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17◆17 ロイ②


  ◆◆七話◆◆



 深夜。イリーナは久しぶりに儀式の泉を訪れていた。


 澄んだ空気を体内に取り入れ、心地よい外気に肌を晒しながら。

 寄る辺もなく、想いを馳せては。ため息をこぼした。


 頭の中にあるのは、いつでも『無二の親友』のことだ。

 彼女、女王陛下は無事でいるだろうか。


 苦難の渦中にあるだろうけれど。帝国の現状から、それは避けられないことだ。


 恐ろしい目に遭っていないだろうか。

 自分たちの行動が手遅れになってしまわないだろうか。


 まだ幼い女王が窮地にさらされていると思うと。

 気を揉まずには居られない。


――きっと、時間はそれほど残されてはいない。

 膝に頭を乗せたまま呟く。


「必ず、助けに行くからね……」



 直後、物音を察知して振り返る。


 久々の再会を果たしたロイが、目を見開いてその場に立ち尽くしていた。


 気を取り直し、イリーナはリアンナへと切り替えた。


「どうしたの? 死者にでも出くわしたみたいな顔をして」


 思えば、彼は初対面の時にも、そんな表情をしていたような気がする。

 ぼうっと、彼女を通して別の景色を見ているような。


「ロイくん?」


 再度、呼びかけると。彼は気まずそうに返答する。


「もう、会えないかと思ってた……」


「ええっ、どうして?」


 確かに、間をあけてはいたが。ロイの態度は随分と深刻な様子だ。


「リアンナと会っていることを、兄さんたちに追求されてたんだ。

 仕方なく、何もかもを話したから。姿を見せなくなってしまったのかなって……」


 それは全くの誤解だった。


 しばらく姿を見せなかったのは、それが理由でもなければ。

 ロリコン趣味にドン引きしたからでもない。


 ひたすらに多忙であったし。

 騎士団長に対する対抗馬として、ロイは優先度が低かったのがその理由。


「見限られたのかと……」


 まさか、それほど思い詰めているとは。


 自分は彼の好みのタイプではないからと、軽い気持ちで考えていた。

 だけれど、ロイにとっての自分は、思いのほか重要なポジションにいたらしい。



「べつにさ。話したところで、正体がバレたことにはならないよ?」


 ロイ自身が知りもしない正体だ。聞き出せるわけがない。


 そうでなくとも、ヤズムート兵士長に密会を看破されたロイが。

 兄たちから逃れようのない追求を受けている様子は、道化師イウとして見ていた。


 なりふり構わぬ兄達の追求を、逃れられるはずがなかったのだ。


「でも、ゴメン。それが原因で、リアンナが追い出されるかも」


 彼の態度を見ていると、イリーナの胸は締め付けられた。


 今更ながらに、自分は酷いことをしているなと実感する。



「気にしてないよ。どうせ、いつまでもはいられないんだから」


 彼の方からは近寄ってこないので、彼女から歩み寄った。


 俯いて目を合わせないので、首を傾げて表情を覗き込む。


「んー、えいっ」


 黙り込んでしまった少年を、リアンナは両手を広げると。

 包み込むようにして抱きしめた。


「どうした? よしよし」と、励ますようにして背中をさする。


 彼の抱える不安のようなものが、膨れ上がって破裂してしまう。

 そんな気がして、それを押さえ込もうとした。



 ロイは支配民と被支配民とのハーフだ。


 帝国民からは見下され、旧王国民からは裏切り者との誹りを受けている。


 孤独なこの少年が、いつかは良き道を歩めたら良いのに――。

 そう思いながら、リアンナはロイの手を引いた。


「座って、話そう?」


 この逢い引きが知られた以上、継続は難しい。

 兄のどちらかが、ふらっとでも覗きに来れば。


 正体がバレてしまう。


 今日か、次かにはリアンナとしての別れを告げなくてはならないだろう。

 お互いにとって、少しでも意味のある時間を過ごそうと、彼女は考えた。



「もし仮に領主になれるとしたら、ロイくんは何がしたい?」


 その気がないのはのは知っている。というノリで訊ねた。


 騎士について質問した時と同じで、大した期待もしていない。


 ただ、夢だとか願望だとかを繰り返し話すことで。

 欲が出たり、目標ができたら良いなとは思っている。


 承知の上で、彼は願望を語った。


「できることなら、帝国民と旧王国民の格差を無くしたいかな」


 思ったよりも具体的な目標を語られたので、驚いた。


「真面目だなぁ!」


 弟に取られるとダサいから、とか。

 兄貴が嫌いだから、とかよりは随分と真っ当だ。


 だけれど、それは不可能に違いない。


 帝国民は絶対に了承しないだろうし。

 旧王国民も対等などでは満足しない。


 彼が本当の王様でもない限りは、実現できないだろう。


「本当の意味で解決を望めるのは、ロイくんだけかもしれないね」



「ある程度は、救済措置もあるんだ。

 組織の一割は旧国民を採用しなきゃいけないだとか」


 それにしても。ほとんどの場合、待遇などは不公平だ。


 同制度のおかげでのし上がったヤズムート兵士長は例外として。

 出世も昇給も絶望的だと言われている。



「だから昔は、旧国民の使用人さんもいたんだけどね」


「今は?」


 昔は。けどね。それらの口調に含みを感じて、問い質した。


「今はいない。その人が、不祥事を起こして以来、雇ってないんだ。


 五年も前になるかな。顔も名前も覚えてないけど、使用人の女性がいて。

 その人は子連れで働きに来ていた。


 その娘は俺の一個下で、遊び相手をしてくれてたっけ」


 そこで、リアンナはピンと来ていた。


 五年前、一個下の女の子。


「その子のこと、好きだったんでしょ?


