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26◆25 道化師イウ


  ◆◆十一話◆◆



 今夜、マルコライスとその息子たちを皆殺しにする――。


 旧王国残党。ナージア王子の計画は最終段階に入っていた。


 その計画とは。侵略者に対する報復と、城の奪還である。


 追い詰められた旧王国の騎士達は、十年もの間。

 残された幼子、ナージア王子を頼りに団結してきた。


 王子が成長し、大義を主張できるようになるのを根気強く待ち。

 彼の成人を機に、十年越しの行動を決行したのだ。


――すべてはこの日の為。


 各地に散らばって騒ぎを起こし、マルコライス軍を分散させ。

 長男ドゥイングリスの前に姿を現し、痛めつけることで。


 討伐部隊の出撃を誘導した。


 タイミングを合わせ、旧王国軍を集結。

 手薄になった城に、五十人の軍勢で襲撃をかけた。


 山賊の討伐に送り出されたマルコライス軍は今頃。

 城が攻められていることも知らずに、もぬけの殻のアジトを探していることだろう。


 作戦の順調さを思うと、ナージアからは自然と笑みがこぼれるのだった。



「くくっ……。後継者の選抜などと、呑気な話だ。

 将来の心配などするだけ無駄だというのに」


 先行させた配下に、内側から城門を開けさせ。

 今まさに、憎悪の軍勢が城内へと解き放たれた。


 今夜、城は本来の持ち主の手に返る。


 あとは座して、四人の首が並べられるのを待つのみだと。

 城門前。戦線の後方で、ナージア王子は高みの見物を決め込んでいた。


 城内に残っているのはせいぜい十人足らず。

 それすらも、先行した工作員に寄ってどれだけ残っていることか。


 旧王国軍、五十人の勝利はもはや揺るぎない。


 これは十年をかけた周到な作戦だ――。


 以後の方針も、帝国と隣接する他国と示し合わせてある。


 城さえ奪ってしまえば、もはや部隊が帰還しようと防衛は容易く。

 奪還後。国境の警備隊、城下の帝国兵を追い払う算段もついている。



「ふははははっ!! 今こそ悲願成就の時っ!!」


 ナージアは暗がりで一人、拳を突き上げ勝利宣言をした。


 その姿は一見して滑稽に映るが。


 十年もの間、山賊に身を落とし。

 一族がマルコライスに受けた仕打ちを刷り込まれて育ってきた。


 そんな若者が高揚のあまりに叫び出してしまうのは。

 仕方の無いことと言えた。


 一族郎党皆殺し。まさにそれをやり返している最中。

 テンションが上がらないはずがない。


 そして、その行為はある人物を呼び寄せた。



「いたいたっ! ナージア王子!」


「――ッ!?」


 横合いから声をかけられ。ナージア王子は振り返る。


 城内から漏れ出る灯りに照らされて。

 月光の下に、そいつは姿を表した。


「ごきげんよう、亡国の王子様。

 護衛をつけないなんて、不用心じゃないか」


 とぼけた様子で近寄ってきたのは、道化師イウだった。



「必要ないということだ。俺が遅れをとることは、あり得ないからな」


 護衛は必要ない。それだけ、腕に自信がある。


 そもそも、これは完全な奇襲であり。

 このように大将首が敵と相対することはイレギュラーだった。


 十年間熟成させた、屈辱と憎悪を存分に発散しろと。

 寛容な気持ちで配下たちを送り出したのだ。



「すっごい、自信だね。自信過剰なんだね!」


 人を食った態度は、ナージアをイラつかせ。同時に、戸惑わせた。


 マルコライス側の人間が単独で自分の前に立っている。

 その事実がただただ不可解だ。


 情報通りならば、道化師はナージアにとって脅威になり得ないのだから。


「おまえの正体は知っているぞ。


 先日、我らから尻尾を巻いて逃げた女剣士。

 マルコライスの息子たちを手玉にとっている悪女らしいな」


 イウは肯定ではなく、納得という意味合いで繰り返し頷く。



「童貞は騙せても、百戦錬磨の兵士長にはバレバレかあ」


 ナージアの発言から、その情報元がヤズムートであると確信できた。


 彼は道化師の正体に気づいていたし。

 その上で、旧王国軍のスパイでもあったのだ。


 まあ、そうだよね。と、イウは抵抗なく裏切りを受け入れられた。



 彼ならば敵兵五十人を、城まで招待することも容易い。


 軍勢を率いて出発したヤズムートが、軍勢を率いて帰って来るのは当然。

 行きはマルコライス軍、帰りは旧王国軍にすり替わっていたということだ。


 彼が先導さえしていれば、簡単な変装で市街地を横断できたろう。


