◇◇十四話◇◇
「待たせたな! 今夜からオレサマも会議に復帰するぞ!」
当日の成果確認の為、一日の締めくくりとして報告会が行われる。
その場所に、ドゥイングリスは数日ぶりの復帰を果たした。
「別に待ってはいませんよ。
それより、怪我の調子は良いのですか?」
会議室に一番乗りしていたパトリッケスが、皮肉混じりに身体を気遣う。
そこからは彼の心境の変化が見て取れたが。
長兄がそれに気付くことはなかった。
「良いわけがない。だからと言って閉じこもっていては気が滅入るばかりだろう。
いつも通りに過ごす。仕事をする。それが一番の治療法だ」
肩の付け根を粉砕されたドゥインの怪我は深刻で。
利き手で物を掴むことは二度とできないと思われる。
それ故に、何もしない。ということが精神に与える消耗は激しい。
忙しなくして、忘れてしまう方が楽だった。
「ドゥイン兄さん。怪我はもう良いの?」
一足遅れてロイが合流した。
マルコライスを寝室へと送り届けて来た所だ。
「ロイ、そのくだりはもうやりました。席に着いてください」
「…………」
着席を促す次兄に対して、末弟は不貞腐れた態度を取る。
「どうかしましたか?」
「べつに」
気になったが、本人が否定しては仕方ない。
パトリックは話を進めることにした。
「兄上が出てきたならば都合が良い。今日は、二人に大事な話があります」
ヤズムート兵士長は遠征に出払い、今日の会議は兄弟水入らずだ。
パトリックは「私事ですが」と言って切り出した。
しかし、それをドゥインが立ち上がって遮る。
「大事な話ならオレサマにもあるぜ!
聴いてくれ! カリンはなんと、あのジェスター将軍の娘だったんだぜ!」
手に入れた勝利のカードを出し惜しみせずに炸裂させ。
小生意気な弟を黙らせるつもりだった。
しかし、パトリックは一言。「そうですか」と言って流した。
「そうですかって!?」
「で、僕の話が途中でしたが、よろしいですか?」
相手の言葉を遮ってまで出した必殺が上滑りし、ドゥインは気勢を削がれた。
「お、おう」と、気弱に発言権を譲る。
言ったあと、どうするかまでは考えていなかったのだ。
「熟考した結果、僕はティータを妻に迎えることにしました」
プロポーズの返事は保留状態だが、パトリックは断固とした口調で宣言した。
「おいおいおいっ! 家柄がどうとかこうとかよぉ!」
これにはドゥインも納得がいかない。
強く講義の姿勢でもって批判する。
いつもの如く激しい口論に応じようと身を乗り出す。
しかし、予想に反してパトリックは頭を下げたのだ。
「その件については謝ります。軽率でした」
「お、おう……。何だか、腑に落ちねぇが……」
納得いかないが、素直に謝られると強くは出れなかった。
「チッ!」末弟が舌打ちをする。
兄たちはその態度に違和感を覚えるが、指摘するより戸惑いが先行してしまう。
可愛い三男の様子がなんか、おかしい――。
「俺は、その結婚を容認できないよ。
パトリック兄さんは、ドゥイン兄さんを出し抜いて権力を手に入れたくて仕方がないんだ。
だから、自分の信念を曲げてまで手近な女で手を打とうとしている」
「ロイ、それは誤解です」
当初、そういう面もあったが。現在は違う。
少なくとも、ティータを選んだのは妥協などではなかった。
「誤魔化されるもんか。
パトリック兄さんがドゥイン兄さんの寝首を掻こうとしていたことは知ってるんだ!」
「そうだ! 言ってやれ、ロイ!
身内同士で争って恥ずかしくはないのかと!」
味方を得たりと、ドゥインがロイを後押しした。
ロイは勢いづいて続ける。
「俺は、パトリック兄さんの薄汚い野望を阻止すると決めたよ」
「薄汚いとか言わないでください」
ロイは堂々と宣戦布告する。
「そのために。リアンナと結婚して、領主には俺がなると宣言する!」
ドゥインは叫ぶ。
「それは、ダメだッ!!」
味方を得たと思えば、敵が増えただけだった。
「驚きました。しかし、ロイにもその資格はある。
これで競争は正式に成立したわけですね」
ここに、三人ともが後継者を狙っていることが確認された。
それに当たって、パトリックが一つの提案をする。
「しかし、我々が互いにパートナーの印象を主観で語り合っても何の進展も見込めません」
「じゃあ、どうするってんだ?」
「どうせ、卑怯なことを考えてるに違いないよ。耳を貸してはダメだ」
「ロイ、おまえは一体どうしてしまったんですか?」
弟の豹変に戸惑いながら、パトリックは続ける。
「まずは聴いてください。とにかく、僕は勝負を急ぎたいのです。
前述を踏まえて、それぞれのパートナーをこの場で紹介し合う。というのはどうでしょうか?」
グダグダと長引かせず、実物を見比べて決着させよう。
そういう提案だった。
「なるほど」
「確かに、兄さんにしては珍しくフェアーな提案だね」
「ロイ?」
帝国から将軍が来ていること。
父親の体調の不安。
くだらない争いの終息。
決着を急ぐ理由は理解出来たし、三人ともが自分の相手に自信を持っている。
望むところ、断る理由は無い。
「では、いつにする?
