◆◆二話◆◆
――マルコライスにより後継者選抜の宣言がされた翌日。
身体にフィットしたカラフルなタイツ姿が。
貴族や使用人たちとすれ違っていく。
道化師イウは三角帽子の垂れ下がった耳をもてあそびながら、城内を闊歩していた。
しなやかな肢体をくゆらせながら前進する。
強烈なセックスアピールはすれ違うもの達の動悸を活性化させ。
そうと気付かずその場に釘付けになる者もいる。
楽しませるのが道化の仕事。
存在感を消してコソコソしていては解雇されてしまうというもの。
目立つことで居場所を確保できる。
こうやって性的なアピールを混じえることでいざ批判的なものが現れても。
『まあ、いいじゃないですか』とスケベ連中が擁護してくれる。
下等であるという理由から王への意見を許容される。
その設定上、道化師に手を出す者はいない。
『道化師と寝た』なんて伝聞は、『家畜とファックした』と同義である。
城内を行き来するほどの身分ならば、世間体に縛られて手を出せないのだ。
あとはイリーナの心胆しだいであり。
――そんな下品な真似、出来るか!! と、普段どんなに拒絶していても。
いざとなればそれが出来るからこそ彼女がスパイを務めている。
『――三人の候補者から、より適切な者を便宜上の王に導くこと』
城主マルコライスは頼りにならない。
三人の息子から頼れそうな一人を後継者に後押し、協力を迫る。
その方針に従って、作戦は開始されたのだ。
「ボクが結婚とか、ありえないけど……」
イリーナはボヤいた。
将軍の提案に納得はいかないが、女王陛下の為。
イリーナは今日も道化師イウを演じる。
今日までは疑われない事に重きを置いてきた。
つまり、全力で道化てきたわけだ。
それゆえに三兄弟についての情報はほとんど得られていなかった。
名前と外見、印象程度のものか。
ここからはより踏み込んだ情報が必要になる。
そこで彼女は、三人に近しい人物を頼ることにした。
その人物が正面から歩いてくるのを確認し。
イリーナこと道化師イウは声をかけた。
「ここ、段差があるので気を付けてくださいね」
イウは立ち止まり、足下の段差を指さした。
「どうもご親切に――」「わあっ!?」
目的の男性が礼を言うや否や、イウは派手に転倒して見せた。
いや、お前がコケるのかい!? というツッコミ待ちだが。
「見事な受け身です。実にさり気ない」
と、彼は転び方を称賛した。
「……いや、そうじゃなくない? 危険を指摘した奴がその段差でコケたんだよ?」
道化師イウは予想外の反応にもの申した。
兵士長はいまいち主旨が理解できないといった表情。
彼の実直さが彼女の地道な努力を踏みにじっていた――。
「うん、まあいいやっ! こんにちは、ヤズムート兵士長!」
イウは気を取り直して挨拶をした。
「これは道化どの、何か御用でしょうか?」
「話は聞いてる?」
「はい、後継者選出のお話ですね」
今度は一発で言い当てた。鈍いという訳では無いらしい。
むしろ、若輩の三兄弟を支える有能アドバイザーだとの評判だ。
有能だが、どうやら冗談は通じないらしい。
「話が早いや。それで、どう思う?」
「どう、とは?」
「三人と近しい兵長から見て、誰が最有力候補なのかなーとか」
ホットな話題である。追求したところでスパイを疑われることもない。
「なるほど……」と、一考し。ヤズムート兵士長も素直に回答する。
「資質という意味では御三方とも、それぞれに魅力的な御仁とお見受けします。
が、しかし……」
「しかし?」
少しでも情報を引き出そうと、イウは兵士長に先を促す。
「現在は誰一人として、条件を満たしている様子がありません」
条件を満たしていない?
