に襲われた。うちらは、どうなってしまうのだろう。愛里は入院中で、お見舞いに行こうにも彼女の両親が立ちはだかる。愛里の両親は過保護で有名だ。今この事態を、どう見ているのだろう。病院には行かない方が賢明だ。


 放課後、うちら三人はまた美代の家である神社を訪れていた。ここしか安全な場所を知らないからだ。美代は、別のグループの子たちと帰っているからしばらくここには帰って来ない。

「どないしたらええんやろ……」

 ぽつりと呟いたのは、大和だった。彼は彼なりに、今後のことを考えているのだろう。千秋も愛里も居ない今、己を強く保たないといけない。

「自分の部屋とか、一人になったら危ないと思うねん。やから、出来れば誰かの家に集まりたいなぁ思て」

 うちは真矢を見た。三宮家は、この一帯ではかなり裕福な家系だ。前にお泊り会した時、使われていない部屋がいくつもあった。

「……え? うち? 多分大丈夫やと思うけど……ちょっと待っててな、電話する」

 真矢はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

「急言って申し訳ないんやけど、お泊り会したいなぁ思て……ああ、今回は男子も居るけど……。彼氏? な訳ないわ! ダボ! ああ、用意してくれる? 頼むわ」

 どうやら上手くいったみたいだ。

「今日はうちに泊まってき。三人一緒なら怖くない、やろ?」

 語尾が震えている。やっぱり怖いのだろう。真矢も。

「せやな、一緒に居れば怖くない」

 大和が便乗する。

「うん、真矢の家久しぶりやから楽しみになってきたわ」

「楽観的やなぁ、華。そこがええところやけど!」

真矢に背中を叩かれ、「何すんねん!」と叩き返す。いつものやり取りだ。

「ほな、気をつけてうちに向かおっか」

 真矢を先頭に、うちと大和がついていく形になった。神社から出ると、禍々しい雰囲気が辺り一帯を覆っていたことに気がつく。封印を解いた時に比べ、イズモサマが居るんだと思わされる。真矢も大和も、顔が青白くなっているのでそれを感じ取っているのだろう。早足で三宮邸まで行くと、真矢のお母さんが出迎えてくれた。

「待ってたで。はよ中入り」

 特に訝しむわけでもなく迎えてくれたのは、幸いだ。真矢のお母さんは、少し髪に白いものが目立つもののまだまだ元気そうに見える。少なくともうちの母親よりは。

「疲れたやろ? 部屋、用意してあるから。あぁ、勿論彼氏くんのは別で」

「やーかーら、彼氏やないんやってば!」

 真矢が否定しても、むしろ逆効果だったみたいで真矢のお母さんの微笑みが増すだけだ。

「そうです。僕はただの友人です」

 大和も加勢し始めたので、うちも便乗して

「せやねん、大和はただの友達。やから変な関係やないで」

「そうなんやぁ。イケメンさんなのに勿体なぁ」

「そんなことは……」

 そんな会話をしながら、うちらは家の中に入った。ここが特別安全な訳ではないが、気休め程度には落ち着ける。

「そういえば真矢、昨日は何処行っとったん? あんな夜遅くに」

 ぎくり、という擬音はこういったときの為にあるのだろう。言いづらそうに真矢が口を開いた。

「い、いや~実はイズモサマって都市伝説をちょろっと見に……でも何もなかったで」

 真矢のお母さんの顔色が変わった。

「“アレ”を見に行ったん!? そら、真矢は大丈夫やろうけど……他に見に行った子居らん? その子たちは大丈夫やった?」

「う、うちも見に行ったけど今のところ大丈夫です」

 何故、真矢は大丈夫なのだろう。それにうちは、本当に無事なのか。昨日の夢は呪いの一種なのではないか。

「何で真矢は大丈夫なんですか?」

 疑念が渦巻くが、今は言葉を待つしかない。

「真矢は……うちの、城崎の家系はイズモサマを祖とする一族なんや。やから、子孫に危害を加えることはない……と思うんやけど。皆が弱っとる中で、真矢は一人だけ無事とか、そういうことはなかった?」

 言われてみれば、真矢は悪夢を見ていないし怪しいものと遭遇もしていない。でもそれも、絶対ではないだろう。

「ああでも、あかんわ。真矢の父方の三宮家は、イズモサマのこと嫌っとるからなぁ。真矢だけでも無事で居て欲しいんやけど……」

 真矢のお母さんは、うちら三人を抱き寄せた。

「勿論、皆にも無事で居て欲しいで。これは本心」

 その目は本気だった。ここにいれば、安心なのではないかと錯覚できるほどに。

「ほな、私は夕飯作るから。三人でゆっくりしとって。部屋はあっち」

 指定された部屋に入ると、布団が二つ。真矢とうちの分だろう。制服のままかつ、鞄も学校の指定のものなので非日常感がある。結んでいた髪を解くと、張りつめていた気が和らいだ気がする。

