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パーソナル・シャドー
谷樹理
SF空想科学
2024年09月09日
公開日
60,002文字
完結
西暦2096年。東京で実験的に仕様されるようになったプラットホーム・デバイスである、”影(パーソナル・シヤドー)”だが、悪用する者が多く、しかも警察庁には専門の管轄がないということで、凶悪犯罪でも取り締まりが徹底されない事態が生じていた。
 街道因子は事実上、その警察権を得た組織だ。
 格隊隊長といっても、部下がいるわけでは無い。影を使うので、そういう公称になっているだけだ。
 悠季(ゆうき)深咲は、腐敗し極道やマフィア、テロリストまで手なずけている街道因子を狩る、NPO法人、フリー・エージェンシー、略してF・Eのメンバーだった。

第1話

 帰宅ラッシュの夕刻、街頭が一斉に灯り、人々の影を伸ばす。

 突然、車が向かってくるところに跳び込んだ少年のせいで、車道は二台ほどが衝突事故を起こし、四台が歩道に突入、大混乱を引き起こした。

 クラクションに悲鳴、それでも走り続ける少年。どこからとも無く、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響きだした。

 だが惨事を起こした少年は、警察が到着したときにはすでに姿をけしていた。

 街灯の下、荒い息をしつつ、深咲みさは舌打ちした。

 赤いジャージにスパッツの上からアシンメトリーのミニスカートを穿いた少女は、超然とした態度と表情の中で、悔しさを怒りに変えていた。

 大体、自分が襲われたからといって、こんなにも他人を巻き込むなど、言語道断だ。

「……何考えてるやら。違ったのかな?」

 小さく独白する。

 この小柄でボブカットの少女に気づいた者は、誰もいなかった。

 ようやく見つけたと思ったのだ。

 街道因子かいどういんし、十隊のうち極秘隊長である十一番目の隊長を。

 十七歳の深咲が言うのも何だが、相手は子供だった。

 いや、子供と言うより、子供っぽいという感じか。

 華奢な身体にパーカーを着て、サルエルパンツ姿の相手は小柄で柔和そうな表情をしていた。同い年の十七歳のはずである。

 名前は、布留騨里ふる たんり

 街道因子の記録には乗ってはいないが、悪名高い暗殺集団の正式メンバーよりも、多く人を殺しているはずである。

 西暦2096年。東京で実験的に仕様されるようになったプラットホーム・デバイスである、”パーソナル・シヤドー”だが、悪用する者が多く、しかも警察庁には専門の管轄がないということで、凶悪犯罪でも取り締まりが徹底されない事態が生じていた。

