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18◆18 ドゥイングリス②


  ◆◆八話◆◆



 女剣士カリンことイリーナは、領地の巡回業務に幾度目かの参加をしていた。


 当初は、ドゥイングリスと一緒に城下の見回りをする程度だったが。

 往復一日程度の遠征にも参加するようになっていた。



「馬のあつかいも達者だな。カリン!」


「馬番の管理が良いだけだ。こちらが怖がらなければ、よく従ってくれる」


 無理強いではない。

 道中は乗馬での移動であった為、それを目当てに本人から申し出ていた。


 動物好きの彼女は物怖じせず。

 借り物の馬ともすぐに打ち解けられていた。


「よーし、いい子だ。いい子だぞ。モンプチ」


 モンプチとは借馬の名前である。

 カリンは栗毛の首を撫でつけながら、頻繁に馬に語りかけた。


 冷淡な女剣士を心掛けていたが、動物と触れ合うとワクワクを隠しきれない。

 遠征任務はむしろ、彼女にとって良いストレス発散になっていた。


「オレサマ! まさかの馬に嫉妬!」


 うるさいので、そちらも適度に構ってやらなくてはならない。


「……はいはい。いい子だぞ、ドゥイングリス殿」



 当初、ドゥイングリスの人間性には懐疑的だったが。


 おだてれば木に登るの典型か。

『特別なオレサマ』を見せつけたい彼は、非常に働き者だった。


 自ら率先し、誰よりも精力的に働く姿には部下達の人望も厚い。


 強烈なキャラクターも、受け入れてしまえば意外と親しみやすかった。



「ところでカリン。そろそろ疲れただろう。

 どうだ、木陰にでも入って少し休まないか?」


「ことあるごとに物影に引きずり込もうとするのは止めてくれ」


 ガツガツした童貞ムーブに辟易させられるのは変わらずだが。


 そうでなくとも、先日のロイとのこともあり。

 変な雰囲気にならないようにと、カリンの警戒度は上がっているのだ。


「カリン。どうした、顔が真っ赤だぞ?」


「知らない! 見るな!

 それに、次の集落はもう目と鼻の先だろう」


「そこでは! 人の目があるだろうが!」


――人々の無事を確認するのが、目的なのでは?!


