◇◇十六話◇◇
道化師を求めて城内を徘徊中。兵士の死体と遭遇。
同じくして、屋外からは集団同士がぶつかり合う喧騒が聴こえてきた。
兄弟は戸惑う。
「なんで、屋内で兵士が殺されていて。いま、屋外で戦闘が開始されたのだ!」
ドゥイングリスが叫び、パトリッケスが答える。
「外の軍勢を引き入れるため、工作員が先行して侵入していたのでしょう」
推測は正しかった。
だが何故、静寂が破られた途端、騒乱がピークに達したのかなど。
まだ理解の及ばないことばかりだ。
「道化師の仕業か?」
「断定はできませんし。もはや、そんな場合じゃない……」
敵が城内にまで攻め入った時点で、本来ならば敗北に等しい状況だ。
しかし、二つの勢力が衝突しており。
それらにまったく関与していないという事実が混乱を招く。
「一体、何と何が争っているんだ?!」
不安に駆られ、ロイが解消されない疑問を吐露したその時。
通路の先に兵士たちが姿を現した。
彼らは、マルコライス軍で使用する装身具を身につけている。
戦場で同士討ちしない為のもの、味方の印だ。
しかし状況と醸し出される殺意から。
即座に、それが敵であることを判断できた。
「何者だ!! 貴様らッ!!」
ドゥインのそれは、もはや質問ではなく恫喝だ。
兄弟を発見するなり。兵士たちは剣を手に一目散に襲い掛かって来ていた。
――敵襲。
「ロイ、兄上を!」
実戦経験の無い弟と、剣を握れなくなった兄を庇うようにして。
パトリッケスは前に出る。
衝動的な行動で、体勢は不十分だ。
同時に駆け寄ってくるどちらに対処したものかも定まらない。
敵は二人。速度を緩めることも無く、駆け抜ける勢いで剣を振り下ろしてくる。
「うおおっ!!」
パトリックは悲鳴をあげる。
背後の二人を護ろうという意識と、二人を相手にそれが不可能であるという事実が。
彼の動作をチグハグにして、窮地に追い込んだ。
辛うじて初撃を躱し、反撃を加える。
勢い任せの特攻を仕掛けてきた兵士Aが、冷静に。
パトリックの攻撃をガントレット上を滑らせて反らした。
「兄さん!!」
二人目、追撃を加えようとする兵士B。
ロイが慌てて、そのあいだに割ってはいる。
空振りで体制を崩したパトリックに対し、兵士Aは鋭い突きを繰り出した。
いやらしい角度。防御は間に合わない。
苦し紛れに身体をひねるが。
兵士Aは不安定な体勢のパトリックの足を引っかけて叩き倒した。
「死ねぇ!! 侵略者の息子!!」
「ふんがーっ!!」
パトリックに振り下ろされたトドメに、ドゥインの拳が交差する。
前のめりになった兵士は、カウンター気味に炸裂した拳で後方へと吹き飛ばされた。
「しっかりしろ!! 机仕事で勘が鈍ってんのか!!」
「くっ……!」
片方では、ロイが兵士Bと渡り合っていたが。
三対一の状況を回避するため、Bが後方へと一旦退避した所だ。
「兄さん! 強いよ、コイツら!」
本来、一兵士に遅れをとるような三人ではない。
それが勢いに呑まれているとはいえ。劣勢を強いられるほどの相手なのだ。
山賊や民兵などとは明らかにものが違う。
この時点で襲撃者の正体は明らかだった。
「旧王国軍の残党です。兄上の腕を奪った連中だ」
単独での巡回中、ドゥイングリスは賊と遭遇し。
一時は訃報が流れる大怪我を負った。
パトリックはティータと協力し、賊のルーツを特定。
それは敗戦後、潜伏し。復権を狙っていた。
旧王国の正規兵たち。
「なんてことだ。討伐隊と入れ違いに、手薄になった城を狙って来たんだ……」
パトリックは裏をかかれた屈辱に、歯噛みする。
「おい、負傷してるぞ!」
ドゥインが指摘する。
パトリックの衣服が出血に染まっていた。
相手は戦場用の武装だが。
兄弟達は普段着に常備用の剣を携えるのみ。
防御面に圧倒的な差がある。
「不甲斐ないっ!!」
次男は不覚をとった自らを叱責した。
「おい、ヤバイぜ!」
ドゥインが警戒を訴える。
こちらが体勢を整える間に。
敵兵A、Bともに万全の体勢を整え。
更に後方からはC、Dと、増員が出現。
挟み撃ちに追い込まれた。
「いや、違う!」
ドゥインの前言をロイが否定した。
後方から駆けつけた兵士たちのシンボルは、前方の敵とは異なっていた。
「我々は国境警備軍の分隊。ジェスター将軍の指示で参上しました!」
兵士C、Dは、三兄弟を庇うように並び立った。
「味方か!?」
安堵するドゥインを尻目に、パトリックが訊ねる。
