◇◇十話◇◇
「最近、城下への資材や商品の搬入が滞っています。
その意味は分かりますよね、兄上?」
朝の会議にて、パトリッケスがドゥイングリスに訊ねた。
会議室には四人、三兄弟とヤズムート兵士長の姿がある。
「なんだ、オレサマの怠慢のせいだとでも言いたいのか?」
その指摘にドゥイングリスが反発した。
件の原因は、主に山賊の仕業だ。
領内にはいくつかの都市の他、小さな集落が多数点在している。
獣、魚、植物、資材、あらゆる物の採取や加工を目的としており。
それらを都市へと流通する為、孤立しているようでいて大切な共同体だ。
大きな集落では自衛にも力を入れられるが。
身内だけで形成されるような、十人単位の村ではそうもいかない。
小さな集落は、無法者たちにとって恰好の狩り場であった。
山賊の襲撃によって壊滅してしまえば。
そこからの供給は途絶えてしまうといった道理だ。
治安維持部隊の長たる長兄に確認するのは。
当然の理屈であった。
「そうは言ってない。
打開策があれば良し、なければ考える必要があります」
「見回りは強化している。とにかく、網にかかるのを待つしかないだろう」
対策は主に、見回りの強化のみだ。
広い領土である。一通り巡回して帰るだけでも長い旅になってしまう。
総監督であるドゥイングリスが中央から遠ざかる訳にもいかない。
ドゥインの仕事は、巡回の兵士からの報告をまとめ、方針を示すことである。
治安部隊はいくつかの班に分かれ。
分担したルートを何日もかけて巡回。集落の無事を確認する。
「それにしても、成果があがっていない。巡回ルートを把握されているのでは?」
「バカを言うな。経路は頻繁に変更して、特定できないようにしている」
「もっと、隙間なく巡回する必要があるのでは?」
「ならば、人を増やしてくれ。現状で手一杯だ」
「それも本来、兄上の仕事でしょう。こちらこそ手が回りませんよ」
兄達の口論が続き。人手不足ならば。と、三男ロイが申し出る。
「俺も、見回りに参加しようか?」
「……おい、どういう風の吹き回しだ?」
「いえ、それは得策とはいえません。
たった一人増えたところで、何が変わるって話でもないでしょう」
ロイの発言は、兄たちを驚かせた。
自発的に外に出ると言い出したのは良い傾向だとも思ったが。
しかし、不安材料の方が大きい。
「ロイは当面、父上に従ってください」
このように、兄達には過保護な部分がある。
「今まではある程度、防止できていた賊の無法を。
何故、抑え込めなくなってきているのか。
原因は分かりませんか?」
パトリッケスの質問に、ヤズムート兵士長が口を開く。
「見回りの部隊が監視されている可能性があるのでは?
例えば、巡回ルートを都度変更されようと。
部隊が去った直後の集落ならば。次の巡回までの猶予があります」
来ることを警戒し、出た直後を狙っているのではと。
ヤズムートは推理した。
「そう上手いこと、部隊の出立に居合わせることができるか?」
「あらかじめ、襲撃する村の近くで待機しておいて。
部隊が立ち去るのをのんびり待ってるとか?」
ドゥインとロイは首を捻った。
どちらにしても。現在、巡回は機能しておらず。
山賊にやりたい放題されているということ。
兵士長は提案する。
「大所帯は目立ちます。
いっそ、部隊での巡回を無くしてはどうでしょうか?」
それは思い切った提案だ。
今までは威圧を目的に、武装した集団として巡回してきた。
それ自体が抑止効果を狙ってのことであったのだが。
それゆえに集落への出入りが明白になっていた。
「巡回をチームではなく、単独で行う。それによって、賊の目を欺くのです」
「実際に遭遇したら、どうする? それでは、戦えないだろうが」
ドゥインが問題点を指摘し、ヤズムートが答える。
「衝突は避けます。調査員は速やかに情報を収集。
帰還しだい、適した部隊。場合によっては殲滅部隊を送り出します」
もともと、広大な領土の数多ある集落。その全てにはとても手が回らない。
ほとんどが事後処理となり、事前に救えることは少ない。
荒らされた集落があれば。
その痕跡から賊のアジトを特定することが重要だ。
その場を救えなくとも。次を防ぐことができる。
「決定的な作戦だとは言えないけど、後手に回っている以上。
現状維持という訳にはいかないか」
そう言って、頷きながら。ロイは期待できる効果を確認する。
「状況の変化から得られる情報もあるだろうし。
現在の人数で、より緻密な網を張れるという利点もあるね」
分散することで、数は増やせる。
遭遇した時点での制圧が出来なくなるという点が。
ドゥイン的には不本意だ。
「気は進まねぇが、それしかねぇか……」
大人しくしていた、パトリッケスが呟く。
「内通者――」
「はっ、なんて言った?」
「賊の行動が活発な原因として、内通者がいるとは考えられませんか?」
不意の質問に、兄弟は答えられない。
「心当たりが?」
ヤズムートが訊ねた。
「いいえ、検討もつきませんが。
それならば部隊の動向を知るのは容易でしょう」
「しかし、賊が集落を襲撃して得た食い扶持。
そこから分け前を得られるとして。
軍を裏切るだけの旨みがあるかどうか」
現実的とは思えない。パトリックは可能性を模索する。
「末端の兵士ならば、あるいは……」
「だとしたら、どうやって特定する?