 街道因子は事実上、その警察権を得た組織だ。

 格隊隊長といっても、部下がいるわけでは無い。影を使うので、そういう公称になっているだけだ。

 どれだけ警察庁が権利を渡すのに渋ったか、どれほど街道因子が警察庁に利権を与えたか等はまだわかっていない。

 悠季ゆうき深咲は、腐敗し極道やマフィア、テロリストまで手なずけている街道因子を狩る、NPO法人、フリー・エージェンシー、略してF・Eのメンバーだった。

 彼女は、騨里が青山に現れると聞いてこの一ヶ月内偵を続けていたのだ。

 少なくとも、相手の人相は確認した。

 今回はそれでよしとすべきだろう。

 深咲は気持ちを切り替えて、JR駅に向かった。

 相変わらず、煩雑としたこの街は若者の雑踏にまみれている。

 その中に本物の人間を見つけることはできなかった。全ての人がイマジロイドという、電脳を埋め込んだ、改造クローン達だ。

「あーいたー!! ミサー、やっほー!!」

 駅前の路面案内図のところから、名前を呼ばれる。

 生真面目だがどこか遊び心のある満面の笑みで、帽子を被り、白いブラウスに濃いカーキ色のストラップスカートを穿いた、同い年の少女である。

 ぶんぶんと手を振りつつ、深咲のところに小走りでやってきた。

 正直、深咲は相手の維璃緒いりおが得意ではい。

 だが、気兼ねなく話しかけてくる沙里緒を無下にするほど、深咲は冷たくハ無かった。

「どーだったどーだった? 探していた奴見つけたとか言ってたけど」

 彼女もF・Eのメンバーである。     

「まぁ、鬼畜だわ、あれ」

 やれやれといった風に、騨里を一言であらわした。

「おおぅ、じゃあ接触したんだね。やるじゃないか、さすが我らがエース!」

 良いところだけを沙里緒は受け取った。

「逃がしたがな」

 自嘲気味に言って、深咲は乾燥させた香料の紙巻きを咥える。 

 その時、周囲の所々から声が上がった。

 困惑と悲鳴。

 人々ともに、二人が視線をやると伸びた影が足下から崩れ落ちるようにゆっくりと消えて行っていた。

「なんだ、これ……!?」

 青年の被害者である一人が、叫ぶ。

 さらに良く見ると、影が消えたところと同じ部分の肉体が見えなくなっていた。

 深咲と維璃緒は顔を見合わせた。

 確実に何かからの影の影響だ。

 考えられる相手は一人。

 すでにどこかに逃げてしまった騨里しかいない。

 舌打ちする深咲。紙巻きを咥えつつ、髪を鬱陶しそうに首裏を掻く。

「ったく、紙巻きが不味いぜ」

「ちょっと、ミサ、それ……」

 喋ろうとする維璃緒を抑えて、深咲は口を開いた。

「……いいか、イリオ。これからおまえは、誰にも責められない人を殺せる影を一つ持つことになる。だが、できるだけやめろ。その代わり、街道因子はつぶしてくれ」

「ミサ、ミサ、身体が……」

 喋る深咲は、足下から砂が崩れるように姿が消えだしていた。

 維璃緒は半泣きで、彼女の両肩に手を置く。

「あたしは、イリオの影になるよ。安心して」

「影なんて、ただの疑似人格じゃない、やだよそんなの!」

「泣くなよ。もう、遅いんだ」

 深咲は優しくなだめるような口調になり、語り出す。

「これからは、イリオを護ってやるからな。ずっと一緒だ。泣くな、イリオ。これもあたし達の仕事の一部だ」

 崩壊は胸のところまで来ていた。

「イリオ、騨里を追え。あいつが一番、危ない。ヘタしたらそこらの街道因子や、連続殺人犯よりもタチが悪い……」

 そこまで言うと、深咲の身体は全て崩壊した。

 代わりに、維里緒の影に僅かな質量が加わった。

「ミサーーーーー!!!」

 維璃緒は、目に涙を浮かべてしゃがみ込み、アスファルトに映った自分の影をさすった。




 騨里はようやく人気の無い道に入り、違法駐車してあったモンキーにノーヘルでまたがった。

 完全にハメられた。

 相手は暗号通信を解読して、二番隊の隊長である野亜燈華のあ とうかの名前を使い、彼を呼び出したのだ。

 燈華は今、街道因子としてある調査をしている最中だった。

 ただ、彼女がらみの連絡が以降ないということは、完全にダシに使われただけで本人は無事ということだろう。

