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04◇06 候補3・リアンナ


  ◇◇四話◇◇



 夜半過ぎ。月明りとカンテラの灯りを頼りに。

 三男ロイは暗がりを進む。


 彼らが居住する城。その城壁は広大な敷地を囲っており。

 その一角を占める私有林を目指していた。



――目的地は、その奥にある泉だ。


 そこは特別な場所なのだろう。

 周囲にはいくつもの石柱や彫像が設置され、飾り立てられている。


 水面と彫刻が月光を反射しあい。幻想的な景色を創り出していた。


 本来ならば恋人たちが大挙して訪れ。愛を語らうのに最適な景観だろう。


 しかし、その為に面積を広くとったとでも言いたげに。

 城壁が外部からの侵入を遮断。景色は独占されていた。


 城の建設から何代が過ごしただろうか。

 すでに限られた者のみぞ知る泉となっている。


 その景色を堪能すべく足を運ぶのも。

 現在では、このロイくらいのものだ。



 ロイは目的地へとたどり着く。


 生き生きとした彫像が居並ぶ。

 まるで物語のワンシーンを切り取ったような。


 そんな荘厳で見慣れた景色の中。


「――!?」 ロイは驚きの声を漏らした。


 たくさんのヒトガタに混じって、たったひとつ動く影がある。


 ロイは暗がりの中、目を凝らして影の正体を確かめた。



 人だ――。何者だろうか、少女が泉に足を浸して佇んでいる。


 こんなことは何年もなかった。


 ロイはその後ろ姿に既視感を覚えながら。

「誰?」と呼びかけていた。



 少女が振り返る――。


 水面の照り返しをうけた純白の衣装は。

 暗がりの中でいっそう存在感を放っている。


 スラリとした長い手足は、ロケーションと相まって。

 森の妖精を喚起させ。


 神秘的な存在との遭遇を彼に感じさせた。



「リアンナ」少女は名乗った。


 ロイが「えっ?」と、聞き返すと。

 もう一度「リアンナ。キミが訊ねたのよ」と繰り返した。


 濡れた素足で舗装された石床に乗り上げ。

 ヒタヒタと歩みを鳴らしながら。


 リアンナはロイに急接近する。



 パーソナルスペースを侵されたロイが身構えると。

 彼女は彼の頭を「よしよし」といって撫でつけた。


 ロイは慌てて距離をとる。


「な、なに?」


 うろたえるロイに反して、リアンナはまったく動じていない。



「泣いてる子供を見たら。よしよしって、してあげるものでしょう?」


 泣いてる? 僕が……。

 ロイはリアンナに指摘されて気づく。


 確かに頬が湿っていた。


「ち、違うんだ。べつに悲しいことがあったとかじゃなくて。

 泉の妖精にでも遭遇したかと思って、つい、なんでだろ……」


 若い感受性は、その美しさに感動し涙腺を刺激した。



「見蕩れちゃった?」


 自分の美貌が彼の心を揺さぶったのだと。

 得意げに覗き込むリアンナ。


 ロイはいっそう目を背けた。


「近い近いっ!?」


 ただ向かい合っているだけのリアンナと目を合わすことができない。


 その人を美しいと認識したとたん。直視することすらはばかられた。


 目のやり場に困るような薄着であったし。

 好奇心に煌めく射抜くような眼差しが眩しい。


 ひざ丈の裾から伸びた、白い脚が。

 むき出しの小さな肩が。


 いっそにと触れてしまえば。消えてしまうのではないかと思わせる。


 そんな儚さが尊かった。



「それに、子供っていうほど年も離れてないだろ!」


 気を取り直し、ロイは指摘した。


 もし彼女が妖精で、何百年も生きていない限り。

 同年代に見える。



「キミはだれ?」


 リアンナが問い返す。


「僕はロイ。この城の住人だよ。キミこそ、何者なの?

 使用人か、誰かの関係者?」


 外部からの侵入は困難であることから。

 彼女が誰かしらの関係者であることが推測される。


 しかし、彼女の返答は想像とはかけ離れていた。



「……ええと、もしかして不法侵入を咎められているのかしら?」


 ロイは驚愕する。


 その言葉を鵜呑みにするなら。彼女は部外者ということになる。


 リアンナは肌着一枚の軽装だ。

 とても女性が、夜中に出歩ける格好ではない。


 身ぐるみを剥がされ、逃げてきた?


