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第十四話「最後の一撃」


張っていた罠に飛び込んだ獲物にオークたちは飴に群がる蟻のように襲い掛かった。


全方位から突進してくる大質量を子供とはいえ人を抱えて捌くのは至難だ、それでもジキは首にロッコをぶら下げたまますべての攻撃に対応した。


一帯には二万を超える軍勢、周囲には数百から千の兵が犇めく、この数を相手に競り合うことは無意味。


ジキの目的は無限とも思えるオーク達を倒すことでは無く、この囲みを抜けて少女を外界へと連れ出すことだ。


ジキは一直線に出口を目指した。


進行方向の視界を群れにふさがれた状況で極力打ち合うことを避け、必要なスペース確保のために剣を振るった。


目的は囲いを突破して地下水路へと逃げ込む事だ。


そして追っ手を撒いて壁の外、この『豚の国』を脱出すればいい。


絶え間なく押し寄せる巨体、降り注ぐ雨のようなそれをまるで未来が見えているかのように躱し、軍勢に埋め尽くされた周囲のわずかなスペースに流れ込むように滑り込む。


引っかかった刃に腕を削られ、脚を削られても大切なものを運ぶようにロッコを懐に守りながらジキは前進した。


足を止めるくらいならばと刃を自らのカラダで押しのけて前へと進む、視界は豚一色、道が無いならば我が身を押し込んででも作るしかない。


それが出来なければ捕縛されとうに命は無い。


無心に駆けた、脱出が可能かどうかを思う間も無くひたすらにカラダを前に押し込み広い公園のとおい出口を目指した。



ヨキとイツツキ──。


「もうへばった?!」


イツツキはヨキに向かって威勢よく言い放った。


ここまで彼が倒したのは六十一匹、ヨキはすでに四百を葬っている。


「……ふぅ、ぐっ、うるせえっ! 俺の方がぜんっぜん……、倒した、数、多いだろ……があっ!」


ヨキは息も絶え絶えに生意気な後輩に反論した、その差は歴然だがペースは明らかに落ちている。


イツツキは物怖じせずに言い返す。


「この調子だと、そのうち追いつくと思うけどね」


疲弊しきったヨキのペースがこの先上がるとは考えにくい、くらべてイツツキはスタミナには自信があり武器や自重の軽さから燃費も良い。


真逆のスタイルをもつ犬猿の二人は極限状態で抜群のコンビネーションを発揮した。


もはや自らの得物に振り回され直近の敵しか見えていないヨキだが、その隙を突こうとする豚をイツツキが事前に排除する。


ヨキが近い敵が敵を確実に落とすのでイツツキは全体を見渡す余裕が持てていた。


二人でなければスペースの確保や死角のフォローが行き届かずに、ヨキがここまでもった保証は無かった。


「四百、二ィッ!!」


ヨキが更に記録を伸ばす、煽られることで奮起する性質を見越してイツツキは挑発をし続けた。


──クソッ、景色が変わらない。


終わりのない作業にイツツキはとっくにうんざりしている。


「体力より先にノドが終わりそうだ……」


弱音を吐いたイツツキにヨキが煽り返す。


「足りないのはノドの強さよりも根性のほうなんじゃねえのか!」


「ここでがんばれるのは頭が足りてない証拠なんだよなあ!」


所詮は敗北の確定している我慢比べ、たとえ千頭倒そうとも戦況に影響はない。


もはや強がりくらいしか寄る辺のない二人は声を張り上げる。


「「ぜんっぜんやれるけどなッ!!」」


百を倒す苦労が身に染みた結果、イツツキはヨキに対して尊敬の念を抱き始めていた。


しかし張り合う気を失いかけている時点で気が弱くなっている、限界が近づいている証拠だった。


肉体の疲労は精神の弱体を招き意識を散漫にする、一瞬の気の緩みが命取りだ。


着地させたつま先に異物感、イツツキの左足が激痛に襲われる——。


目の前に火花が散ったかのような錯覚、抗うことも適わずに転倒する。


「痛ってぇッ!? なんだこれ、畜生ッ!!」


イツツキの足はトラバサミに喰われていた。


怪物の口を連想させる鉄製の罠は左足、踝の上を下顎と上顎で挟み込んで締め付ける。


それはイツツキらを囲む豚、あるいは足元に事がる数百の死骸、そのどれかが仕掛けた罠だった。


全身の毛穴から汗が噴き出した。


身軽さを最大の武器とするイツツキにとっては致命的、取り返しがつかないミスによる精神的なダメージは絶大だった。


殺到するオークの群れを薙ぎ払いながらヨキが叱責する。


「馬鹿野郎! さっさと外せ!」


手を貸すどころか視線を送る余裕もない。


「やってるッ!! やってるよッ!! くそっ馬鹿かよッ!! はずれないッ!! アアアッ!!? 全然はずれないよッ!!」