 国道を走りつつ考え、騨里は足立区にある自宅のマンションにもどった。

 オートロック式で三十階建てのマンションだ。騨里の家は最上階の308号室である。

 エレベーターで昇り、ドアを開けると、人のいる気配がした。

 一つしか映っていなかった影が、スライドするかのように騨里の足下にもう一つ現れる。

『いよぅ、また呼び出してくれたな。随分忙しいじゃねぇかよ』

 薄笑いを浮かべた表情が頭の中に浮かぶ。

『黙れ。ちょっと、室内見てこい』

 騨里は、影に向かって声にださず、命令した。

『やれやれだな、人使いが荒い』

 影はそう言って、ゆっくりと玄関からドアを閉めてあるリビングまで伸びて行った。

 すぐに収縮して戻ってくると、無言で一つの影が消えた。

 何か言ってからにして欲しいものだ。

 とにかく、異常はないらしい。

 騨里はリビングのドアを開けた。

 空中に映像を映し出す浮遊ディスプレイで、ソファにもたれながら乙女ゲームをしている少女がそこにいた。

 おかっぱを散切りのウルフカットに仕掛けた髪で丸顔童顔、上はキャミソールに下はパンツの細い身体の露出に全く気にしてないようだ。

 脇に脱いだ服と三分の一無くなったウォッカの瓶がおいてあった。 

 十七歳の燈華である。

 騨里の表情は濁った。

 視線は、ウォッカの瓶に向けられてから、燈華の表情を伺う。

 目に力が無く、皮膚はほのかに紅みがかって、確実に酔っ払っている顔だ。

 これは、逃げた方が良い。

 騨里はそう決心して、後ろ手にノブを回して、一歩廊下に足を伸ばした。

「ああ、どこ行くつもりかなー? あたしの酒に付き合えないってのかい? 据え膳を食わない気かい?」

 酔った目で睨むようにして騨里に向け、八重歯を覗かせた薄笑いを浮かべる。

「好きに遊んでろ。俺は、しばらくここには帰らない」

「なーんでだよー? いーじゃんいーじゃん、ほらぁ、ゲームしようよぉー!」

 一瞬にして態度を変えて、今度は駄々を出してくる。

 めんどせぇ。

 騨里はため息を吹くように吐く。

「で、なんでおまえはウチの場所を知ってる上に、鍵まで開けて入ってんだよ」

「あんたが、ウチの隊のサポート役でもあるの忘れた? 個人情報なんて、いくらプロテクトした壁を張っても、簡単に破ってその頭に入っていけるんだよ?」

 燈華は顎を僅かに浮かせて、鼻で笑う。

「サポート? おまえの事件検挙率が低いから、俺のところに回ってくるだけだろうが」

「お勤め、ご苦労さんです」

「うるせぇよ。で、調査とか言う奴はどうなったんだ?」

 諦めて、騨里はソファのウォッカを一口ラッパで飲み込む。

 喉が焼けて、熱い息が漏れる。

「飽きるわ、あんなもん。なんであたしがあんな事務仕事しなきゃならないんだよ。秘書か事務課の仕事だよ、あれは!」

「具体的には?」

「東京の有力者の所得調査と、実地調査。ついでに、街道因子のも」

 それで、自分の家が燈華にばれたのか。

 しかし、やる気が出ないとか言う理由にしては、刺激が強すぎるではないか。

 有力者には、政治家からマフィアまで入っているだろう、恐らくは。

 そんなデータを一人に持たせるとは、街道因子総長の意図がわかりかねた。

 急に燈華の目から大粒の涙があふれ出す。

「どうしよう、騨里……こんなの知ってるってバレたら、あたし東京にいられないどころじゃないよー。殺されちゃうよー……」

『おい、出番じゃねぇか。ほら、遠慮することないぞ』

『うっさい、逆におまえの出番じゃねぇよ』

 騨里の影の名前は、ジョーカ。影制作の老舗であるイプロ社の特注品だ。

 モデルは、五十年前に実在した大量殺人鬼である。

 それにしても総長は燈華をスケープ・ゴートにするつもりか。

 自分の家に隠れているとしたなら、納得はいく。やけ酒も。

 彼女の言うとおり、そんな裏帳簿のような物をもっていたなら、相手が黙っているはずはないのだ。

 二人の知らないところで、何かが動いているとしか考えられない。

 燈華をダシにされたことと、関係があるのか?