「状況説明を」
「はい。現在、賊の軍勢が城門を突破。
我々が応戦しているところです」
二つの勢力は。旧王国軍残党と国境警備軍。
なぜ、そうなったのか。
知りたいことは尽きないが、急ぎ最低限の確認をする。
「戦況は?」
「現在、やや優勢。
ここは我々に任せ、皆さんは避難なさってください」
味方増援の牽制に、敵兵は尻込みしている。
「援軍、感謝します」
パトリッケスは言い残し、兄弟たちを連れてその場を後にした。
「あいつらの言ってたこと、本当かな?」
「どの道、パパンの安全確保が優先だろ」
負傷したパトリックに歩調を併せ、兄弟は進む。
謁見の間から階段を越えた先にある父親の寝所を目指した。
「くっ……」
パトリックが苦悶の声を漏らし、膝を着いた。
ドゥインが左腕で助け起こす。
「大丈夫かよっ?」
「父さんの救出より、怪我の治療が先なんじゃ……」
どちらにしても、移動をする必要がある。
使える道具がなにも無いのだ。
「くそっ! 利き腕が健在なら、こんな情けないことにはよぉっ!」
ドゥイングリスは悔恨の念に駆られた。
以前の彼ならば。この状況において、最も力を発揮したはずだった。
背を向けて逃げる必要などなかったのだ。
よほどの強敵にでも出会わない限りは――。
三人は、謁見の間へと到着する。
マルコライスの寝所はもう目と鼻の先だ。
「頑張れよ。リッキー!」
「……呼ぶ、な」
ここまで、敵の侵入も見られない。
国境警備軍の奮闘が功を奏した形だ。
そこに、彼が姿を現した。
「御三方様。ご無事でいらっしゃいましたか」
声の主を振り返り、三人は安堵する。
後方から追い付いてきたのは、ヤズムート兵士長だった。
「兵士長、なぜここに……?」
討伐部隊を率いて城を空けたはずの臣下に、パトリックは訊ねた。
「賊共のアジトがもぬけの殻だった為、指示を仰ぐべく。
単身、帰還した次第でございます」
「おお、そうだったのか!」
ドゥイングリスの声には、頼もしい援軍に対する歓喜が宿っていた。
ヤズムートの存在は不自然なはずだ――。
しかし、生命の危機に見舞われた状況で、離れていた家族と再会した時。
わざわざ発言や行動の整合性を確認などするだろうか。
お互いの無事を喜ぶことが優先され。
安堵によって、それらは曖昧になる。
「安全な場所まで護衛を務めさせていただきます」
「頼みます」
慎重なパトリッケスすらも、彼の登場にはむしろ気が抜けさえしていた。
そんな最中。ヤズムートの誘導を遮ったのは。
その血筋ゆえに家族意識が希薄にならざるを得なかった。
孤独な三男だった。
「待って! 二人とも。そいつから離れて!」
その意図を理解できずに。
どうした? と、兄二人がロイを振り返った。
「急ぎましょう。議論は安全を確保してからするべきかと」
ヤズムートはもっともな意見で兄弟たちを急かした。
そうだ。と、従おうとする兄たちに向かって叫ぶ。
「見回りの兵士は、無抵抗で殺されてたんだ!
見晴らしの良い、通路のど真ん中で!」
「何の話だ?」
「確かに、剣は鞘に収まっていましたね」
兄たちは立ち止まり、弟の言葉に耳を傾けた。
二人の気を引けたことにロイは満足する。
「敵の工作員は、身内だと。そう仰りたいのですね?」
そして、ロイに真っ先に同調したのは、ヤズムートだった。
「えっ?」
謎を真相に導くような真似を、果たして真犯人がするだろうか。
先入観がロイの思考に雑念を混ぜた。
それによって、確信していた結論にゆらぎが生じ。
再思考を余儀なくされる。
見晴らしの良い通路だ。敵の接近があれば剣を抜いたはず。
しかし、殺された警備兵はそうしなかった。
攻め込んできた敵軍は、我が軍の装備を身に付け。
それで、接近を悟らせなかった。
それらを可能とするのは、目の前にいる男の他に――。
「ロイ、言いたいことがあるならば。ハッキリと言ってください」
兄たちが末弟に注目し。
対照的に容疑者が後ろを振り返った。
それによって兄たちとヤズムートの間に僅かながら距離が生まれ。
ロイは一瞬、気を緩めた。
それは反射的な油断――。
「この期に及んで奇襲のチャンスを伺おうとは。
考えが甘かったようです」
誰にともなくヤズムートが呟いた。
距離を開けたのは、近すぎた為。
後ろを振り返ったのは、至近距離で剣を抜く予備動作。
ヤズムートは音もなく剣を抜き放ち。
眼前の背中。パトリッケスに向かって刃を振り下ろした。
◇最終話、恋の行方