 それで、もしかすると、あたしに似てた?」


 自分を通して、別の誰かを見ているような。

 ロイに感じたそんな違和感。


 初めは、女の子との接し方が分からないせいだと思っていた。


「いや、どうかな! 全然子供だったから!」


 ロイは恥ずかしさのあまり、つい否定していた。


「でも、二人でいつも、この泉で遊んでいたから。

 リアンナと初めて会った時、驚いたんだ。


 帰ってきたんじゃないかって。一瞬、錯覚はしたかも」


 五年経って、大人になった姿なんじゃないかと――。

 けれど、それはありえない。



「その子はいま、どこにいるの?」


 それが、ロイにとって良いきっかけになるんじゃないかと。

 リアンナは悪意もなく訊ねた。


 ロイは素直に答える。


「ある日、使用人さん。その子の母親が。

 金庫から金を抜いていることが発覚した。


 冗談では済まない額だったと思う。


 父さんは激怒して、その場で使用人を娘もろとも斬首刑にした」


「…………」


 それがあまりにも衝撃的な結末で。


 リアンナは「酷い……」の一言以外、言葉を失ってしまう。


 特殊な生い立ちのロイにとって、多分たった一人の友人を。

 父親が首を跳ねて殺してしまったのだ。



「あの親子が旧国民じゃなかったら。

 父さんはあんなに怒り狂うことはなかったんじゃないか。


『下級人種のくせに』って、思ったんじゃないかって。

 そう考えると、俺は父さんが恐ろしかったんだ」


 兄たちのように凝った名前が与えられなかったのは何故か。


 稽古のどさくさに、父は自分を殺そうとしているのではないか。


 魔法の剣が二本あることを泉の彫像が表していたとして。

 きっと、自分にだけは回ってくることはないのだろう。


 そう思えては、怯えながら暮らしてきた。



「ロイくんは、きっとロリコンじゃないね」


「なんだよ、急に!」


 押し黙っていたかと思えば、第一声がそれである。

 しかし、彼女は真剣だった。


「その時の姿のまま、時を止めてしまった女の子のことを。

 今もまだ好きなだけなんだよね」


 子供が好きなんじゃない。好きな娘が大人にならないのだ。

 一緒に成長していれば、今の姿を愛したのだろう。


 リアンナは提案する。


「あ、あのさ……」


「な、なにさ?」


「オッパイもむ?」



――沈黙。


 それは咄嗟に出た言葉だった。


 二人はしばし、言葉の意味について考えた。

 そして、そのままの意味以外の答えに辿り着くことはなかった。


「あたし、何言ってんの?」


「俺のセリフだよ!


 てっ、なんで泣いてるの!?」


 気付けば、リアンナは涙腺が決壊して。落涙していた。

 もはや、パニックである。



「わかんないよ! わかんないけど、何かしてあげたいし!

 おっぱい揉んだら、人生変わるかもしれないじゃん!」


 彼女のロジックはこうだ――。


 ロイは死者に囚われている。


 このまま、過去にしがみついているのは良くない。

 不幸だし。将来、幸せになって欲しい。


 おっぱいの良さに気づけば、ロリコンを脱却できるかも。


 おっぱいなら、ここにある!


 揉まれたいわけじゃないけど。揉まれても困らない。

 自分が少し我慢すれば、この子の人生変わるかも!


