◇◇一話◇◇
「――ねえねえ、王様ちゃん。
三人の息子のうち、誰を後継ぎにするつもりなのん?」
謁見の間において。
道化師のその言葉は三人の候補者たちを混乱の渦へと叩き込んだ。
長男ドゥイングリス
次男パトリッケス
三男ロイ
城主マルコライスの息子たちであり、この物語の主人公達である。
――問題発言の数分前。事の発端は『英雄の来訪』による。
マルコライスの城を首都より横断して東。
敵国と隣接する国境へと派遣された一人の騎士が。
この城へと挨拶に訪れた。
「ジェスター将軍がお見えになられました」
使用人に案内され、謁見の間へと客人が姿を現す。
この城の主であるマルコライスは玉座にふんぞり返り、その来訪を受け入れた。
「しばらくだな、マルコライス。実に十数年ぶりか」
謁見の間に現れた騎士は、厳つい風貌をしていた。
鍛え抜かれた上腕や胸筋が。礼装の上からでも戦場の臭いを醸し出しており。
中背ではあるが、歴戦の勇士たる風格を漂わせていた。
彼の登場を待ち構え、整列していた城主の息子たち。
三兄弟の長男が、ジェスター将軍に歩み寄る。
「お初にお目にかかります将軍!
ワタクシはマルコライスが長男、ドゥイングリスと申します!
将軍の武勇は大陸中に轟いており。騎士の端くれとして、大変、尊敬しております!」
堪え性のない長男の暴走を、次男が咎める。
「失礼ですよ兄上。そういう態度は客人の要件が済んでからにするべきです」
長男ドウィングリスは精錬とした態度から一変。
恥をかかされたと判断し、次男パトリッケスを怒鳴りつけた。
「問題のないことに、お前がそうやって波風を立てるせいで。
まるでオレサマが悪いみたいになるだろうがッ!!」
大男の怒声はなかなかに迫力だが、慣れたものか次男に動じる様子は無い。
「将軍。ワタクシのことはドゥインと気安く呼んでください。
そこの面倒くさいのは、次男のリッキーです」
適当な愛称で紹介された次男が不平を唱える。
「パトリッケスだ。リッキーと呼ぶなっ!」
どうやら、二人は折り合いの悪い兄弟の様だった。
「そうだなパトリック。もう一人も紹介してもらえるか?」
将軍は言い争う二人を咎めず、三人目を指し示す。
兄たちに促され、三男が挨拶をした。
「末弟のロイです。ジェスター将軍」
シンプルな自己紹介に違和感を覚えた将軍は。
「本名は?」と聞き直した。
「いえ、あの、これが本名です。愛称ではなく……」
三男ロイは遠慮がちに答える。
次男までは新鮮だったけれど、三男の頃には名付け飽きてしまった。
そんな親の心境が如実に出ている名前がロイにはコンプレックスだった。
「そうか、良い名だな。がんばれ」
何を、がんばれば良いものか。
ぞんざいな励ましは、かえってロイを惨めにする。
三兄弟はかけ離れた個性をしており、それは見た目にも顕著だ。
長身の長男は全身が筋肉質で浅黒く日焼けし、野性味に溢れ。
知的な面差しの次男は、中肉中背に色白であった。
成長期を終えていない三男は小柄で。
瞳や体毛の色が一人だけ兄たちとは異なっている。
それでいて、三人とも父親譲りの美男子だった。
「ところでマルコライス。高所から、よもや俺に跪けと言う訳ではあるまいな?」
三兄弟の挨拶を聞き終えると、将軍は段上の城主を咎めた。
将軍の覇気に当てられ、三兄弟に緊張が走る。
「許せよ。ここが我の定位置だ」
指摘されたことで、マルコライスはむしろ意固地になって玉座にしがみつく。
誰の指図も受けない。それが王だからだ。
マルコライスは一領主でしかないはずだが。
長らく一帯を管理する間に、そのような思い上がりが染みついてしまっていた。
つまりは頭に乗っていた。
「――道化の頭が高いように思えるが?」
喧嘩をしに来た訳では無い。と、将軍は溜息を飲み込むと。
ようやく、その異様な光景を指摘できた。
段上には城主の他にもう一人の人物がいたのだ。
「将軍はそう言っているが?」
玉座に寄りかかる人物をマルコライスは振り返った。
客人よりも。三人の子息よりも。
そして城主よりも。
この場の誰より高所に位置する。その人物は。
――道化師だった。
シルエットを縁取るピッタリとしたタイツに。