 今まで表舞台にでたことがない騨里までが、E・Fに狙われていた。

 街道因子の総長は、そこいらのマフィアなど足下にも及ばない程に冷酷に部下を使う。

 部下が利用できるなら、その骨から親戚の孫まで利用しつくすだろう。

「それ、面白いから、データ全部俺に渡しなよ」

 騨里には、一つ考えがあった。

「でも、そしたら騨里が……」

「任せな。良い考えがある」

 燈華は、電脳網のチャンネルを騨里のものとリンクさせて、全データを送った。

 想像以上に膨大なものだ。

「よし、これで重荷は無くなった。いやぁ軽い軽い」

 一転して、燈華が三白眼を横目にし騨里にやり、ソファに投げ捨てられたコントローラーを手にする。

 テレビで、数年前から迷宮入りした目黒区の一家惨殺事件に手がかりがあったと、緊急速報でながれていた。

「おい、なんだその豹変っぷりは!?」

「だって、データ渡したし、あたしのは全部消去したからね。あと、調査した足跡も系しておいたから、問題が一つも無し! 良き良きじゃのうて」

 コントローラーから話した片手を、適当に振ってそのまま、酒瓶を掴む。

「宴じゃ宴じゃ、あははははは」

 すっかり上機嫌になった燈華だが、部屋から動く気配も無く、酒瓶をラッパで仰ぐ。

『何これ……なぁ、これは何なんだ?』

 騨里の影が勝手に燈華を指さす。

 さすがのジョーカも呆れたようだった。

『こういう奴だ、気にするな』

 まるで悟っているかのように、騨里はジョーカをなだめる。

『やることができたし、一人でいたほうが楽だ』

 再びウォッカの瓶を奪った騨里は、もう一口飲み込み、燈華に背を向ける。

「じゃ、そこで大人しくしてろよ」

「待って、どこいくの?」

「ちょっと、用事ができた」

「あたしも行くよ。待ってなさいね」

「あーーーーーーー?」

 騨里は鬱陶しそうに振り向く。

 のそのそとした動きで、燈華は急いで服を着ていた。

 プリーツスカートに、コートワンピース姿になった彼女は、以外としっかりとした足取りで、騨里の横に来た。

「ハイよー、シルバーーーーー!」

「馬じゃねぇよ!」

「なによ、こっちは酔ってるのよ!? 気を遣っていたわりなさいよ!」

「休んでろと、最高の労りの言葉をかけてやっただろう」

「休みたくないのよ! わかりなさいよ、あたしの立場を!」

 リストを持たされて、裏帳簿でしかわからない騨里の部屋に逃げてきた少女である。

 騨里は街道因子のなかでも秘密兵器扱いされている人物だ。

 だが、それでも心配なのだ。

 彼は理解はしていたので、仕方なく連れて行くことにした。




 ニュースでは、悠季深咲が、前科三犯で捕まったと報じられていた。

 判決は異例なまでに早く降りて、死刑が求刑された。

 法務大臣は迷うこと無く、許可を与えて深咲は刑に処された。




 夜も更けた頃だ。騨里はモンキーの後ろに燈華を乗せて、足立区のマンションを出発した。

 入り組んだ住宅街に入り、小型バイクが照らしたのは、一軒家の裏側にある小さなカンバンが下げられた入り口であった。

 燈華は途中でうたた寝でもしたのか、酒はほとんど抜けた様子だった。

 モンキーを停めて降りると、二人はインターフォンを鳴らす。

『どちら様?』

 マイクだけでは無く、張り出しの下に二台の監視カメラが目立たないように付いている。

「こちらさまだ。俺をわすれたのかい?」

『ああ、騨里か。入ってくれ』

 声の男はあっさりと、電子ロックを外した。

 中は防音の四角い部屋が四つ並んでいる。

 そこは否認可のネットワーク・サービス・ステーションだった。

 坊主頭の青年が、廊下に立っている。

 騨里が一万円札を差し出すと、青年は微笑んで受けとり一室に案内する。

「とりあえず二時間だ。その間何してても良いからな」

 燈華にチラリと視線を送った青年は卑猥な笑みを浮かべて、廊下奥の部屋に消えていった。

 中には、木製の机の上に旧世紀に遣われていたデッキ端末が置かれ、上に薄い液晶ディスプレイが乗っている。物理的なキーボードもある。

 だが、中身はこの闇屋を営んでる青年の自作システムだ。

 暇なハッカー御用達のよくある店だった。正規のネットワークでは無く、いくつかの中継点を経由させ、逆探知できないようにしたシステムである。

 騨里と燈華はディスプレイの前の座椅子にすわり、システムを立ち上げる。騨里が流れるような指使いで、キーボードに通信用のパスワードを入力した。

 回線が開くまで、LSDでも摂取したかのような画面になる。

 青年の技術は認める騨里だが、このセンスには納得がいかずに、ぼんやりを天井を眺める。輪状の蛍光灯が部屋を照らしている。古くさい備品は隅々まで徹底しているらしい、

「うわっほー、良いね良いね、この画面!」

 よだれを垂らさんばかりに燈華がディスプレイに食いつく。

 燈華に疑惑が出た騨里だったが、面倒くさいので放っておいた。

『はーい、もしもしー?』

 通信が繋がり、街道因子の紋章であるウロボロスのアイコンが画面に現れる。

 声は気怠く、調子の低い女性のものだった。

「よう、局長。どうせ寝てたんだろうが、訊かせてもらうぜ?」

『あー? 何だよいきなり。賃金値上げ交渉かなにかなら、聞く耳持たないよ』

 相手は街道因子局長、吉井颯よしい そうだ。