――からの、「オッパイもむ?」なのである。



「いいの?」


「う、うん……」


 言い出したからには断らない。


「え、じゃあ。どうしたら良いかな……。このまま?」


「えっ、あっ、どうしよう。やりやすいようにやっていいよ……?」


 二人はあたふたとしながら、ポジションを模索する。


「じゃ、じゃあ、後ろを向いてもらっても良い?」


「へっ、後ろ……? あ、ああ、なるほどね!」


 リアンナは言われるままに背を向けると。


「ど、どうぞ……」と言って待ち構えた。


 ロイは彼女の背中にすっと寄り添うと。

 脇の下からすくい上げるようにして、両方の乳房を鷲掴みにする。


 意外と欲張りだな……っ! と、リアンナは思った。


 背中にロイの胸が隙間なく押し付けられて、息のかかる首筋がこそばゆい。

 緊張に身体がこわばり、鼓動が怒涛の勢いで打っている。



「どどど、どう?」


 ロリコン治りそう? と、訊ねる。


 なんだろう、この感じ。リアンナは違和感のようなものを覚えるが。

 頭蓋の中を熱が充満しているかのようにぼんやりとして、思考が働かない。


「大きい……」


「いや、普通じゃないかな。ごめんね、んっ」


「いい匂いがする」


「ハァ……。に、匂いのことはきいてない、けど……。ちょ、ちょっと何!?」


 ロイがワンピースの裾に手をかけたので。慌てて、その手を押さえた。 


「直接、触りたい」


「えっ? そうか……。まあ、そうなるよね。


 でも、脱げないよ! これ一体型だし、下、裸だもん!」


 誰でもそうだと、少年の願望を当然のものとして共感しつつ。


 駄目なら初めからさせるな。ってことだよな。と、責任感がもたげる。


 その理屈で言えば、もう行きつくところまで行くしかないのだが。

 すでに冷静な判断力が働くはずもなく、思い至らない。


 一枚むいたら、ほぼ全裸。という部分で、辛うじて踏みとどまる。



「あっ、ロイくん? ちょっと。考えるから、一旦、この手、止め……。止め、フッ、ひんっ」


 ガン無視だ!?


 少年は絶え間なく指を動かし。

 少女は傷口をつつかれているかのようで、あらゆる思考、行動に制限がかかっていた。


 彼の手が、いつに間にか袖口から中に差し込まれていて。

 肌と肌が接触し、乳房を直接に揉みしだいていた。


 接触部がじんわりと熱い。


 衣服が肩に押し付けられて窮屈に感じるけれど。

 脱ぐことが回避されたので、解決かな。


 などと思った辺り、絶望的であった。



 リアンナは、嵐が通り過ぎるのを待つようにして。

 必死で、声を押し殺しながら。耐える。


「……んっ。……くっ」


 大人しく、身をゆだねていて。ふと、気づいた。


――あれ、上手くね?


 ロイの指が先端をひっかける度に、身体が弾かれる。

 弄り方のバリエーションが、あまりに豊富すぎる。


 疑問は、危機感に変わり。いっとき、彼女を正気に戻した。



「よしっ、この辺でおしま、んッ! おしま、はぁん!」


 ガン無視だッ!?


 甘く見ていた。


 話せといえば語り、詮索するなと言えば黙った。

 主体性のない、言いなりの、大人しい引きこもり少年。



――三男様は、一番の問題児です。


 ヤズムート兵士長の言葉が頭を過ぎる。


「はい、ここまで!」って、言えば。止まると疑わなかったのに。


「――なのに。なぜ、こんなことにッ!?」


 ここまで。と、振り返って引き離そうとしたはずが。

 地面に組み伏せられている。


 大腿部に押し付けられる固い感触。



「おまえ!! 勃起しているなっ!!」


 いつの間にか事態はクライマックスに突入していたことに。

 リアンナは戦慄した。


「いいよね?」


 良くないよ! 良くないけど! リアンナはロイに向かっては叫んだ。


「なんで、そんなに顔が可愛い!!」


 捨てられた仔犬のように瞳が湿っている。


 他の男なら、なりふり構わず蹴り倒し、噛みつき、爪を立て脱出するところだ。

 だけど、彼にそれをするのはなんか、可哀想!


 そう思わせる。卑劣なルックスだ。


 何より、実際に心を弄んできたという罪悪感がそれをさせない。


 万事休す――。



「やだ、だって、怖い」


「怖くないよ。なんで?」


「だって。……あたし、初めてだから!」


 その一言が。もはや爆発寸前のロイにいっとき、正気をとりもどさせた。


 えっ、どういうこと?


 リアンナは誰かが招き入れた娼婦か何か、それ以外には正体の見当がつかない。


 そう考えていた彼には、その発言はあまりにも想定外だった。


 ロイはリアンナをキツく抱きしめると、押し黙ってしまう。



「ロイくん……?」


 返事はない。ただ、蹲るように固まっている。


「はっ!? おまえ、まさか!!」


 リアンナは気付いた。


 ロイは相手の事情を聞いたことで。

 内から溢れ出した性欲を押さえ込もうとしているのだ。


 セックスを我慢しようとしているのだ。


「なんたる紳士!!」


 そんなにもガチガチになっているのに!!


 優しい!! 良い奴!! と、すぐに相手を見直してしまうのが。


 彼女の弱点であり、失敗の原因のひとつ。


「頑張れ! 頑張って、ロイくん!」


「ちょっ、さわらないで。揺すらないでってば!」


 理性と性欲の戦いは。理性側にとって、圧倒的に不利な状況だ。


 若い二人にとって、戦いはまだ始まったばかり。



「もう、駄目だぁぁぁぁぁぁ!!」


「駄目じゃない!! こらっ!! 負けるな、戦えぇぇぇぇ!!」


 その日は、二人にとって特別長い夜になる。

 激しくて、そして誰にも語れない激戦の苦い記憶だ――。





  ◆八話、ドゥイングリス②

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