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27◇28 兄弟②


  ◇◇十六話◇◇



 道化師を求めて城内を徘徊中。兵士の死体と遭遇。

 同じくして、屋外からは集団同士がぶつかり合う喧騒が聴こえてきた。


 兄弟は戸惑う。


「なんで、屋内で兵士が殺されていて。いま、屋外で戦闘が開始されたのだ!」


 ドゥイングリスが叫び、パトリッケスが答える。


「外の軍勢を引き入れるため、工作員が先行して侵入していたのでしょう」


 推測は正しかった。


 だが何故、静寂が破られた途端、騒乱がピークに達したのかなど。

 まだ理解の及ばないことばかりだ。


「道化師の仕業か?」


「断定はできませんし。もはや、そんな場合じゃない……」


 敵が城内にまで攻め入った時点で、本来ならば敗北に等しい状況だ。


 しかし、二つの勢力が衝突しており。

 それらにまったく関与していないという事実が混乱を招く。



「一体、何と何が争っているんだ?!」


 不安に駆られ、ロイが解消されない疑問を吐露したその時。

 通路の先に兵士たちが姿を現した。


 彼らは、マルコライス軍で使用する装身具を身につけている。

 戦場で同士討ちしない為のもの、味方の印だ。


 しかし状況と醸し出される殺意から。

 即座に、それが敵であることを判断できた。



「何者だ!! 貴様らッ!!」


 ドゥインのそれは、もはや質問ではなく恫喝だ。

 兄弟を発見するなり。兵士たちは剣を手に一目散に襲い掛かって来ていた。


――敵襲。


「ロイ、兄上を!」


 実戦経験の無い弟と、剣を握れなくなった兄を庇うようにして。

 パトリッケスは前に出る。


 衝動的な行動で、体勢は不十分だ。

 同時に駆け寄ってくるどちらに対処したものかも定まらない。


 敵は二人。速度を緩めることも無く、駆け抜ける勢いで剣を振り下ろしてくる。


「うおおっ!!」


 パトリックは悲鳴をあげる。


 背後の二人を護ろうという意識と、二人を相手にそれが不可能であるという事実が。

 彼の動作をチグハグにして、窮地に追い込んだ。


 辛うじて初撃を躱し、反撃を加える。


 勢い任せの特攻を仕掛けてきた兵士Aが、冷静に。

 パトリックの攻撃をガントレット上を滑らせて反らした。



「兄さん!!」


 二人目、追撃を加えようとする兵士B。

 ロイが慌てて、そのあいだに割ってはいる。


 空振りで体制を崩したパトリックに対し、兵士Aは鋭い突きを繰り出した。


 いやらしい角度。防御は間に合わない。


 苦し紛れに身体をひねるが。

 兵士Aは不安定な体勢のパトリックの足を引っかけて叩き倒した。


「死ねぇ!! 侵略者の息子!!」


「ふんがーっ!!」


 パトリックに振り下ろされたトドメに、ドゥインの拳が交差する。


 前のめりになった兵士は、カウンター気味に炸裂した拳で後方へと吹き飛ばされた。



「しっかりしろ!! 机仕事で勘が鈍ってんのか!!」


「くっ……!」


 片方では、ロイが兵士Bと渡り合っていたが。

 三対一の状況を回避するため、Bが後方へと一旦退避した所だ。



「兄さん! 強いよ、コイツら!」


 本来、一兵士に遅れをとるような三人ではない。

 それが勢いに呑まれているとはいえ。劣勢を強いられるほどの相手なのだ。


 山賊や民兵などとは明らかにものが違う。

 この時点で襲撃者の正体は明らかだった。


「旧王国軍の残党です。兄上の腕を奪った連中だ」



 単独での巡回中、ドゥイングリスは賊と遭遇し。

 一時は訃報が流れる大怪我を負った。


 パトリックはティータと協力し、賊のルーツを特定。


 それは敗戦後、潜伏し。復権を狙っていた。

 旧王国の正規兵たち。


「なんてことだ。討伐隊と入れ違いに、手薄になった城を狙って来たんだ……」


 パトリックは裏をかかれた屈辱に、歯噛みする。


「おい、負傷してるぞ!」


 ドゥインが指摘する。

 パトリックの衣服が出血に染まっていた。


 相手は戦場用の武装だが。

 兄弟達は普段着に常備用の剣を携えるのみ。


 防御面に圧倒的な差がある。


「不甲斐ないっ!!」


 次男は不覚をとった自らを叱責した。



「おい、ヤバイぜ!」


 ドゥインが警戒を訴える。


 こちらが体勢を整える間に。

 敵兵A、Bともに万全の体勢を整え。


 更に後方からはC、Dと、増員が出現。

 挟み撃ちに追い込まれた。


「いや、違う!」


 ドゥインの前言をロイが否定した。


 後方から駆けつけた兵士たちのシンボルは、前方の敵とは異なっていた。



「我々は国境警備軍の分隊。ジェスター将軍の指示で参上しました!」


 兵士C、Dは、三兄弟を庇うように並び立った。


「味方か!?」


 安堵するドゥインを尻目に、パトリックが訊ねる。