「燈華に東京連中の裏帳簿調べさせただろう。何のつもりだ? あんたがもってるんならわかるが、こんなもん一隊長が持たされた日には、どんな目に合うかわかるだろう」

 デッキの向こうで、深く息が吐かれた。

『知らんよ。あたしゃ、なにーも知らん』

「すっとぼけるんじゃねぇよ、命に関わってくるんだよ」

『裏切ったら隊規の元に、処刑させてもらうだけだぞ』

「てめぇ……」

 軽い笑い声が聞こえた。

『おい、騨里。F・Eに追われて慌てて逃げたような根性のが、随分と今回はいきってるじゃないか。ジョーカの影響でも出たか? それともいっぱしに女でも関係あるのか?』 

 やや鼻白んだ騨里だったが、笑みを浮かべた。燈華がみていると、かすかに引きつっているのがわかる。

「あんたこそ、どうしたんだよ? 金か? 権力欲か? 永田町のクソどもが入った肥だめにでも落ちたかよ。さっきから臭くてたまらねぇぜ?」

 今度の笑い声は遠慮無く響いた。

『言うようになったなぁ、騨里君。ただな、燈華に与えた仕事は街道因子としての仕事だ。それ以上でも以下でも無い。嫌なら死ねと伝えな』

「クズがっ!」

 騨里は吐き捨てて通信を切った。

「次行くぞ、燈華」

「局長、相変わらずだったねぇ」

「だめだ、あれは。話にならない」

「そうだねぇ、元々自分のことしか頭にないのが、さらに頭にしか自分がいなくなった感じ」

「どんなだよ、意味わからん」

「考えるな、感じろ」

「無理だ」

 無駄なやりとりをしながら、騨里は懐中時計を見た。電子化が常識な時代だが、レトロ感のあるネジ式の時計はお気に入りのものだ。

 九時半。まだ、大丈夫だろう。

 二人は再びモンキーに乗って走り出した。

 フーロ・ファミリー。新宿きっての組織だが、武断的性格で、最近、勢いが凋落に近い。

 騨里は、そこに活路を見たいと思った。




 新宿の夜は、人々の波が押しては返ししていた。

 燈華を連れてモンキーが止まったのは、飲み屋街から外れたところにある、雑居ビルが乱立している地区で、主に若者たちが、往来で酒に酔って騒いでいた。

 騨里は全く興味が無い雰囲気で、バイクから降りる。

 だが、その顔は渋く、しばらくバイクによりかかって、ポケットに手を入れていた。

「どしたん?」

 燈華はまだモンキーの後部に乗ったまま、騨里の方に顎をのせる。

「やばい……」

 小さな声が帰ってきた。

 見た目は超然と、新宿で遊び慣れた少々優しげな少年と言った態度を取っている。

「……ああ、なるほど」

 燈華も納得した。

 雑居ビルから、六人ほどの男達が、ゆっくりと騨里たちに向かって現れた。

 全員、ビジネススーツを着ているが、街頭のない薄暗い中に黒々としている影の質感は通常とは違う雰囲気だ。

 手には何も持たないで、近づいてくるのが不気味だった。

 五メートルほどの距離を置いて止まった三人と、何気なく騨里たちの後ろにのこりの三人が回り込む。

 正面の一人が口を開いた。

「これはこれは、街道因子のたしか、野亜燈華さんじゃありませんか」

 若い男の頭はキレるらしい。

 会った元も無い燈華を把握して、影が届かないところにたっている。

 燈華は声を抑えて、狭めた肩を揺らして楽しそうに笑う。

 まだ完全に酒が抜けきってないのだろう。元々好戦的な性格だが、今はさらに過激な感情がわいている様子だ。

「殺すなよ、トーカ」

 騨里が彼女に言う。

 だが、この言葉が、男達を刺激したらしい。

「殺す? こいつが? 俺たちを? 馬鹿じゃねぇか」

 後ろに回った男の一人が、燈華を指さして笑った。

 ついでに、何故か燈華も照れるように笑った。

「何が可笑しいんだよ?」

「いやぁ、褒められたから」

「誰もおまえなんか褒めてねぇよ、耳が可笑しいのか?」

「誰もあんたなんかに褒められてないよ。あたしは、この人に言われたから笑ったの」

 顎で騨里をさす。

「……あれ、褒めたウチにいれたのかよ」

 騨里は息を吐いた。

「もちろん!」

 燈華は横目で彼を見ながら大きくうなづく。

「舐められてるなぁ? 殺れるもんなら、やってみろよ」

 その男の声とともに、それぞれの影がスライドするようにもう一つ増えた。

 燈華も影を一つ増やした瞬間、いきなり立体的になって、後方の男のほうに跳ねて距離を縮める。

 影は鞘に収めた刀をもっており、移動しつつ鞘から抜いた。

 アスファルトの中に吸い込まれるかのようになった刀が、すくうように影の一つを斬る。

 やられた男は、衝撃にがくっと膝を落とす。

 燈華の影は次の目標に向けて刀を上段にかまえて移動していた。

 男本人を襲うように接近して、ひるんだところを、プラットホームである影を刺す。

 ついでに横薙ぎに、最後の一人の影も首をはねた。

「……やるじゃないかよ。だがな、これはどうかな?」

 前方で、行動する前の燈華の早業に対応仕切れていなかった男の影が蠢いた。

 三人は同時に影の中から、20ミリの機関砲をそれぞれ三基ずつ、フレームのような者で支えて出現させる。

 だが、燈華の影は早かった。  

 一気に突入すると、現れた機関砲を、回転するように刀を回して、一気に銃身をことごとく切断した。

 影はそのまま三人の中央で、だらりと刀を下げて、動きを止めた。

「いま殺れるけど、どうする?」

 燈華は顎をあげて、鼻で笑った。

「そこまでだ。俺たちはあんたらのボスに会いに来た。案内してもらおうか?」