カリンが自由なのは基本的に日中に限るらしいが」
「聞き分けてくれてありがとうございます。
しかし、ティータは夕刻までは家業の手伝いで忙しいとか」
「リアンナは、深夜にならないと姿を見せないんだ。
たぶん、都合があるんだ思う」
どうやら、スケージュール調整が難しいようだ。
「なんだよ! 日程を決めるまでに時間がかかりそうだな!」
「何か、別の方法を考えようか?」
珍しく満場一致だった提案に、ドゥイン、ロイと共に乗り気だ。
兄弟の恋人に対する好奇心も後押ししていた。
「そうだな、一人ずつ面談したら良いだろう――」
「どうした、リッキー?」
長兄が次兄を気にかけた。
二人が積極的に議論する横で、パトリックが黙り込んでいたのだ。
「……いや、いま恐ろしい考えが頭を過ぎったもので。
それと、リッキーと呼ぶな」
「は?」
パトリックのそれは、ピンと来た。と言っても良いものだが。
あまりにおぞましい想像だった為、飲み込むのを拒んでいた。
しかし、ここまで来たら口に出すしかない。
「彼女たちは、本当に存在するのでしょうか――?」
「はっ?」
「狂人の見た幻みたいに言わないでよ」
発言の意図をまったく理解できなかったが、冗談を言っている様子はなかった。
パトリックは顔面を蒼白にして続ける。
「我々がこれほどまでに心奪われるような女性が、これまで噂になることもなく。
同時期に姿を現した……。そんなことがあり得ますか?」
「パパンが後継者に言及するまで、我々が興味を持たなかっただけだろう」
自分たちが視界に入れなかっただけ。
実際、三人とも異性への興味が希薄だったのは確かだ。
女性の噂など聞き流して当然だとドゥインは主張した。
「兄上が戻らなかった日、カリンという女性について。
報告を受けた者から大まかな特徴などを確認したのです。
そこには、いくつかの類似点が。しかし、その時は興奮状態で気にもしなかった……」
パトリックはブツブツと要領の得ないことを口走る。
ドゥインは痺れを切らして怒鳴りつけた。
「なんだよ、ハッキリ言え!!」
「――カリン、ティータ、リアンナ。この三人は同一人物なのではッ!!」
強い声に押された勢いで、パトリックは結論を吐き出した。
――沈黙。
口を開いたのはロイだ。
「はっ? 何を言い出したかと思えば、馬鹿げている……」
「そうだ! 名前が一致しないだろうが!」
「兄さんは黙っていてくれッ!!」
末弟の強い語気に長兄は言葉を失う。
「何度もここで意見交換をしたけど。
三人とも印象がバラバラだったじゃないか」
ロイが悪夢を振り払うようにして、冷静な意見を述べる。
どうしたんだ兄さん、しっかりしてくれと。
ドゥインも便乗して、言い含めようとする。
「カリンは剣士で、おまえの女は本の虫だろうが!」
「その二つは両立可能ですよ。僕がそうだ」
「でも、カリンさんはチビ女だって」
頑なな態度の次兄に、ロイが反論した。
しかし、それはパトリックの疑念を強めるだけだった。
「成長期であるロイが長身と感じた相手も、大男である兄上から見たらどうでしょう?」
その落差は三十センチ程もある。
「ならばっ、オッパイはどう説明する?!