 否、そんな悲壮感はない。

 そもそも城壁をどうやって越えたというのだろうか。


「でも、どうやって?」


 ロイは率直に訊ねた。

 リアンナは答える。



「この泉が、どこか別の世界に繋がっていて。

 そこから現れたと言ったら信じる?」


 彼女は異世界から泉を通って現れた。


 幻想的な泉と、リアンナを交互に見比べ。

 膝より下しか濡れていないのに? などとロイは思った。


 答えに窮した様子の彼を見て。

 リアンナは笑う。


 どうやら、冗談のつもりだったらしい。



「ごめんね。打ち明けられないことが沢山あるのよ」


 不法侵入を見つかった不審者の態度ではないが。

 こんな下着みたいな格好で盗みに入ったとも思えない。


 冷静に考えたならば。

 誰かが招き入れた娼婦。そう考えるのが打倒だろうか。


 きっとそうだ。


 しかし、ロイは黙っていた。

 本人に確認して、それが確定してしまうのが怖かったのかもしれない。


 それはマジックの種明かしみたいなもの。

 知った途端に魔法が解けて、二度とかかることはない。



――彼女がありふれた何者かではなく。

 特別な存在であって欲しい。


 そう思い込みたい。


 そんなエゴによる判断だ。

 だとしても、感情に抗うことなど出来はしない。


 少年は、この美しい少女が泉の妖精である。

 その可能性を摘んでしまうことを拒否した。



「でも誓って、あなたの敵じゃないわ」


 だから、不審者の言葉を。

 リアンナのその言葉を無条件で信じることにしたのだ。


「だったら、俺もそうさ。誓ってキミの敵じゃない」


 糾弾しなくて良いと決めたら。あとは気が楽だ。

 真っ直ぐにリアンナの姿を見ることか出来た。


「ありがとう、騎士様」


「まだ、見習いだよ」


 追求しないことに対して謝辞を述べたリアンナに。

 彼はきまり悪そうに頭をかいて見せた。



 ロイは兄弟では唯一の準騎士である。


 正式に騎士として受勲するまでは修行中の

身であり。

 騎士長マルコライスの従者として、付きっきりで身の回りの世話をしている。


 というのは世間への建前。


 彼はもう四年ものあいだ城から外に出ていない。

 いわゆる引きこもりだった。



「また、会える?」


 ふと、そんな言葉がロイの口をついて溢れた。


 ここで見逃して、別れて、それで最後。

 そう考えると、なんだか名残惜しかった。


 期待よりかはあきらめの方が強い質問だ。



「……えっと、なんで?」


 リアンナは、なぜロイが自分と会いたがるのかを聞き返した。


「なんでって、言われても……」


 用事も無い。

 関係性も無い。


 あるのはただ。

 このまま二度と会わないことになれば、後悔するかもしれない。


 そんな自分本位な予感だけ。



「いや、なに言ってんだろ。ごめん、忘れて……」


 気があるでもない相手のために、誰が時間を作りたがるだろう。

 ロイはなんとか取り繕おうとするが、自嘲的な表情をごまかせない。


 その姿を見て、リアンナは笑う。

 どうやら、彼をからかっての質問らしかった。


 ついには見兼ねて、助け舟を出してやる。


「――会えるよ! 何度でもね」


「本当に?!」


 無理を覚悟での申し出が受け入れられ。

 羞恥から一変、喜びも一塩だ。



 何度でも会える。

――但し、それには条件があった。



「うん。あたしの存在が他の誰かに知られるまでは。

 そして、あたしの正体をキミが知ってしまうまでは。何度だって会える」


 リアンナは今後も泉を繰り返し訪れる。

 だから、タイミングが合えば会うことは可能だと言う。


 ただ、人目を忍ぶため。深夜に限定されること。


 明らかに『わけアリ』だが。

 ロイはそれ以上を追求しなかった。


 それは『正体を知る』に抵触し。

 それによって、今後の機会が失われるかもしれないから。


 それに、この時点でそれを不満に思うことはなかった。


――次がある。

 その一点に対する期待感で頭の中は一杯だった。



「うん、わかった。また、キミに会えるのを楽しみにしてるよ」


 聞き分けの良い返事に、リアンナはニコリとした。



「じゃあ、またね!」


 そして、『泉の中からあらわれた』と言っていた少女は。

 その場から走り去る。



 ああ、泉に潜ってみせたりはしないんだな。

 そう思いながら、ロイはその後ろ姿を見送った。


「そうだよな……」


 彼女の言葉に信憑性はない。

『また会える』と言ったのもその場しのぎの嘘かもしれない。


 正体を隠しているならば。

 このまま姿をくらませた方が都合だって良いはずだ。


 再会出来る保証はない。


 それでもロイは、追いたい気持ちをグッと抑えた。


 数十メートル先で、リアンナが一度振り返る。

「またね!」と言って、大きく手を振った。





  ◇五話、嫁比べ

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