◆◆十一話◆◆
今夜、マルコライスとその息子たちを皆殺しにする――。
旧王国残党。ナージア王子の計画は最終段階に入っていた。
その計画とは。侵略者に対する報復と、城の奪還である。
追い詰められた旧王国の騎士達は、十年もの間。
残された幼子、ナージア王子を頼りに団結してきた。
王子が成長し、大義を主張できるようになるのを根気強く待ち。
彼の成人を機に、十年越しの行動を決行したのだ。
――すべてはこの日の為。
各地に散らばって騒ぎを起こし、マルコライス軍を分散させ。
長男ドゥイングリスの前に姿を現し、痛めつけることで。
討伐部隊の出撃を誘導した。
タイミングを合わせ、旧王国軍を集結。
手薄になった城に、五十人の軍勢で襲撃をかけた。
山賊の討伐に送り出されたマルコライス軍は今頃。
城が攻められていることも知らずに、もぬけの殻のアジトを探していることだろう。
作戦の順調さを思うと、ナージアからは自然と笑みがこぼれるのだった。
「くくっ……。後継者の選抜などと、呑気な話だ。
将来の心配などするだけ無駄だというのに」
先行させた配下に、内側から城門を開けさせ。
今まさに、憎悪の軍勢が城内へと解き放たれた。
今夜、城は本来の持ち主の手に返る。
あとは座して、四人の首が並べられるのを待つのみだと。
城門前。戦線の後方で、ナージア王子は高みの見物を決め込んでいた。
城内に残っているのはせいぜい十人足らず。
それすらも、先行した工作員に寄ってどれだけ残っていることか。
旧王国軍、五十人の勝利はもはや揺るぎない。
これは十年をかけた周到な作戦だ――。
以後の方針も、帝国と隣接する他国と示し合わせてある。
城さえ奪ってしまえば、もはや部隊が帰還しようと防衛は容易く。
奪還後。国境の警備隊、城下の帝国兵を追い払う算段もついている。
「ふははははっ!! 今こそ悲願成就の時っ!!」
ナージアは暗がりで一人、拳を突き上げ勝利宣言をした。
その姿は一見して滑稽に映るが。
十年もの間、山賊に身を落とし。
一族がマルコライスに受けた仕打ちを刷り込まれて育ってきた。
そんな若者が高揚のあまりに叫び出してしまうのは。
仕方の無いことと言えた。
一族郎党皆殺し。まさにそれをやり返している最中。
テンションが上がらないはずがない。
そして、その行為はある人物を呼び寄せた。
「いたいたっ! ナージア王子!」
「――ッ!?」
横合いから声をかけられ。ナージア王子は振り返る。
城内から漏れ出る灯りに照らされて。
月光の下に、そいつは姿を表した。
「ごきげんよう、亡国の王子様。
護衛をつけないなんて、不用心じゃないか」
とぼけた様子で近寄ってきたのは、道化師イウだった。
「必要ないということだ。俺が遅れをとることは、あり得ないからな」
護衛は必要ない。それだけ、腕に自信がある。
そもそも、これは完全な奇襲であり。
このように大将首が敵と相対することはイレギュラーだった。
十年間熟成させた、屈辱と憎悪を存分に発散しろと。
寛容な気持ちで配下たちを送り出したのだ。
「すっごい、自信だね。自信過剰なんだね!」
人を食った態度は、ナージアをイラつかせ。同時に、戸惑わせた。
マルコライス側の人間が単独で自分の前に立っている。
その事実がただただ不可解だ。
情報通りならば、道化師はナージアにとって脅威になり得ないのだから。
「おまえの正体は知っているぞ。
先日、我らから尻尾を巻いて逃げた女剣士。
マルコライスの息子たちを手玉にとっている悪女らしいな」
イウは肯定ではなく、納得という意味合いで繰り返し頷く。
「童貞は騙せても、百戦錬磨の兵士長にはバレバレかあ」
ナージアの発言から、その情報元がヤズムートであると確信できた。
彼は道化師の正体に気づいていたし。
その上で、旧王国軍のスパイでもあったのだ。
まあ、そうだよね。と、イウは抵抗なく裏切りを受け入れられた。
彼ならば敵兵五十人を、城まで招待することも容易い。
軍勢を率いて出発したヤズムートが、軍勢を率いて帰って来るのは当然。
行きはマルコライス軍、帰りは旧王国軍にすり替わっていたということだ。
彼が先導さえしていれば、簡単な変装で市街地を横断できたろう。