「状況説明を」


「はい。現在、賊の軍勢が城門を突破。

 我々が応戦しているところです」


 二つの勢力は。旧王国軍残党と国境警備軍。


 なぜ、そうなったのか。

 知りたいことは尽きないが、急ぎ最低限の確認をする。


「戦況は?」


「現在、やや優勢。

 ここは我々に任せ、皆さんは避難なさってください」


 味方増援の牽制に、敵兵は尻込みしている。


「援軍、感謝します」


 パトリッケスは言い残し、兄弟たちを連れてその場を後にした。



「あいつらの言ってたこと、本当かな?」


「どの道、パパンの安全確保が優先だろ」


 負傷したパトリックに歩調を併せ、兄弟は進む。

 謁見の間から階段を越えた先にある父親の寝所を目指した。


「くっ……」


 パトリックが苦悶の声を漏らし、膝を着いた。

 ドゥインが左腕で助け起こす。


「大丈夫かよっ?」


「父さんの救出より、怪我の治療が先なんじゃ……」


 どちらにしても、移動をする必要がある。

 使える道具がなにも無いのだ。



「くそっ! 利き腕が健在なら、こんな情けないことにはよぉっ!」


 ドゥイングリスは悔恨の念に駆られた。

 以前の彼ならば。この状況において、最も力を発揮したはずだった。


 背を向けて逃げる必要などなかったのだ。

 よほどの強敵にでも出会わない限りは――。




 三人は、謁見の間へと到着する。

 マルコライスの寝所はもう目と鼻の先だ。


「頑張れよ。リッキー!」


「……呼ぶ、な」


 ここまで、敵の侵入も見られない。

 国境警備軍の奮闘が功を奏した形だ。


 そこに、彼が姿を現した。



「御三方様。ご無事でいらっしゃいましたか」


 声の主を振り返り、三人は安堵する。


 後方から追い付いてきたのは、ヤズムート兵士長だった。


「兵士長、なぜここに……?」


 討伐部隊を率いて城を空けたはずの臣下に、パトリックは訊ねた。


「賊共のアジトがもぬけの殻だった為、指示を仰ぐべく。

 単身、帰還した次第でございます」


「おお、そうだったのか!」


 ドゥイングリスの声には、頼もしい援軍に対する歓喜が宿っていた。



 ヤズムートの存在は不自然なはずだ――。


 しかし、生命の危機に見舞われた状況で、離れていた家族と再会した時。

 わざわざ発言や行動の整合性を確認などするだろうか。


 お互いの無事を喜ぶことが優先され。

 安堵によって、それらは曖昧になる。



「安全な場所まで護衛を務めさせていただきます」


「頼みます」


 慎重なパトリッケスすらも、彼の登場にはむしろ気が抜けさえしていた。


 そんな最中。ヤズムートの誘導を遮ったのは。

 その血筋ゆえに家族意識が希薄にならざるを得なかった。


 孤独な三男だった。


「待って! 二人とも。そいつから離れて!」



 その意図を理解できずに。

 どうした? と、兄二人がロイを振り返った。


「急ぎましょう。議論は安全を確保してからするべきかと」


 ヤズムートはもっともな意見で兄弟たちを急かした。

 そうだ。と、従おうとする兄たちに向かって叫ぶ。


「見回りの兵士は、無抵抗で殺されてたんだ!

 見晴らしの良い、通路のど真ん中で!」



「何の話だ?」


「確かに、剣は鞘に収まっていましたね」


 兄たちは立ち止まり、弟の言葉に耳を傾けた。

 二人の気を引けたことにロイは満足する。



「敵の工作員は、身内だと。そう仰りたいのですね?」


 そして、ロイに真っ先に同調したのは、ヤズムートだった。


「えっ?」


 謎を真相に導くような真似を、果たして真犯人がするだろうか。

 先入観がロイの思考に雑念を混ぜた。


 それによって、確信していた結論にゆらぎが生じ。

 再思考を余儀なくされる。



 見晴らしの良い通路だ。敵の接近があれば剣を抜いたはず。

 しかし、殺された警備兵はそうしなかった。


 攻め込んできた敵軍は、我が軍の装備を身に付け。

 それで、接近を悟らせなかった。


 それらを可能とするのは、目の前にいる男の他に――。



「ロイ、言いたいことがあるならば。ハッキリと言ってください」


 兄たちが末弟に注目し。

 対照的に容疑者が後ろを振り返った。


 それによって兄たちとヤズムートの間に僅かながら距離が生まれ。

 ロイは一瞬、気を緩めた。


 それは反射的な油断――。



「この期に及んで奇襲のチャンスを伺おうとは。

 考えが甘かったようです」


 誰にともなくヤズムートが呟いた。


 距離を開けたのは、近すぎた為。

 後ろを振り返ったのは、至近距離で剣を抜く予備動作。


 ヤズムートは音もなく剣を抜き放ち。


 眼前の背中。パトリッケスに向かって刃を振り下ろした。





  ◇最終話、恋の行方

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