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第2話 酷似と差違

 ヴィクトルとアルフレッドというタイプが異なる美形の二人が見つめ合う様子は、それだけで絵になると思った。

 先に口を開いたのはヴィクトルだった。


「東方の賢者とは、別の世界の賢者という意味だったのか?」


 ヴィクトルの問いに対し、アルフレッドは即座に答えた。


「この召喚術式の原典は古代語で記されている。解読者は東方と記したが、本来は別の世界、ノエミ殿の言葉を借りれば異世界という意味なのかもしれない。いや、そうなのだろう。ノエミ殿の見解は整然としているし、ここで俺たちをたばかる理由もない」

「そうだな……」


 首肯したヴィクトルは私のほうに視線を戻すと、まっすぐに私を見つめた。


「ノエミ殿。突然の召喚という無礼を重ねてお詫び致します。異世界ともなれば、さぞご不安でしょう。これは私どもの落ち度。すぐに帰還術式の用意をさせていただきますが、何分なにぶん高度な術式ゆえ、お時間をいただきたく存じます」

「帰還術式ということは、私は元の世界に戻れるんですね?」

「はい。もちろんです」


 異世界に召喚されるなんて異常な事態の中で、最大の不安はとりあえず消えたと安心してしまった私は、すでにヴィクトルの言葉を信用しちゃっている自分の単純さに救われた気がした。


「そうですか。その術式の用意には、どのくらい時間がかかるんですか?」

「急いでも、七日ほど……申し訳ありません」

「いえ、もう謝らないでください。私なら大丈夫です。ちょうど年末年始の連休中なので」


 貯まっていた有休をまとめて消化するために年末年始を選び、その結果として十二月二十三日から一月八日までの大型連休を得ていたのが、役に立ってしまった。


「ノエミ殿の寛大な言葉に救われる思いです。感謝いたします」

「いえいえ、今日がクリスマスの前で良かったです」

「クリスマスの前、ですか?」

「え、はい。十二月二十三日、なので……」

「どうやら、こよみに差違があるようです」


 ヴィクトルに言われるまで時間のズレを忘れていた自分は、まだ思考が追い付いてないんだと感じた。


「言われてみれば、私がいた世界は夜でしたが、こちらは朝のようですね」

「はい。一月六日の朝です。東方の賢者を召喚するに当たっては、公顕節が相応しいと考えました」

「あの……西暦で言えば、今は何年ですか?」

「一九一二年です」

「一九一二……!」

「ノエミ殿がおられた世界は違うのですね?」

「二〇二三年です」


 ヴィクトルは一瞬だけ驚きを表情に出したが、すぐに次の行動を決めた様だった。


「まずは、この世界とノエミ殿がいた世界の、暦の紀元が同じなのか確認する必要があるようですね」

「そうですね」

「書斎へご案内しましょう。歴史に関する書籍も揃っています」

「読めればいいのですが……」

「どういった作用かは分かりませんが、こうして会話は成立しています。試してみましょう」


 ヴィクトルに案内されて、私は部屋を出た。私の背中を守るようにアルフレッドが後に続く。

 明るい廊下だった。この建物が大きな洋館であることは分かった。

 書斎に入ると古い図書館の薫りがした。

 壁一面に並んだ書物からヴィクトルが一冊を選び、私に手渡した。フランス語に近い言語で記された本だったが、すらすらと読めてしまった。

 歴史や地理、宗教に関する本を何冊か確認して、私は一つの仮説に至った。


「この世界、テルスという星の上に存在する世界は、私がいた世界、地球という星の上に存在する世界と酷似しています。固有名詞は異なりますが、その歴史や地理は非常に似ているので、私の知識でもたどることができました。そして暦も、ほぼ合致しているようです。最大の差違は、魔法が実在することです」


 私の仮説を聞いたヴィクトルは、その見解を予見していたように落ち着いていた。


「ノエミ殿は異世界、しかもテルスと酷似した世界の未来から来られたのですね」

「はい。そのようです」


 私が首肯すると、ヴィクトルが床に片膝をつけてひざまずいた。

 突然の行為に、私は驚きを隠せなかった。


「……どうされました?」

「厚かましいことは重々承知の上で、ノエミ殿にお願いしたき儀がございます」

「え、あの……」


 どう応じれば良いのか分からず、あたふたしていると、アルフレッドも片膝を床につけて跪いた。

 これはもう、話を聞くしかない。

 覚悟を決めた私は、ヴィクトルに訊いた。


「お願いというのは、なんでしょうか?」

「この不肖の身に、ご助言ください。私には、この小国を守り抜く責務があります。しかし、ノエミ殿はご承知の通り、世界は激動の時代を迎えております。どうか、私に進むべき道をご教授ください」


 激動の時代。ヴィクトルという公世子の言葉は正しいと思った。

 もし、地球と酷似した歴史を持つこの異世界が、地球と同じ道をたどれば、二年後には第一次世界大戦が勃発する……。

 目の前で跪き、私の言葉を求めるヴィクトルを放っておけない。


「分かりました。お役に立てるかは不安ですが、私で良ければ何でも訊いてください」


 私の返事を聞いたヴィクトルは、輝く笑みを浮かべて立ち上がった。


「ありがとうございます!」


 ヴィクトルの笑顔に見惚れてしまった。気付けば鼓動も速い。こんな感覚は久し振りで、ちょっと戸惑うけど気分は良かった。

 王子様に召喚されて異世界に来てしまうなんて異常な事態を、もうすでに受け入れてしまっている自分の図太さに少し呆れもしたけれど……。

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