 一歩前にでた騨里が、男達に言った。

 彼等は困惑して顔を見合わせる。

 しばらく騨里はあいてに迷わせてることにして黙った。

 すると、一人が携帯通信機を取り出して相手と何かやりとりを始める。

「……三十分まて、そこの店で」

 通信を終えた男が無表情で二人に言うと、背を向けた。

 彼が指さしたのは、近くで看板をライトアップしている、焼き肉屋だった。

 男達は不満顔で雑居ビルに戻ってゆく。

 中には、あからさまに燈華と騨里を睨む男もいた。

 騨里らは、そのまま店に向かった。

 入り口にはいると若い女性が迎えに現れて、一人うなづき、そのまま何も聴かずに二回の個室に案内する。

 襖に囲まれた畳敷きの、十人は入れる部屋だった。

 コンロと網が埋め込まれた長いテーブルが、中を二分している。

 二人は、迷わず、入ってからテーブルの真ん中辺りにある座蒲団二座った。

 店員が現れたので、注文取りかと思えば、勝手に上カルビの載った皿を四枚と、ビールをそれぞれテーブルに置いて、さがっていった。

「随分な歓迎ぶりだなぁ」

「騨里、アイスが食べたい。てか、アイスの入ったパフェがいい」

「注文しろよ」

「紳士的にして来いよ、頼んでるだろう?」

「……はいはい」

「あと、魚とエビ、ホタテも」

「バーベキューじゃねぇよ」

 騨里は襖をあけて、店員を呼ぶとパフェを頼んだ。

 すぐに運ばれたパフェは、燈華も満足するほどの巨大な盛り合わせで、彼女は喜々としてスプーンで食べ始める。

 まったく緊張感の無い、充実した様子である。

 先ほどまでの戦いが嘘のような切り替えの早さだった。

 騨里はというと、落ち着きが無い。

 戦いの時も、虚勢を張るのに必至だったのだ。

 会う相手というのは、そこらの市民ではない。

 リストの最高方に近いところにあった、マフィアが相手である。

 ヤクザでは無くマフィアなのは、国籍不明の団体だからだ。

 相手が相手だけに、消したくは無いが騨里は影をしまっていた。

『随分と怯えているじゃねぇかよ、騨里。おまえ、最強の影をもっているのを忘れるなよ?』

『使えるかよ、あんなもん』

 ジョーカを一蹴して、カルビを三枚、焼き始める。

 じりじりと火が肉を染みてゆく音がしつつ、煙が吸煙口に吸い込まれてゆく。

 焼けた肉を、騨里は塩を振って口に入れる。

 肉汁が口いっぱいに広がった。

 やはり、上カルビは美味い。

 騨里が夢中になりかけながら食べていると、反対側にある奥の襖が開いた。

 現れたのは、長い髪で眼鏡を掛け、オーバーオールスカートにサマーセーター姿の女性だった。

 騨里の記憶では二十一歳。名前は、チカゲ・ローフ。

「街道因子のたしか野亜燈華と、その連れだったな」

 チカゲは柔らかな笑みを浮かべて、二人の屈強な男性を引き連れて、そのままテーブルについた。

「はじめまして、ローフさん。私が野亜さんの代理人を務めさせて頂いている、布留騨里といいます。よろしくお願いします」

「代理人? まぁいいけどさ」

 鷹揚に笑ったところで、店員が同じ肉とビールを運んできて、すぐに消えた。

 チカゲには、マフィアのボスと言ったいわゆる強面の雰囲気は無く、人なつこい頼れるお姉さん風だった。

 騨里はいくらか楽になったかと思ったが、チカゲも連れてきた男二人も、影を消していなかった。

 いまから影を出すのも気が引けるので、騨里は気づかないふりをする。

 燈華は気づいていないのか、気にしてないのかパフェに夢中で、同じく影を出してない。

「で、何が望みなんだい?」

 チカゲは喉を鳴らしてビールを一気に半分まで飲むと、騨里を興味深く見つめてきた。

「事情はお察しのようですね」

「まぁね。おまえら正直いって目障りだよ」

 口調には悪意が一片もなかった。

 騨里は燈華の手前、堂々とした態度を取り繕っていた。

「私たちは、あなた方と敵対する気は全くありません。それどころか、助けてもらいたいぐらいです」

「……ほほぅ」

 チカゲの目が細くなる。

「あなた方は、ここら一帯の勢力では最大だ。どうです、そろそろ表舞台にもでようとする気はないですか?」

「何を企んでいるんだい?」

 騨里は、緊張を和らげようとビールを喉に流し込んだ。

「F・Eの乗っ取りなどいかがです?」

 チカゲはしばらく無言になったあと、派手に腿を叩いて大きく笑った。

「言うことは一人前なんだねぇ、どっかの坊や。そうけしかけたいのはわかるがねぇ」

「ファイルを手に入れて、一番得するのはF・Eです。その前に、先制攻撃を仕掛けるのはどうです? ファイルが有れば、どこの連中でも強引に使うことができますよ?」

「で、ファイルは誰がもっているんだい?」

 チカゲは遠慮無く確信に触れる。

 気にした風でもなく、騨里は焼けたカルビをビールで流し込む。

「もちろん、我々だ」

「街道因子だろか。あんたはしらんが、そこの嬢ちゃんは。それで、いいところは全てあんたがたがもってくつもりかい?」

 騨里は首をかしげて、わざとらしく笑んだ。

「誰が得って、あなた方ローフ・ファミリーでしょう。帳簿は今、俺の中で消化されてますよ」

 チカゲは同じく笑顔を作ってわざと騨里を見つめる。

「ウチに助けを求めようとしているのは、わかった。だが、我々の利益はなんだね?」

