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第6話 首都ルミナス

 クローチェさんに連れられて私は城にある一番高い、という塔にいた。

 魔法の装置で一階から一気に塔の頂上まで行けるんだけど、壁がない直径一メートル弱の板の上に乗ってあがっていくのはめちゃくちゃ怖かった。

 塔の上には兵士と思われる人たちがいて、見張りをしているらしかった。

 彼らは私たちの姿を見るなり、ざわざわとなりこちらを見つめた。


「クローチェ様、その方は……」


 彼ら私のもつネックレスを見つめ、驚いた様子でクローチェさんに尋ねた。


「えぇ、新しい『王』です。失礼のないように」


「ささらといいます、よろしくお願いします!」


 私がそう挨拶すると、兵士たちは目を見開き顔を見合わせてから、びしっと、背筋を伸ばし胸に拳を当てた。

 まあ戸惑いますよね、そうだよね。

 あからさまな敵意よりはずっといいけど、先行きは不安しかない。

 私はクローチェさんの後をついて塔の見晴らし台の先に立った。

 風が吹く。

 肌を撫でるような、心地いい風が。

 私は眼下に広がる光景を見て、思わず声を漏らした。


「うわぁ……」


 オレンジ色の屋根の家がたくさん建っていて、それを取り囲むように壁があり塔がいくつか建っている。

 そしてその向こうには青い海が見えた。

 すごい。本物の城塞都市だ。

 町を見るのは二回目なのに、最初見た時とは違う感動がある。


「すごい……」


 私は、柵に手をかけ、身を乗り出すように町と、その向こうに見える海を見つめた。

 空に鳥が飛び、あの青いドラゴンが飛んでいるのが見える。

 かなり小さく見えるから、ドラゴンはそうとう高いところを飛んでいるんだろう。

 私、本当に異世界にいるんだ。

 そして、私はこの国の王として、ここを統治する……

 そう思うと身体がぶるり、と震えた。


「ささら様、あちらに見えますのが首都ルミナス。その向こうに見える海がルーチェ海です」


 海の方をよく見ると、船が出ているみたいだった。


「首都の人口は約二万人。全体で約六万人ほどの小さな国です」


 確かに国としては少ない人口だ。でも確かに人々が生きていて、生活しているんだ。

 私、本当に来たんだ、ファンタジーの世界に。

 今、知りたいことがたくさんある。

 私、この国のこと、小田切さんから殆ど聞かなかった。

 エルフやドワーフもいるって広告には載っていたけれど。他にも国とか人、いるのかな。

 私はクローチェさんの方を見て言った。


「他にも国があるんですか?」


「はい、ここは大きな大陸の一部になります。山と深い森に囲まれており、そこにはエルフやドワーフが住んでおりますので侵攻されることは滅多にありません」


 侵攻、という言葉に私は思わず息をのんだ。

 そうか、戦争ってあるよね。

 ゲームでも国の領土を広げていく話あるし、攻めいれられて、国を追われて奪還する有名な小説とかあるもんね。

 日本じゃあ戦争なんてどこか遠くの出来事だから、実感がわかないけれど。


「この国以外では戦争って頻繁に起きているんですか?」


 おそるおそる尋ねると、クローチェさんは頷く。


「えぇ。情報収集は常に行っておりますが、小さないざこざは日常茶飯事ですし、何年か前には大きな戦争があって国がなくなったようです」


 なくなった国……って、国民がいなくなったわけじゃない、よね?

 やめよう、考えるとなんだか悲しくなってしまうから。


「そう、なんですね」


 そう言うのが精いっぱいで、私はぎゅっと、柵を掴んで視線を巡らせた。すると、城内に青い柱があるのを見つけた。

 なんだろう、あれ。

 高さは二階建ての建物くらい……五メートルほどだろうか。幅はその半分以下、二メートルはない、かな。

 その柱は淡い光を放っていて、そこの前には警備と思われる兵士の姿が見える。

 その中にマルセルという騎士がいるのに気が付いた。彼は柱をじっと、見つめているみたいだった。


「あの青い柱はなんですか?」


「あれは国を支える柱です。今、淡い光になっているでしょう。本来はもっと強い光を放つものです。あの柱が力を失うと国が崩壊する、と言われています。そのせいか、国のいたるところにほころびが現れております。なのでそこに吸い込まれないよう、お気をつけてください」


 えーと……ざっと話を聞いただけですけどこの国、問題多すぎません?

 今までやってきた王のせいで財政がやばい、国王は二年行方不明、国を支える柱は崩壊寸前ってことよね?

 小田切さん、告知すべき内容、たくさんありませんか?

 私は頭の中で苦情を申し立てつつ、クローチェさんに尋ねた。


「あ、あの、そのほころびに吸い込まれるとどうなるんですか?」


 私の問に、クローチェさんは静かに言った。


「吸い込まれた者は二度と戻ってきませんので、どうなったのかはわかりません。つまりはそういうことです」


 それって消えた、ってことよね?

 死んだのか、それとも……

 やだむり怖すぎる。


「柱が力を取り戻すにはどうしたら……」


「国民の信頼を得ることですよ、ささら様」


 そう言ったのは、メイドのロミーナさんだった。

 彼女は笑顔で、


「時間はかかるかもしれませんが、今までの王みたいに欲望に走らなければ、ですけど」


 と言った。

 欲望に走るって私には全然そんなつもりはない。


「そ、そんな発想全然ないから!」


 私は首をぶんぶん、と横に振る。

 欲望ってなんだろう、金銭欲? 食欲? だめだ、想像がつかない。

 ロミーナさんは小さく首を傾げ、不思議なものを見る様な目で私を見つめた。


「そうなんですか? 地位は人を変えるものです。今までの王も普通の人たちだったのかもしれませんが、日が経つにつれ変わっていき散財して、いつの間にか消えていきましたから」


 う……確かにそうかも……何かで聞いた監獄実験の話みたいに、強い権力を与えられたらそのように行動をとり、弱い者に対して強権的な態度をとるようになるのかも。

 私がそうならない、とは言い切れない。

 だって私は二十五歳の会社員だもの。王と呼ばれたことなんて一度もないし、権力を手にした事なんて一度もないからだ。

 地位は人を変える、ということに実感がわかないけれど、そうならないようにしたい。ちょっと自信はないけど。

 私は目を伏せたあと、首を横に振ってまっすぐにロミーナさんを見つめた。


「そう、だけど……そうならないように私、がんばります」


「そうですね。でないと、たぶん、この国は崩壊しますから」


 さらり、と怖いことをクローチェさんに言われ、私の背筋に冷たい汗が流れた気がした。

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