クローチェさんに連れられて私は城にある一番高い、という塔にいた。
魔法の装置で一階から一気に塔の頂上まで行けるんだけど、壁がない直径一メートル弱の板の上に乗ってあがっていくのはめちゃくちゃ怖かった。
塔の上には兵士と思われる人たちがいて、見張りをしているらしかった。
彼らは私たちの姿を見るなり、ざわざわとなりこちらを見つめた。
「クローチェ様、その方は……」
彼ら私のもつネックレスを見つめ、驚いた様子でクローチェさんに尋ねた。
「えぇ、新しい『王』です。失礼のないように」
「ささらといいます、よろしくお願いします!」
私がそう挨拶すると、兵士たちは目を見開き顔を見合わせてから、びしっと、背筋を伸ばし胸に拳を当てた。
まあ戸惑いますよね、そうだよね。
あからさまな敵意よりはずっといいけど、先行きは不安しかない。
私はクローチェさんの後をついて塔の見晴らし台の先に立った。
風が吹く。
肌を撫でるような、心地いい風が。
私は眼下に広がる光景を見て、思わず声を漏らした。
「うわぁ……」
オレンジ色の屋根の家がたくさん建っていて、それを取り囲むように壁があり塔がいくつか建っている。
そしてその向こうには青い海が見えた。
すごい。本物の城塞都市だ。
町を見るのは二回目なのに、最初見た時とは違う感動がある。
「すごい……」
私は、柵に手をかけ、身を乗り出すように町と、その向こうに見える海を見つめた。
空に鳥が飛び、あの青いドラゴンが飛んでいるのが見える。
かなり小さく見えるから、ドラゴンはそうとう高いところを飛んでいるんだろう。
私、本当に異世界にいるんだ。
そして、私はこの国の王として、ここを統治する……
そう思うと身体がぶるり、と震えた。
「ささら様、あちらに見えますのが首都ルミナス。その向こうに見える海がルーチェ海です」
海の方をよく見ると、船が出ているみたいだった。
「首都の人口は約二万人。全体で約六万人ほどの小さな国です」
確かに国としては少ない人口だ。でも確かに人々が生きていて、生活しているんだ。
私、本当に来たんだ、ファンタジーの世界に。
今、知りたいことがたくさんある。
私、この国のこと、小田切さんから殆ど聞かなかった。
エルフやドワーフもいるって広告には載っていたけれど。他にも国とか人、いるのかな。
私はクローチェさんの方を見て言った。
「他にも国があるんですか?」
「はい、ここは大きな大陸の一部になります。山と深い森に囲まれており、そこにはエルフやドワーフが住んでおりますので侵攻されることは滅多にありません」
侵攻、という言葉に私は思わず息をのんだ。
そうか、戦争ってあるよね。
ゲームでも国の領土を広げていく話あるし、攻めいれられて、国を追われて奪還する有名な小説とかあるもんね。
日本じゃあ戦争なんてどこか遠くの出来事だから、実感がわかないけれど。
「この国以外では戦争って頻繁に起きているんですか?」
おそるおそる尋ねると、クローチェさんは頷く。
「えぇ。情報収集は常に行っておりますが、小さないざこざは日常茶飯事ですし、何年か前には大きな戦争があって国がなくなったようです」
なくなった国……って、国民がいなくなったわけじゃない、よね?
やめよう、考えるとなんだか悲しくなってしまうから。
「そう、なんですね」
そう言うのが精いっぱいで、私はぎゅっと、柵を掴んで視線を巡らせた。すると、城内に青い柱があるのを見つけた。
なんだろう、あれ。
高さは二階建ての建物くらい……五メートルほどだろうか。幅はその半分以下、二メートルはない、かな。
その柱は淡い光を放っていて、そこの前には警備と思われる兵士の姿が見える。
その中にマルセルという騎士がいるのに気が付いた。彼は柱をじっと、見つめているみたいだった。
「あの青い柱はなんですか?」
「あれは国を支える柱です。今、淡い光になっているでしょう。本来はもっと強い光を放つものです。あの柱が力を失うと国が崩壊する、と言われています。そのせいか、国のいたるところにほころびが現れております。なのでそこに吸い込まれないよう、お気をつけてください」
えーと……ざっと話を聞いただけですけどこの国、問題多すぎません?
今までやってきた王のせいで財政がやばい、国王は二年行方不明、国を支える柱は崩壊寸前ってことよね?
小田切さん、告知すべき内容、たくさんありませんか?
私は頭の中で苦情を申し立てつつ、クローチェさんに尋ねた。
「あ、あの、そのほころびに吸い込まれるとどうなるんですか?」
私の問に、クローチェさんは静かに言った。
「吸い込まれた者は二度と戻ってきませんので、どうなったのかはわかりません。つまりはそういうことです」
それって消えた、ってことよね?
死んだのか、それとも……
やだむり怖すぎる。
「柱が力を取り戻すにはどうしたら……」
「国民の信頼を得ることですよ、ささら様」
そう言ったのは、メイドのロミーナさんだった。
彼女は笑顔で、
「時間はかかるかもしれませんが、今までの王みたいに欲望に走らなければ、ですけど」
と言った。
欲望に走るって私には全然そんなつもりはない。
「そ、そんな発想全然ないから!」
私は首をぶんぶん、と横に振る。
欲望ってなんだろう、金銭欲? 食欲? だめだ、想像がつかない。
ロミーナさんは小さく首を傾げ、不思議なものを見る様な目で私を見つめた。
「そうなんですか? 地位は人を変えるものです。今までの王も普通の人たちだったのかもしれませんが、日が経つにつれ変わっていき散財して、いつの間にか消えていきましたから」
う……確かにそうかも……何かで聞いた監獄実験の話みたいに、強い権力を与えられたらそのように行動をとり、弱い者に対して強権的な態度をとるようになるのかも。
私がそうならない、とは言い切れない。
だって私は二十五歳の会社員だもの。王と呼ばれたことなんて一度もないし、権力を手にした事なんて一度もないからだ。
地位は人を変える、ということに実感がわかないけれど、そうならないようにしたい。ちょっと自信はないけど。
私は目を伏せたあと、首を横に振ってまっすぐにロミーナさんを見つめた。
「そう、だけど……そうならないように私、がんばります」
「そうですね。でないと、たぶん、この国は崩壊しますから」
さらり、と怖いことをクローチェさんに言われ、私の背筋に冷たい汗が流れた気がした。