お城の食堂はすごく広くて無駄に長いテーブルがあると思っていた。
でもそれは偏ったイメージだったらしい。
案内された食堂は思ったよりも広くなかった。
たぶん十畳ちょっとくらいじゃないかなぁ。暖炉があって、風景画が飾られている。中央に六人くらいが座れるであろう長いテーブルがあって、上座と思われるところの椅子は赤いじゅうたんの豪勢な椅子だった。
その椅子の前にだけフォークやスプーンが置かれている。
ちょっと待て?
不安を抱いた私は、ここに案内してくれたロミーナさんに声をかけた。
「あの、もしかしてこれ、私、ひとりで食べるんですか?」
私の言葉にロミーナさんは不思議そうな顔で首を傾げた後、頷いて言った。
「はい、そうですよ?」
嘘でしょ? こんな広い部屋でひとりでご飯?
「ロミーナさんたちのご飯は……?」
「私たちが王と一緒に食事なんてとるなんてことありませんよ」
にっこりと笑って言われ、私は目を丸くする?
そうか……そうなのね。さすがに読んだ小説とか漫画に王様の食事シーンなんて少なかったしそんな意識なかったわよ。
やだな、ひとりで食事は。どうせ食べるならみんな一緒がいい。だって、寂しいから。
私はロミーナさんの腕をつかみ、驚いた表情になる彼女の顔をじっと見つめて言った。
「食事、一緒に食べてください!」
すると彼女は目を大きく見開いた後、きょろきょろと視線を泳がせて困ったような顔になる。
「も、もうしわけございません、あの……そのような申し出は初めてでして……少々お待ちくださいますか?」
ロミーナさんは軽く会釈した後、扉の向こうに消えていった。
きっと私が座ってから食事が運ばれてくるんだろうな。だからテーブルの上にはカトラリーやナプキンしか置かれていない。
窓があって、外を見てみると山が見えた。葉の色は黄色や赤に染まり秋を感じさせてくれる。
ひとり待っていると、扉が開いてロミーナさんがクローチェさんと共に入ってきた。そして険しい顔をしたクローチェさんは私の前に立つと、胸に手を当てて頭を下げた後、こちらをじっと見つめて言った。
「準備に時間がかかってしまい、お待たせして申し訳ございません。私共もともに食事をとってほしいとのことですが」
「はい、そうです。あの、ひとりでは寂しいのでできればいっしょに食べたいなって」
クローチェさんの険しい表情に圧倒され、私はおそるおそる言った。
なんだろう、私、なんかとんでもないことを言ってしまったのかな。
王に対する態度ってさすがにわかんないしなぁ。
「では、私と騎士のマルセルが共にお食事をとらせていただきます。よろしいですか?」
マルセルさんも? さっき別で食べるって言っていたけど大丈夫なのかな?
するとクローチェさんたちが入ってきた扉から、不満そうな顔をしたマルセルさんが現れた。
うわぁ……すごい顔しているなぁ。そんな睨まれると正直怖いんですけど。
彼に続いてワゴンを押したメイドが入ってきて、立ち止まり、こちらの様子をうかがってくる。
「ロミーナさんは……」
遠慮がちに尋ねると、彼女はにこやかに微笑み言った。
「私はメイドですから、さすがにご一緒できません」
それはそうか。メイドと王では身分差がありすぎるものね。
納得するしかない。そう思い、私は頷き、
「わかりました。ではよろしくお願いします」
と言い、頭を下げた。
私があの豪奢な椅子に腰かけると、向かって右側にクローチェさん、左手にマルセルさんが腰かける。
マルセルさんは鎧を着ていなくて、シャツにズボン、というラフな格好をしている。
剣は腰から下げているけれど、甲冑ってそんな脱いだり着たりするものなのかな。
私の前に運ばれてきた食事は、黒いパンにソーセージ、ブドウにスープだった。それに私には焼き魚がついている。
「この黒いパンはなんですか?」
「ライ麦パンですよ。以前は白いパンをご用意しておりましたが、今は財政が厳しく……」
そこでクローチェさんが目をそらしてしまう。
するとマルセルさんが憮然とした顔で言った。
「今までやってきた『国王』が食いつぶしたからな。これでも今日は豪華な方だ」
そう、なんだ。
ライ麦って本のタイトルでしか知らないけれどこんな色のパンができるんだ……
バターも用意されている。よかった。でもたぶん私が知っているものとは違うわよね。それにジャムっぽいものも用意されている。赤いけどこれ、イチゴジャムかなぁ。
「ささら様! 私が解説いたしますよ」
いつの間にか現れたロミーナさんが、マルセルさんのそばに立ち、こちらを見なはら言った。
「ライ麦のパンは一般的なものです。私たちもよく食べます。小麦で作られたパンもあるのですが、今小麦の生産がちょっと追いつかなくって、ライ麦になっていますね。バターと、そちらの赤いものはイチゴジャムになります。ソーセージは狩りの副産物だったり、家畜の肉だったりします。一般的な保存食ですね。生ハムも人気です。それにブドウは今、収穫期なんですよ。ワインの材料にもなりますね。あ、飲み物もワインですよ」
言われて私はグラスを見た。
白ワイン……かな? 水かと思い込んでいたけど微妙に色がついている。
そうか……水って貴重品だったりするから中世ではワインやビール、ミルクが水の変わりだったりしたんだっけ。ここ、中世じゃないけど。
「昼間からワインを飲むんですか?」
わかってはいても衝撃は抑えられないので尋ねると、全員の視線がこちらに向いた。
三人の視線から私がそうとうおかしなことを言っていることに気が付く。
「そんなの普通ですよ」
「ワインを飲むのに昼とか関係ないだろう」
「あちらの世界ではそうではない、のですね」
クローチェさんの問に私は首を傾げて苦笑した。正直国による、としか言えないけれど……少なくとも日本では昼からお酒飲むのは一般的ではない、はず。
「そう、ですねぇ……私の国では昼間からお酒を飲むのは一般的ではないですね。お水やお茶でしょうか……」
「貴方の国では水が安全に飲める、ということですね。我が国では水はそこまで希少ではないですが、国によっては水よりもワインやエールが水分補給に使われていることも多いですよ」
そうなんだ……私のもつ常識とこの国の常識、かなり違うんだなぁ。
「そう、なんですね」
ならこの国の習慣に合わせないとなぁ。
うぅ、学ぶことが多いな。
「ではえーと、いただきます」
と言い頭を下げると、クローチェさんとマルセルさんは胸の前で手を組み、祈りをささげた後、パンを手にした。