金縛りがなくなると、私は暗い場所に居た。
ぴちょん、と遠くで音がしてジメジメと何とも言えない異臭がする。
どうやら洞窟に転生させられたらしい。
「はぁ、あのくそ女神様覚えてろよ……」
私は先程出会ったばかりの女神に憤りのない怒りを覚えていた。
無理もない。誰だっていきなり知らん人に「死んだから転生ね」なんて言われたら嫌がるに決まっている。
「──ニヤァ」
近くで鳴き声が聞こえた。
暗い所に来たばかりで夜目は効いてないが、たぶん猫だ。
女神に対する怒りを少しでも鎮火させ、少しでも癒されたい。
すぐに声がした方角へスキップをし、歌いながら向かう。
「猫ちゃん、猫ちゃん、にゃんにゃん──ニ゛ャン!?」
夜目が効かなくても分かる。
それは猫と言って良いのだろうか。
ネコ科のライオンを見て、猫と言ってしまうのがおかしいと思えるくらい。
大きくて黒い毛むくじゃら、それでいて今にでも私を食べたそうに口からはダラダラとヨダレが垂れていた。
オレンジ色に光る瞳は、まるで自転車の反射板のよう。
「やばい、まずい!? 私、不味いよ! 美味しくない! 分かる!? ノット、デリシャスッ!!! マジ、マズイ!!!」
初めて見る異世界の魔物? らしきものに私は驚いて腰を抜かしてしまった。
言語が通じるか分からないが、今の私は言葉で命乞いをするしか出来ない。
最後の頼みの綱である命乞いですらマトモなことを言えていない。
そんな私の行動に余計に腹が立ったのか勢いを増して突っ込んでくる。
回転はしていないが、まるであの黒いボックスカーを彷彿とさせた。
何も出来ない私は現実を受け入れたくなくて目を瞑った。
だが、待てど暮らせど魔物は襲ってこない。
恐る恐る目を開けると魔物が居た場所には何も存在していなかった。
「消え……た?」
幻?
でも確かにここに猫の魔物が居たであろう抜け毛が地面に落ちている。
それと同時に夜目が効き始めていた。
現代っ子……子と言っていいのか分からないがあまり夜目は効かないはずなのに今では洞窟の隅々まで電気が着いているかの如く、よく見える。
「何だったんだろう。まぁいいや」
私はさっきのことは幻でも見ていたのだと思い、まずは洞窟を脱出することに専念した。
この洞窟はまるで入り組んだ迷路のようだった。
だけど今日の私は冴えている。
適当に進んで一度も迷うことなく外に出れた。
でもね、外も暗いんよね。
「だけどまぁ、洞窟の何とも言えない異臭がするよりはマシ、か」
洞窟に居たせいでよく分からない獣臭らしきものが染み付いてしまった。
贅沢を言わないからシャワーだけでも浴びたい。
夜道をトコトコと寂しく歩く。
どうしてあのくそ女神様は洞窟なんかで転生させたのだろうか、まさか最後まで抵抗してた私に対する嫌がらせ!?
次会った時は髪の毛引っ張ってやるんだから!
などと考え、何も無い人が作ったのだろう草の生えていない乾いた土が見える道を歩いていると、ザーザーと言う音が聞こえ、近づいてみると川を見つけた。
郊外で見るものとは違い、上には上流が見え、そこからは滝が流れている。
流れた先に辿り着いた水は月夜に照らされ幻想的と言う言葉が似合う。
よくある滝百選とかで選ばれたりしそうな風景だった。
「うわぁ、綺麗……あのくそ女神様の心もここで洗ったら綺麗になるんじゃなかろうか」
川を睨み、そう呟く。
暫くはあのくそ女神様のことは頭から離れられそうにない。
毛むくじゃらの猫みたいにまた変なのが近くに居ないか辺りキョロキョロと見渡し確認する。
でも鳥や人影すらも見当たらない。
「大丈夫、かな?」
私は自分に染み付いた臭いを洗うために川へとダイブする。
泳ぎは得意ではないが、人並みに出来ていた。
でもここは異世界、私は足が吊った訳でもないのに泳げず、両手両足をバタつかせる形になる。
幸いにも川は膝丈くらいしかなかったらしく、溺れることもなく気付いたら立ち上がっていた。
誰かに見られていたら凄く恥ずかしかった。
「ふぁ~危なっ。死ぬかと思った」
でもお陰で臭いは……取れてない。
左腕を鼻に近付けスンスン噛んでみたが何とも言えない独特な臭いがまだ残っている。
「そこに居るのは誰だ!?」
後ろから男の声がした。
私は反射でビクッと身体を震わせる。
この場合なんて返したらいいのだろうか。
もし、ここの川の所有者だったりしたら私は無断で川を利用したことになり、それだけならまだしも川を汚染しちゃったりなんだったりして生態系に変化を与えちゃったりして……。
謝るために恐る恐る後ろを振り返る。
「獣人!?」
私と顔を合わせるなり男は酷く驚いている。
彼は中学生か高校生くらいの見た目をしていて、剣道で使う防具のようにガチガチに武装をしていた。
流石に頭に被るのは付けていないが、左の腰には竹刀ではなく、レイピアが携われていた。
頭に防具を付けていないお陰でイギリスかフランスに居そうな端正な顔立ちがよく見える。
髪はチリチリの金髪、瞳の色は青空のように済んだ水色。
「獣人? 私のどこを見てそんな──ええぇぇえええ!?」
川で自分の顔を初めて確認してみた。
気を利かせたのか、転生したくないと駄々を捏ねていたからか、私の姿は中学生の頃の姿だった。
それだけならまだ良かったのだが、私の頭の上には見たことのない猫耳が生えていたのだ。