カリンは貧乳で、ロイの彼女は巨乳なんだぞッ!」
ドゥインの指摘にもパトリックは反論する。
「貧乳崇拝者のロイにとっては過剰でも。
乳房に過大な幻想を抱く兄上には物足りないのです」
「…………」
語れば語るほど、同一人物を否定する材料は失われていった。
「確かに。思い当たる節がなくはない……ッ!」
ロイは目を見開いて項垂れた。
「おまえ達、正気かっ!?」
否定の態度を貫いているのは、ドゥインだけになっていた。
「ティータとはいつも、同じ場所で会っていました。
政務を終え、一日の報告があるまでの昼から夕刻の間です。
一方、兄上は日中の巡回時間に。ロイは父上を寝かしつけたあと深夜の庭で。
つまり、時間が被らない」
「ぐ、偶然に決まっている!」
「少なくとも、同じ時間に別の場所に存在した。という証明はできません」
「パトリック兄さんは、そんな荒唐無稽な話を本気で信じているの?」
ここで語られているのはファンタジーの域を出ない内容だ。
そういう曲解の仕方もできるというだけで、なにか証拠があるという訳でもない。
また、互いの相手を確認しさえすれば、解決する話でもある。
だけれど、もはや無視できる問題ではなかった。
三者三様に、運命の相手と定めた女性が、同一人物かもしれないのだ。
「信じたわけじゃありませんとも。
ただ、どちらにしても事実は明らかにするべきです」
「そんなことをして、何の意味があるってんだよ!!」
無用な混乱を産んだ議題を、ドゥインが否定する。
しかし、疑惑がもたげた以上。放置はできない。
いま、この場で誤認であることを証明しなければ夜を越えることはできない。
「疑惑を晴らしたければ、事実を明らかにするしかない」
「一人の人間が別人を装って。
日中はドゥイン兄さんと会って。
夕方にパトリック兄さんと会って。
夜は、俺と会ってるって言うの?
そんな推理をするなんて、狂ってるとしか言い様がないよ……」
ロイは半ばパニックに陥っていた。
精神に深刻なダメージを受けた証拠だった。
「同一人物だってんなら、目的はなんなんだよ?」
ドゥインは否定するためだけに疑問を提示する。
それすらを材料に、パトリックは推理を展開した。
「思い当たる節は一つ。財産狙いです。
三人ともキープしておき。後継者が確定した者に嫁ぐ」
「カリンはそんな女じゃねえ!!」
「僕だって、そう信じたいですよ!!」
辛いのは、三人とも同様だ。
それが事実だった時、心を強く持っていなければ自害すら免れない。
「そのためには情報が必要なんです。
何か一つ、決定的な事実が見つかれば、疑いは晴らせるんだ!」
「例えば髪の色は? 三人とも証言が違ったはずだ!」
すがるようにして、ロイが訊ねた。
「カリンは赤髪、ティータは茶髪、リアンナは黒髪でしたね。
しかし、ドゥイン兄さんは陽光の下で、僕は屋内で。
ロイにいたっては深夜の暗がりでの曖昧な印象の話しかしていません。
実際、茶系統の髪色だったのではないですか?
ハッキリ証言してください。ティータは茶髪でした」
「……リアンナも茶髪だ」
ロイが観念し、パトリックは長兄を振り返って返答を促す。
「カリンの髪は……。結んでいた」
「兄上!」「兄さん!」
「そんなにマジマジ見てねぇよ! 変態じゃあるまいし!」
「胸はマジマジ見てただろうが!!」
そもそも、髪の色に初めに言及したのはドゥイングリスであり。
つい先日、屋内で見たカリンの髪に対して。
『思ったほど赤くないな』などと感想を口走ったばかりだ。
「では、身長ならどうです。自分と比較して大きい小さいではなく。
目測でだいたいの数値を教えてください。
ティータは約160センチです」
「リアンナも、だいたい160センチくらいだと思う」
弟たちは長兄を振り返る。
「背は三メートルくらいあったし! 肌の色はミドリ色だったし!」
「兄上!」「兄さん!」
往生際悪く現実逃避する情けない兄を咎めた。
「やだよぉ。そんなの、やだぁぁぁ!!
カリンはいるんだ。お前らが見てるのが幻なんだぁぁぁ!!」
「兄上、暴れないで! 怪我に障る!」
「パトリック兄さんの言う通りな気がしてきた。
確かに、リアンナの行動は不可解な部分が多い」
「財産狙いな訳があるか! カリンは将軍の娘なんだぞ!
カリンはいます! おまえらの女だけ幻だっぴゃーーーーーーッ!!」
ついに会話の成り立たなくなった兄を放置し。
弟たちは話を進める。
「ジェスター将軍が絡んでいるなら、話は早い。
つまり、彼女は視察の為に送り込まれたスパイだってことですよ」
「女王に従順でない領主が何をしているのか。
その調査として、僕たちを利用したのです」
そうは考えたくない。
しかし、全ての出来事はタイミングが良すぎる。
父の言葉に感化され、結婚を意識しだしたからでは済まされない。
「そう考えると、全てが怪しく思えてくるんだけど……」
「ビャアアアアアアッ!!! ヒグゥッ! ピャアアアアアアッ!!!」
「兄さん、うるせぇぇぇッ!!!」
「なんですか。言ってください」
長兄にブチ切れる末弟を諌め、次兄は意見を求めた。
ロイはかしこまってパトリックに告げる。
「最近。というか、リアンナたちが現れた頃から。
俺たちの周囲をやたらと嗅ぎ回っている人物がいるよね」
その人物に、パトリックはすぐ思い当たる。
「――道化師イウですね」
◇十五話、三兄弟①