廊下に出ると、むすっとした顔のマルセルさんが、白地のマントを着て立っていた。
胸のところに青で紋章が刺繍されている。
それに、腰の剣。あれどんな剣なのかなぁ。気になるけれど、抜いてほしい、なんて言えないしなぁ。
ロミーナさんはマルセルさんを見ると、膝を軽く曲げて会釈して言った。
「マルセル様、お待たせいたしました。では、ささら様のこと、よろしくお願いいたします」
「あぁ」
不服そうではあるものの、彼は頷き、私に背を向けて、
「行くぞ」
と、ぶっきらぼうに言い、スタスタと歩き出した。
「あ、はい」
私は急いでそのあとをついていく。
歩くのが早い、と思ったけれど、ちらっとこちらを振り返ったら歩く速さが少し遅くなる。
「町を見てどうするんだ」
階段を降りながら、マルセルさんは振り返りもせず言った。
「町の様子を知りたいからです。この国がどういう状況なのか、町を見て人をみたらわかるかな、と思って」
「なぜそんなことを知りたいんだ」
階段を降り切り、廊下をスタスタと歩いて行く。
「なぜって。私はこの国を買いました。だから私はこの国に対して責任を負います。この国、大変なことが起きているんですよね。だから私、何とかしたいんです」
この国は問題が山積みだ。
いなくなった国王。何度も販売される国。何人も新しい国王がやってきて財産を食いつぶして財政危機。そのせいか国を支える青い柱の力は失われつつあり、国中にほころびができていて消える人たちがいる。
全ての問題を解決なんて無理だから、まず、手の届く範囲からやっていきたいのよ。
そのためにはこの目でこの国の状況を確かめたい。
国中を周るのなんて難しいだろうから、首都を見て例のほころびのこととかを知りたいんだ。
私の言葉を聞いたマルセルさんは急に立ちどまると、くるっとこちらを振り返って言った。
「本気で言っているのか?」
私よりずっと背の高い人が低い声で疑いの目を向けてくるの、正直怖いんだけどな。
思わず私は半歩下がったものの、ぎゅっと手を握りしめて言った。
「ほ、本気です! だから町を直接見ていろいろ知りたいし、話を伺いたいんです」
自分でも驚くほどの声が出て、周りのざわめきが一瞬静まり返る。
けれどすぐにざわめきを取り戻していく。
マルセルさんはまっすぐに私を見つめていて、私も彼をじっと見つめる。
目をそらしたら負け。
そう思って私は耐える。
どれくらい睨み合っていただろうか。
マルセルさんがくるっと向きを変え、
「行くぞ」
と言い、歩き出す。
にらみ合いに私、勝った? いや、そういうわけじゃないか。
人々の視線を浴びながら私たちはお城から馬車に乗り、町へと向かった。
城は小高い山の中にあって、くねくねとした道を下っていく。
「すごい、馬車だ!」
馬車に乗るのが初めてな私は、客車の中で思わずはしゃいでしまう。
客車の中は思っていたよりも広くて、向かい合って座れるようになっていた。そして座面にも背面にも綿が入っていて座りやすくなっている。
それに、天井にはほわん、とした照明が浮いている。これ、魔法よね。すごいなぁ。
そして丸い窓から外が見えるようになっていた。
外に見える景色はずっと変わらない、木々ばかりだけど、私は感動しっぱなしだった。
「すごい、ずっと森が広がっているんですね!」
「……当たり前だろう。山の中だからな」
「そういえばそうですね。山の中って滅多に行かないからなんだか新鮮で。木々の葉が紅く染まっていて綺麗ですね」
そう私がはしゃいで言うと、マルセルさんは怪訝そうな顔になって首を傾げ、窓の外に視線を向ける。
「そんな風に思ったことないな。春は緑になって秋は紅くなり、冬は散る。ただそれだけだ」
「そうなんですけど、紅葉を楽しむ、ってないんですか?」
「紅葉を、楽しむ? 花を見て楽しむことはあるが、葉をみて楽しむなんてしないな」
あぁ、そうなんだ。その辺は文化の違いなんだろうな。
「私のいる国ではこの時期、紅葉を楽しむのが普通なので……国が違うと風習とか文化って違うんですねぇ」
今回の場合、国どころか世界も違うけど。
「そういうことだろうな」
ぶっきらぼうに言いながらも、マルセルさんは外から視線を離さない。
私も外へと目を向ける。
黄色や赤に染まった木々。あれは何の木なんだろう。
馬車は下り、徐々に木々が減って町が見えてくる。
町の入り口と思われる場所で馬車は止まり、扉が開かれ、マルセルさんが私の方を見て言った。
「ここからは歩きになる。疲れたら言え」
そして彼は、馬車を下りていく。
私も慌てて降りようとすると、御者のおじさんが手を差し出してくれた。
「お気を付けて、陛下」
にこにこと笑って言われ、私は驚いて彼を見た。
陛下、って呼ばれた。
「え……あ、えーと……はい、ありがとうございます」
言いながら頭を下げて私は、先を歩くマルセルさんの背中を追いかけた。