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20◇20 リアンナ③


  ◇◇十一話◇◇



 マルコライスが予定より早く床についたので。

 解放されたロイは、いつもより余裕のある日程を過ごせていた。



――次はいつ会えるだろう。


 先日以来、ロイはリアンナのことを頻繁に考えている。

 彼女の顔が頭を過ぎっては、反省と後悔に身悶えを繰り返していた。


 何故、あんなことになってしまったのか――。


 あれ以来、ロイの中でリアンナの存在は大きくなる一方だ。


 会いたいけれど、とても気まずくもある。


 ただでさえ。その存在をヤズムート兵士長に看破され。

 彼女の望まない状況に追い込まれてしまったというのに。


 後継者選抜の条件が『嫁選び』だという、このタイミングが悪かった。


 本来ならば、大騒ぎするほどのことでもないはずが。


 独り身の兄二人がムキになって、追及してきたため。

 黙秘を貫くことができなかったのだから。



 しかし、恐るべきは兵士長だ。


 何故、知っているのかと訊ねたら。「態度から察した」と言い。

 憶測だと否定もしたが。「間違いない」と断言されてしまったのだ。


 現場を押さえた訳でもないのに、彼の言葉は絶大な説得力を持ち。


 いくら言い逃れをしようと、兄たちを説き伏せることは叶わなかった。


 ヤズムートの言葉でさえなければ『誤解』の一言で、逃れられていただろう。


 あの様子では、二人とも女性の攻略が難航しているに違いない。

 リアンナとの密会に押し掛けて来るのも時間の問題だろう。


 今後、敷地内で会うことは危険だ。

 自分のミスで彼女に迷惑をかけることになってしまう。


 それに、あの兄たちを会わせるのは。なんだか、恥ずかしい。 

 ロイはそう思っていた。



「三男様、こちらにおいででしたか!」


 ロイが物思いにふけっていると、ヤズムート兵士長が駆け寄ってきた。


「兵士長。どうかした?」


 彼にしては珍しく慌てた様子に、ロイは身構えた。


「火急の報告がございます」と、前置きし。


「とても重要な内容ですので、どうか心を落ち着かせて、お耳をお貸しください」


 そう念押しまでしてくる。


 兵士長の深刻な声色に、いやがおうにも気が引き締まる。


 旧国に勝利して以来。平和続きの土地だ。

 緊急事態など縁遠く。


 どのような報告がされるか、予想もつかない。


 ロイは不安に駆られながら、待ち構える。


「任務に同行していたカリンという女性の報告から。

 ドウィングリス様が賊との衝突の末、戦死されたとのことです」



「……えっ?」


――長兄ドゥイングリスの死去。


 その言葉の意味をすぐには飲み込めない。


 つい今朝も、誰よりも血色の良い顔色で、ふんぞり返っては高笑いを上げていた。


 誰よりも長生きしそうだった、強靭な兄が。


 言葉に詰まるロイをおいて、ヤズムートは続ける。


「単独調査へと方針を変更した矢先の不幸です。

 提案者として重く責任を受け止め、いかなる処分も受ける所存です」



「そんな、信じられない……。


 そうだ、パトリック兄さんは?」


 ロイは縋るような気持ちで訊ねた。


 この事実をいったい、次兄はどのように受け止めたのだろうか。


「討伐部隊の編成を急ぐようにとの指示を受けました。

 現在は、図書館へと向かわれたようです」


 仕事を兵士長に丸投げして、自分は図書館へ――。

 ロイは愕然とする。


「現場へは?」


「事実確認の為、調査隊を派遣中です」


 討伐部隊の編成には時間がかかる。

 その間を無駄にしないため、ヤズムートは現場の状況確認を急がせたのだ。



「その、カリンさんはどこにいるの?」


 目撃者の証言を直接きくのが筋だろう。

 しかし、ロイの要望は叶わない。


「報告を受けた兵士が目を離した隙に、いずこかへと。

 ですが、長男様の馬を駆って戻ったことから信憑性は高いかと」


「……そうか、調査隊の報告を待つしかないのか」


 遅い時間だ。報告は早くとも朝か、数日かかる可能性があるかもしれない。



「無念の至りです……」


 反省と後悔を滲ませるヤズムートを慰める。


