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11◆10 候補2・パトリッケス


  ◆◆四話◆◆



 長男はダメだ――。


 ドゥイングリスから手応えを得られなかったイリーナは。

 三兄弟の次男。パトリッケスへと調査の手を広げることにした。


 領主マルコライスの存在感と、人目によく触れる兄。

 それらに隠れて影こそ薄いが。


 領地の運営は実質、彼が指揮していると言って良い。


 領主の後継に相応しい人物といえるだろう。



 問題は、どうやって取り入り。

 彼が女王陛下のいつわりなき真の騎士であるかを見定めるか。


 人となりを知る為には、友好関係を築くしかない。


 そのためには後継者選抜という状況と。

 女性であるその身を利用するのが手っ取り早かった。


 ヤズムート兵士長、曰く。


「次男様は、女性には対等な知性を求めているようです。

 問いかけた時。黙ってしまうようではすぐに見限られてしまいます」


 どうやら、賢くないと相手にもされないらしい。


 彼女にとって、それは何とも気が重い。


 長男が体力勝負という理由で日々鍛錬しているのに。

 加えて、次男攻略には知性が必要なのだ。


 道化師イウは、「勉強は苦手なのに!」と喉元を掻きむしった。



――そもそもボクは何故。必死こいて男にモテる努力をしているのか!