 そして、これまでも旧王国軍の活動をサポートしていたに違いない。

 軍の動きを把握、コントロールすることも、彼なら容易かったのだから。



 しかし、三兄弟の立場からそれを疑うのは難しいだろう。


 十年来の頼れる兄貴分であったわけだし。

 それに加えて、領民に対する配慮もある。


 旧王国民である彼を、その残党の討伐に向かわせるのはデリケートな問題だ。


 向かわせても批判の材料に。

 向かわせなくても批判の材料になっただろう。


 それでも、パトリックたちは任務を任せることで。

 彼への信頼を示したのだった。


 イウも、実際にこの状況を目の当たりにするまでは半信半疑ではあった。



「その態度、この再会も偶然ではないということか?」


 偶然通りかかって、話しかけたのでなければ。

 単身でいったい何が目的かと、ナージアは勘繰る。


 実際、イウは狙って彼と遭遇していた。


「襲撃時には配下を送り出して、自分は後方で完了を待つ。

 前回の様子からそうなんじゃないかと思ってさ」


 集落を襲撃した際。

 見張り番だと思っていた若者が首領だった。


 彼は若く、周囲に担ぎ上げられた性質上。仕事は人任せの傾向があるのだ。



「なるほど、ご名答だ。


 しかし、それが分かっていながら。何故、こんな所にいる?」


 貴様がすべきは、いち早くそれを報告し。

 マルコライス達を城から逃がすことだったろう。


 そうすれば、奇跡的に彼らの命を救えたかもしれなかったのに。


 ナージアの指摘を受けて、イウは答える。



「城を明け渡してやる義理はない」


「……何?」


「と、将軍は仰いましたとさ」


 その意味をナージアが頭で理解するより早く。

 城壁内から大規模な戦闘音が発生した。


 集団同士が衝突する合戦音だ。


「ボクがどんだけ城に張り付いてたと思ってんだよ。

 城門以外の抜け道を利用して、将軍指揮下の精鋭を中に送り込んだ。


 ここからは、国境警備軍と旧王国軍の正面衝突だ」



「馬鹿なっ!!」


 ナージアは取り乱していた。

 完璧と思われた奇襲は、失敗に終わったのだ。


 将軍側がマルコライスたちと事前に連携を取らなかったのは。

 敵をわざと城壁内まで招き入れ、一網打尽にするためだった。


 部外者の介入により領主側と意見の衝突が起きたり。

 情報が洩れて、旧王国軍が手段の変更を行うのを警戒しての判断だ。


 ヴィレオン・ジェスター将軍の手引きで迎撃部隊を潜伏させ。

 隠匿の際にはイウの調査が大いに役に立った。 



「何故、襲撃が今夜だと判った!!」


 連日、見つからないように軍勢を潜伏させられる訳がない。

 ピンポイントの配置だったはずだ。


 道化師はぶつけられた質問に答える。



「いや、何も起きなけりゃそれでも良かったんだ」


 カリンを意図的に逃がした件や、消えた調査隊。

 討伐部隊の出動を賊側が誘導した節はあった。


 城の防備を手薄にするのが狙いだったとすれば。


 ナージア王子が行動を起こすのは今夜しかない。

 今夜が最も確実で、それ以降は成功率が格段に落ちるのだから。


「だから、来るかは判らないけれど。

 今日だけは部隊を待機させることにした」


 すべては将軍の読み通り。


 旧王国軍は、ここで殲滅する。

 それが、ヴィレオン・ジェスター将軍の狙いだ。


「鬼だから、あの人」



「――クソがッ。それで、貴様が俺に差し向けられた刺客ってわけか!」


 ナージアは『王の剣』を抜き放つ。

 魔力で形成された光の刃が音をたてて闇を裂いた。


 旧王国残党の殲滅には、頭たる王子を仕留めることは不可欠。


 しかし、それはナージアの思い違いだ。


 戦力で劣るイウを単独で送り込む。

 将軍ならば、そんな不確実な指示は出さない。


 それを踏まえて、イウは王子が孤立する可能性を報告していなかった。


 一身上の都合によってだ――。



「いや、ボクは将軍の作戦には組み込まれてないんだ。

 だけど、ナージア王子。私怨でキミをぶちのめしに来た」


 臨戦態勢のナージアと対峙し、道化師は左腕を空に掲げる。


 その腕にはドゥイングリスから贈られたランタンシールドが装着されており。

 円形のそれが頭上に位置すると、まるで月が降りてきたかのように錯覚させた。


「馬の仇と、ついでにドゥイングリスの意趣返しさ」


 宣言すると。道化師は軽やかに剣を構えた。





  ◆十二話、道化師イウ②

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