 あらゆる組織が震撼するであろう裏帳簿を、取引材料に使おうとした騨里の考えは、へとも思っていないらしい。

「切り取り自由。あなた方が手を出した相手には、私どもが反撃もできない仕打ちをしましょう」

「その代わり、保護しろとでも? 異なことを言うな。我々はこまってはいない」

 騨里はチップを一枚テーブルに置いた。    

「ここに、あなた方のファイルが有ります。これを他のどこかの組織が手にいれるとしたら、どうなります?」

 チカゲは多少すごみを見せてニヤリと笑った。

 できるだけ無視した騨里は、チップを取られる前に口に放り、ビールで流し込んだ。

「これで俺が死んだら、ローフ・ファミリーの経営を全て見ることができる」

 チップは、自然と騨里と融合して、データが頭の無意識のところに中に入る。

 うなづいたチカゲは、騨里を見つめたままだった。

游佐ゆうさ

「はい」

 彼女は後ろの男一人の名前を呼んだ。

「おまえ、この少年を買うか?」

「ボスのご命令ならば」

「わかった」

 チカゲはバックに入った拳銃を抜くと、騨里も燈華も驚きうごけない隙に、游佐と呼ばれた男の顔面に銃弾を二発撃ち込んだ。

 游佐の頭は後ろの襖に飛び散り、身体がゆっくりと倒れた。

「騨里とか。私はおまえのせいで幹部候補生の一人を失った。これ以上、何か失うことになれば、全て貴様の責任だ」

 呆然とする少年にチカゲは冷静にいった。

「F・Eとの戦争、やってやろうじゃ無いか」




 その場所では、影が足下から円状に六つ伸びていた。

『ファイルに我々の名前も有るというのは、本当かね?』

『本当だ。フロントだがな』

 彼等は自らの組織を表沙汰にされかねない危機に集まっていた。

『気づいた者は?』

『今のところ一人、怪しい奴がいる。確証は持てないが』

『どこの誰だね?』

『街道因子局長、吉河颯よしかわ そう。だが、彼女の管轄下のものもファイルに含まれているだろう』

『消すに決まっている』

『なるほど、消されていたとしたら、犯人確定だな』

『だが、ちょうどよいではないか、例の件については』

『それは奴ののことか?』

『そうだ。奴に街道因子を追わせて、逆に手傷を負わせることならできるだろう』

『街道因子同士か。手傷で済むかどうか』

『それは楽しみだ。是非にでも、そうしようか』

 影はそれぞれ笑い合うと、一人、また一人と消えていった。




F・Eの最上階で報告を行った維璃緒は、窓側に並んで座る幹部らの前で立ち、返答を待っていた。

 維璃緒は青山の一件を報告し、深咲の死を伝えた。

 幹部達は聞き終わると、しばらく沈黙していた。

 やがて、一人が口を開く。

「話はわかった。だが悠季深咲はやられたと言っているが、涼風すずかぜ君、彼女の死を我々は確認していない」

「どういうことです?」

 深咲は確かに維璃緒の元で身体が崩壊したのだ。

「彼女は生きている。具体的にどうなっているかはわからないが」

 維璃緒は、信じられない思いで、聴いていた。

「ですが、こう言っては何ですけども、連絡も取れなければ、それらしきアクションも私のところに来ては居ません」

「何かあったのだろう」

「それよりも、君に頼みたい仕事がある」

 別の幹部が話しを折った。

「どのような?」

「街道因子を今すぐに滅ぼさなくてはならなくなった。我々、フリー・エージェンシーとしても、ミスごとができない事態だ」

 そう言いながら、この幹部らは自分で動こうとはしないのだ。

 常に彼等は安全なところにいる。

「特別に、フリーハンドの課長職を与える。街道因子を潰せ」

 唐突な難問に、維璃緒は内心の不平を抑える。

 以前、胸に秘めた考えの中に、一つ使える案があったのだ。

 維璃緒は、チャンスかも知れないと思た。

 不平が歓喜に近いものに代わり、満足して指示を受け入れた。




 影にも罪というものがある。

 彼が宣告されたのは、重罪よりも重い封印だった。

 名前はアー=リワン。

 罪名は、影の大量殺人。

 人間の住む影の世界での影殺しは、積みの中で最も許されざる行為だった。    

 維璃緒の向かったのは、廃病院だ。

 さすがに維璃緒は夜に入る勇気が無く、昼間に建物の前で眺めていた。

 江戸川区の奥の奥にこんな建物があるのを先日、知った。

 壁は薄汚れ、窓は割れ放題、外から見ても中の不気味な暗さがよくわかる。

 維璃緒がためらう理由は、十分にそろっていた。

 だが、深咲のことで喪失感と責任感を背負ってしまった彼女は、中に入れるところを探した。

 入り口は濁るほどに汚れた強化ガラスで天井から落ちたゴミや埃で、入りこむ気力を失わせたのだった。

 雑草が茂る裏に行くと、明らかに人が踏みならした跡が病院の露出した非常階段まで伸びていた。

 維璃緒は土の露出した小道を歩いて行くと、階段に足を載せた。

 赤さびだらけで、悲鳴のように軋む。外側に体重をかけると、壁から剥がれ落ちそうなほどに不安定なものだった。

 ゆっくり体重をかけないように慎重な足取りで、唯一半開きになったドアを開ける。

 階ごとに入り口はあるにはあるが、他は旋錠されたところばかりだった。

 空いているところは四階だった。

 廊下は細かなゴミが落ち、壁の色はさまざまな落書きで埋まっていた。

 病室は八個あり、一番奥の二部屋が隔離施設になっているはずだ。

 これでも維璃緒は事前に室内をチェックはしていたのだ。