 言っても無駄だと、カリンは正論を飲み込んだ。



 今日の任務は二人きりだ。

 童貞男のいやらしい悪巧みという訳では無く。


 山賊の活発化にともない、巡回方針の変更がされたからだった。


 部隊での重点調査から個別による拡散調査へ。

 任務も、制圧から発見報告へと切り替えられた。


 それによって、従来の人員で五倍の範囲をカバーすることが可能だ。



 しばらくは何事もなく。

 ペースダウンし、街道沿いを進んでいた。


 すると、二人を目掛けて駆け寄る人影がある。

 若い男性が一人、一般的な村民に見える。


「騎士様ッ!!」


 男は、必死の様子だ。

 ドゥインはそれを待ち構え、馬の足を止める。


「どうした愚民よ!」


 愚民って呼んじゃうんだ!? と、カリンは驚いた。


「どうか、お助け下さい! 私の村がッ、山賊に!」


 集落が賊の襲撃に遭い、男は命からがら逃げてきたらしい。


 しかし、間が悪いことに。現在の巡回は討伐を目的としていない。

 最低限の人員、装備しか用意していなかった。



「敵の数は?」


 カリンは村人に優先事項を確認する。

 敵が単独であることを期待するが、甘い考えだとは自覚していた。


「わかりません……。武装した男達が大勢……!」


 三十人の村を襲ったのは、十人の賊だ。


 小さな集落は家族も同然。

 強い連帯で身内の間違いを正し。外敵には一丸となって立ち向かい追い払う。


 しかし、その半数が老人や女子供であり。

 武装した集団に襲撃を受けては一溜りもない。


 一方的な虐殺を避けられない。



「わかった! オレサマが追い払ってやろう!」


「待てっ、分が悪すぎる!」


 意気込むドゥイングリスをカリンが制した。


 彼の行動は、彼女にとって全くの想定外だった。

 無頼漢的な所はあるが、ドゥイングリスはけして馬鹿ではない。


 大枠の方針はパトリッケスたちに委ねているが。

 現場で人を動かすのは彼の仕事だ。


 その判断は迅速で的確。

 部下達にも、今回は口を酸っぱくして『衝突を避けろ』と言っていた。



「あなたはこの国の未来を担う特別な人材だ。

 万が一にも失われる訳にはいかない!」


 無謀を避けて引き返し、兵を引き連れ。従来の方法で賊を殲滅するのが冷静な判断だ。


 集落は壊滅するだろうが、足取りを頼りにアジトを叩く。

 それで、次は防げるはずなのだ。



「カリンよ! ワタクシこそは、選ばれた特別な人間なのだ!


 自惚れで言っているわけではない。

 持たざる多数の平民を救う。それこそが選ばれし者の使命。


 弱者の矢面に立たぬ者に、騎士の資格などないッ!」


 断固たる意志を湛えた瞳に、偽りはなかった。


 彼は、思い上がりで選民を気取っているわけじゃない。

 覚悟を決めているからこそ、自らを特別だと断言するのだ。


 義務を果たすからこそ権利を主張する。


 彼が人々を愚民と呼ぶのは、線引きの強調だ。

 彼らは護られるべき存在。自分は彼らを救う存在なのだと。


 そして、部下の兵士たちは一段下の存在だ。

 だから、無理はさせない。


 しかし、特別である自分は命を懸けなくてはならない。



「…………」


 カリンは下唇を噛み締めて顔を伏せた。それは羞恥からの行動だ。


 彼女の指摘こそ正しい。間違いは言っていない。

 敗色濃厚な特攻を推奨するなど馬鹿げている。止めて然るべきだ。


 そうやって命を落とした場合、それは遅延を招く。

 無理せず情報を持って帰ることこそ、冷静な判断と讃えられるべきだ。


 しかし、気づいてしまった――。


 カリンがした判断の根底には、自分たちの計画の為。

 ドゥイングリスを失うわけにはいかないという打算があった


 自らの利と天秤にかけて。

 罪なき人々の命を軽んじたからこその発言だった。


 そんな心根が恥ずかしくなったのだ。



「カリン。悪いが、今日はここまでだ。先に帰ってくれ。


 明日また、待ってるからな!」


 ドゥイングリスは一人で救援に向かおうとする。

 カリンを巻き込まないつもりだ。


 先の決闘では将軍の指導で、攻略法を打っただけ。

 本来の彼は、彼女などとは比較にならない強者だ。


 一体一での十戦ならば、安心して任せることができたろう。

 だが、背中に目は付いていない。


 カリンはドゥイングリスの後を追った。



「戻れカリン! このオレサマだぞ! 心配など無用だ!」


「誇りの問題だ!」


 独りならば囲まれてお終いだが。

 二人ならばカバーできる。


 略奪目的の賊だ。全員で固まって家さがしもないだろう。


 少なからず散らばって回収作業をするはずだ。

 それらを馬上の利と機動力を生かして各個撃破していきさえすれば。


 無謀だが。きっと不可能ではない。



「これはもう! 結婚しているってことで良いんだなッッ!」


「そんな話はしていないっ!」


 程なく、正面に集落が迫る。

 ドゥイングリスとカリンは戦闘へと意識を切り替えた。


 村に差し掛かった広場。物資を運搬するための荷台が数台。


 その前に突っ立っていた男がこちらを振り返った。

 おあつらえ向きに一人。若い男だ、見張り役の下っ端だろうか。


 敵を集結させずに、撃破しなくては。


 左を併走するドゥイングリスを先行させるより。

 位置的には自分が行くべきだと判断した。


 カリンは剣を抜く。



「行くぞ、モンプチ!」


 すれ違いざまに無力化しようと、カリンは馬の速度を上げる。


――アイツは悪いヤツ。アイツは悪いヤツ。


 頭の中で唱えることで、剣を振るう覚悟を決める。


 接触する。と、気合を入れた瞬間。


 標的を見失った――。



『しゃがんだ、下――ッ!?』


 消えた敵の所在を確認する間もなく、浮遊感がカリンを襲った。


 馬が転倒し、落馬。

 高所から地面に叩きつけられ、地面を転がった。


 ドゥインが悲鳴を上げる。


「マイ、ワイフッ!!」



 内蔵が受けた衝撃に呻きながら、カリンは地面を転がった。


 なんとか膝立ちにまで体制を立て直し、状況把握に努める。


――何が起きた?