一瞬、領主を務めるには能力不足という意味に受け取りかけたが。
ヤズムートがすぐに真意を打ち明けた。
「審査対象となる女性がいないという意味です」
どういう訳か、美形兄弟の誰一人として恋人が不在の様子。
「なるほど。お妃候補がいないんだ。タイミングが悪かったね」
納得しようとした所、間をおかずにヤズムートが否定する。
「いいえ、タイミングは関係ありません。今日まで一度たりとも、適切な期間はなかったのですから」
「て、えっ? 一回も女性と付き合ったことがないってこと?」
兵士長は首を縦に振った。
「三人とも?!」
「はい。御三方とも、ピカピカの童貞で間違いないかと」
「言い方、やめてあげて!」
その事実はとても意外だった。
三人ともなかなかの美男子。
何をせずとも女性が擦り寄って来そうなものなのに。
そうでなくても立場上、特定の相手が既にいるものだと思っていたのだ。
「……そうか、理想が高いのかもな」
どうやら、三人ともスタートラインは同じようだ。
道化師イウは根掘り葉掘りヤズムート兵士長へと質問し、可能な限りの情報を得ると。
マルコライスのご機嫌取りを適当にこなして、将軍の下へと帰還した。
――ヴィレオンの借館。中庭。
「そういう訳で、まずはお見合いが必要そう」
将軍が一人、剣の稽古に励む姿を見守りながら。
イリーナが収集してきた情報を共有する。
「そうか。しかし、悠長に手をこまねいている訳にはいかんな。
王都ではいつクーデターが起きるかわからん」
急を要する。成り行きを見守っている時間はない。
「原因はなんだ?」
将軍は、三人ともにパートナーがいない理由を端的に訊ねた。
イリーナは唇に人差し指をあて思案する様子を見せる。
「うーん。直接、本人たちと話をしないことにはなんとも言えないけど。
長男ドゥイングリスは異性より自分に夢中みたいだね」
「ナルシストか?」と、将軍がボヤく。
「いやいや、女と遊ぶより男友達とわいわいやるのが楽しいみたい。
狩りや決闘が大好きなんだってさ」
「なるほど、あの体格だからな。得意分野で活躍出来ることが快感と言ったところか」
長男ドゥイングリスは腕っ節の強さをひけらかして称賛をえられる。
そんな環境に居心地の良さを感じていて。
女が寄り付かないことに不満もない。といった様子。
「ドゥイングリスは、軍隊指揮官なんだって」
長男は軍隊を指揮し。
次男は政務全般を監督し。
三男は騎士研修中。
騎士団長に対抗する戦力として、ドゥイングリスは適任かと考えられる。
「ならば、趣向を変えてみよう」
そう言って、将軍が木剣を投げてよこす。
「ちょちょっ!?」
戸惑ったイリーナは、取り落としかけた木剣をかろうじて拾い上げた。
彼女の体制が整うのも待たずに、将軍は剣を担ぐように構える。
「これは戦場での一般的な歩兵の構えだ」
「突然、なに!?」
「槍や両手剣など、より対人に有効な武器は多いが。
矢が降り注ぐ戦場では盾を手放せない場面も多い。それ故に武器は片手に限定される」
盾を想定し、空いてる腕を眼前に構える。
両肘を高くあげたアップスタンスな構えだ。
「唐突な授業開始に戸惑いを禁じ得ない」
そう言いながら、イリーナは同様の構えで将軍に対面した。
女王の護衛を務める剣士でもある彼女だ。その構えはなかなか堂にいっている。
「剣はこの位置で構える。振り上げる動作が省略されて威力も乗るからな。
必然、盾はこの位置だ。右上段からの攻撃は全てここを通る。
あとは、相手が潰れるまで足を踏ん張っての殴り合いだ」
盾を手放せない都合、片手剣になり。
それぞれの最適を模索した結果、シンプルな殴りあいになった。
盾の上から相手が折れるまで殴る。
「野蛮だなぁ……」
いわゆる決闘を前提に鍛えてきたイリーナの技とは勝手が違う。
「ドゥイングリスはおそらくこのスタイルだろう。
長身で腕力が強く、上から相手をねじ伏せやすい。最適な体格だ」
同条件の相手にならば圧勝。
スタイルを変えようとすら思わないはずだ。
「へぇぇ、なるほど」
将軍の丁寧な説明に納得していたが、次の言葉はイリーナを戦慄させた。
「――長男ドゥイングリスを、お前が倒せ」
「え、なんで!?」
懐柔する話が、なぜ打倒する方針になったのか。
全くの意味不明だ。
「力比べに夢中で女に興味が無いのなら、女のお前が負かして認識を改めさせてやれ」
なるほど。根本から揺るがしてやらなければ、価値観は変わらない。
しかし、問題はそこではない。
「嘘だろ!! あの大男に喧嘩売って勝てって言うの!?
要求のハードルが、まいど天井越えにも程があるよ?!」
女性にしては稀有な存在というだけで、男に混ざればいたって平凡な剣士。
それが男の世界で負け無しのドゥイングリスに勝てるはずもない。
「怯むな、勝てるように攻略法を叩き込んでやる」
大陸最強の呼び名も高い。そんな将軍には勝ち筋も見えるのだろう。
しかし、その目線で語られても困るのだ。
「無理だよ! オッサンが女装して倒す方がはるかに現実的だ!」
「そう思うか?」
言われて、イリーナは自分の太もも程もある二の腕を。
腰ほどもある大腿部を。筋肉でせり上がる首を。
猛禽類を思わせる鋭い眼差しを見た。
「思いません……」
そして地獄の特訓が始まる。
翌々日、イリーナは道化師イウのメイクを落とし。
『剣士カリン』を名乗った――。
そして三兄弟の長兄、ドゥイングリスを見事。
決闘によって負かすことに成功したのだった。
◆三話、候補1:ドゥイングリス