 そう葛藤する日々だ。


 本来、彼女の努力は特定の男子を口説き落とす為のものではない。


 くり返すが、体は女性。心は男性。


 精神的な負担は極限にせまっていた。



 しかし、このまま援軍を得られなければ。

 騎士団長の謀反により、女王が殺されるのは自明の理。


 やらなければならない。ならば、やるだけ。


 覚悟を決めたイリーナは、元凶である将軍に。

『どうやったらパトリッケスをオトせるか』と相談したが。


「知るか」と一蹴された。


 この苦労を、少しは分かち合ってくれても良いのにと。

 彼女は憤慨したが。


 同性を口説く手管を、壮年の騎士からとうとうと説かれても気色が悪い。


 イリーナは孤独な戦いへと身を投じるしかなかった。



 どうやら、パトリッケスは余暇を図書館で過ごしているらしい――。


 ヤズムート兵士長から情報を得た彼女は。

 利用者を装うことで、既に次男との接触を果たしていた。


 図書館はパトリッケスの管理下にある。


 学術書など民衆の知性の引き上げを意識した書を揃え。

 自らも足蹴く通い、学習していた。


 次男からは、志の高い人物という印象を受ける。


 イリーナは彼が興味を持ちそうな文献をこれみよがしに手に取り。

 その気を引くように努めた。



「こんにちは、ティータ。今日は何を読んでいるのですか?」


 その正体が道化師イウ。ひいては将軍のスパイであることも知らずに。

 パトリッケスは親しみを込めて声をかける。


 ここでのイリーナは、『ティータ』を名乗り読書家の女子に扮していた。



「こんにちは騎士様。今日はこちらの本を」


「ほう、剣術指南書ですか。また、意外なチョイスをしますね」


 女性であることとのギャップ。それだけで一つ興味を引ける。

『何故?』というわかりやすい『謎』が生じるからだ。


 まさか別件で女剣士を演じている都合とは思うまい。



「知識として楽しむだけです。お察しの通り、運動神経は良くありませんので」


 イリーナことティータは欠点を恥ずかしそうに語る。


 事実は異なるが。道化師イウと特徴がかけ離れている方が都合が良い。


 全身タイツ姿で、必要ならバク転だって披露するイウと。

 膝下まであるスカートを履いて図書館に入り浸るティータ。


 できる限り印象を遠ざけている。



「剣に関しては、運動神経よりも体格がものを言います。うちの長男などが良い例です」


 パトリックは気安く受け答える。


 意識が高すぎて。一部の研究者くらいしか出入りしない閑散とした図書館。

 しばらく入り浸れば、すぐに常連同士という連帯が生まれた。



 次男パトリッケス。二十二歳。


 背丈は長男と三男の中間。

 しかしタイプは長男とは真逆の知性派。


 力の一号、知性の二号と言ったところか。


 よく見定めなくてはいけない。



――果たして、この男は真の騎士だろうか。



「お兄様のほうが、お強くていらっしゃるのですか?」


 そう訊ねた運動音痴の女性が。

 先日、その兄を決闘で負かしているとは思わない。


 それよりも、男子である彼は女子の前でそれを認めることが恥ずかしかった。


「……まあ、そうですね。いずれ負かしてやるつもりですが」


 何より彼は騎士である。


 女王への忠誠を『剣に誓う』という儀式を経ている以上。

 ほかの分野で優れていたとして、剣への思い入れは特別だ。



「でしたら。指南書をただ読むよりも、ご兄弟で稽古なされたら良ろしいのに」


 術理を理解していなければ身体を動かしても無駄な場合がある。


 しかし、理解していることと実践できることもまた違う。

 頭で理解することと身体が理解することは違うのだ。


 心が理解することもまた別。


 成功を重ね、身体に染みつかせなくては上達はしない。



「御免ですよ。たしかに兄は僕よりも優れた剣士だ。

 だけど人間性は到底尊敬できたものじゃない。顔を見るのさえ苦痛なのです」


 パトリックは兄を中傷する。


 馬が合わなそうだということは一目瞭然だったが。

 思ったよりも不仲の根は深いらしい。


 ティータは知らない素振りで話を展開させる。



「兄弟仲がよろしくないのですか?」


「ええ。経過報告で顔を合わせる以外。皆無と言って良いくらい、お互いに干渉をしませんね」


 落ち着いたトーンで冷淡に肯定したかと思えば。

 パトリッケスは唐突に机を叩いた。


「アイツは、ほんっとうに最低な奴なんですよッ!!」


 至近距離での豹変にティータは「きゃっ」と声を上げる。

 パトリックはそれで冷静さを取り戻した。


「……失礼しました」


 その謝罪にティータは首を横に振って応えた。



「騎士の家系ですからね。当然、一緒に剣の稽古もしました。


 子供の頃は特に体格差がすべてじゃないですか。

 ただでさえ大柄なくせに、三つも年下の僕に勝ち目なんてなかった訳です……」


 ティータが無言で先を促すので、彼は兄との確執についての話を続けた。


「それをあのお調子者は、皆の前で何度も僕を叩きのめした。稽古もくそもない。

 自分の強さをギャラリーに見せつけるのが楽しいってだけなんです。


 おかげで僕は苦手意識が出来てしまい。人前で稽古をするのが嫌になってしまった。

 アイツが勝ち誇る度に笑われるのは、もうたくさんですからね」


 パトリッケスは以後、隠れて訓練するようになった。

 恥じない腕前を身に着け、騎士号を授けられて今に至る。


 勤勉な努力家だ。


 コンプレックスが強いようだが、腐らずにバネにする気骨がある。

 その実績にイリーナは敬意を評するし。好感触であった。