 回転する視界のなかに、取り落とした剣を発見。

 その対角線上。転倒したモンプチを見て、急速に血の気が引いた。


 脚が二本、切断されている――。



「モンプチッ!!?」


 モンプチは必死にいななき。立ち上がろうと、もがいている。

 できるはずもない。パニックを起こしているのだ。


 カリンは敵の存在も忘れ、馬の首に飛びつくと。

 拾った剣を突き立てた。


 傍らにいる敵から身を守ることを失念したことも。

 暴れる馬に取り付いたのも。


 危険極まりない愚かな行為だ。


 しかし、カリンの身体は反射的に動いていた。

 もう助からないモンプチを、一刻も早く苦痛から解放することを優先したのだ。


「……ッ……ッ!!」


 馬が力尽き、動かなくなるまで。必死にしがみ付き、押さえつける。


 息の根が止まったことを確認すると。

 カリンは涙に濡れた瞳で、周囲を見渡す。


 女子供を逃がすため盾になったであろう男達の死体が、そこかしこに散らばっていた。



「しっかりしろ! カリン!」


 度重なるショックに放心状態の彼女を、ドゥインが怒鳴りつける。


 見張りの下っ端と判断した敵との間に。

 下馬したドゥイングリスが立ち塞がってくれていた。


「……すまないッ! 足を引っ張った!」


 なんのために同行したのか。一人すら減らせずに作戦は失敗した。


 各個撃破は叶わず。

 すでに賊たちが周囲に集まり始めている。



「そんなことより。なんだ、ありゃ?」


 ドゥイングリスはカリンを責めなかった。


 それよりもと、カリンと交差した見張り役の男を注視させる。


 そいつが馬の脚を切断した道具を見て、カリンは驚いた。

 それは、発光する魔力の刃が具現化した剣。


「王の剣……!?」


 ロイから聴いた伝承、そのままの姿だ。


 伝説の剣は戦争後、山賊に持ち去られていたということだ。



「ごきげんよう、マルコライスの長男殿」


 見張り役の青年は、ドゥイングリスのことを認識していた。


「ああん? 何者だ。貴様ぁ!」


「答える義理はない」


 若い男。しかも山賊にしてはかしこまった口調。

 立ち姿には気品すら感じられる。


 狭い集落だ。あっという間に賊は集結し。


 十人程が、カリンとドゥイングリスを囲むように配置される。


 王の剣をもった青年同様。

 彼らが、ただの落伍者の集まりでないことは一目瞭然だった。


 それでいて、山賊以外の何者でもない。



「やりましたね、殿下! 作戦どおりだ!」


「おい、余計なこといってんじゃねぇ。速やかに作戦を完遂させるぞ」


 王の剣の主は、『殿下』と呼んだ手下を叱りつける。

 見張り役だと定めた男は、下っ端どころか山賊の首領だったのだ。



「捕らえろ!」


 狩猟の号令に従い、左右から数名がカリンたちに襲い掛かる。


「オオッ!!」 


 ドゥイングリスには二人。カリンには一人。


 本来、賊というのは食っていく手段に暴力を選んだ。

 犯罪者、脱落者の集団だ。


 野蛮なだけの無法者で、多くは技術の習得などしていないし。

 農具や略奪品など、武装は多様化するものだが。


 馬上戦闘なども想定しているということか。

 賊にしては御大層にもロングソードで統一されている。


 そして、何よりも異様なのは賊たちのスタンスだ。

 それは暴力の決行ではなく、任務の遂行に対する張り詰めたそれだった。



――敵は想定外の精鋭部隊。しかし、問題ではない。


「ヌンッ!!」


 気合一閃。ドゥイングリスの剣は瞬く間に二人を斬り伏せる。


 長い手足、確固たる自信による前進は、相手の想定をはるかに上回り。

 その一歩でグンと接近し、間合いを見誤った敵の硬直を一突きにする。


 さらにその剛力で身体にかかる負荷を強引に修正、速やかに次の動作へと移行する。

