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09◆09 候補1・ドゥイングリス


 ◆◆三話◆◆



 旅の剣士カリンの正体が、道化師イウであることを。

 ドゥイングリスは知らない。


 それは彼をカリンが決闘で打ち負かした後日。

 二度目の対面でのことである。



「カリン!! 俺と結婚してくれ!!」


 決闘のリベンジを挑まれて再会したはずが。

 プロポーズを申し込まれていた。



「…………?」


 イリーナあらため剣士カリンは。

 あまりに唐突な展開に対応できずにいた。


 片膝をついて結婚指輪とおぼしきものを掲げる大男。

 その光景を、呆然と眺めている。



 カリンの無反応にほどなく、ドゥイングリスがしびれを切らす。


「おいっ!!」


「あ、すまない……。何が起きたのかと軽くパニックを起こしていた」


 あまりの急展開に剥がれかけた、『気高い女剣士』の設定を整える。


 その美貌から、男性に好意の視線を向けられることには慣れていたが。

 会って、負かした。その翌日に結婚を迫られた。


 そんな経験は初めてだった。



「そうか。で、式の日取りだが」


「待て待て待て待て」


 了承を得た体で続けるドゥイングリス。

 カリンは慌てて制止する。


 何に対する『そうか』であろうか。

 人の気持ちを汲み取る気が皆無ではないか。


 イリーナの素が出てしまいそうなのを堪えながら。

 女剣士カリンの気丈な態度を維持した。


「そうか。ではない。

 自分は決闘を申し込まれてここに参上したはずだ」


「決闘?」


 そんな話はしていない。と、ばかりに彼は首を捻る。


「貴方が言ったのだ! 再戦を申し込むと!」


 それは、再会の為の方便であり。

 すでに一目惚れをしていた彼に、リベンジしてやろうなどという気持ちは微塵もなかった。


 ドウィングリスは宣言する。



「決闘かッ! 結婚かッ! 天秤にかけたら、結婚の方がめでたかった!」


「うん。……うん?」


 話がまったくかみ合わない。カリンは戸惑うばかりである。



 ドゥイングリスは同性に力を誇示するのに夢中で、恋愛に興味のない。

 大将気取りの無頼漢だった。


 手強い相手かと思ったが、人は変われば変わるもの。


 女性に興味のなかった男の価値観を変えることには成功したが。

 まさか、ここまでの成果が出るとは思ってもみなかった。



 長男ドゥイングリス。二十五歳。


 領主家の長男という恵まれた生い立ち。

 長身でスタイルも良く。顔だちも整っている。

 腕っぷしに優れ、治安部隊の隊長を務めている。


 帝国で五本の指に入る有力者の長男。


 かなりの優良、いや高級物件だ。

 その肩書きだけで首を縦に振ってもおかしくはない。


 しかし、これは任務である。

 女王謀殺という帝国を脅かしかねない大事件を食い止めるべく。


 適切な人材を見出さなければならない。



――果たして、この男は真の騎士か。



「その、気持ちは嬉しいのだが……」


 慎重に。冷静に。と、心掛けたいが。


「そうか! 嬉しいか、良かった! 今日から城に住むと良い!」


「嬉しいの、だが! 『だが』って言ったぞ、話を聞けっ!」


 どうやら遠慮とか駆け引きというものが無いのだ。



「なんだ? 引っ越しの段取りはこちらで全部やってやる」


「そうではない! すこし考える時間をくれと言っている!」


「子供を何人つくるかか?」


「交際すべきか否かをだッ!?」


 怒涛の攻勢に取りなしている暇もない。


「ん?」


「ん? ではないが……」


 そこでようやく、ドゥインはまだ結婚を了承されていない。

 という当たり前の事実にたどり着く。



「何故だ! 二人の結婚になにか障害があるのなら言ってくれ!


 オレサマがすべて解決してやる!


 借金か。両親の同意か。魔王討伐の旅の途中だというのなら。

 まかせろ! オレサマが討伐してきてやるぞ!」


 しかし、状況を正確に理解させるには。

 まだいくつかのプロセスが必要みたいだ。


「人となりを理解していない相手とは、結婚できないと言っている!

 初対面の相手とフィアンセみたいなやりとりをしたがるのは止めろ!」


 まだ、その段階ではない。と、カリンはドゥイングリスを制した。



「もしかして。……結婚、しないのか?」


 失恋の予感に心臓を萎縮させ、ドゥイングリスの呼吸が乱れる。


「するわけがない。昨日、今日あったばかりの男と」


『もしかして』ではない。カリンはあきれ果て。そう断言する。



「この、オレサマなのにか?」


「なのにか、の意味がわからん!」


 強硬に拒絶するカリンに対して、ドゥイングリスは。

「ええ〜っ」と心底、残念そうな声をだした。



「オレサマなのになぁ〜っ!!」


 未練がましく同情を引こうとする。


「大男が情けない真似をするな……。


 それに、聞く耳を持たないとは言っていない――」


 見るに堪えないと視線を落としながら。

 それでもカリンは鋼の意思で任務を続行。


 意気消沈するドゥイングリスに告げる。



「知りもせずに決断を下すのは礼を失するからな。


 先ずはお互いのことをよく知るためにだ。お付き合いから、なら……」


 ああっ! イヤだ!