一人ずつ面接でもするか。内通者は名乗り出ろ! ってな」
何もかもが面倒になったドゥイングリスが。
ヤケクソの一言を放った。そこに。
「――呼んだ?」
そう言って、道化師イウが姿を表した。
一瞬。皆の脳裏を過ぎる。『コイツじゃね?』の一言。
「あれ、どうしたの皆。黙り込んじゃって?」
「……まさか、お前がスパイなんてことはないよな?」
ドゥイングリスの指摘に、イウは不自然なほど動揺してみせた。
「す、すすす、スパイッ!? そそ、そんな訳、な、ないだろ!!」
皆は思う。これは道化師のいつもの悪ふざけだと。
「わざとらしい芝居はやめろ! こっちは真剣なんだぞ!」
「へへへぇ、そうだねぇ……。
あー、びっくりした。後継者問題の進展について聞きに来たら。
冤罪にかけられそうになるんだもん……。
――ところで、スパイってなに?」
「山賊の手下だよ」
会議の内容を容易にバラす兄を「おいコラ!」と、次男が咎める。
「ああ、それは。イウじゃないです」
「知ってるよ。ていうか、そこはフザケないのかよっ!」
普通に胸をなでおろした道化師に、ドゥインがツッコミをいれた。
「たくっ、少しはカリンを見習って欲しいぜ。
全世界の女性に見習って欲しいぜ、カリンカリン」
しょうもないと、ドゥインは話を打ち切り。
ふと、気になったことをイウに訊ねる。
「お前、そんな顔だったか?」
素顔こそ知らないが、感じる違和感。
その質問に、イウは得意気にポーズをとりながら答えた。
「メイクが違うからね。今日のコンセプトは薔薇――」
「次の議題ですが」
道化師を無視して、パトリックは議題を提示する。
「――はいっ! 興味なし!」と、イウ。
「道化とは関係なく。実際に、後継者問題の解決は急務だと考えています」
その意味をロイが捕捉する。
「将軍のことだね」
「ええ、言質は取れていませんが。このタイミングということは。
査察か警告に来たと考えて間違いないでしょう」
兄弟の推察に、「えっ、あっ、そうなんだー」と道化師。
「今の父さんじゃ、将軍と衝突して最悪の結果を招きかねないね」
「そういうことです」
深刻な問題だと押し黙る面々。
ここぞとばかりに、ドゥイングリスが立ち上がり。
男らしく宣言する。
「オレサマの方針に変わりはねぇ!
カリンと結婚して、正式に領主に就任するつもり、だッ!」
「誰も、父上の課題をクリアできない訳ですが。
継承を急ぐ必要があると、考えています」
「コミュニケーションをとったり、遮断したりすんじゃねぇよ!」
無視して話を進めようとする弟を、長男は怒鳴りつけ。
道化師もその抗議を援護する。
「そうだー。バカの話にも耳を傾けろー」
ドゥインはイウに確認する。
「そのバカは、オマエのことだよな……?」
「ですので、最善の策として。
兄上は候補を辞退し、僕に権利を譲ってください」
パトリックは平静なトーンで、そう言い放った。
――黙って俺に従え、と。
しかし、そうはいかない。
「なりふり構わなすぎだろ!? それで、誰が納得するんだよ!」
「兄上以外、満場一致じゃないかな?」
長男、次男が激しく言い争うのを、他は見守るしかない。
「正々堂々、花嫁探しで勝負しろ。図書館の根暗女はどうしたんだよ」
「彼女は根暗なんかじゃない! すばらしい女性です!
ただ、平民の娘なんです。結婚による恩恵が少ないんですよ……」
「そうか! なら諦めろっ!」
「なんだその態度は! おまえのゴリラ女も平民だろ!」
「誰がゴリラだ! 絞め殺すぞ!」
収集がつかなくなってきたところで、ヤズムート兵士長が仲裁に入る。
「無益な争いは止めましょう。交渉は決裂したのです」
パトリックは「くっ!」と呻いて、席に着く。
これ以上の言い争いが時間の無駄であるのは確かだ。
「それに。御二方の間で決定するのは不適切かと、私は存じます」
「どういうこと?」
他人事のように傍観していたロイが、呑気に訊ねた。
一同、ヤズムート兵士長の言葉に注視する。
「なぜならば、御二方同様。ロイ様も女性との関係を進展させている最中なのですから」
◇11話、リアンナ③