零時に御山の麓に行くと、
「もう! 遅いで華」
と真矢に軽く怒られた。時間通りなのだが……。千秋はそんなうちらを気にする様子もなく
「まぁまぁ。夜は長いんやし。早速、洞窟の中に入ってみよか」
懐中電灯片手に洞窟へ入っていってしまった。
「ちょ、ちょっと待っ……うち心の準備が出来てへんのやけど」
「時間ならぎょうさんあったやん。華は感情移入しすぎや」
千秋は長い黒髪を翻し、どんどん奥地へ向かっていく。うちはそれについていくのが精いっぱいなくらい怖かった。じめっとした空気、懐中電灯がなければ完全な闇。この奥にいる存在のことを考えると、とてもではないが明るい気持ちにはなれなかった。
「それにしても、イズモサマなんてほんまに居るんかな?」
会話で恐怖を紛らわそうと、二人に向けて声をかける。
「どうやろな。居ったら居ったで……その時にならんとわからん」
「うちは居ってほしいな、その方がスリルとロマンがあるやん!」
千秋は至って冷静だし、真矢は高揚している。うちがこの中で一番普通な気がしてきた。何故この場で落ち着いていられるのか理解に苦しむ。深夜だから、一周まわってハイになっているのは何となくわかるものの。
「あ! あれちゃう?」
真矢の指さした先には、『この先立ち入り禁止』の看板。柵も何もないので、出入りは自由になっているようだ。
「この先の道はこれ一本だけ……なら、行くしかないやろなぁ」
「え、ちょ、待っ、ほんまに行くん!?」
千秋は「当たり前やんか、怖いなら帰ったらええ」とうちの発言を一蹴する。まぁ、確かにその通りなのだが。でも二人に何かあったら一生引きずりそうだ。やから。
「うちも行く!」
一歩踏み出した。これでこの先で何があっても、引きずることはない。と思いたい。洞窟の湿度は増し、水滴が落ちる音が聞こえる。真夏だというのに、やけに涼しい。これは恐怖心から来ているものなのか、それとも本当に洞窟の気温が涼しいのか。それはわからない。そんなことを考えているうちに、行き止まりにぶち当たった。
「……イズモサマは?」
思わず声に出してしまった。行き止まりには一面の壁だけがあり、呪いだの幽霊だのといったものは見当たらない。
「あれ? おっかしいなぁ……」
真矢が辺りを見渡すが、やはりそれらしいものはない。
「霊感がないと見えへんとか?」
「そうなんかなぁ……愛里そう言っとった?」
愛里はそのようなことを言っていただろうか。ぼーっとしていたからか、あまり記憶がない。
「……もしかして、この壁の先なんとちゃう?」
千秋が壁を触ると、一気にそれが崩壊した。そして現れたのは、巫女服姿のまま朽ち果てている人間……人間、だったモノ? 何らかの原因で水分が足りず朽ち果てた、と見るのが正解だろう。見るだけでも禍々しい、そんな雰囲気を放っている。
「こ、これがイズモサマ!? めっちゃ怖いやん!」
途端に大騒ぎし始めた真矢を横目に、千秋は
「ふうん……これでお札をとって逃げきれたら願いが叶うんか」
「え、ちょ、とる気なん!? 止めた方がええって!」
うちの必死の静止も虚しく
「あ」
ビリッ、という音をたててお札は破けた。うちの肘がお札にクリーンヒットしてしまったように見える。奇怪な音を立てて、イズモサマは動きだす。こうなった時、とる行動と言えば———
「逃げるで皆!」
三人で走ってその場を離れる。幸いにも、イズモサマの動きは遅くこれなら逃げきれそうだ。一直線に走って洞窟から出ると、イズモサマの姿は見えなくなっていた。これは、成功したということでいいのだろうか。うちには願いなんてないけど。
「あー疲れた……もうこりごり……」
洞窟を見ながら真矢が言う。
「せやな、こない疲れるとは……」
それに千秋も賛同し、うちも「やから言ったやん」と返す。
「もうこれでイズモサマの話は終わり! 明日からもっと健全な話題しよ!」
「そやな」
「ほな、解散ってことで」
うちらは散り散りになって各々の家へと帰った。その時も視線を感じたが、疲れ切っていたのでそれが何の視線なのかはわからなかった。