 四階は想像していたよりも、意外と小綺麗だ。

 想像にくらべれば。

 そのくせ室内の空気は汚れてむせかえりそうだ。

 維璃緒は真っ直ぐ脇目も振らず、早足で隔離病棟の部屋まで進んで行く。

 忙しいために急いでいる訳では無く、張り付いたままの恐怖が彼女の背を押すのだ。

 隔離病棟の二室のドアは外されていて、こちらに大きな口を開けていた。

 維璃緒は、その一つの部屋に、アルコールの瓶や、紙で巻かれたものの燃えかすなどが、散乱している。

 どうやら、ここでマリファナ・パーティでもしている常習者がいるようだ。

 マリファナは彼等イマジロイドにも効く。それも猛烈に。

 もちろん、日本でも当然その自治都市東京でも、違法だ。

 苦い顔をした維璃緒の耳に、床を擦る布の音がきこえてきた。

 隣の隔離病棟だ。

 維璃緒は瞬間的に影を出した。

 ジェイハブというその名の影は、両手の甲から鉤爪をはやした、二メートルを超える屈強な亜人種である。

 彼女は影をジェイハブの居処として使っていた。

 影はジェイハブの動き通りに伸びて、隣の部屋に向かった。その後ろに維璃緒が逆に影のようについて行く。

 そこに居たのは、黒い影を広げた状態で壁に釘で打ち付けられている。

 そこから垂れるようにうつむいた、半裸の長い髪の引き締まった青年の、上半身だけが影からぶら下がっていた。

 影の住人パーソナル・シヤドーだ。

 維璃緒は興味深げに近寄ろうとすると、ジェイハブの背中にぶつかった。

 どうしたのかと思う間もなく、繋がった影から伝わってきた。

 畏怖と恐怖。

 維璃緒は一歩下がって、ジェイハブが暴走しないようなだめるようにしながら、影の青年を観察した。

 身体を埋めるような傷跡は、まだ血が乾いたばかりで痛々しい。

 切り傷から火傷、それも煙草状の物が転々と付けられている。

 呼吸音は聞こえてこず、影と青年はまるで死んだようだった。

 維璃緒は息を飲んだ。 

「アー=リワン……?」

 だが、影と共に打ち付けられている者は彼一人では無かった。

 両側の壁に、奥の青年を合わせて男女六人が同じ姿を晒していた。

 維璃緒は思わず辺りを見渡した。

 すると廊下に入ってきた扉が突然閉まる。

 元々、光の射さない空間が、より闇を増した気がして、維璃緒は内心身震いした。

 その時、彼女の耳に金属の軋む音が、入り口付近の廊下から響いてきた。

 目をこらして見ると、車椅子に座った、白い上下で眼鏡を掛け、柔らかそうな髪をした十四歳ぐらいの少年が、ゆっくりと近づいてきているのがわかった。

「……お姉さんも、そいつらの仲間なのかな?」

 変声期を終えたはずなのに、高い声で少年は尋ねてきた。

「……君は?」

 維璃緒は思わず聞き返した。

「僕は、ア=リワン。ここを家にしている者だよ」  

 この少年が、影達から封印された者?

 維璃緒は信じられずに、ジェイハブの後ろから改めて少年を見つめた。

「でも、影出してるってことは、遊びに来た訳じゃないよね? お姉さん、こんなところに、どうしたの?」

 ア=リワンと名乗った少年は、いかにも無害風な様子だった。

 しかし、ジェイハブの怯えようが尋常では無い。

 維璃緒は必至に押さえ込んでいたが、とうとうそれを振り切り、ジェイハブは飛び出した。

 向かってくる巨体にア=リワンは、目を細めた。

 六個の影が扇のように彼の前に広がる。

 そこから、それぞれ、小さな竜が六匹姿を現した。

 頭を下げて、尻尾を立たせ、凶暴そうな口の奥で光が灯って大きくなり出している。

 ジェイハブは小竜を踏み潰す勢いで、構わずに真っ直ぐア=リワンに向かっていった。

 小竜は一斉に跳んで散り、一匹がジェイハブの首元を目指して大きく口けて襲いかかってきた。

 立ち止まったジェイハブは巨大な腕で、小竜をなぎ払った。

 小柄な身体の竜は、吹き飛ばされて壁にぶつかり、廊下に転げる。

 しかしその時、たの小竜はジェイハブにむかってL方に並んでいた。

 彼等は口を大きく開き、その奥から大出力の光子力砲を放つ。

 よける間もなかった。

 ジェイハブは文字通りに、バスケットボール大の穴だらけになり、大量の血を吹き出す。

 彼が死ぬ寸前に、維璃緒は影を納めた。

 まだ、間に合うかも知れないのだ。

「お姉さん、いまの雑魚なに? なにか別な用事で出したのなら謝るよ。いきなりだったし」

「……ごめんなさい、影が暴走したの。驚かせたなら謝るわ」

「まぁ、そういうことなら良いけど。ところで、そこまでキャパシティ有るのに、影を一個しかもってない理由があるの?」

「これから、強化する予定だったんだよ」

「へぇ、それなら丁度良いね」

 ア=リワンは無邪気な笑みを見せる。

「何が?」

「僕がその影になって上げるよ。実力、見たでしょ」

 維璃緒は、何故かその言葉に寒気を覚えた。目的がこれだったというのに。

「あなたは、使役者の言うことが聞けるかな?」

 一応、勿体ぶってみる。

 少年は満面の笑みだ。

「もちろん」

「……なら、おいで」

 やや身構えつつ、維璃緒は言った。

 車椅子の少年は、沈むように自分の影の中に入っていくと、維璃緒の身体に伸びてきた。













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