「真矢は、自分の出自知ってたん?」

 素朴な疑問だった。真矢はあまりそういうことに頓着しないタイプではあると思うが。

「いや、全く。興味もなかったし」

「そんな気はしとった。それでこそ真矢って感じもする」

「何やそれ」

 うちらは笑いあった。と、そこに電子音が鳴った。

「ごめん、僕や。出るわ」

 大和は耳に電話を押しつける様にして、会話を始めた。

「あぁ、おばさん。お世話になっとります。……え? 千秋が? ほんまに? 嘘やろ……」

 涙ぐんだ声で、何となくだが状況を察せられる。

「はい……葬儀は一週間後……わかりました……おばさん、僕も辛いわ……」

 葬儀というワードで完全に理解したが、どうやら千秋は亡くなったらしい。実感がない。

「うちのせいや……」

 それしか思えない。あの時、封印を解いてしまったから。

「華、うちも自分のせいやと思っとるよ。一人やない」

「そうやで、自分だけ責めるのはやめとき」

電話が終わった大和も真矢に加勢する。

「ほんまなら、僕がもっと早く対策を練るべきだったんや。強いて言うなら、全員の責任や」

 訪れる静寂。それを破ったのは、大和だった。

「部屋の中にも逃げ場がないとなると、次は僕やろな。いざとなったら、僕が襲われている間に逃げるんやで」

 その目には、覚悟が宿っていた。

「……わかった」

「その思い、受け取ったわ」

 三人で手を重ね合って、今ここに居ることを実感する。こうしていれば、イズモサマもへっちゃらだと思った。

「夕飯、出来たで。三人とも、降りてきてー」

 いつの間にかそんなに時間が経っていたとは。うちらは急いで階段を駆け下りる。

「そんな急がんでも料理は逃げんって」

 そこに並んでたのは、唐揚げやフライドポテトにハンバーグ。そしてサラダ。

「皆成長期なんやから、ぎょうさん食べて大きくなりや」

 真矢のお母さんの言葉に感謝して、「いただきます」と挨拶をする。真矢と大和もうちに続いた。

 唐揚げは衣がサクサクで、歯ごたえ抜群だ。滲み出る肉汁が最高なハンバーグにはデミグラスソースがかかっていて、より味を引き立てている。サラダにはドレッシングではなく塩コショウが降ってあり、新鮮な気分で食べ進めることが出来る。

 あっという間にうちらの皿は空っぽになった。

「やっぱ、成長期の子はよぉ食べるなぁ。お風呂の準備も済ませてあるから、好きなタイミングで入り。ほな、ごゆっくり」

 真矢のお母さんは、空の皿を回収して去っていった。「ごちそうさまでした!」と聞こえそうな声で言い、席を立つ。

「お風呂か……どうしよ」

「流石に一人一人入るしか無いやろな」

 大和がそう提案してきた。確かに、異性の風呂となると見張り番をつける訳にもいかない。何故かと言うと、恥ずかしいから。本当は人の命がかかっている以上、そんなことは言っていられないけれど。せめて千秋が居たら、従兄妹同士でペアを組めたかもしれないのに。しかし今更すぎる。千秋はもうこの世には居ないのだ。大和には一人で風呂に入って貰うしかない。一番危ないのも大和やけど。

「ほな、僕が最初に入るわ。何かあったら大声で叫ぶ。これなら、多少は大丈夫なはずや」

 大声で叫ばれたところで、うちらは何も出来ないのだが……。突然超能力に目覚めでもしない限り。

「真矢、風呂ってどこ?」

「しゃあないなぁ……こっちや、華もついてきて」

 真矢は階段をのぼり、一番手前のドアを開けた。

「ここ」

 清潔そうな浴室。奥の扉を開くと、湯気と共に湯が張られた浴槽が目に飛び込んできた。

「こ、こんな豪華な風呂使ってもええんか?」

 流石の大和も硬直している。

「ええよ、だってここ以外に風呂あらへんもん」

 あっさり言ってのける真矢。流石は地主の娘。三宮家は、この町内で一番の地主だ。

「あ、あぁ、そうなん……ほな、先入るわ。二人は部屋戻っといて」

「わかった」

 うちらは素早く部屋を出る。大和の裸に興味がないと言えば嘘になるが、流石に突撃するのは良くない。


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