そして、これまでも旧王国軍の活動をサポートしていたに違いない。
軍の動きを把握、コントロールすることも、彼なら容易かったのだから。
しかし、三兄弟の立場からそれを疑うのは難しいだろう。
十年来の頼れる兄貴分であったわけだし。
それに加えて、領民に対する配慮もある。
旧王国民である彼を、その残党の討伐に向かわせるのはデリケートな問題だ。
向かわせても批判の材料に。
向かわせなくても批判の材料になっただろう。
それでも、パトリックたちは任務を任せることで。
彼への信頼を示したのだった。
イウも、実際にこの状況を目の当たりにするまでは半信半疑ではあった。
「その態度、この再会も偶然ではないということか?」
偶然通りかかって、話しかけたのでなければ。
単身でいったい何が目的かと、ナージアは勘繰る。
実際、イウは狙って彼と遭遇していた。
「襲撃時には配下を送り出して、自分は後方で完了を待つ。
前回の様子からそうなんじゃないかと思ってさ」
集落を襲撃した際。
見張り番だと思っていた若者が首領だった。
彼は若く、周囲に担ぎ上げられた性質上。仕事は人任せの傾向があるのだ。
「なるほど、ご名答だ。
しかし、それが分かっていながら。何故、こんな所にいる?」
貴様がすべきは、いち早くそれを報告し。
マルコライス達を城から逃がすことだったろう。
そうすれば、奇跡的に彼らの命を救えたかもしれなかったのに。
ナージアの指摘を受けて、イウは答える。
「城を明け渡してやる義理はない」
「……何?」
「と、将軍は仰いましたとさ」
その意味をナージアが頭で理解するより早く。
城壁内から大規模な戦闘音が発生した。
集団同士が衝突する合戦音だ。
「ボクがどんだけ城に張り付いてたと思ってんだよ。
城門以外の抜け道を利用して、将軍指揮下の精鋭を中に送り込んだ。
ここからは、国境警備軍と旧王国軍の正面衝突だ」
「馬鹿なっ!!」
ナージアは取り乱していた。
完璧と思われた奇襲は、失敗に終わったのだ。
将軍側がマルコライスたちと事前に連携を取らなかったのは。
敵をわざと城壁内まで招き入れ、一網打尽にするためだった。
部外者の介入により領主側と意見の衝突が起きたり。
情報が洩れて、旧王国軍が手段の変更を行うのを警戒しての判断だ。
ヴィレオン・ジェスター将軍の手引きで迎撃部隊を潜伏させ。
隠匿の際にはイウの調査が大いに役に立った。
「何故、襲撃が今夜だと判った!!」
連日、見つからないように軍勢を潜伏させられる訳がない。
ピンポイントの配置だったはずだ。
道化師はぶつけられた質問に答える。
「いや、何も起きなけりゃそれでも良かったんだ」
カリンを意図的に逃がした件や、消えた調査隊。
討伐部隊の出動を賊側が誘導した節はあった。
城の防備を手薄にするのが狙いだったとすれば。
ナージア王子が行動を起こすのは今夜しかない。
今夜が最も確実で、それ以降は成功率が格段に落ちるのだから。
「だから、来るかは判らないけれど。
今日だけは部隊を待機させることにした」
すべては将軍の読み通り。
旧王国軍は、ここで殲滅する。
それが、ヴィレオン・ジェスター将軍の狙いだ。
「鬼だから、あの人」
「――クソがッ。それで、貴様が俺に差し向けられた刺客ってわけか!」
ナージアは『王の剣』を抜き放つ。
魔力で形成された光の刃が音をたてて闇を裂いた。
旧王国残党の殲滅には、頭たる王子を仕留めることは不可欠。
しかし、それはナージアの思い違いだ。
戦力で劣るイウを単独で送り込む。
将軍ならば、そんな不確実な指示は出さない。
それを踏まえて、イウは王子が孤立する可能性を報告していなかった。
一身上の都合によってだ――。
「いや、ボクは将軍の作戦には組み込まれてないんだ。
だけど、ナージア王子。私怨でキミをぶちのめしに来た」
臨戦態勢のナージアと対峙し、道化師は左腕を空に掲げる。
その腕にはドゥイングリスから贈られたランタンシールドが装着されており。
円形のそれが頭上に位置すると、まるで月が降りてきたかのように錯覚させた。
「馬の仇と、ついでにドゥイングリスの意趣返しさ」
宣言すると。道化師は軽やかに剣を構えた。
◆十二話、道化師イウ②