「あの単細胞。僕が段取りをしてやらないと遠征だってまともにできない馬鹿のくせに。

 山賊を追い払っていれば役目を果たせていると勘違いしている。


 おかげで、政策のほとんどが僕の役割だ」


 なおも愚痴り続ける姿からは。かなりのフラストレーションが見て取れる。



「ご苦労なさっているのですね。一度、家族で話し合った方が良ろしいのではありませんか?」


 ティータはそう言ってパトリッケスを案じた。


 実際問題。他にやる者がいないから、彼が担う他にない。

 そいう状況が続いているようだ。


 三人も兄弟がいるのだから。うまく分担できたら良いのにと素直に思う。



「家族で話し合うか……」


 当然の提案だ。

 それ故、すでに結論が出ていた。


 話し合いは徒労に終わっていたのだ。



――話し合ったところで、何も変わらなかった。


 しかし、いつからだろう。

 パトリッケスから見て家族が狂ってしまったのは。


 同じ血を分けた家族のはずなのに。話が通じる気がしない。


 長男も、三男も、まるで頼りにならない。


 特に父マルコライスだ。

 ヴィレオン・ジェスター将軍とも並べ讃えられた帝国の騎士。


 戦争の前線を駆け抜けてきた父。

 一般的な父親と感覚が剥離していても、疑問はもたなかった。



――しかし、どこかを境に変わってしまった。


 彼はそう感じていた。


 城にこもり。自らを王だと、うそぶくようになったのは何が原因だったろう。


 母と別れてからか。

 皇帝が亡くなってからか。


 しかし、それを特定するには至らない。


 厳しい父親を畏怖し。騎士の手本として以外に観察する機会がなかった。

 ゆえに変化と断言できるほどには、本来の父を知らない。


 初めから、得体のしれない存在だったのかもしれない。



「話し合うだけ無駄でしたよ。その労力を他に分配した方が、有意義だ」


 話の通じない家族たちを説得するよりは自らで解決した方が早い。

 それがパトリッケスが出した結論であり。多忙の原因。 


 それがティータ。本来のイリーナにとっては引っかかる。

 いま、彼女たちが必要としているのは帝国軍本体に匹敵する力であり。


 それと同時に『信頼できる人間』なのだから。


 次男は知性的でいて実務能力に長けている。

 優れた人材であることに違いはない。


 しかし、家族に対する懐疑的な態度が不安をあおる。

 そんな人物と、はたして信頼関係を築けるのだろうか。



「それに、僕にとってはむしろ都合が良い」


 家族の実情を語るときと一変して、口角が上がったのをカリンは見逃さない。


 それは悪だくみをしている人間の顔。


 彼女は人の所作や表情の変化には敏感だった。


 何故なら、演技とは『無意識の意識化』であるからだ。


 感情が無意識的に作用させている肉体の反応を。

 意識的に行うこと。


 こうやって別人を演じることで、意識して観ることが培われている。


 だから、家族とコミュニケーションが取れていない。

 そんな世間話からでも真意をつかむことが出来た。



「――実質、舵取りを独占できている現状がでしょうか?」


 カリンは、パトリッケスの何気ない呟きを拾い上げて言った。


 ともすれば非難とも告発ともとれる発言に。

 彼は気分を害すどころか、感心して見せた。


「貴女はじつに察しの良い女性だ。政治に関心のない多くに、その発想はありません」


 激務続きの彼がもっともストレスに感じるのは、二度手間であり。

 スムーズな進行には癒しすら覚える。


 そのせいか、つい饒舌になり

 積極的には口外しないような本音を引き出されていた。


 そもそも、それを隠す気もないのだろう。



「このまま、僕にしか務まらない仕組みにしてしまえば。

 独り勝ちということです。


 僕はなにも、自己犠牲の精神で割りを食っているわけじゃない。

 その時になったら思い知らせてやりますよ。愚かな家族たちにね。


 そして、兄を顎で使ってやるんです」


 彼の目的は。もとより権力の掌握にあるのだ。


 恐ろしいことを雑談然と言い。

 パトリッケスは「楽しみだ」と結んで締めくくった。



「すみません。ずいぶんとプライベートな話をしてしまいました。


 貴女といると口数が増えてしまうのは、何故なのでしょうね」


 照れ臭そうなパトリックに対して、ティータは思う。


 それは恋に落ちているからだよ、と――。



 恋に落ちるのはかんたんだ。簡単すぎて、ありがたみもない。

 見渡せば。溢れかえって、そこら中に散らばっている。


 この鞄のデザインが好きだな、とか。

 このパンまた明日も買いに行こう、とか。


 それらも一種の恋だろう。


 ただ、人には『都合との兼ね合い』があって。

 それによって恋は進展しなかったり。燃え上がらなかったりするのだ。


 特に自意識の強いタイプは。

 失敗したり、恥をかいたりすることを恐れてスタートを切らない。


 パトリッケスは、結婚も戦略のうちという価値観だ。

 その『都合』から、恋心との相対を避けているのだろう。



「かまいませんよ。素直になってください」


 ティータのそれは含みを持たせていたが。

 それが即、行動に繋がるような相手ではないだろう。


 彼との関係を進展させるのは苦労しそうだな、と。

 ティータは思う。


 警戒を解いて、人間性を丸裸にして。

 最終的にはフラないといけない。


 そう考えると気が滅入るのだった。





  ◆五話、候補3:ロイ

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