鋸歯状の歯がくい込んで開かない、肉を引き千切り骨を砕いている。


「駄目だ、ヨキ! ここまでだよ、俺はもう闘えない! 共闘はおしまいだ!」


イツツキは相棒に自身のリタイアを告げた。


たとえ罠を解除して抜け出すことができたとして、この足はもはや使い物にはならない。


翼はもがれた、イツツキの死は確定したのだ。


しかし眼前からヨキの背中は無くならない──。


「待ってろ! ひととおり片づけたら外してやる!」


イツツキは確かに決別を言い渡した、二人で戦うことでのメリットは消滅したのだ。


ハッキリと伝えたはずなのに、この愚鈍な兄はそれさえ理解できないのか、イツツキは苛立ちを覚える。


「何やってんだ!! もういいって、見捨てて逃げろよ!!」


自分を庇って力を発揮できずに死なれたりしたらたまらない。


自分が足を引っ張って仲間が死ぬのは耐えられないし、ムードーメーカーを気取ってきた末弟にとって仲間の見ている前で死ぬのは屈辱だった。


なのに、ヨキは聞く耳をもたない。


「四、百十……六ッ!」


「行けよッ!! 迷惑だって言ってんだよバカッ!!」


「四百十……七ぁぁッ!!」


どんなに呼びかけても、罵倒しても、兄は一心不乱にオークを打ち倒し続けた。



中央公園出口付近──。


獲物が罠に掛かったとの報告をうけて広域に配置されていた軍勢が密集する、混雑する出入口は集団によるバリケード状態で乗り越えることはもはや不可能だ。


あとは戦力の投入を怠らずに野良が力尽きるのを待つだけだった。


野良はそのほとんどがすでに戦死し、オーク達は目的達成に迫っていた。


最終局面だと数多のオーク兵が中央公園に集結するなか、仮面のジンを捕獲したオークの姿も混じっている。


その肩には小柄なジンが背負われている、意識はないもののまだ息がある。


ここまで乱暴に地面を引きずって来たが、あまりの密集状態に担ぐしかなくなった。


オークがジンを運んで来たのは情報収集や人質としての使い道があると考えたからだ、上役に引き渡す道中で混雑に立ち往生させられている。


それがジキ達の逃走経路上であることは偶然でしかない。


ジキは満身創痍になりながらも数万の兵士による包囲、数千の追撃を掻い潜り、出口に差し掛かっていた。


しかし出口はオークで埋め尽くされ袋小路、行き止まりだ。


もはや前方の数匹を斬り倒したところで抜け道にもならない。


ジキは疲労のあまり地面に膝を着いた、倒れ込みそうな上体を剣を握った拳を着いて支える。


後方からも大軍が迫る。


オーク達は小さな獲物を捻り潰す高揚で色めき立った。


万単位に迫る集団が興奮に雄叫びを上げる。


轟音は雷のように空気が震わせ、地震のように地面を震わせた。


喧騒に煽られ仮面のジンが目を覚ます。


仮面は砕け、家畜だった頃に虐待で負った傷、火傷にただれた素顔を露わにしていた。


虚ろな意識で死に損なったことを理解する。


どういう状況なのか把握している余裕は無い、ただ遠くなった耳に地獄のような大音量が叩き込まれる不快に襲われる。


オークの肩からぶら下がり、眼球だけを動作して周囲を見渡す。


その害音の指向先にジキの姿を発見した。


無敵の男が地面に伏して項垂れている。


「…………」


ジンはひと目、ジキの姿を視界におさめられたことで満足感を得られた。


自分は成果を上げられなかった無念を悔やみながら死んでいくのだと思った。


だが最後にこんなにも素晴らしい舞台が用意されていた、なんて幸運だろうとジンは思った。


オーク達はジンを担ぎ上げている個体も含め、すべてがジキに気を取られている。


仮面のジンがズタズタになった上着を引きちぎると、小さく膨らんだ二つの乳房の下に巻き付けられた大量の爆薬が現れる。


開始の合図が失敗した場合を考慮して取っておいた予備だ、彼女は特製の火打ち金を取り出すと迷わずそれに点火した。


瞬き——。


大規模な爆発が起こり、中心にいたジンごと周囲のオークを根こそぎ吹き飛ばした。


消し飛ぶと同時、確かに彼女は笑っていた。


あきらめていた目標よりも遥かに多くの敵をその手で葬れたこと、なにより大切な人の窮地を救い突破口を開けたことにこれ以上なく満ち足りていた。



群れの只中で突然起きた大爆発にオーク達はパニックを起こしていた。


死への恐怖、爆音に対する混乱、痛みに対する不快感を各々に表現し始める。


それは数の多さゆえに統制が行き渡らない、混乱は波及しオーク達は我を失って混乱に身を任せた。


騒ぎが収束する頃には手遅れだ、渦中からジキとロッコの姿はなくなっていた——。



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