大切なものを失う瞬間なんてあっけなく訪れるものだ。
半年前、両親が相次いで死んだ。
二十五歳で私、木鋤ささらは天涯孤独の身になってしまった。
お母さんは病気で、お父さんは事故で。
両親共に保険に入っていて、保険金でまあまあなお金をもらったけれど、心に受けた打撃は言葉にできないものだった。
人が死ぬのって本当にあっけないなあ。
まさかこの年でひとりぼっちになるなんて思わなかった。
そして今、私は別の問題に直面している。
「あーあ……家、どうしようかなぁ……」
そう呟き、私はスマホ片手にソファーに寝転がった。
両親と過ごしたこの家を、私は売らなくちゃいけないことになっていた。
新しい道路を通すことが決まり、この家や周辺の家々を取り壊さなければならないらしい。両親が生きている間に、行政と合意していたそうだ。売却の手続きをする、という段階に入ったのに相次いで親が死んでしまい、私がその手続きをすることになった。
お母さんが病気になって私が実家に戻って来たときにそのことを聞いてはいたけど、相次いで両親が死んだ結果そんな話はすっかり忘れていて、売買契約の話が来て初めてそのことを思い出した次第だ。
家の中の物を片付けないとだし、引越し先も見つけないといけないので売買契約は少し待ってもらっている。
行政側もそこまで急いでいる状況ではないらしいけど、早く立ち退かないといけないのは変わらないので、住む場所に悩んでいた。
保険金と家の売却金の事を考えるとけっこうな金額があるわけだけど、私はまだ二十五歳だ。一軒家を買う勇気はないしなぁ……それに将来のことを考えると、さすがに一軒家を買うのは躊躇するのよね。
あーあ、冒険者みたいに家を持たず、宿に泊まってご飯は用意してもらって、っていう生活できないかなぁ。
できるわけないけど。
家は大事だしな……会社までの距離を考えないとだし……あー、魔法で転移とかできたら楽なのに。
でもこの世界に魔法は存在しないのよね。残念ながら。
魔法があれば駅までの距離とか混雑とか考えずに済むのに。
で、家事は妖精とかゴーレムとかにやらせて、とかできないかなぁ。
そう思ってまたため息をついてしまう。
両親が死んだ、広い一軒家。お帰りを言う相手もいない家でひとり、私は何を妄想しているのか。
「集めた本もたくさんあるから、小さいアパートってわけにもいかないしなぁ」
両親が遺したものや私の本が、六畳一間を本棚で潰すくらいある。
両親が集めた「指輪物語」や「エルリックサーガ」などのファンタジー小説がたくさんあって、私の蔵書も足されて何百冊、という小説が図書室をうめていた。
この本を全部所蔵できる家ってなると、一軒家のほうが都合はいい。
だけどなぁ……二十五歳で一軒家は冒険しすぎよね。
そう思って再びため息をついて住宅情報サイトを見ていると、ポップアップの広告が出た。
『魔法王国フィアルクート販売中』
……魔法王国?
え、どういうこと……?
不思議に思いつつ私はその広告をタップする。
すると新しくページが開き、「魔法王国フィアルクート」の説明がつらつらと書かれていた。
『溢れる大自然、便利な魔法! ゴーレムたちが家事をこなす夢の魔法王国を、期間限定価格にて販売!』
いや、何これ。
魔法王国が販売ってどういうこと?
いや、そういう小説あるけれど、なにこれ?
あっちはたしかクリスマスのカタログに載ってたのよね。
そして価格は何ドルだったっけ……結構な額だったはず。
でもこれはウェブ広告。今どきすぎない?
いや、今どきだからいいのか。なんていう、どうでもいいことを考えてしまう。
何これ、お値段安すぎない?
三千万円で国が買えるの? この金額ならここの売却費用でお釣りが余裕でくるんだけど?
人口六万人。首相や大臣、貴族に騎士がいるので治安や政治は安心。
ゴーレムたちが家事をこなしてくれる、夢の国。
森と海の国、フィアルクートが貴方を待っている!
なんていう謳い文句に心が揺れた。
嘘でしょ? なにこれほんとなの?
私の疑いを払しょくするかのように、お城の写真や町の写真、港の写真が載ってるし、ゴーレムが洗濯物を干している写真にエルフやドワーフの写真もある。
何これAI生成? 嘘でしょ、こんなの。
「ないないそんなことあるわけない」
そう思いページを閉じようとして、手が止まる。
でも。
もしこれが本物だったら?
私が今まで読んできたファンタジー小説の国が、ほんとうにあったら?
魔法もドワーフも、ゴーレムも実在するとしたら?
その思いが私の中でどんどん膨らんでいく。
私はもう一度サイトを見直す。
不動産屋の連絡先も記載があり、メールはこちら、とも書いてある。
アール不動産……珍しい名前ではないと思うけど聞いたことないなあ。
大丈夫なのかなこれ。不安と期待が私の中でひしめき合う。
魔法王国で君も憧れのファンタジーライフ!
ドラゴンが住む夢の王国へいざ!
なんて書かれていたら無視なんてできるわけがない。
だって、子供の頃から読んでいた本の世界に行けるかもしれないのよね?
でもどうしよう……本当にこんなことあるかな?
騙されたらどうする?
いや話を聞くだけならタダだ。
そう思い、私は「問い合わせはこちら」というボタンをタップした。