 イリーナは精神的には男性である。


――何故、交際を受け入れようとしているのだろう。

 理不尽が誘発する頭痛を、眉間をグイグイと押さえ付けて耐えた。



『交際ならば受ける』との回答に。ドゥイングリスは色めきたつ。


 第一声。


「SEXは?!」


「無しだ!?」


「キッスは?!」


「無いッ!!」


 もう、もう嫌だ……。カリンはゲンナリとした。

 使命がなければ、この時点で別れて二度と顔を見せない所なのに。


「しんどい……」と、彼女は相手に聞こえないボリュームで呟く。



「お付き合いってのは、そういうの込みじゃないのか!!」


 必死にすがるドゥインの圧力に怯えて、カリンは悲鳴をあげる。


「わっかんないよ!! 男と付き合ったことないんだからっ!!」


 カリンの絶叫にドゥイングリスが目を見開いた。


「!? 処――ッ」「デリカシー!!」


 彼女は恐怖する。『このオス、ヤバイ!!』



 場を取り繕おうと、イリーナは呼吸を整える。


 恐怖のあまり剥がれかけたカリンの仮面を着け直す。

 つまりは気を落ち着けて『気高き女剣士』を演じ直す。


 そして、攻勢に転じた。


「その様子では、貴方こそ童貞を疑われるぞ?」


 あまりのガッツきっぷりに嫌気がさしたので指摘してやった。


「ちがぅヨ?」


 虚しい否定だ。


「眼をみて言え」


 図星を突かれたドゥイングリスは、勢いをそがれた。


 これ以上の強引な態度は童貞であることを相手に確信させる。

 それは恥ずかしいと、引き下がったのだ。


 しかし、すでに兵士長から裏付けが取れている。

 誤魔化しても無駄である。



「分かった妥協する。じゃあ、お付き合いから始めよう」


 その件には触れないでくれと。ドゥインは交際を了承した。


――妥協する。じゃねぇ……。

 カリンは心の中で不平を唱えた。



「オレサマは夕方までは治安維持の監督をすることになっているんだ。

 その後から会うってことで良いか?」


 ドウィンは今後の予定について擦り合わせを提案する。


「いや、私も仕事で来ている。空いているのは日中くらいだ。申し訳ない」


 道化師イウとしての時間。

 ほかの兄弟の調査。

 将軍への報告。


 彼女は多忙の身だ。


「いや、いいさ。焦ることは無い。おいおい調整すればいいだろ」


「おま」えが言うなっ! っと言いかけてカリンは堪えた。


 さんざん先走っておいて、この態度。

 しかし、冷静になってくれたなら蒸し返すまい。



「そうだな。じゃあ、しばらくは。オレサマの仕事を手伝うってことでどうだ?」


 当面、日中しか会えない。という都合を加味して。

 ドゥイングリスが提案する。


「治安維持をか?」


「お前は腕が立つ。日中の見回りに参加してくれ。報酬は払う。

 なぁに、半分はデートみたいなもんだ」


 働く姿を見ればきっと惚れ直す。

 そんな打算も混じっている。


 その点においてドゥイングリスは自信に満ち溢れていた。



「ふむ……」


 カリンは思案する。


 公私混同。その提案による好感度はむしろマイナスだ。

 部下達もたまったもんじゃないだろう。


 平時ならばお断りするところだが。

 限られた時間を有効に使って情報を得るには都合が良い。


「わかった。従おう」


 カリンは日中のパトロールに同行することを承諾した。



「貴方のことを知る手掛かりとして、一つ質問をしてもよろしいか?」


 今後の方針が決まったところで、カリンは成果を獲得しに行く。


「おう、何でも訊いてくれ!」


 ドウイングリスは浮かれ気味。

 今後の展開に思いをはせているのだ。



 カリンは一考する。


 女王陛下に忠誠を誓っているか。

 騎士団長が逆臣であった場合に立ち向かう覚悟があるのか。


 それらのことを直接きくわけにはいかない。

 カリンは少し遠回りな質問をする。



「――貴方にとって、騎士とはなにか?」


 そこから少しでも本質を掴むことが出来ればと。

 ドゥインの答えに神経を集中する。



「騎士か。うむ、騎士とはとうぜん、選ばれし存在のことだ。

 産まれが良く。教養があり。鍛錬により磨かれ。尊き方より授けられる。


 十把一絡げ、有象無象の愚民どもとは違う。選ばれた特別な存在。

 それこそがこの、ワタクシなのだよ!」


 ドゥイングリスは胸を張り、大きな体をさらに広げて揚々と語り。


「どうかね?」と、好意的な感想を期待する。



 どうかねも何も。――駄目だコイツ。


 そんな失望を包み隠しながら、カリンは意見する。


「愚民って言い方はどうかな……」


「このワタクシだぞ! その資格がある!」


 自分がいかに優れているかをアピールしたいだけなのかもしれないが。


 領主へと担ぎあげる人物として適切かという視点では。

 選民意識が強く、民衆を見下しているという印象はマイナスだ。



「じゃあ、手始めに手を繋ぐ、繋がない? それとも繋ぐ?」


 好感度がぐんぐん下がっていることも意に介さず。

 否、気付きもせず。


 初めてのガールフレンドに浮かれる二十五歳。


 その無邪気な振る舞いに、半ば施し気分で手を差し出す。


「別に、かまわないが……」


 そして満面の笑顔のドゥインを見たカリンは思う。


 最終的に、これをフラないといけないかと思うと気が滅入る思いだと。





  ◆四話、候補2:パトリッケス

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