 空の左手で相手の姿勢を制圧し、右手の剣で突き殺した。


 臆病な性質のイリーナは踏み込みが浅く、間合いが遠い。

 その為、彼の利点が生きてこなかったが。


 度胸のある者、覚悟が決まっている者ほど。

 覆すことのできないドゥイングリスとの性能差に圧倒される。



 彼が、二人を撃退した直後。


 カリンも対峙した敵を引き倒し、押さえつけると。

 両前腕を斬りつけ、無力化した所だった。


 その戦力比は五分といったところか。


 イリーナは屈強な敵と対峙し慣れているが。

 彼女のような剣士の存在は珍しい。


 その差が勝負を分けた。



「てめぇらは手を出すな。コイツには、俺が格の違いを思い知らせてやる」


 手下の手には負えないと判断したのか。それとも、別の思惑があるのか。

 山賊の首領は、ドゥイングリスと対峙した。


「ああん?!」


 その言い草にドゥインが不快感を露にした。



「女はどうしますか?」


「こちらに手を出させるな。殺すなよ、必要になるからな」


 山賊たちがカリンを囲む。


 とてもじゃないが、彼女にそれを脱出する力はない。


「カリン!」


「大丈夫だ。目の前の敵に集中してくれ!」



 首領とドゥイングリスの間で、数度の攻防が交わされる。


 腕力、体格ではドゥインに分があるのだが。

 刃を合わせば体制を崩すのは、彼の方だった。


 王の剣の剣身は、押し付けなくとも当てれば対象を破壊する。

 それ自体が強い反発力を発生させており、持ち主の腕力に上乗せされた威力を発揮する。


 女子供でも鉄板を貫通可能なエネルギーだ。腕力差などは軽く覆す。

 物理的にありえない現象に対し。ドゥイングリスは劣勢を強いられていた。


 魔法の刃の威力と、得体の知れなさに対する尻込みが。

 踏み込みを躊躇させる。



「ドゥイン殿! 惑わされるな、従来の戦い方で良いんだ!」


 将軍の言った通り。

 槍などを相手にするよりは、はるかに対等のはずだ。


 カリンは見守るしか出来ない。

 動けば、周囲をとりまく六人の賊が黙ってはいないだろう。



「騎士王の息子よ。これで仕舞いだ」


 山賊の首領が一気に攻勢に出る。


 本来のストロングポイントが通用しない相手に、敗北がよぎる。


 しかし、ドゥイングリスは絶妙な間合いで敵の攻撃を捌いていく。


 力で勝てない相手に対処する専門家であるカリン。

 彼女との稽古を積んできた成果だ。


 その動作、駆け引きをドゥインは目に焼き付け、習得できていた。


「仕舞いだと? オレサマの順応の早さに焦ったな!」



 それは事実だ。想定よりも粘る相手に、首領は決着を急いでいた。


 それ故、次の瞬間、ドゥインに振りかかる不幸は。

 けして実力によるものではない。偶発的なものだ――。


 勝利を確信し、振り下ろしたドゥイングリスの剣と。

 山賊の首領がなかば苦し紛れに振り回した剣が交差する。


 それは、最悪な噛み合い方をし。キンと、音を立てドゥインの剣を砕いた。


 これが王の剣でさえなければ。双方の武器が破壊されたか。

 膂力で勝るドゥイングリスの勝利に終わっていたに違いない。


 折れた刃がくるくると落下し、地面に刺さる。



「はははっ! 偽りの王子よ! 王の剣がおまえを断罪するとさあッ!!」


 首領は勝利を宣言し。

 武器を失ったドゥイングリスに対して、至近距離での突きを見舞う。


「ドゥイングリスッ!!」カリンが悲鳴を上げた。


 ドゥインは咄嗟に腕を盾にするが、光の刃は彼の屈強な前腕を容易く貫通する。


 そして、そのまま直進し――。


 ドゥイングリスの胸を穿いた。






  ◆九話、パトリッケス②

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