二股に別れた三角帽子という。スタンダードなスタイル。
それでいて異色の存在感を放つのは、その艶めかしい立ち姿のせいだ。
白塗りの化粧で素顔を隠匿した『女性』の道化師。
名をイウと呼ばれている以外、全てが謎に包まれている人物。
「王様が一番高いところにいたら、裁きの雷からは誰が護るの?」
イウはそんな素っ頓狂な返答で、将軍の指摘をやり過ごそうとした。
「なるほどなるほど。ところで、お前が来てから今日まで一度でも雷は落ちたかな?」
道化師の主張にマルコライスが疑問を投げかけると。
イウは大げさな動作で思案中をアピールする。
あれは何時だったか。国境まで轟き、大火を引き起こし。
間一髪、城主が瓦礫の下敷きになりかけた。あの大災害――。
そんな素振りをした後、元気よく。
「ないねっ!!」と、叫んだ。
そんな災害なかったし。落雷に見舞われたことだって、一度たりともない。
「なかったかぁ!!」
マルコライスは、わははと上機嫌で笑う。
そんな愚にもつかないやり取りを楽しめる余裕こそが王に相応しい。
道化師を重用するのもそんな見栄からだった。
「何度もは言わん。降りてこい」
しかし、そこは将軍にもプライドがある。
本来、マルコライスとジェスターの身分は対等である。
双方共に帝国の騎士長同士であるからだ。
彼らの上には等しく女王が君臨するのみ。
「父上……」
将軍が怒りだすのを危惧した三男ロイが、遠慮がちに呼びかける。
「はい!」と、返事をしたのは道化師イウ。
「お前ではないなぁ! わははは!」
マルコライスは肘置きを叩いて喜んだ。
「父上、せっかくです。客間へ移動してはいかがでしょうか?」
見かねた次男が口添えする。
場所を移すことで自然と上下がなくなると。
気の利いた提案だ。
その意見には長男も賛同を示す。
「おおっ! 腹も減って来たな!」
「兄上の腹具合に配慮したわけではありません……」
険悪な空気を介さない長兄に、次男パトリッケスは辟易とする。
しかしどの道、無駄である。
マルコライスが提案を受け入れないことを彼らは予感していた。
王は誰からの指示にも従わない。
そして助け舟は意外な所から出る。
「王様ちゃんと将軍は、どっちのが高いかな?」
そう発したのは道化師イウ。
「将軍は長男よりも低い。そして次男と同じくらいで、三男よりは大きい」
「……やれやれ、お前が見たいなら見せてやるか」
謎かけめいたオネダリの意味を察し、マルコライスは重い腰を上げる。
王とは人の上に立つ存在である。それ故、何者の指図も受けてはならない。
他者の言葉に左右されるということは、凡庸を認めることであり。
意見されるだけでも、その者と対等な立場に下るということになる。
それはアイデンティティの崩壊だ。
だから王は意地でも非を認めない。
王に意見するということは、正否に関わらず侮辱にあたり。
死罪を免れない行為だ。
しかし、道化師だけが特例的に王に意見をすることが許される。
何故ならば、道化は人よりも下の存在という『設定』を持つからだ。
愚かで理を解さない存在。
つまり、道化の意見に従ったところで格が落ちない。
むしろ劣った存在に対する施しという体裁が整う。
施しを与える。
それが結局、一人の人間でしかない王が意見を曲げるための抜け道なのだ。
道化師はその為にいる。
「どうやら、背は私の方が高いな」
ジェスターの横に並び立ったマルコライスが言った。
実際、ジェスター将軍とのいさかいに発展しなかったことに彼は安堵していた。
「だったら、椅子に座る意味は無いね」
「そうか、意味無いか!」
道化師イウの言葉を受け、ようやくマルコライスは玉座を下るに到ったのだ。
そして、この様に完全に主を掌握している道化師が。
あの言葉を口にした。
「――ねえねえ、王様ちゃん。
三人の息子のうち、誰を跡継ぎにするつもりなのん?」
三兄弟に戦慄が走る。
そして騎士王マルコライスは答えた。
「そうだな。一番美しい妃を娶ったものを正式な後継者としよう」
それは正気の沙汰とは思えない決定だった。
三人の後継者候補、彼らに課せられたのは。
『――王となる為の花嫁探し』
◇二話、候補1・カリン