「兵士長に落ち度は無いよ。


 禁止していた賊との交戦を行ったのなら、それはドウィン兄さんの気質の問題だ」


 方針変更の条件として、交戦は禁止していた。

 詳しい状況はまだわからないが、兄の事だから我を通した結果だろう。


 兵士長を責めるのは筋違いというものだ。


「父さんへの報告は、調査隊の帰還を待って、俺からするよ。

 兵士長は、パトリック兄さんの指示に従ってくれ」


「了解いたしました」


 ヤズムート兵士長は、敬礼をしてその場を後にした。



 パトリック兄さんは、また図書館か――。


 次兄の行動に対して、ロイは疑心に駆られていた。


 こんな時だというのに、暢気に趣味の読書もないだろうに。

 毛嫌いしていた長男がいなくなって、清々したといったところか。


 それにしても、こんな遅い時間に行くのは珍しい。

 もしかすると、ティータという女性と会っているのかもしれない。


 長兄の脱落で、後継が確実になり浮かれてでもいるのか――。



『よろこんでください、ティータ! 僕こそが、この地域の支配者です!』


『やったわ、パトリック! これで地位も名声もお金も、すべて私たちのものね!』


 二人のやり取りを思い浮かべ。

 きっと、そうに違いない。と、怒りに震えた。


「くそっ! ティータとかいう女、なんて性根の腐った奴なんだ!」


 ロイは見たこともない相手の醜態を想像し、罵倒した。


 いっそ図書館に行って、二人が祝杯を挙げるさまを見届けてやろうか。

 財産狙いで兄に付きまとう汚い淫売の正体を暴いてやろうか。


 怒りにまかせて突入し、祝宴をめちゃくちゃにしてやろうかと。



「……いや、やめておこう」


 しかし、ロイは思いとどまる。

 そんなことをしても嫌な気分になるだけに違いない。


 これまでは、自分が権力を得ることにさしたる興味も無かった。

 どちらかと言えば、現実味が無かったのだ。


 だけれど、願望として。


 もし、そうなれたならば。


 帝国民も旧王国民も、平等に暮らせる環境を作りたいと考えてはいた。


 不可能だと諦める傍らで、強く願っていたのだ。


――だけれど、状況は変わった。


 権力欲に取りつかれた冷血な次男と。

 財産狙いの薄汚い強欲女に明け渡したくはない。


 そんな奴らに遠慮して、諦めていいような夢ではない。



『遅くないよ。未来は変えられるよ。


 その気になれば、どんな風にだって変われる。間に合うよ』


 リアンナが言ってくれたのを思い返した。


 もし、彼女が結婚を了承してくれたなら。


 自分でも、この城の城主になれるだろうか――。


 ふと、そんなことを考える。



 世話役を任されているロイは、マルコライスの体調の悪化に気づいていた。


 体力の衰えから、剣の稽古を終了してしまったし。

 思考力の低下などは著しく、会話が成立しないことも増えた。


 もう、長くはないのかもしれない――。


 もし老衰や病死などが原因で亡くなり、遺言がなかった場合。

 長兄亡き後、次男がその役目を引き継ぐのが自然だろう。


 そうなれば、自分が実権を握る機会は失われる。


 この時、この条件下でならば。

 次兄を出し抜くことも可能ではないだろうか。


 父がをそれを許すとは限らない。


 しかし、父が亡くなった時。

 条件を満たしているのが自分だけだったとしたら。


 それを口実に、権利を主張できるのではないだろうか――。 



『頑張ってる人、かな。気高く胸を張って、困難に立ち向かえる人』


 それが、リアンナの好みのタイプ。


 マルコライスの体調不良にしても。

 リアンナとの密会にしても。


 期限は迫っている。結論を出す時だ。


 次に彼女と会う時、それがどちらに転ぼうと決着をつける。


 リアンナに正体を白状させ、自分がそれに納得でき。

 彼女が去らずにいてくれたなら。


 後継者選抜の条件を打ち明けた上で、彼女にプロポーズをする。


 それで、理想の世界を目指す。


 悪女ティータに篭絡された次兄パトリックに、勝つ。


 ロイは覚悟を決めたのだった。





  ◇十二話、カリン③

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